デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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夏合宿が始まった

 

 ついに始まりました、夏合宿。

 いやー、ネイチャさんもね。もう海なんかにうつつを抜かす年齢じゃないですよと思ってたんですけどね。直前になると急に思い出したように楽しみになっちゃいましてね。

 思わず前日に色々現地で使う化粧品とか小物を買い揃えてしまいましたよ。ええ。

 ちょっとばかし夜更かししたせいか、眠いのなんの。

 おかげでトレーナーの運転するマイクロバスでうとうとしちゃったり。

 

「ちょっと……ちょっとネイチャ……! 寄りかかりすぎだよ!」

「ふあ……あー? ごめんテイオー、私寝てた?」

 

 気がつくと隣の座席のテイオーにもたれていたりして。ごめんごめん。

 

「ホテル到着までまだ時間がかかりますから、寝てしまっても構いませんよ。乗客が心地よく眠れるのはドライバーの名誉みたいなものですから」

「そうなの? じゃあターボ頑張って寝るね!」

「ターボさん。あまり今寝すぎては夜眠れなくなりますよ。そうなれば響くのは翌日の朝です」

「むーん……じゃあ起きてる! 別に眠くないし!」

 

 いや眠くないなら無理して寝るこたないですよターボさん。

 そんなことを考えていると、私もまた眠気が……。

 

「ふぁあ……ボクも昨日眠れなくて……ちょっと眠ろうかなぁ」

 

 私はトウカイテイオーのあくび交じりの言葉を聞きながら、眠りについた。

 

 

 

「海だー!」

 

 で、まぁ特にトラブルもなく無事に到着しましたと。

 

 思っていたよりこぢんまりとした、けれど綺麗そうな雰囲気のホテル。

 すぐ目の前には海岸と砂浜。

 トレセン学園御用達の合宿地に到着である。

 

「トレーナー、海はいつ入れるの!?」

「え? そう、ですねぇ……初日ですから大目に見たいところではありますが……あくまで合宿ですからね。気を緩めないためにも、まずは部屋と施設の確認、そして併設コースで軽く走ってみましょうか」

「えーっ! 海泳げないの!?」

「ははは……そのかわり、併設コースはほぼ貸し切りで走れますよ?」

 

 コース貸し切り。その言葉にツインターボはごねるのをやめ、葛藤するように唸った。

 

「んー……んー……! 走れるなら問題無し! ターボ走りたくなってきた!」

「素晴らしい心意気です、ツインターボさん。後ほど私とレース形式で走りましょう」

「うん!」

「いや、そのレース形式とまでは……」

 

 賑やかな我がカノープスの面々はいつも通りだ。

 ……夏合宿。この期間で私もしっかり力をつけていかないとね。

 海に浮かれてばかりもいられない。トレーナーの言う通り、気を引き締めていかないと。

 

「むー」

「……どしたの、テイオー」

 

 しかしさっきからトウカイテイオーが不機嫌そうなのはなんなんですかね。

 

「合宿場所……スピカ(うち)の行くとこよりずっと綺麗じゃん……!」

「へー、テイオーのとこは違う感じなんだ?」

「無性に悔しい……!」

「まあまあ、ここにいる間はテイオーも綺麗なとこで楽しめるってことでさ」

 

 そう言いながら、私はテイオーの肩にそっと手を置いた。

 

「あっ……」

「せっかくなんだし、ゆっくりしていこうよ。ね?」

「……まあ、うん……そのつもりだけどさ」

 

 しおらしく頷くトウカイテイオー。

 ……柄でもないのに。私の前で素直になる彼女を見ていると、なんだか……いや。

 

「さ、荷物置きに行こう! この後トレーニングするなら、早めにしとかないと!」

 

 今はトレーニングのことを考えよう。

 気を緩めず、真剣に。とにかくそれこそが第一なんだから。

 

 

 

 一通り見たホテルの設備はなかなか良いものだった。

 お風呂は大浴場が一階に、食堂も近くにある。ふるーい感じのゲームセンターもあったけど、懐かしいのがいっぱい並んでて少し興味をそそられた。旅館って大体ああいうのあるよね。

 

 他にもエステとかカフェなんかもあったりして、その場所も覚えておく。バーなんかもあるらしいけどトレーナーはああいうとこ行くんだろうか。うちは実家がスナックだったけど、バーとスナックって何が違うんだろう……。

 

「こちらの二部屋が皆さんの部屋になりますね。302と303、それぞれ二人部屋になります。鍵はこちらのカードキーになりますから、それぞれで持っていてください。無くしたらいけませんよ?」

 

 部屋のカードキーはそれぞれ一枚持てるので、無くさない限りは締め出されることもないから安心だ。

 ちなみにトレーナーの部屋はちょっと離れたところにある一人部屋らしい。

 一人で寂しくないかとターボが憐れんでいたけど、私たちと同室になるわけにもいかんでしょ。

 

「荷物を置いて準備を整えたら、二時にフロントロビーに集まってください。軽いトレーニングとして併設コースと砂浜の感触を軽く確かめたら、今日はそれで終わりにしましょう」

「砂浜! 砂浜も走って良いんだ!?」

「海には入らないので、ジャージですよ?」

「イクノディクタス! 早く早く!」

「はい、速やかに準備を整えましょう」

「ターボさんや、カードキー忘れちゃいけないよー」

 

 さて、私たちも自分の部屋を確認しないとね。

 

「じゃあ、入ろうか」

「うん。……わぁ、中も結構綺麗だなぁ。ってあれ!? 外にお風呂ついてるんだ!?」

 

 入ってすぐ、テイオーが部屋の向こう側にあるものを見つけ驚いている。

 どうやらこのホテル、部屋の外に一人用の露天の壺風呂があるらしい。

 屋根と壁でわりとしっかりガードされてるから露天というほどあまり風情はないけれど、覗きとかはされにくそうで嬉しい。

 

「しかもベッド……ボクの時は布団だったのに……」

「あはは……まぁまぁ、旅館はみんな大抵布団だしさ」

「おかしいなぁ……トレーナー、ちゃんとスピカのお金とか貰ってるのかなぁ……ここまでくるとボク、妬みとかより先に心配になってくるよ……」

 

 ちなみにこれは後から聞いた話だけど、スピカのトレーナーさんはしっかり使うべきところにはお金を使ってるらしいです。安心。

 用途は効果的な食事やら備品やら。特にチームの遠征費を全くケチっていないのはすごいと思う。少人数とはいえ応援や偵察はしっかり全員連れて行くとか。そりゃお金も消えますわな……。

 

「……ここで、しばらく寝泊まりするのかぁ」

 

 広めの二人部屋を見回して、トウカイテイオーがぽつりと呟く。

 

「うん。しばらく……私と二人きりだね? テイオー」

「……!」

 

 私が彼女に微笑みかけると、テイオーはあからさまに動揺してみせた。

 

 ……ああ、やめてよテイオー。そんな顔しないでってば。

 

「ふ、二人きりだけど……ナイスネイチャ、あまり……その、変なことはしないでね?」

「へえ……“あまり”、なんだ? 少しだけなら良いってこと?」

「や、違っ! そうじゃなくて!」

「ふふふ、テイオーってば慌てすぎ」

 

 私はテイオーのすぐそばまで近づいて、彼女の脚にそっと指先を触れさせた。

 

「あっ……ちょっと……」

「テイオーの怪我、まだ怖いしね。ちゃんと治るまでは、あまり無理に動かさない方が良いもんね」

「……うん」

「合宿中に悪化したら大変だもん、私も気をつけるようにする。だからテイオーも、あまり脚が悪くなりそうな所歩かないようにね?」

「わかってるよ。ネイチャ達には絶対迷惑はかけないから。ボクは今回、ほとんど見学だけしてるつもり。後々、少し海に入って歩くくらいはするけど……」

「うん。無理しないで。私、テイオーと一緒に勝負するのを待ってるんだから」

 

 それは私の本音。

 テイオーは私の言葉に、僅かに目元を潤ませたように見えた。

 

「うん。……うん。ボク、治すよ。必ず脚を治して、必ずみんなと走ってみせる。それで……三冠ウマ娘になってみせるんだ」

「……へえ?」

 

 ふーん三冠。菊花賞も勝ってみせるって? 

 自信満々なのはいいけど、ちょっと……。

 

「テイオー、ちょっと生意気」

「あっ……!?」

 

 ぎゅっと尻尾を掴み、軽めに握る。

 それでも他人に尻尾を掴まれるのは慣れないのか、テイオーの身体がビクリと強張った。

 

「ネ、ネイチャ……だからボク、脚怪我してるってぇ……!」

「尻尾は骨折してないでしょ? ほら……テイオーの尻尾、真っ直ぐでこんなに綺麗」

「あひッ……!?」

 

 根本から先の方までスルスルと扱き上げると、テイオーは脱力するように近くのベッドに倒れ込んでしまった。

 よし、こっちがテイオーのベッドね? 決まり。

 

「ネイチャ……尻尾だめ……!」

 

 ああ、もう。

 ダメとか言ってるくせに、そんな目で私を見上げちゃってさ。

 

 わざとやってるの? テイオー。絶対わざとでしょ。

 わざとなんだとしたら……この前のシャワールームよりもいっぱい、テイオーのこと意地悪してあげなきゃいけないじゃん……。

 

 高揚する。

 潤んだテイオーの瞳を見ていると、歯止めが利かなくなりそうになる。

 

 ……けど。今は。

 

「……それじゃ、荷物も置いたしそろそろエントランス向かおうか?」

「……え?」

「え? じゃないでしょ。もうすぐ約束の時間だもん。合宿なんだし、トレーニング第一で動かないと」

「あ、うぁ……うん、そうだね……トレーニングしないと……」

 

 顔を真っ赤にしたテイオーが、ベッドの上でどこか残念そうに呟いている。

 

「……だから」

 

 私は彼女の耳元に口を寄せ、低く囁く。

 

「今日の夜、部屋に帰ってきたらさ……二人きりで遊んじゃお?」

「……ッ!」

「それじゃ、先にエントランスで待ってるから」

 

 羞恥で動けなくなったテイオーをよそに、私は先に部屋を出た。

 彼女もしばらくしたら気持ちを立て直して出てくるだろう。

 

 ……トレーニングに集中するための合宿。だけど。

 

 それ以外の時間に息抜きするのは……自由だよね? 

 

 


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