デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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とあるウマ娘から見たナイスネイチャの策略

 

 未勝利のウマ娘は、無様だ。

 

 最初は良かった。

 メイクデビュー戦で走って、真ん中よりは上に入れて。平均よりも上の実力があるんだって、浮かれてた。田舎から応援に来てくれた両親たちも笑顔で応援してくれた。

 

 でもこれが二戦目、三戦目も続くと、雲行きが怪しくなってくる。

 1着が取れないと次にいけないのに。こんなところでいつまでも足踏みなんてしていられないのに。

 なのに、私はいつも入着できるかどうかのところで足掻き続けている。

 

 私は両親にレースの予定を伝えなくなった。

 友達に応援に来てくれと言えなくなった。

 一緒に未勝利戦で藻搔いていたチームメイトの一人が、私より先に1着を取って……別の練習メニューを与えられたのを知った。

 

 観客の少ないレース場で、顔見知りができた。

 近所に住んでいるという子供に名前を覚えられた。

 

 応援された。

 私は、最後まで走れて偉いのだという。

 

 ……じゃあ、私よりも先にゴールを切った人は、もっと偉いよね。

 

 そうやって子供に当たり散らせるわけもなく、私は笑顔を作って振りまくばかり。

 

 ダンスレッスンをしなくなった。

 センターの振り付けは、歌詞は、頭の中から段々と消えつつある。

 

 私はもう、祈るように走ることしかできなくなった。

 何度も何度も寂れた未勝利戦に飛び込んで、いつの日か運良く弱いウマ娘たちと巡り合う時がやってくることを願って。

 

 ……だから、未勝利のウマ娘は、無様だ。

 

 

 

 ある日、いつものように漫然と未勝利戦に挑んでいた時のこと。

 その日の私もひっそりと単独でレース場に赴き、スタートを待っていた。

 

 自分の惨めな姿を見られたくなくて、観客に愛想良くすることもなく、ひっそりとストレッチをするフリで時間を潰してきた。

 ここにいるウマ娘は誰もが壁にぶつかった人たちだ。空気はピリピリしているし、和やかな空気であるはずもない。勝つのは一人だけなんだ。殺伐と言い換えても良いだろう。

 

「今日はよろしく! 悔いの残らないよう、頑張ろうねー」

 

 そんな中、明らかに浮いたウマ娘がいた。

 地味な毛色の女の子。ふんわりとしたツインテールを揺らす、どこか幼い雰囲気の子。ゼッケンに名前が書いてある。彼女はナイスネイチャというらしい。

 

「え……う、うん! よろしく!」

 

 声を掛けられたウマ娘は困惑顔で応じている。当然だ。

 私たちは運動会の徒競走に出ているわけではない。チャリティーで走ってるわけでもない。

 私たちはみんな、勝つためにここにいるんだ。何が“今日はよろしく”だ。仲良しごっこなら他所でやってくれないかな。

 

 まあ、でも、掃き溜めの中を探せばそんなウマ娘もいるのかもしれない。

 未勝利戦特有の変なヤツ。そう考えれば、珍しいことでもないのかもね。

 

 ……ゲートに入った。

 

 私は気持ちを切り替える。

 

 今日こそいける。いくぞ。

 

 私は追い込み。距離は2400。……やや長い。

 けど、ロングスパートしか取り柄のない私にとってはやや有利。

 

 前回と前々回では下位だったから、出場ペナルティにリーチがかかっている。後がない。二ヶ月の出場停止なんてやってられない。

 無様な負けはできない。今日で上位入着できれば、またチャンスがくる……。

 

 ガタン。

 

 ゲートが開いた。

 

「1着もらったぁ!」

 

 ピリピリした場にそぐわない、底抜けに明るい声が響き渡った。

 

「えっ……!」

 

 三番。ナイスネイチャ。

 あのバ鹿そうな子が驚くほど綺麗なスタートを決め、その上スプリンターのような速さで前へ出た。

 

 誰もが慌てる。特に逃げ戦法を得意とするウマ娘達は焦っている。

 もちろん私も戸惑った。最初は集団の後方に付けようと思っていたのに、不意に始まった最序盤からのハイペースで計画が壊れてしまった。

 

「はっ、はっ……!」

 

 あっという間に最後尾。追い込みだからそれ自体はいい。まだ始まったばかりだ。

 けど、位置が悪い。間延びし切った展開の最後尾では、否応なく気持ちが焦る。

 

 絶対にタイムが乱れてる。そうわかっているのに、集団においてかれたくなくて必死に前へ出る。

 

 ああ、最初から急ぐのは苦手なのに。息が乱れると何もできなくなるのに。私の持ち味は余裕を持たせた最後の追い上げにしかないのに。

 なのに、少ない観客達に最後尾で突き放される姿を見せたくない一心で、ペースを乱してしまう。

 

 コーナーの先で右に曲がるウマ娘の側面が見える。焦る。

 それぞれのウマ娘の順位や展開なんて少しも見えてこない。頭の中でグルグルするのはただ自分が最下位であるという事実と、中盤にも関わらず既にバテ始めた自分の荒い吐息。

 

 いやだ、置いてかれたくない。

 

 ビリになりたくない。二ヶ月も足踏みできない。

 

 今日も観客席にあの子供がいる。努力賞なんて欲しくない。

 

 いい加減勝たせてよ。もう何度もやってるんだよ。

 一回くらい良いじゃない。一回くらい私に譲ってよ。そろそろ私の番が来てもいい頃でしょ。

 

 

「貴女は、焦らないんだねっ」

 

 前の方で、甘やかなささやき声が聞こえた。

 いつの間にか私の前には、スタート時に先頭を走っていたはずのナイスネイチャがいる。

 

 息も絶え絶えのはずなのに、彼女はすぐ隣のウマ娘に話しかけていた。

 

「私と一緒だ。“諦め仲間”だね」

 

 私はそれを聞いた。

 

「ま、一緒にゆっくり、ゴール、しましょ……」

 

 身の毛がよだつ、諦めの提案。

 

 乗れるはずもない。乗りたいはずもない。

 だから、ナイスネイチャを振り切るように強引に前に駆け出したあの子の気持ちは、この私にも痛いほどよくわかる。

 

 私もあの位置でささやかれていたら、きっと同じことをしていただろう。

 

「あはっ……」

 

 その時。

 ナイスネイチャが小さく笑ったのを、私は見た。

 

 ……まさか。

 

 まさか、この、この子。こいつ! 

 あのウマ娘を掛からせるために、わざわざあんなことを!? 

 

 咄嗟に見れば、レースは今もなお間延びした展開。しかし前方は無茶なペースの報いを受けるように、失速を始めている。

 さっき駆け上がっていった子のせいで息をつく間もない。このままでは、きっと。

 

「む、無理……」

 

 残り800。バテきった子を追い抜いた。

 

「は、はぁ、この、く、そ……!」

 

 残り400。歯を食いしばる子とすれ違った。

 

 ナイスネイチャの速度は上がる。スパートをかけたんだ。

 あいつ、息を残してた。一人だけペースを乱さずに悠々と走ってた。

 

 ……私も走る。

 

 でも、追いつけない。最初に無茶をした分の疲れが、今になってブレーキに変わっている。

 

 間違いない。このレースは、このターフは最初から。

 あのナイスネイチャによって支配されていたんだ。

 

 

 

「私が、1着……!」

 

 ゴール。

 

 1着はナイスネイチャ。

 私はどうにか最後までペースを保てたものの、スパートが掛けられずに3着。

 

 ……久々の入着。けど、なんとなく、気分は晴れない。

 

「はあ、はあ、はぁっ……」

 

 息が荒い。時々やる3000超えの長距離練習をやった時だって、ここまで疲れはしなかったのに。

 ……自分のレースができなかったからだ。終始、あのナイスネイチャによってペースを乱されていたせいなんだろう。

 

「……よっし」

 

 ちらりと彼女を窺えば、勝利を噛みしめるように拳を握っている。

 あからさまに喜んだりはしない、静かな余韻。そこにゲート入り前に見た天真爛漫そうな雰囲気は全く見られない。

 

 ……まさか、あの時の愛嬌も作り物だったのか。

 声をかけ、肩を叩いた時から既に始まっていたのか。

 

 その時からもう、彼女のレースが始まっていたのだとすれば……。

 

「……ぁあ、負けたなぁ……!」

 

 私たちはみんな、揃いも揃ってとんだ出遅れだったというわけだ。

 

 ……そりゃ、負けるよ。完敗だ。

 

「あー……悔しい」

 

 でも、久々だな。負けたのを悔しいと思うなんて。

 不思議の負けでもなんでもない。負けるべくして負けたのだとわかってしまったからだろうか。

 

 だからなんとなく、私はその悔しさに不快感は感じなかった。

 

「……次こそ、頑張るか」

 

 さあ、これから久々のライブだ。

 3着か……振り付け、私の体はちゃんと覚えているだろうか。

 

 ……私の未勝利戦はこれからも続くけど、そろそろダンスのレッスンもしておこう。

 きっといつか、センターの振り付けが必要になる時が来るかもしれないし。

 

 


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