デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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全員にとっての晴れ舞台

 

 

 日本ダービー当日がやってきた。

 いつか来る、いつかこの日がやってくると思って過ごしていたら……本当にやってきた。そんな日だ。

 

 G1レースの中でも……最も。そう言って良いくらいには有名で、栄誉ある舞台クラシック三冠の二つ目。

 日本ダービーが今日、始まる。

 

 

 

「もう作戦会議は必要ないですね?」

「ターボも出たかったなぁ」

 

 勝負服に着替え、いざターフへ。観客の犇めくそこへ向かう通路の前には、私のチームメイトとトレーナーが勢揃いしていた。

 イクノディクタスもターボも、私と同じように気負ってはいない。静かに背中を押してくれるのが心強かった。

 

「ん。もうやるべき事はだいたいやったし……他に下準備があるとしたら、他のライバルがいるターフの上だからね。早めに行かせてもらおうかとー」

「ナイスネイチャさん、僕たちは一番前で応援していますからね」

「はいよー。……ありがと。んじゃ、いってくるね」

 

 私は皆に手を振りながら、快晴の戦場へと駆け出していった。

 

 

 

 すごい歓声だ。

 ウマ娘の祭典で盛り上がる何十万もの人々が、入場する私達に応援の声を投げかけてくれる。

 まぁ、私に対しては結構ブーイングっぽい響きもあるんだけど、それでも一部といえば一部だ。負けじと応援してくれる物好きな人もいて、捨てたもんじゃないと思える。

 

『2枠3番、ナイスネイチャ』

 

 名前を呼ばれ、パドックへと躍り出る。

 うっわ、すごい人。モデルにでもなったみたい。

 

「おいっすー、ナイスネイチャでーす! 今日もがんばりまーす!」

 

 ポーズを決め、明るく挨拶。

 うん。……うん。間近で人の顔を見ると、結構ブーイングもはっきりわかるね。

 でもブーイングに対抗するように大きな声で声援を送ってくれる人たちは大きな励みだ。くれるっていうならありがたくもらっておこう。

 

「ナイスネイチャ……」

「ゲート近いんだよなぁ……どうしよ……」

「今日はハナを譲れないのに……!」

 

 で、ゲートの近くではライバルにめっちゃ警戒されまくってる。

 声をかけられると調子を崩されるかもしれないとでも思っているのか、さりげなーく私から距離を取ろうとしている子が多い。というかこれ、向こうのトレーナーの指示なのかもしれない。あいつには近づくなっていう。

 

 んーでもまあ、距離を取るってことはそれだけ意識しちゃってるってことだから、既に術中に嵌っているとも言えるよね。本番はゲートが開いた後だ。そこから私の存在をより強く思い出させてあげよう。

 

「ナイスネイチャ」

「ん。テイオー」

 

 大外のテイオーがようやくパドックからこっちにやってきた。

 盛り上がったのだろう。それはさっき聞こえてきた大きな歓声でよくわかる。

 

 ……うん、調子も良さそうだ。良いことだけど、参ったなぁ。

 前に結構揺さぶったつもりなのに、まだいつもの調子でいる。

 

 私に自分から声をかけるくらいだ……こりゃ厄介。

 

「テイオーは大外だけど、大丈夫ー? 距離もあるし、結構キツいんじゃなーい?」

「ふふん。ワガハイほど強ければどれだけ外でも平気なのだ!」

 

 いやほんとそれなんだよね。強がりでもないから困る。

 テイオーの枠番は端も端だけど、それを感じさせない走りをいつも見せてくる。

 ポジション取り上手いからなぁ……どうしたもんか。

 

「それに、ネイチャの方こそボクと距離があるせいで計画狂ってるんじゃない?」

「ぐっ……まぁちょっと仕掛けにくいかなーと思ってるのは事実だけどねぇ……」

 

 私は3番。テイオーとはあまりにも距離が離れている。しばらく走って集団が均されるまではお預けになるだろう。

 けど、足の遅い私にとって内枠はそれだけで有利ポジション。先の方でどのみちテイオーとかち合うことにはなるだろう。言葉には出してやらないけど、実際あまり気にしてなかったりする。

 

「はーあ……出だしからテイオーのすぐ近くで走りたかったなぁ……そうすれば……」

「そ、そうすればって……」

 

 髪をいじりながら少し近づくと、テイオーは苦笑いしながらさりげなく距離を取った。

 んーさすがにレース前には無理か。まだ少し私への苦手意識のようなものは感じるけど、掘り下げるのは今じゃなさそう。

 

 ウマ娘も次々にゲートに入り始めている。……テイオーだけじゃない。他の子にも牽制をかけなきゃ。私もさっさと準備を始めないとだ。

 

 けど、その前に。最後に一つだけ。

 

「……そうだテイオー。今日のレース、どうしよっか」

「え、どうするって?」

「勝ったら、相手になんでも命令できるの。今日もやろうよ? それとも、自信ない?」

「……ふふふっ、やっぱりネイチャはまたボクに勝つつもりでいるんだね。良いよ? どうせ今回もボクが命令しちゃう番だけどね!」

 

 よし、乗ってきた。まぁこれも取っ掛かりってことで。

 私としてもやる気は出る。

 

「それじゃ楽しみにしてるから。……ふふ、テイオーにどんな命令しちゃおっかなぁ……」

「……! もう……さっさとゲート入ろうよ!」

「はいはい」

 

 さて、いよいよだ。

 集中しろ。集中。ゲートの開放に神経を寄せつつ、口を回せ。

 

「一生に一度だけの舞台……まさか私みたいなウマ娘がこんな晴れ舞台に出られるなんてねぇ……今でも驚いてばっかりだよ」

 

 ファンファーレが響く。映像で何度も何度も聞いたそれ。

 勇猛で、荘厳な始まりの音。私にとっても神聖で、特別な前奏曲。

 

「そんな舞台に出られるんだったらさぁ、何か“誰もやったことのないコト”をやらかしてさー、目立ってみたい気持ちも出てくるよねぇー?」

「……!」

 

 ああ、このファンファーレに言葉を被せるなんて。自分でも最低だと思うし心苦しい。

 でもこれが大切。これがなきゃ私のレースは始まりさえしないのだ。

 

「皆にプレゼントしてあげる。自分の力を出しきれずに終わる、悔しい敗北をね」

 

 空気に緊張と怒気が交じる。

 

 全員がゲートに入る。

 

「一生に一度の日本ダービー、消化不良で終わっちゃうね?」

 

 さあくるぞ。始まるぞ。集中しろ。

 

 

 

 ――ガタン

 

 

「お先に失礼っ!」

「!」

「……ッ!」

 

 ゲートが開け放たれ、誰にとっても譲れないレースが始まった。

 

 開始たったの二十メートル。私はまだギリギリ、先頭だ。

 少なくとも始まったばかりの、現時点では。

 

 この優位を切り売りして、勝ちに行く。

 

 


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