デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

45 / 73
生足魅惑の夏ウマ娘

 

 

 夏合宿、というものがある。

 

 夏場は照りつける日差しもあって、走るウマ娘も観る観客もしんどい思いをする。なので夏は大規模レースが少ない。その分、時間を合宿なんてものに使えるわけですな。

 

 ウマ娘としては長めに休息期間を取ったり、逆に鍛え込むのにも活用できる。

 いっそのことバカンスとトレーニングを両取りしようってことで、海で合宿するチームも多いわけだ。

 

 私達チーム・カノープスもその例に漏れず、この7月から海に行こうってことになったのだけど……。

 

「ぜんぜん違うじゃん!」

 

 カノープスの狭い部室で、ツインターボは泣いていた。

 

「書いてたよね!? “カノープスの夏合宿はハワイです”って!」

 

 そう。合宿について皆で話し合っていたところ、順当に地味で無難な海水浴場とホテルで決まり……となったところで、ターボが突如狼狽えだしたのだ。

 どうやら私達がトレセン学園の掲示板に張り出しているカノープスメンバー募集のポスターに書いてあることを期待していたらしい。

 

「ああ……ターボよく見なよ。募集ポスターのここ」

「……?」

 

 丁度部室にも一枚貼ってある。私がハワイ云々が書いてある場所を指差すと、ターボは前かがみになって腕を組み、目を細めた。

 

「むむむ……えーとなになに……“参 合宿はハワイ ……※のつもりで海を楽しんでいくつもりです”……なにこれ文字ちっちゃ!? 詐欺じゃんこんなの!?」

「人聞き悪いなぁツインターボ……小さくてもちゃんと書いてあるんだから合法なんだよ?」

「悪質なのは間違いありませんけどね。生徒会に報告されたら間違いなく注意は来そうです」

 

 逆に言えばそれだけあのポスターが目立ってないってことなわけですよ、イクノさん……。

 

「うっうっ……ハワイ楽しみにしてたのに……」

「なにターボ、ハワイ目当てでカノープスに来たの?」

「違うけど……どうせなら行きたかったもん……!」

「おーよしよし、泣きやめターボ」

「ははは……行きたくとも、現状のカノープスではハワイ合宿の予算を都合するのも難しいですから、諦めましょうね……」

 

 トレーナーの言う通り、カノープスはまだまだ弱小チームだ。

 というより正式人数である五人が揃わないと本格的なお金も下りないというね。

 ハワイはまだまだ先の話ですよ。これからの活躍次第で、ありえないってこともないんだけどね。

 

「それに、今回行く予定の海水浴場もトレセン学園でもよく利用されているところですし、宿もいい雰囲気のホテルですよ」

「トレーナー……それ本当……?」

「ええもちろん。ホテルは露天風呂付属の温泉付きです」

「温泉!? やったー!」

「うべっ」

 

 喜び跳ね上がったターボの手が私の額に直撃した。超痛い。

 

「ぐええ……」

「天罰でしょうか?」

「温泉温泉ー! やるじゃんトレーナー! ハワイはまた今度ね!」

「ははは……ありがとうございます。ああそれと、今回の夏合宿に関してなのですが……」

 

 ああ、トレーナーがこっち見てる。私関連か。

 

「ナイスネイチャさんの取材を担当する匹場さんも、数日ほどこちらに同行するようです。合宿でのトレーニング風景を取材し、それでひとまず撮影は終わりだそうですよ」

「ああ、そうなんだ……うぇー、水着撮られるのなんかヤダなー」

「まあまあ……それでですね。合宿の取材に……こちらも数日だけではあるのですが、トウカイテイオーさんも同行することになりまして」

「えっ、なんで?」

 

 素で声が出た。

 なんでトウカイテイオー? スピカ裏切った? もしそうだとしたらまたゴールドシップに拉致られそうで怖いんだけど。

 

「トウカイテイオーですか……」

「ええっ、トウカイテイオーくるの!? もしかしてカノープスの偵察!? ……むむむ……ターボたちの作戦が丸わかりに……」

「いやそれはないでしょ。作戦も」

「退院したとはいえ、まだまだトウカイテイオーさんも療養期間ですから。トレーニングを自粛している間、ナイスネイチャさんの番組の取材に協力してくれることになりまして」

 

 ああ……だからトウカイテイオーが来るわけか。

 私がトウカイテイオーを怪我させたとかいう噂や、不仲説とかも広まってるらしいし。それを解消するために、私とテイオーが仲良くしてるシーンでも撮っておきたいんだろう。なるほどわかりやすい。

 

 まー実際、テイオーとはよく話すし、仲良いしね。ターボだってそうだ。

 ここらで無意味な誤解を解いておくのも悪くない。……けども。

 

「んー、わかりましたけどねぇ……でもそれってテイオーの方は納得してるんですかねぇ。だって向こうの、スピカも合宿あるだろうし」

「こちらに同行するのは数日だけですから大丈夫だそうです。ご本人も、向こうの沖野トレーナーも快諾してくれましたよ。“数日だけ頼むよ”とのことでした」

「あれま」

 

 スピカの沖野トレーナーか。

 ……あのトレーナーも飄々としてるけど、かなりやり手だよね。

 悪い人じゃないのはわかるけど、あまり練習風景を見られたくないタイプのトレーナーだ。走ってる時のウマ娘を見る目がなんか熱っぽくてアレだし。

 

「カノープスの夏合宿、賑やかになりそうですね」

 

 まー確かに、賑やかにはなりそうだ。テイオーも足が折れたくらいでじっとだんまりしてるタイプじゃないだろうしね。

 けどテイオーを巻き込んでしまったようでちょっと申し訳ないな……後でお礼言っとかないと。

 

「ではカノープス次の議題に移ります。ズバリ、夏合宿のバーベキューで何を焼くか」

「ターボしいたけが良い!」

「私はぎんなんかなぁ」

「では私はししとうで」

「何故ラインナップが居酒屋のおつまみ……? それより、皆さんそろそろトレーニングを……」

 

 こうして夏に向けた準備は整っていくのだった。

 

 ……ま、その前にまだいくつかレースに出るんですけどね!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。