デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
私達のチーム、カノープス。
未だにメンバーは三人だし、私もイクノも諸々の手続きはしっかりやれるので、今まではトレーナー無しでもどうにかなったんだけど……。
最近ではイクノも調子を上げてきたし、私もG1レースに出るようになったこともあってか、取材の申込みが結構来てたりする。
コースやトレーニングルームの使用申請とか出走手続きなら個人でもできる範疇だけど、近頃は勝負服の原案やり取りだとか取材対応だとか、ちょっと想像できてなかった煩雑なやり取りが多くて忙しくなっていた。
正直私、自分がこう、今みたいにバンバン取材を受けるような立場になるとは思ってなかったからね……そんなに勝ててるわけでもなかったから。うん。
今はまだ一部の信頼できる記者さんに対応してるだけで、他はシャットアウトしてもらっている状態だ。
けどそれも時間稼ぎにしかならないようで、ゆくゆくは専属のトレーナーをつけて業務の肩代わりをしてもらわないと駄目だと、たづなさんから注意された。
もちろん、トレセン学園側も私達カノープス……というか私を取り巻く悪評とかについてはわかっているので、トレーナーさんの方が寄ってこない状態なのは把握されている。けどまあ、私達も個人で自由にトレーニングプランを組める現状に甘えてトレーナー獲得に向けて積極的に動かなかったのも事実なわけで。
これから更に忙しくなればトレーニングに差し支えてくるだろうし、何より私やイクノのわがままにツインターボを巻き込んでしまうのは気が咎める。
結局、私はたづなさんに“自主性を重んじてくれるトレーナーさんをお願いします”とだけ要望を出しておいた。
トレーナーさんの意向でまた私の走りのスタイルを変えられるとね……うん……さすがにやっていけないので。
けど私の悪評と二人三脚でやってくれるトレーナーさんがいるとも思えないんだよなぁ……。
そう思って、ネイチャさんとしてはあまり期待はしてなかったのですが。
「えー、カノープスのみなさん、はじめまして。今日付けでチーム・カノープスのトレーナーとなりました、
「トレーナー!? 生きてたの!? 良かったぁ!」
「えぇ……ツインターボさん……ですよね? 僕は特に生死の境を彷徨った覚えはないのですが……」
なんかうちにトレーナーが生えてきました。
「よろしくおねがいします。イクノディクタスです」
「ターボはツインターボだ!」
「ちょちょちょ。待って待って。たづなさんに頼んだのが昨日なのに……なんで早速トレーナーさんが出てくるわけ……?」
「ナイスネイチャさん。挨拶も無しというのはさすがに……」
「あ、一応カノープスのリーダーやってます。ナイスネイチャです。どうぞよろしく……」
「ああ、いえいえ。南坂です。今後ともよろしくおねがいします」
南坂さんは優しげな目をした、とても温厚そうな若い男の人だった。
包まず言えばイケメンである。イケメンじゃない人とイケメンな人のどっちが良いかと言われたら誰だってイケメンが良いと言うだろう。なのでそれはいいとして。
「えーと……トレーナー? でいいのかなぁもう。トレーナーはどうしてうちのチームに?」
あヤッバ。なんか面接みたいな言い方しちゃったし。
「はい。僕はまだこの中央トレセンにやって来たばかりなのですが、まだ誰も担当ウマ娘がいなかったんです。そこに昨日、駿川さんからカノープス専属の打診がありまして。新米トレーナーでよければ是非お受けさせてください、と……あ! もちろんこれまでのチーム・カノープスのやり方について大きく変更するようなことはしませんから、ご安心を」
おっと、随分と真っ当な理由でうちに来てくれたんだ。
しかもこれまでのやり方にも理解を示してもらえてるってことなのかな? だとしたら願ったり叶ったりじゃん。
……でも本当に理解してるのかな? 私の走りを知らずに担当になるんだとしたら、そこは可哀想な気もする。しっかり確認しておくかぁ。
「えーと、トレーナーになってくれるなら正直すっごい助かるんですけど……本当に大丈夫なんですかねぇ? ほら私、あんまりいい噂とか無いですしー……」
「ナイスネイチャさんの噂や評判についてはもちろん聞き及んでますよ。有名ですからね」
「……知った上で?」
ちらりと顔を見上げてみると、南坂トレーナーはやはり優しげに微笑んでいた。
「専属トレーナーになることを決めたのは昨日ですが、チーム・カノープスの走りは前々から個人的に応援していたんですよ。……僕はトレーナーになるのですから、気兼ねする必要はありませんよ」
あらやだ……心までイケメンじゃないの……。
「よろしくおねがいしますッ!」
「はい。これから一緒に頑張っていきましょう」
こうして私達のチーム、カノープスに専属のトレーナーさんが加わったのだった。
南坂トレーナーが入ったことで、私とイクノの肩の荷は一気に降りた。
なにせ今までやっていた事務作業のほぼ全てをトレーナーに託せるようになったのだ。生まれた余裕は決して小さいものではない。
「し、しかしお二人とも随分多く出走されるんですね……怪我だけは注意してくださいよ?」
「大丈夫大丈夫。私は絶対に怪我だけはしないように走ってるし、イクノもそこらへんのマネジメントは凄いから」
「目指せ故障ゼロ。我々の目標の一つです」
ある意味でそんな考え方が無意識のうちに“速度のブレーキ”になっているのかもしれないけど、怪我をしては元も子もないのは確かだ。
レースの出走回数は多いけど、身体を壊さないように気を遣ってはいる。これでもね。
「なるほど、だったら安心ですが……今後は本番のレースだけでなく、トレーニングでもレースをしてみるのはどうですか?」
「トレーニングでレースねぇ……あ、模擬レースとか?」
「学園の方でも授業の一環として模擬レースをすることもあると思いますが、それとは違ってチーム合同で行う模擬レースなどです。本番と違って移動の時間も削減できるし、トレセンの強いウマ娘と実戦形式で競い合うこともできますから。決して無駄にはならないと思いますよ?」
……なるほど、他のチームと合同の模擬レース……。
確かにそれなら本番と変わらない状態で走れるかな? 駆け引きを試すことだってできそうだ。
「それと包み隠さず言えば、カノープスも本格的にチームとしてやっていくのであれば、そういった別チームとの付き合いを増やしていくのも重要ですから。もちろん、僕は皆さんの判断を尊重しますが……」
「ナイスネイチャさん。私はトレーナーの意見に賛成です。学園のコースで実戦さながらのレース経験が積めるのであれば拒否する理由もないかと」
「ふふん……? つまり……ターボが勝つってことか」
他の二人も意欲的だ。当然私も乗り気である。
「うん、良いんじゃないかな。チーム合同の模擬レース、面白そう。トレーナーさんにおまかせしても良いかな?」
「はい。……あ、何か他のチームについて希望があれば今のうちに聞いておきますけど」
「希望かぁー、別にどんなチームでも良いんですけどねぇ。副会長さんにお世話になってるからリギル……はいやいや、流石に相手が悪すぎるか。……私らの実力に合った感じであればどこでも良いです、あはは」
「なるほど。では、いくつかのチームに打診しておきますよ。希望があれば複数のチームと一緒に走りたいですね」
うんうん、どうせ実戦形式でやるならフルゲートで走ってみたいもんね。
いやぁ、トレーナーがいるとやっぱり違うなぁ。捗るというか、本当に助かるっていうか。
もっと早くたづなさんに泣きついてれば良かったかもしれんね。