デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
皐月賞を終えた直後は、そりゃもう落ち込みましたとも。ええ。
最後の最後に皆のスパートについていけず、力負け。横並びからでは絶対に敵わないという事実を押し付けられたようで、凹みっぱなしでしたとも。
けど……まあ、負けは珍しいことではないし。
少し時間を置いて振り返ってみれば、むしろ皐月賞で5位入着は結果としては上出来ではあったのかなと思い直した。
やっぱり2000メートルっていうのが厳しかった。
レース後は相応に皆バテきっていたけど、有力ウマ娘たちの一部はスタミナを削りきれずにラストスパートを許してしまった。これはさすがに距離の問題が大きいんじゃないかと思っている。
あと距離に対して人数が多すぎた。フルゲート全員にトリックを仕掛けられる時間なんて無かったし、中には完全ノーマークだった子もいる。
実際、今回私より上に入賞した子は人気低めの子が多かったしね。
……まぁ、ね。そりゃ、私が遅いのが全ての原因ではあるんだけどさ。
遅いのを今になって悔やんだところで意味のない話だし、考え方をちょっと変えてるだけではあるんだけど。
こういう部分からメンタルを持ち直していくのはきっと、大事な作業なんだと思ってる。個人的にはね。
巷では周囲を引っ掻き回す私の走りについて色々言われていることもあるようだけど、そういう意味では五位入着って微妙な線かもしれない。
なんだかんだで掲示板入りだし、とはいえその中でも一番下だし……。
……おし。切り替えていこう。
負けは負け。私がすべきことはどう足掻いても小細工だけなんだから、また今日からトレーニングに集中しなければ。
「ネイチャ。約束は覚えてるよねー?」
奮起した私の前に、良い笑顔をしたトウカイテイオーが立ちはだかった。
……約……束……?
「あ。あー、そうだぁー、帰って空手の稽古の時間だぁー……」
「ネイチャが約束破ったって言いふらしちゃおっかなぁー」
「あーもうはいはいわかりました覚えてますぅ!」
ちっ。トウカイテイオーめ。レース直前に交わした約束のこと、しっかり覚えてたか。
あと何日かこそこそしてればバレないもんだと思ってたのに……。
「ボクの言うこと、何でも一つ聞いてくれるんだったよねー?」
「ぐぅ……ネイチャに二言はない……!」
「さっきはぐらかそうとしたくせにさぁ……ま、いいや。それじゃネイチャ、今日この後時間あるでしょ?」
「まぁレース後だし休養は長めに取ってあるから、時間はあるけど……」
「じゃあ一緒に遊びに行こうよ!」
「遊びー?」
「前は断られちゃったしさ。そのくらい良いでしょ?」
まぁ、別にそのくらいは構わない。
テイオーと遊ぶのは普通だしね。二人だけで出かけたことは無い気がするけど。
「よーし、それじゃあカラオケいっくぞー!」
「カラオケかぁー、好きだねぇ」
こうして私はテイオーと一緒に遊びに出かけることにしたのだった。
テイオーは皐月賞に勝った後、それはもう色々なところから取材を受けて忙しそうにしていた。
皐月賞ウマ娘だ。しかも無敗ともなれば、ファンも増えるし期待だってされる。メディアもこれからのテイオーの動向はしっかり見ておきたいところだろう。
元々キラキラウマ娘だったテイオーだけど、最近はより一層キラキラしてる。
友達とはいえ、私が隣を歩くのはちょっと場違いなんじゃないかって思うことがある。……考えすぎなんだろうけどさ。
「いぇーい!」
テイオーは歌が上手い。ダンスも上手い。何よりとても楽しそうにしている。
こうしてカラオケで歌っていても、パフォーマンスを欠かさない。ウイニングライブのお手本にされるだけあって、やっぱり凄いわ。テイオーは。
「ほらほらネイチャも! デュエットこっちの歌ってよ! 知ってるでしょっ?」
「えー? 私こっちの男パートかー、知ってるけど」
無敗のウマ娘だけど、三着の振り付けもちゃんと覚えてるし完璧に踊ってみせる。
笑顔は絶やさず、常に明るい。
……皐月賞では本当に極端にテイオーをマークしたけれど、それでもこうして私と一緒に遊んだりできる。凄いよね。全然怒らないんだもん。私は内心、さすがにそろそろテイオーから苦手意識持たれてるかなって思ってたから、こういう……何気なく遊びに誘ってくれるところに救われる。
「あー歌ったぁ! ネイチャも歌うまいよねー」
「あはは、テイオーほどじゃないよ。練習はしてるけど、人並みですわ」
ひとしきり曲を歌い終わったら、ドリンクバーでまったり。
テイオーが調子に乗って五時間パックなんて選んだもんだから時間ダダ余りよ。二人で五時間は厳しいって。
「……ネイチャはさ。大変だよね」
「ん?」
どしたの急に。
「ほら。ボクも初めてG1に勝ったからさ。取材とかも多かったし……自分がどう見られてるのかって、ちょっと気になったりしてさ。トレーナーからはあまり気にしないほうが良いって言われてても、どうしても見ちゃうんだよね」
「あーわかる」
私も前に“もう見るのはやめよう”って思ったけど、どうしても折に触れてチラッと見ちゃうわ。
ていうかトウカイテイオーだったら悪いことなんて書いてないだろうし、見てもいいと思うんだけどなぁ。
「……やっぱりネイチャも自分の事とか、見たりするんだよね。そういう所だと、ほら……結構酷い書かれ方、してたから」
「あーそうね、最近すごいよねぇ……私も見ちゃいますよ。他の子のレースとか動向を探ってるとどうしても目に入っちゃうから。いやー、私ってば完全にヒールが板についてきましたわ」
逆に私くらい開き直ったスタイルでいると、けちょんけちょんに言われていてもそれはそれで楽しめるんだけどね。
「その、さ。ネイチャは辛くない?」
「辛くないよ」
私は即答できた。
まぁムカっとなる書き方してる記事はたまにあるけどさ。
「私はさ、キラキラが欲しいんだ」
「キラキラ……」
「二位でも三位でもない、一等賞。そのためなら出来ないことはすっぱり諦めるし、私に合った一番いいやり方を見つけてみせる。友達の弱点を粗探ししても、他人の脚を引っ張ってでも。当然、それで人から何かを言われても。それでキラキラが掴めるのなら……」
天井を仰ぎ、回っていない小さなミラーボールに手をのばす。
「……そのためなら私は、どんな悪役になっても構わない」
悪評も逆風も、全部ひっくるめて私の走りだ。それはもう覚悟してる。
正攻法ではない邪道を進むと決めたんだ。後はもう皿までモグモグしてやりますよ。
「……つ、強いなぁ、ネイチャは」
「まぁそこまでやっても五着だったけどねぇ」
「強いよ。……それに、記事を書いてる人は知らないけど、ボクたち一緒に走ったウマ娘はちゃんとわかってるよ。ネイチャの走りの技術も、レースにかける想いも」
やめてよ。そんな主人公みたいな顔して主人公みたいなこと言うのはさ。
私悪役だよ? 消滅しちゃうよ?
「ボクは、ネイチャのこと認めてるから。応援するし、何かあったら力になるよ。……でもそっか。ネイチャがあまり気にしてないなら良かったよ」
「あー主人公してるなぁ……まぁ、ありがと。私もウマ娘だし迷うことはあるから、嬉しいよ」
まっすぐだなぁ。トウカイテイオー。
本当にもう、私には勿体ないくらい良い友達だよ。
「……じゃあさネイチャ。次は日本ダービー出てみない?」
「は、はぁー? ダービー? なんでまたそんな大舞台に……」
「皐月賞走ったなら当然じゃない? 怪我も無いでしょ? だったらボクはまたネイチャと勝負したいんだけど」
……日本ダービー。ウマ娘にとって憧れのG1レースだ。
正直、私は場違い感あるんだけど……考えてなかったわけじゃない。2400メートルはきっと私の得意な距離だしね。
……なんとなくダービーに出るって口に出すのが私らしくなくて恥ずかしいなって思ってただけ。
「よーし……じゃあ命令!」
「えっ」
「日本ダービーでボクともう一度勝負だ!」
「……命令はもう使ったじゃん! カラオケ!」
「ふふん、カラオケはただの遊びだもんね。まだ命令使ってませんでしたー」
「ぐぬぬ……! ……ふーん、そこまで言うならやってやろうじゃん。2400は私の得意な距離だもん。今度こそテイオーのこと、たくさん邪魔して負かせてやるんだから」
「……!」
ちょっと座る位置を詰めてやると、テイオーがぎょっとしたように尻尾を立たせた。
「ね、ネイチャって本当に意地悪するよね……!」
「当然じゃん。人の嫌がることを考えて、ねちっこく弱点を調べるのが最近の私のスタイルだもん」
「……で、でもボクの弱点、そんなに見つけられるかなぁ? ネイチャがボクに勝てる未来なんて見えないけど……?」
そんな挑発するような言い方されたら、私もムキになっちゃうんですけど。
「……最近の私、人の嫌がることを探すのが得意だから」
「あっ、ちょっと何っ……ネイチャ……!?」
テイオーの肩に手を置いて、ずいっと正面に回り込む。
そのままテイオーの膝に座って、じー……っと、見つめる。
「あ、だからぁ、こういうのは……」
「へー、意外。テイオーこういうの慣れてるかと思ったけど……正面からじっと見られるの苦手なんだぁ」
「……全然、平気だよっ」
今更キリッとさせても、眼の動きで動揺してるのはわかる。
肩をそっと触られるのも少し抵抗があるのか、落ち着かない様子だ。
……ああ。あのトウカイテイオーが。皐月賞を取ったキラキラウマ娘が、私を前にしてちょっと弱っている。
そんなテイオーを見てるとなんだか……仄暗い楽しみを覚えてしまいそう。
「じゃあさー……テイオーが他にはどんなことをされたら苦手なのか……教えて欲しいなぁ」
「そ……そんなの、ネイチャが調べてみたら良いじゃん……? そんなすぐに、わかるものじゃないと思うけどね……!」
負けず嫌いな奴。でも。
「そこまで言うなら調べちゃっても良いんだ……?」
「……!」
少し垂れ気味になった耳の近くに顔を寄せる。
「どういう声が苦手……? 小さい声? 大きい声……?」
「ッ……!」
「高めの声? 低めの声……? あ、低めの声で反応したねぇ。“こういう声が苦手なんだ”……?」
「あ……ネイチャっ、ちょっと、そんな近くで……!」
「ほら、もっと教えてよ。テイオーの弱点。大丈夫、痛いことはしないからさ、安心して……?」
「う、あう、ぅあぁ……!」
「じゃあ次はねー……テイオーのどこを暴こうかなぁ……」
それから結構な時間、私はやけに強情なテイオーを動揺させたりからかったりして、彼女の幾つかの弱点や苦手なことを引きずり出すことに成功した。
「も、もう。本当に酷いよ、ネイチャ……!」
「あはは。私の勝ち」
終わった後にはテイオーが涙目で静かに怒ってたけど……うん。
こういう走りをしてから、人が戸惑ったり動揺するリアクションを見るのが楽しみになってしまったかもしれない。
「……またテイオーのこと、困らせていい?」
「え、えっ!? そ、そんっ……別に今回も困ってないし……いくらでもすればいいんじゃないっ……?」
いや、本当に負けず嫌いだなぁ……。