デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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重くはないはずの合同模擬レース

 

 トレーナーにお任せしておいたチーム合同模擬レースの開催は、驚くほどスムーズに決定した。

 距離は1600メートルで18人立て。参加することになった6チームそれぞれから三名ずつ選出してよーいドンだ。

 同じチームから三人が出るものの、別にチームでの勝利を目指そうとかそういうレースというわけではなく、あくまで個人種目。手の内が割れてる同じチームメンバーとも一緒に走ることで、それはそれで刺激になればということだけども。

 

 いや、それはいいんだけどね。

 日程とかもびっくりするくらい近いとこで決まったんですけどね。

 

「結構知ってる子が多いなぁ……?」

「どれどれ、ネイチャ見せて。……うーん、ターボ知らない!」

 

 うちのマメなトレーナーさんが一応はとプリントしてくれた模擬レースの出走表には、かつて走ったことのあるウマ娘の名がちらほら交じっていた。

 

 ハイテイカイホウ、ニシキドライバー、スリップギャード、ピナクルターキー、モロゾフウォッチ……。

 他にも私が負けたことのある逃げウマ娘や追い込みウマ娘もいる。一部知らない子もいるけど大体知ってるわ。なんでだろ。

 

「それはおそらく、ナイスネイチャさんへのリベンジマッチということもあるのでしょうが……」

「それかぁー、まぁ無くは無さそうだけど」

「それ以上に、一度走ったからこそナイスネイチャさんの走りの脅威をより強く意識するようになったのではないでしょうか」

「ふーん……より良い対策を立てるために一度模擬レースでぶつかってみる、ってことかな」

 

 まぁ私も色々なレースにバンバン節操なく出走してるからね。ありえない話じゃないか。

 それにしても、チーム合同だとコース利用の申請も取りやすいのはなるほどって感じだね。今まで人気のない所で走ることが多くてターフはそこまでだったから、今後もトレーナーさんには助けられそうだ。

 

 

 

 そして模擬レースの当日。

 平日の授業終了後、まだ外の明るいうちに私達はターフの上にやってきた。

 

「距離は短めですが、ゲート訓練もできるのは嬉しいですね」

「まぁ、そうねぇ。ていうかしっかりゲートも使うんだねぇ。すっご」

「うー、ゲートは別にいらないんだけどなぁ……」

「まぁまぁ」

 

 模擬レースは実戦形式なので練習用のゲートも借り出しての本格的なものだ。

 服装こそ体操着だけど、それぞれちゃんとゼッケンもつけている。ゼッケン持ちが18人もいるとさすがに空気がパリッとしてきますねぇ。

 

 集まった他のチームの人達は真剣な表情でアップしている。

 そのチームのトレーナーさんも、激励したり小声で作戦を伝えていたりと色々だ。

 

「……ナイスネイチャ……また一緒に戦えるなんてね」

「今度こそ……絶対に」

「大丈夫。平常心……ただの模擬レースだもの……」

「ハァ、ハァ……! じゅるッ……!」

 

 そして何より……感じる。ウマ娘たちのヒリつくような視線を。

 

「今回はマークされそうですね。ナイスネイチャさん」

「されるかなぁ……いや、されそうな雰囲気だけど。私の走り方を知ってるならマークなんて難しいだけだとわかってるはずなのに……」

「今回は模擬レースなので、駄目を承知で試してくるかもしれませんよ」

「なるほど。試してくるパターンも無くはないか……」

「……なんか二人とも、作戦会議してるみたいでカッコいい! ズルい! ターボも参加する!」

「いや、作戦会議っていうか一応今回も個人競技なんだけどさ……ターボはいつも通り全力で逃げるのが一番じゃない?」

「私もそう思いますよ」

「わかった! よし、完璧な作戦だ……!」

 

 せやろか……?

 まぁまぁ、ツインターボにとってはいつも通りの走りが最善な気がするよ実際。

 

 ……ていうか私とイクノは慣れてるからいいけど、他の子達は大丈夫なのかな。

 前でターボが爆逃げしつつ、後ろでは私が小細工を仕掛けてるのってすごい気が散りそうなんですけど。私だったら絶対に走りたくないですわ。

 

「三人とも、怪我をしないようにだけ気をつけてくださいね」

「はーい」

「もちろんです」

「うん!」

 

 そしてうちのトレーナーさんはといえば、作戦会議自体にはあまり参加しない。

 初対面の時に言ったように、走り方そのものにはあまり干渉しない主義のようだ。放任と言ってしまうと少し感じが悪いかもしれないけど、カノープスにとってはそんな気風が結構ありがたかったりする。

 

「……しっかし、模擬レースだっていうのになんというか……観客が多いですなぁ」

 

 努めて視界に入れないようにしていたんだけど、ちらりと顔を向ければ……座席には結構な人数の観客が座っている。

 ほぼ皆ウマ娘のはずなのに、観客の数は下手をしなくても模擬レースに参加するチームよりも多そうだった。

 

 ……あっ。しかもテイオーいるじゃん。何してんのテイオー。

 ちょっと手を振ってやると、テイオーは苦笑しながらパタパタと手を振り返してくれた。

 ……まぁ、これまで沢山のレースに出てるから今更研究されたところでどうってことないですけどね。

 

「ん? ……げぇ、よく見たらリギルの人も何人かいるし……」

「本当ですね。エアグルーヴさんの姿も見えます」

「うわぁ本当だ。えぇー……私達くらいの模擬レースまで見に来るのかぁ。やっぱ強いチームの人って違うなぁ……」

 

 今回の模擬レースに参加するチームはどれも超最前線で活躍する……というほどのチームではない。オープン戦くらいを基準に選んだとトレーナーは言っていた。

 なのにあの観客席の賑わいよう。うーん……合同の効果もあるのかな。おそるべし。

 

「ぁああ……! わ、私がこんな場にいるのはあまりにも……あまりにも不釣り合いッ……!」

 

 ていうかさっきからハァハァジュルジュル言ってる騒がしいウマ娘がいるんだけど彼女は平気なのだろうか。

 私が視線を向けるとスッと白目を剥いて停止するから直視するのもちょっと怖いんだけど。

 

「ああ、彼女はアグネスデジタルさんですね。彼女はリギルのエアグルーヴさんからの推薦で今回の模擬レースに参加することになったようですよ」

「へえ? 副会長が」

 

 トレーナーさんは事情を少しばかり知っていたらしい。

 アグネスデジタル。まだ一緒に走った相手ではないので詳しくは知らなかったな。

 

「僕も詳しくはないのですが、なんでも“そんなに長文を何度も送りつけてくるなら一緒に走ってしまえ”とかで、強引に参加させたようで」

「ちょっとよくわかんないっすね」

「実を言うと僕もよくわかりません」

 

 まぁいいや。副会長さんのことだしこれも悪いことではないんだろう。

 私は私で、このレースをいつも通り、本気で走り切るだけだ。

 

 距離が短いのは難しいところだけど、逆に良い経験になるかもしれない。頑張っていきましょう。

 

 


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