デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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チーム・デネボラのトレーナー

 

427:名無しの野次ウマ ID:wYtVId+qa

 

まぁナイスネイチャも色々言われてるけど、ダービーに出るとしたら真面目に走って全力を出してほしいよな

 

ダービーだけは荒らさないでほしいわ

 

 

 

「……やれやれ。外野の意見はいつだって脳天気なもんだな」

 

 少しでもライバルの情報を漁るために、普段なら巡回しないようなサイトにも指を伸ばしてみたが、やはり匿名掲示板というものは参考にならない。あまりにもノイズが多すぎる。

 だが怠るわけにもいかなかった

 俺の担当する“チーム・デネボラ”は、次のダービーで“ナイスネイチャ”と当たるだろう。普通のウマ娘相手ならばここまで執拗に調査などはしないが……“ナイスネイチャ”となると話が変わってくる。

 

「トレーナー」

「おお、リオナタール」

 

 走り込みを終えたリオナタールが戻ってきた。

 今年から入った我らがチーム・デネボラ期待の新星だ。

 次のダービーのために調整を続けているところだが、トレーニングは何でも真面目にこなしてくれるおかげで仕上がりは現時点でも悪くない。

 年末の故障で少し予定は狂ったが、それ以降は問題らしい問題も見当たらない。青葉賞も順当に勝ち、今ではダービーでの有力候補の一人として名前も上がっている。トレーナーとしては育てがいのある時期だ。

 

「トレーナー……ちゃんと見てましたか? 私の走り」

「見てたよ。半分くらいな」

「専属トレーナーなんですからしっかり見てください。悪い癖ですよ。トレーニング中も食事中もずっとスマホばかりいじっているんですから」

「悪い悪い。こっちも敵情視察があってな」

「スマホで敵情視察ですか……」

「いい時代に生まれたもんだと思っているよ。逐一ビデオを貸し借りしなくても簡単にレースが見れるんだからな」

 

 チーム・デネボラを率いるにあたって、俺は情報を何よりも大切にしている。

 もちろんウマ娘自身の努力や頑張りも必須のものだが、トレーナーとして支えるのであればより実のある方向性からサポートするべきだというのが俺のポリシーだった。

 

「……敵情視察は、トウカイテイオーですか」

 

 リオナタールの表情が曇る。

 ……そうだな。トウカイテイオー。あのウマ娘は……恐ろしい。皐月賞ウマ娘ということもあるし人気があるのは当然だが、それを抜きにしても彼女の輝きが褪せることはないだろう。

 リオナタールも速く強いウマ娘だが、世間の話題でいえばほとんどがトウカイテイオーに奪われていると言っても過言じゃない。

 

 意識するなという方が無理か。

 とはいえ、トレーナーとしてはトウカイテイオーだけに固執してほしくもないのだが。

 

「調べていたのはトウカイテイオーじゃない。ナイスネイチャだよ」

「……ああ、ナイスネイチャですか……」

「あからさまに嫌そうな顔をするな?」

「いえ、嫌いというわけじゃないんですが……最近雰囲気がちょっと、なんといいますか。苦手で」

「ふん? 走りではなく雰囲気だけか?」

「……どっちもです」

「正直は美徳だな」

 

 ナイスネイチャ。クラシック級に突如として現れた……ある意味で巨大な新星だ。

 

 彼女は一部においてはトウカイテイオーよりも有名だろう。

 

 レース中は常に前を塞ぐように走り、集中を乱すささやき戦術を使い、とにかく様々な手を使って他のウマ娘達を“遅くする”。

 

「ナイスネイチャの走りは恐ろしいな。最近はよく彼女の走りを研究しているが、調べれば調べるほどに異質さが見えてくる」

「……前を塞いで垂れてくるのが恐ろしい相手です」

「そうだな。しかもそれが“一度きりじゃない”。何度も何度も前に出ては、何度だって垂れ込んでくる」

 

 ナイスネイチャの異質さとして、レース中に何度も加速と減速を繰り返す点が挙げられる。

 速度の安定しない波のある走りが、何度もコースを塞ぐ蓋戦術を可能としていた。

 

「たまに、模擬レースを一緒に走ることがあります。そういった練習ではあのナイスネイチャも“そんな走り”はしないようなのですが……知っている方としたら、塞がれるのが嫌で前を急いでしまい……」

「掛かり気味になる、か」

「はい。ペースを保てなくなります。彼女がいると」

 

 幸い、ナイスネイチャはそこまで速くない。

 模擬レースを見て見間違いかとも思ったがどうやら実際にそうらしく、スピードそのものは全く大したことがないウマ娘だった。

 だから前を塞がれないように強めに前を取れば、ナイスネイチャから入る邪魔は最低限で済む。

 

 しかしその代償は必然的に上がるペース。同じことを考える者たちとの遭遇戦じみた不本意な競り合い。

 

 ナイスネイチャから逃げた先で引き起こされるスタミナの削り合いが、結果としてナイスネイチャの利になってしまうのだ。

 

「ダービーは長い。トウカイテイオーも第一仮想敵として見るのは変わらないが、ナイスネイチャからも目が離せないな」

「……皐月賞、五着でもですか」

「ああ。この際ナイスネイチャの戦績は重要じゃない。あのウマ娘の対策を怠ると容易に出し抜かれるぞ、リオナタール」

 

 伊達にナイスネイチャも多くの悪名で呼ばれていない。

 彼女の走りにかかれば有力なウマ娘が大きく順位を落とすことなど珍しくないのだ。それは、これまでの彼女のレースから見て取れる。

 

「ナイスネイチャは人気上位の相手をよく研究してる……俺とは気が合うタイプだな」

「トレーナー」

「冗談だ。だが、ダービーでは気をつけろ、リオナタール。予言するが彼女はお前の走りもマークするだろう」

「……! トウカイテイオーではなく、私を……ですか」

「ああ。多分だがナイスネイチャはそれをやってのける。一つのレースで何人もマークするなんて芸当が、あれにはできる」

 

 皐月賞の映像を見返していて愕然としたよ。

 ナイスネイチャは目が八つくらい付いてるんじゃないかってほど視野が広い。

 基本的にはテイオーにぴったしだったが、レース中はずっと他にも牽制を仕掛けているようだった。

 

 ダービーは芝2400。距離が長ければその分、バテた時のダメージが大きくなる。

 トウカイテイオー相手に余裕のない走りで勝てるとは思えない。勝ちを狙うなら必然、スタミナを削ってくるナイスネイチャへの対策を立てなければならなかった。

 

「前を塞がれた時のために追い抜きの練習もこなしていくぞ。ダービーでは絶対に緊張するだろう。混み合った中から冷静に脱出するスキルを磨いていけ」

「はいっ!」

 

 ああ、実に素直で良いウマ娘だ。

 手のかからない子を物足りないなどと言う物好きなトレーナーもいるが、やはり彼女は俺と相性が良い。

 

 それと比較すると、ナイスネイチャは……ああ、まだ専属トレーナーがついていないんだったか。あの子の専属は大変そうだ。

 まだトレーナーのいない小さなチームでやっているらしいが、そろそろ子どもたちだけでのチーム運営にも無理が出てくる頃だろう。会議でチーム・カノープスのトレーナーに関する話題も上がっていたっけか……。

 

 ……あのナイスネイチャのトレーナーか。

 いやぁ……面白いウマ娘だとは思うんだが、さすがに世間からの風当たりを考えるとどうしてもな……手を出す気にはなれん。

 とはいえトレーナーがつかないままでいるのも可愛そうだとは思う。

 

 新米トレーナーでもなんでもいいから、誰か担当になってやればいいと思うのだが。

 

 ……保身を優先する俺が言えたことではないか。

 

 

 

 

 

 

 


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