デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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勝利のための布石

 

 ウマ娘たちがゲート前に集まり、一人一人本番さながらに入ってゆく。

 私は6番。最初の直線は短くコーナーが近い。こうなるとどっちつかずの番号は結構周囲の動きに翻弄されがちだけど、今日の模擬レースに限って言えば私が翻弄する側だ。

 

「まぁ本番ってわけでもない模擬レースだし、ゆるーくやっていきましょうねー」

「え、あ、うん……」

 

 ゲートの裏が閉じる音をカウントしつつ、いつものお喋り。隣の子は話しかけられて身構えてるけど、それはそれで効果があるだろうし構わない。

 出走まであと10人。

 

「ナイスネイチャ。私、貴女に何をされても負けないから」

「ん?」

「コポォ」

 

 そうしていると、二つ隣のゲートから言葉を返された。

 ニシキドライバーだ。相変わらず敵愾心が強いと言うかなんというか。

 ゲートはあと……7人。

 

「模擬レースだからって絶対に負けてやらないよ」

「私も」

「本気で行くからね」

「ナイスネイチャさん。言うまでもありませんが、同じチームとはいえ私も本気でお相手します」

「ドプフォ」

 

 ふふふ、いいじゃん。みんなやる気十分。そうだね、模擬レースなんだから本番相応にやってもらわないと私も困るよ。

 イクノと本番さながらのレースっていうのも悪くない。

 あと4人。もっと会話に熱中させて出遅れ増えないかな。

 

 ……ていうか既にゲート内で過呼吸っぽい子がいるんだけど大丈夫?

 スタート前に脱落してるわけ? なにゆえ? ……アグネスデジタルだっけ。ひとまずマークは外しておくか……。

 

 まぁいいや。とにかく、仕込みからやっていこう。

 

「ふーん……皆私に勝てると思ってるんだぁ……けど、一着は無理だと思うけどねぇ」

「何よ、そんなこと……」

「だって今回、私達チーム・カノープス期待のエース……ツインターボがいるんだもん」

「……ツインターボ?」

「ふっふっふ……」

 

 私が思わせぶりに言うと、皆の注目がターボに向かう。

 ターボは不敵な笑いをして悠々とゲートインしたけれど、さっきまでさんざん入りたがらなかったのを私は知っている。かっこつけんな。

 

「そっか。まだみんなツインターボを知らないのか……あー、残念だったねぇ。まぁ、皆もすぐわかるよ。サイレンススズカと戦ったウマ娘たちと同じように……ね」

 

 意味深に語り、最後のゲートが閉まる。

 不気味な沈黙と緊張感の中、イクノディクタスだけが小さく苦笑していた。

 

 

 

 ガタン。

 

 ゲートが開いた!

 

「よーいドン!」

「ターボが一着だぁああッ!」

 

 逃げウマ娘四人の中で、私とツインターボがハナを切る。

 本当は完全に先頭に出たかったけど……やっぱターボのスタートダッシュは速いなぁ!

 

「なっ」

「くッ……」

 

 焦るのはターボ以外の三人の逃げウマ娘達だ。私がスタートダッシュすることはわかっていただろうけど、ツインターボが一気に前を取ることまではイメージできなかったらしい。

 しかもターボはそれだけじゃない。最初からペース配分を考えない全力疾走でスタートを切る。そこに“あの”サイレンススズカの脅威を重ねるかどうかはわからないけれど、無視はできないだろう。

 

 逃げ4、先行6、差し5、追い込み3。

 1600は正直キツい。色々仕掛けるにはあまりにも短すぎるせいだ。それでもターボがいるおかげで、今回は逃げウマ娘の対策を薄くしてもなんとかなりそうな気がする。上手くいけば先行組も潰せるかも。

 先行のモロゾフウォッチ相手はマイルだと厳しいか。いやターボのスタミナ殺しに賭ける? それよりは同じ差しのピナクルターキーとニシキドライバーを牽制しておくか。

 

「ほら、前が開いてる。ターボの勝ちは、間違いないんだよっ……」

「……!」

「ふん、そんなの……引っかからない……!」

 

 マイルは短い。しかし、今のペースは明らかに速い。早くも先頭のターボによって、レースが縦長になってゆく。

 私の近くささやきを聞かされている二人も、この小細工を耳に入れないようにしようと頑張ってはいるようだけど、先頭のペースが明らかに速いのは事実だった。

 

 私はレース中に結構嘘をつく。だけど今回に限っては嘘じゃない。

 実際、ツインターボがハナを譲らず真っ先にゴールすることだって……まぁ、あり得ない話じゃないんだ。

 

「ほぉら、急げ急げっ……」

「うぅっ……もう、このぉッ!」

「フォカヌポゥ」

 

 一人がレース展開の速さに焦れて、無理めに前へ駆けた。

 けど私自身も他人事じゃない。実際にスパートを早めないと負けるかもわからない距離だ。

 

「ほら、イクノもそろそろ、走らないと……ッ」

「……!」

「デュフッ」

 

 念のためにイクノディクタスにもささやいてみたけど、ダメだ。さすがにタネが割れすぎてるし反応がない。

 彼女はコース選びのセンスも良いし視野も広いので、構うだけ無駄骨か。ターボと私の戦術を網羅してる彼女が今回一番の強敵なだけに、どうにかしたかったんだけど。

 

「なによこれッ……速すぎ……ッ」

 

 先頭は早くもスタミナ切れを起こし始めた。ターボの逃げを普通の逃げと勘違いして追従していた子の二人が失速する。あれはもう末脚どころじゃないね。

 堅実なもう一人、スリップギャードはやや後方を走っていたけど、最初のうちにターボに付き合った距離が長すぎてバテている。スタミナはある方だけど、さすがに序盤にペースを崩したらキツいでしょ。前を取られる心理的負担だって大きいはずだ。

 

「さて、そろそろいっちゃおうかなぁ……!?」

 

 残り500。ここからスパートをかけてもおかしくない距離。

 ハイペースでやや調子が狂っているとはいえ、追い込み勢は既にロングスパートをかけ始めている。でも今回はさすがにペースを乱されたか、私が前を塞いだり睨みをきかせるうちに沈みがちになっていった。

 

 でも最終コーナーは私の得意な場所だ。ここで一気に捲くりあげて……突き放す!

 

「うぉおおお……ターボが……一着……」

「お先にッ! ラチにぶつからないように気をつけてッ!」

 

 今の一言で若干外に膨れればコースを塞げるか? 望み薄か。

 すぐ近くにはイクノも迫っている。ここからは一人一人追い抜きつつ、一気にゴールを目指す闘いだ。

 

「くっ……!」

 

 私がイクノに勝てる要素があるとすれば、前を塞いでの完封くらいだろう。なにせイクノは私よりも速い。コーナーでは有利が取れるので一気に前に出て、あとは前を死守する他ない。

 

「勝ちます……!」

 

 気がつけば残り200。スタミナ切れを起こした無残な逃げ先行組みを追い越しつつ、ゴール板を目指す。

 けど背後のイクノの気迫がヤバい。作戦も割れてて通じなくてしかも速いって、軽くどころかかなり絶望的な相手だ。

 

 けど諦めない。

 スパートで興奮状態にあるからこそ、小細工を叩きつけてみる価値はあるはずだ……!

 

「だめ、イクノ! 後ろから凄い追い上げてきてる!」

「通用、しません……!」

「本当! 広がらないとこのままじゃ二人とも……!」

「正々堂々ッ!」

 

 いややっぱ通じないか! そりゃそうだわ! 私の考えた作戦半分以上話してるもんなぁ!

 

 ダメだ、あと100。イクノに抜かされる……!

 

「ぁああああッ! デザートの箱推しッ! 特上フルコース! こんなのもう……キェエエエエエッ!」

「うっわ」

 

 と思ったら更に大外からヤバい形相のウマ娘が猛スピードで追い越してきた。

 思わず身が竦むような猿叫じみた奇声と、一瞬だけ見えた横顔。

 

 それはスタートから早々に息を荒げていたのでマークを外していたウマ娘……アグネスデジタルだった。

 

「んほぉおおおお!」

「えぇ……」

「なんという速さ……!」

 

 最終的にアグネスデジタルは私とイクノの二人をぶっちぎり、一着をもぎ取っていった。

 私は三着。はい、イクノさんにも負けましたとも。

 

「はぁ、はぁ……キツ……なにこれ……」

「しんどい……」

「想像してたのと、違うレースだった……」

 

 終わってみれば、模擬レースはスタミナ切れの悲惨なウマ娘が死屍累々とターフに沈んでいた。

 私も結構しんどかったわ。知らずのうちにターボの勢いに引っ張られたかもしれない。

 

「ぐへぇ……」

 

 ちなみにターボさんは11着。まぁ、頑張ったよ。うん。

 

 コースの外からは大勢の見学者から惜しみない拍手が送られ、模擬レースだっていうのにちょっと本番さながらの嬉しさや悔しさがこみ上げてくる。

 あーあ。どうせなら一着取りたかったなぁ……。

 

「……しかし、アグネスデジタルかぁ。最初の過呼吸っぽい仕草も、私の裏をかく布石だったのか、それとも……」

 

 そして件の一着を取ったアグネスデジタルはといえば。

 

「しゅき……」

 

 そこらへんに転がってるウマ娘たちと同じように、ターフの上で安らかに眠っていたのだった。

 しかも胸の上で手を結びながら。

 

 ……うん。やっぱりよくわかんない子だわ。

 


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