デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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匹場の独占取材

 

 私の特番とかいう需要のよくわからないものについて色々思うところはあったけれど、受けることによるメリットはわからないでもない。

 どうやら特番の取材は夏まで散発的に行われるらしい。

 急ぐ割に結構悠長に作るんだなーなんて思ってたけど、特番の取材にしてはそれはどうもそこそこせっかちなスピードなんだとか? 

 私は番組作りについて詳しくないからよくわからないけども……。

 

「本日からナイスネイチャさんの取材をさせていただく、情熱ターフの匹場(ひつば)と申します。ナイスネイチャさんのトレーニングの妨げとなるようなことは致しません。取材中に何か不快に思われることがありましたら、すぐにお伝えくださいね」

 

 放課後、ダートコースでトレーニングをする私の前に現れたのはウマ娘の記者さんだった。

 年齢は二十代半ばほどだろうか。青鹿毛のロング。穏やかな笑みを浮かべているものの、重そうなカメラやら音系の機材を一人で担いでおり、メカメカしい立ち姿はまるでテレビ局の弁慶である。

 

「あー、その、はい、よろしくお願いします……というか私の方も、こんな本格的な取材はされたことがないので色々変なとこあると思いますけど……何かあれば言ってください。ハイ……」

「ふふふ……ええ、わかりました」

 

 匹場さんはそれから私のトレーニングを静かに撮影していた。

 ダートを走る私をじっとファインダーで追いかけ、ただそれだけ。途中でズカズカとコースに上がり込むこともなく、息を落ち着けている時もマイク片手にやってきたりはしない。

 同じウマ娘だからだろうか。たまに耳にするような少し迷惑な記者さんとは違って、私たちのことを尊重してくれているように思えた。

 

「感じの良さそうな方で安心しましたね」

「うん。まだあまり話してはないけど、これくらいの撮影が続くようなら気楽ですわ」

「ターボもインタビューの内容考えなくちゃだめかなぁ……うーん……」

「気が早いって」

 

 日本ダービーの疲労を抜くために、トレーニングは控えめに。

 それでも少しでもスピードを底上げしたいので、全く気は抜けない。

 トレーナーの近くに記者さんが追加されたからといって、私のすることは変わらないんだ。

 

 そう、たとえトウカイテイオーが負傷したとしても。

 勝ちに行く。そのために、全霊を尽くす。それは決して変わらない。

 

 

 

「ナイスネイチャさん。先日行われた日本ダービーを振り返ってみて、どうでしょう? 四着という結果でしたが……」

 

 初夏のちょっとしたレースを目前にして身体を調整していたところ、珍しく匹場さんが私に質問を投げかけた。

 まぁ私の特番なんでね。ナイスネイチャの謎を追う! みたいな隠し撮りでもないんだから、こういうインタビューが来るとは遅かれ早かれわかっていたけども。

 いざカメラを向けられると結構恥ずかしいなぁ……。

 

 しかし、日本ダービーねぇ。もう終わったことだから……なんて言えればストイックなイメージを出せたのかもしれないけど。未だにあのレースは私の頭から抜け落ちていない。

 

「一着を目指して戦略を練り、本気も出してたんですけどねえ……現実はああいう結果に終わりました。いやー、みんな速かったですねえ。特にトウカイテイオーは」

 

 匹場さんの表情が少しだけ曇った。気がした。

 

「ナイスネイチャさんは日本ダービーでも、その前の皐月賞でもトウカイテイオーのマークを徹底していましたね。やはり、彼女が一番のライバルになると?」

「ええ、それはもちろん。まあ、五着と四着なんで、対等なライバルかっていうと私なんかまだまだなんですが。……トウカイテイオー対策無しには絶対一着を取れない。そのつもりでマークしてました。他の子も何人かそうだったんじゃないかなって思います」

 

 良くも悪くもトウカイテイオー中心のレースだ。

 レース中は他の子と示し合わせるまでもなく、トウカイテイオーのコースを阻む作戦がいくつか合致した。まあ、それでも勝てなかったんだけど。

 

 ……カメラの外でターボが“ターボもトウカイテイオーのライバル! ”とかなんとか言ってる。今は静かにおし。

 

「トウカイテイオーは……天才で、努力家ですから。私みたいなのが追いつくには、努力に努力を重ねるしかありません。それと、努力を裏切らせないための工夫も」

 

 努力は裏切ることがある。期待外れな結果を出すことがある。

 それは努力の使い方が悪いせいだ。無能なトップに有能な部下は従わない。

 負け続きの頃の私はその辺りを受け入れることができなかった。工夫はいくらでもしたけれど、それでは足りないのだと認められなかった……。

 

「……ナイスネイチャさんの工夫といえば。レース中の、さまざまな……トリッキーな動きなどが話題となっていますね?」

 

 今なら胸を張って認められる。

 

「はい。私の武器です」

「……私もかつて、小さなレースで走っていたことのあるウマ娘なので、レースについては他の記者よりも理解があると自負しています。ですがそれでも、お恥ずかしいのですが、ナイスネイチャさんの走りについてはまだ十分に理解できていないのです。取材を通じて……ナイスネイチャさんの武器である走りにスポットライトを当てても、大丈夫でしょうか?」

「良いですよ」

 

 私は即答した。匹場さんは少し驚いたようだった。

 

「30分や40分の番組で特集されたところで……きっと、私の対策なんて立てられませんからね?」

 

 カメラに向かって怪しく微笑み、私はいかにも強そうなオーラを放ってみせた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

「今のどうでした?」

「はい、完璧です! いや、さすが中央トレセンのウマ娘といいますか。表情の作り方も受け答えも素晴らしいですね。これならイメージ通りの番組にできるかと思いますよ」

「よっし……ありがとうございます!」

 

 とまあ、こんな風にインタビューも一気に全部喋るものではなく、少しずつ折に触れて話して、それを記録、最後に編集で使ったり使わなかったりする。今のドヤ顔だっていざ放映前になってみれば没になるかもひれない。そう考えるとある意味地上波に流れるよりも恥ずかしかった。

 

「しかし……よろしいのですか。ナイスネイチャさん。この特番は、ナイスネイチャさんの正しいイメージを伝えるためのもの。とはいえ、あまり、その。貴女の走りを細かく解説するのは、不利になってしまうのでは?」

「そんなの大丈夫!」

 

 ターボが回ってないカメラに目線を向けて元気よく答えた。

 

「大丈夫、ですか?」

「だってターボ、ナイスネイチャから教えてもらったけどよくわからなかったもん!」

「偉そうに言うことじゃないぞー」

「一朝一夕で身につくことではありませんからね。何より、レース中にそこまで意識を割けるかという前提もあります」

「……確かに。ナイスネイチャさんの走りは、非常に綺麗ですものね」

 

 あはは、そんなに褒められてもねえ。

 でも実際、私の解説とか分析があるからってどうにかなるとは思っていない。

 

 そもそもこれまでのレースで散々ネタはばら撒いてきた。研究しようと思えば画面越しに研究する人だっているだろう。

 それをわざわざ周回遅れで発表するにすぎない。隠しても意味のないことなら、大っぴらにして世間での評判に変えた方がまだマシだ。

 元の性格だって広まってるだろうしねぇ。今更私がヒールぶっても意味は薄いのだ。

 

 だから……もし、これから私がメディアを戦力に組み込むのであれば。

 今までとは違う切り口から細工を仕込む必要がある。

 

 そしてこの特番の取材は、絶好の好機だ。

 

 

 


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