デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
ナイスネイチャはテレビ局の匹場さんという人と一緒にターフを走っている。
最初に2000ほどナイスネイチャが走って、途中から匹場さんが合流する形。匹場さんもかつてレースで走っていたらしいけど、結構なブランクがあるはず。それなのにナイスネイチャの走りに食らいつける辺り、凄いなと思う。
「走りながら喋る時は、息を吐くタイミング。これが重要です……!」
「はっ……はっ……! す、すごいですねっ! 私、とてもっ、このペース……喋れなッ……!」
「いや、でも凄いですよ、匹場さんっ……喋りながら走れる人、なかなかいませんからっ……!」
「はぁ、はぁ……!」
ボクの役目は、二人が走る様子をカメラで追いかけることだった。
追いかけると言っても、走るわけじゃなくて。ただ、三脚? みたいなので固定されてる大きなカメラを覗きながら、二人をファインダーに収めるだけ。
どうやら番組はナイスネイチャの走り方をじっくり取材するみたいで、走ってる時のお喋りについても焦点を当ててみたいらしい。匹場さんが直々に走りながらインタビューをして、どんなものかを確かめようってことみたい。
音声は二人がつけてるピンマイクが拾ってくれる。今のボクには聞こえないけれど、番組が仕上がったら今何を話しているのかもわかるんだろう。
ま、だいたい何を言ってるのかはわかるけどね。
……安定した走りを続けながら話しかけて、相手の集中力を乱す。なんてことない小手先の技みたいに思われがちだけど、やられると結構辛いんだよね、これ……。
ネイチャは特に、なんていうか……時々、とんでもないことを言ったりするしさ……。
「大丈夫ですか? まだ走れますかっ……?」
「はっ……はっ……はいッ……!」
「と、まあそんな風に思わず答えちゃうと、辛くなるんですよね……!」
「うぉぁあ……なるほどッ……! 辛いです……! ひぃ、もう無理……!」
あ、匹場さん垂れ下がった。
1000メートルくらいかな。現役クラシックのウマ娘のペースに合わせて喋りながら走るのは難しいよね。それでもよくやった方だと思うけど。
「はあ、はあ……ふーッ……芝結構固めだけど、まぁ悪くないかな……特別、変な感触ってわけでもないし……」
「お疲れ、ネイチャ。匹場さんと何話してたの?」
「んー、インタビュー? あはは、テレビに私のあの声流れるのかなー、キツいなー……」
……こうして話していると、ナイスネイチャはいつも通りだ。
普通の友達。普通のクラスメイト。
変な意識をする相手じゃないって、思えるのに……。
……今日、この取材とトレーニングが終わったら、ボクは……部屋に戻って、そうしたらネイチャは……。
「テイオー、カメラちゃんと撮ってくれた?」
「えっ。ああうん、もちろん! ずっと真ん中に収めてたよ!」
「そっか。いやー付き合わせて悪いねー」
「ううん。こんな大きなカメラなんて触ったことなかったし、結構楽しいから平気だよ!」
「はぁ……はぁ……どひぃ……ナイスネイチャさん……トウカイテイオーさん……あ、ありがとうございました……」
あ、匹場さん戻ってきた。すごい汗かいてる……取材ってこんなに大変……なわけないよね。頑張るなぁ……。
「良い映像と音声が撮れていたと思います……はぁっ……今日は、これでオッケーです……! 部屋に戻って編集しないと……!」
「お、お疲れさまでーす……」
喋りながら走ったり、機材を抱えて往復したり……ウマ娘はターフの上じゃなくても、こんなにハードな世界があるんだなぁ……。
「お二人共、取材は終わったようですね」
「あ、トレーナー。ターボたちは?」
「ツインターボさんは砂浜を少し走ってくるそうです。イクノディクタスさんも見張っててくれていますから、もう少ししたら戻ってくるかと。ナイスネイチャさんは一足先にシャワーなり浴場なりで汗を流されてはいかがでしょう? 夕食までは時間がありますが、食堂に集まるまでに身体を休めておいたほうがいいですよ」
「んー、いや。ターボたちと一緒に入るよ。せっかく初日だしね、一人は寂しいもん」
今日のネイチャは合宿初日だけど、結構重めのトレーニングをこなしていたと思う。
彼女の練習風景はとても参考になった。スピカのメンバーも良い走りをするけど、ネイチャにはチームの皆にはない“巧さ”がある。眺めながらイメージトレーニングをするには、結構最適な相手なのかも。トレーナーの言ってた通りだね。
「温、泉! 温、泉! 温、泉!」
そうこうしているうちに、ツインターボたちも戻ってきた。……いつ見ても元気だなぁツインターボ。
夏空はまだ赤くなりきってはいないけど、練習を終えるには良い時間だ。
「温泉いってご飯食べるぞー!」
「おー」
「はいよー」
「トウカイテイオーも温泉入ろう温泉!」
「ええ、ボクは……汗も全然かいてないしなぁ……ご飯食べてからにしようかな」
なんとなーく、カノープスの皆に遠慮してる風な感じで断っちゃったけど。
……無理だよ。一緒にお風呂なんて。
だって、ナイスネイチャもいるんだよ? ネイチャが一緒にいるのに……ああ、もう。別におかしなことじゃないのに、どうしても意識しちゃって……。
こんな調子で一緒に温泉入ってたら、絶対顔とかにも出ちゃうもん。
「あれ? テイオーは一緒じゃないんだ。……ま、いいけどね」
「あはは……」
一瞬、ネイチャの目に悪戯っぽい光が浮かんだ。……ような気がした。
それからカノープスの皆が温泉に行く中、ボクは部屋で日課にしている脚のマッサージと筋トレをやることにした。
折れた脚はあまり激しい運動はできないけど、他の部位だったら鍛えられるし、疎かにしてちゃいけない。
治った後に少しでも早く調子を取り戻さなきゃいけないんだ。まだ走れないけど、この筋トレは走るのと同じくらい大事なこと。
真剣にやればじんわりと汗も出てくる。お風呂に行かなくて良かった。
「ふっ、ふっ……!」
焦れったい。心が燻ってる。
けど我慢。今はボクにできることだけをやればいい。
結局、ボクは夕食の時間になるまで黙々とトレーニングを続けていた。
……そして、夜がくる。
怖いような、ずっと……期待していたような。
ナイスネイチャとの夜が、来ちゃう……。