デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

39 / 73
トウカイテイオー

 

 私のチーム、デネボラのトレーナー……獅子堂トレーナーは言った。

 

 

『ナイスネイチャの妨害……いや、この言い方は人聞きが悪いか。そうだな……“デバフ”とでも言おうか。これはな、リオナタール。俺から見たところ、“自分よりも前の相手”が主な攻撃対象になっている』

 

 

 獅子堂トレーナーは普段はずっとスマホだけを見ているような人だけど、情報収集能力は高い。彼の立てる作戦には私も一定以上の信頼を置いている。

 だから、この日本ダービーで彼の出す指示を疑う必要は少しもなかった。

 

 

『リオナタール。お前の脚質は差し……それも、レース中に自在に変えられるタイプの差しだ。ダービーでは後ろにつけて、後半から前につけろ。どうせ序盤の全体のペースはナイスネイチャに乱されるんだ。それまでは存分に脚と息を溜めて……後半に追い込んで、差せ』

 

 

 果たして、獅子堂トレーナーの言葉は現実のものとなった。

 前半は息を潜めて脚を溜め、後半に少しずつ解放し、解き放つ。

 作戦は決まった。面白いほどに。

 

 ……唯一の誤算は、そんな私の全力でさえも、トウカイテイオーに届かなかったことだろう。

 

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 トウカイテイオーが手を……二本指を掲げ、ダービーの勝利を誇っている。

 ……強かった。あまりにも。

 

 まさか、最後の最後であれほど伸びるだなんて、誰が想像できる?

 私も瞬発力には自信があった。トウカイテイオーがマークされているのであれば、それを容易に上回れるだろうと考えていた。なのに。

 

 間違いだった。……トウカイテイオーは強かった。

 私は二着。負けた。僅差……ではなかった。圧倒的に、負けてしまった。

 

 ……恐ろしい。まさか、あれほどの脚を残していただなんて。

 

 レースの展開は全て後方から見えていた。

 それは……私から見て、トウカイテイオーを主役と呼ぶにはあまりにも異様なレースだった。だからこそ、チャンスがあると思ったのだ。

 

 ナイスネイチャの“デバフ”は全てのウマ娘の調子を崩していたはず。

 彼女の仕掛けるそれはあらゆるウマ娘の精神を乱し、スタミナを削っていた。相手に悪手を掴ませるための誘導を全てこなしていた。

 中でもトウカイテイオーは特にその被害者であったはず。

 最初から大外で、内に入れず、前を塞がれ……彼女は調子を出せないはずだったのに。

 

 最後の最後で全てを出し抜いてみせた。

 完敗だ。地力の差を見せつけられてしまった。……悔しいけれど、あの子は強い。認める他にない。いっそ、清々しいほどに。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ナイスネイチャは消沈していた。

 無理もない。あれだけの難解な技を繰り出してもなお勝てなかったのだ。後ろから見えていた私には彼女の気持ちはよくわかる。

 ……四着。口惜しいの一言では言い表せない敗北だったことだろう。

 

「2400じゃ足りないか……いや、技術不足か。まだ……」

 

 ……いや。

 

 わからない。私には彼女の気持ちは、とてもではないけれど……わからない。

 

 彼女の走りは何だ?

 どうすればああいった走りができる?

 

 それは……ウマ娘の本能をねじ伏せた上で可能な走りなのか?

 

 レース中、あの子は。ナイスネイチャは一切の“本能”を発露させていなかった。

 威圧感も圧迫感も無い。淡々とした演技と騙し、それだけが……彼女の側にあったのだ。終わった後の冷静な振り返りだからこそ、それがわかる。

 

 ……どうして耐えられるの?

 ただ、走ることに全てを投じようとする衝動を抑え込んで……なぜ、理性的でいられるの。

 

 結果として、彼女は敗者ではある。

 だけど、私にはトウカイテイオー以上に理解できない存在だった。

 

「ネイチャ、……ボクの勝ちだよ」

「あー……あちゃあ。やっぱり駄目だった。……おめでとう、トウカイテイオー。日本ダービー制覇。これで……二冠目も取っちゃったね」

「うん。三冠までリーチだ」

 

 意外なことに、トウカイテイオーとナイスネイチャは仲が良いらしい。

 そういえば、同じクラスなんだっけ。関わらないようにしていたから、詳しくないけれど……。

 

「私も結構なぁ……自信、あったんだけどなぁ……」

「ナイスネイチャのおかげだよ」

「……私の? 何が」

「ナイスネイチャが、始まる前から。ボクを調子を崩そうとして。……勝とうとしてた。本気で。ボクは、なんかさ。そんなナイスネイチャの想いが……嬉しかったんだ」

「……なんなんすか、それ」

「そのまんまだよ。本当に嬉しかったんだ。ボクと本気でぶつかってくれる、ネイチャのことがさ」

「……ちょっと、わけわかんないなぁ」

 

 ナイスネイチャはどこか居心地悪そうに頬をかき、トウカイテイオーは逆に清々しそうな笑みを浮かべている。

 

「ふふん。それじゃあ、早速使わせてもらうからね、ナイスネイチャ。約束っ」

「約束……あー、はいはい。わかってますぅ、もうしらばっくれませんよー」

「当たり前じゃーん。……命令はねぇー……次の菊花賞もさ。出てきなよ。ナイスネイチャも」

「……ばーか、最初からそのつもりだっての」

 

 菊花賞、か。

 トウカイテイオーにリベンジするなら、それしかないか。

 再びナイスネイチャが出るのであれば、その対策もまた練らなくちゃいけない。

 トレーナーと要相談かな。

 

 や、その前に……ウイニングライブか。

 センターを飾れなかったのは残念だけど、仕方がない。着替えておこう。

 

 

 

 

 

「はい、ネイチャ成敗されましたー」

「ネイチャも強かったよ!」

「……ん。ありがと、ターボ」

「ええ。いい走りでした。惜しい結果ではありましたが……」

「ねー。それねー。三着に入ってれば踊れたのにねー」

 

 私、ナイスネイチャさんは四着。あえなくダンス圏外となりましたとさ。

 まぁ、掲示板には載ったし。晴れ舞台の結果としては悪くはないんだけどさ……。

 

 勝ちたかったよ、普通にね。

 

「まだ次があります、頑張っていきましょう。ナイスネイチャさん」

「はいはい」

 

 トレーナーも元気づけようと励ましてくれるけど、うん……さすがに今日中には立て直せないメンタルですわ。

 今日のところはずっとレース内容が頭の中をぐるぐるして、一人反省会状態になりますんでね……。

 切り替えもそう早くできるわけじゃあないんですよ……。

 

「あっ! ライブ始まる! おのれトウカイテイオー……次のダービーはターボが勝ってやるからなぁ……!」

「次のダービー……トウカイテイオーは出ませんよ?」

「出す!」

「ええ……」

 

 満員の観客。神々しいライトにステージが照らされて、今日の主役たちが踊り始める。

 

 ウイニングライブ。勝者に許された歌と踊り。

 ……ははは。やっぱりテイオーの歌は上手いなぁ。ああいうのをみると本当、ああいう場所にふさわしいんだって思……。

 

 ……。

 

 ……あ?

 

 

「テイオー?」

「? どうか、しましたか」

 

 ステージ上で踊るトウカイテイオーに違和感を覚える。

 いや、違和感というよりは……これは。

 

 なんで。いや。そんな、嘘でしょ。

 

「なんで、“それ”、杖にしてるの……」

「……?」

 

 トウカイテイオーは控えめに踊り、それを補うように激しく謳っていた。

 

 まるでマイクスタンドを杖代わりに、自分の片脚を庇うかのように。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。