デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
「あー、あ、あ、あ、あー……あ、え、い、う、え、お、あ、お……」
鏡の前で発声練習。同時にダンスの確認。
レースで勝利したウマ娘はウイニングライブに出て、観客の前で歌と踊りを披露する。
これはレースとは直接は関係ないものの、お客さんを楽しませるために必要不可欠な要素だ。
未勝利戦に勝利した私はその流れでウイニングライブを披露した。
幸い振り付けも歌も覚えていたので恥を晒すことはなかったものの、所々甘い箇所はあったなと反省している。
あの最強のウマ娘たる皇帝シンボリルドルフも、ウイニングライブは疎かにすべきではないと口を酸っぱくしている。レースは走るだけではないということだ。私もイチ競技者として、これからはダンスレッスンもやっていかないといけない。
「……ふぃー」
……初勝利の後。
私は友達から労いと祝福の言葉をもらった。
イクノディクタスは私自身よりも大げさに喜んでいたし、ルームメイトのマーベラスサンデーも「マーベラス!!」と拍手までしてくれた。
嬉しかった。同時に、それまで友達をやきもきさせていたんだなと申し訳なくも思った。
これからも気を遣わせないよう、頑張らなきゃね。
「失礼します。……おや、ナイスネイチャさん。こちらでしたか」
「お、こんちゃー」
噂をすれば、イクノディクタスがやってきた。
彼女もまたライブの練習に来たのだろう。
「ねえねえ、せっかくだから一緒に練習しない? すれ違うパートの動き、誰かと確認してみたかったんだ」
「是非。こちらからもよろしくお願いします」
イクノディクタスは非常に勤勉で、真面目なウマ娘だ。
レースのデータを整理するのが半分くらい趣味のようなもので、常日頃からライバルたちの研究に余念がない。私も彼女のデータには何度もお世話になっている。
それでいてトレーニングも疎かにしないので、レースにかける熱意はそこらへんのウマ娘よりも何倍も高い。同じチームながら、すごいウマ娘だよ。
「ここで腕がぶつかりそうですね。振り付けのタイミングを完璧に合わせましょう」
「オッケー。ここを、こうか。一人じゃわからないところだね」
「ええ。しかしナイスネイチャさんの動きは綺麗だと思います。通しであと二度ほど練習すれば、十分かと」
「ん、わかった……よく見てるねえ、色々なところ」
イクノディクタスは観察眼に優れている。
それはビデオでレースの確認をしている時も、自分が走っている時も変わらない。彼女のコース選びの上手さには学ぶところが多かった。
涼やかな切れ長の目。鷹のような目つきは最初見たときは怖い人かなとも思ったけど、話してみればなんということはない。研究家と努力家を合体させたような、文武両道を絵に描いたような子である。
「……あの。無言で見つめられるとさすがに少し気恥ずかしくなるのですが」
「あ、ああごめんごめん! あはは……いやぁ、イクノディクタスの目って、鋭いなぁって。もちろん悪い意味じゃなく、ね?」
「それは本当にいい意味が含まれているのでしょうか……たまにレース中でも、他の人を怯えさせてしまうことがあるのですが」
あらら、結構気にしてるのか。悪いこと言っちゃったかも。
……でも、そうか。レース中に、ねえ。
「走ってる最中に相手が怯むのなら、最高じゃん?」
「そういう考え方もあるかもしれませんが……やや邪道ではないでしょうか」
「んー王道ではなさそうだけど、使えるものは使えばいいんじゃないかなぁ。……ムッ! どう? この感じ。今の私から威圧感とか感じる?」
試しにイクノディクタスに鋭い眼光を試してみると彼女はしばらくこちらを見て黙り込んで……。
「……ふ、ふふっ、あははっ」
堪え切れないように笑いだしたのだった。
「ちょっ!? イクノディクタス!? なんで笑うかなぁ!?」
「す、すみません。怖いというより、拗ねているようで……失礼しま……ふふふっ」
……それからごめんなさいのついでに怖い顔のレクチャーなんかに付き合ってもらったりして、久々に楽しく過ごしたのだった。
後からダンスレッスンするために入ってきたウマ娘が鏡の前で怖い顔を作ってる私たちを見てギョッとしてたけど、うん。驚いてくれてたのなら多分、そこそこ物にはなったんじゃないかな……。
「しかし、邪道か……ま、邪道だよねえ……」
夜のターフを走りつつ、考え事を口に出しながら速度を出す。
誰もいない夜のコースは練習に最適で、何より走りながらの声出しもあまり気にしなくていいので気楽だ。
初勝利のレース。私は併走する相手にささやく事でペースを崩すことに成功した。単純ながら、この手は非常に有用だと感じた。これからもきっと私の武器になるだろう。
だから今やっているのはスタミナのトレーニングでもあり、ささやきの練習でもあった。
走りながら流暢に語りかけ、相手の心を乱す。崩す。
息を吸い、吐きながら声を出す。その際に苦しんだような気配を出さず、余裕を持って、聞き取りやすいように。
「あの1着は、運が良かった……」
未勝利戦は燻ったウマ娘たちの溜まり場だ。
ある意味全員が最初から焦っているようなもので、ペースを崩せるだけの隙は大きかった。
けどこれからは、そんな相手も多くない。
今度は身体的にも精神的にも万全なウマ娘たちを相手に、それを引っ掻き回していかなければならないのだ。そのためにはまだまだ、手札が足りない。
小手先でいい。使えるものはなんでも使う。
イクノディクタスは鋭い目で威圧するアイデアについて話半分くらいに受け止めていたけれど、私はそうは思わない。
何せ眼光を飛ばすだけなら、ささやきのように自分の息を乱すこともない。下手に消耗せずに使えるのだ。もし効果があるのだとしたら、これほど便利なものもないだろう。
鏡の前で怖い顔を練習したのだって、こっちは本気でやっていた。
絶対自分のものにしてみせる。
「後は、速度だよなぁ……!」
そしてまぁあとは、単純に私の速度。むしろこれが最大のネック。
いくら相手のペースを乱せてたとしても、走りの速さはタイムに表れる。そのタイムを確認した時、私が不調な相手より遅かったんじゃ何の意味もない。
私の絶好調が相手の絶不調を追い越せなければ、私は勝負のスタートラインにも立てないのだ。
だけど私のスピードは伸びない。だから細々とした走法を一つ一つ入念に仕上げ、要所での加速を狙う。
コーナー、登り坂、下り坂。対戦相手が少しでも苦手とするであろう場所で、最善の速度を出せるようにするんだ。
そうでもしなければ、私は勝てない。
「勝ちたい」
また勝ちたい。キラキラが欲しい。
真っ先にゴールした時のあの一瞬を、輝いた高揚を。もう一度掴み取って、噛み締めたい。
「もう一本……!」
私は遅い。柄じゃないのはわかってる。
けど、夢を見たって良いでしょうが。
私が一山いくらの悪役モブなのだとしたら、負けるその時までは勝ち気でいるのも“らしい”でしょ?