デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
一夜が明け、翌朝。
私が目を覚ますと、同じベッドでトウカイテイオーが眠っていた。
……いや、身に覚えがないとか言うつもりはないですよ。ええ。
昨晩の出来事は夢でもないし、現実でしかない……。
テイオーを動けなくして、後ろから覆いかぶさって。
尻尾をいじめて、耳元でゾワゾワするようなささやき声を聞かせて。
何時間くらいやってたかな……テイオーの方が先に力尽きて、パッタリと眠って終わっちゃったけど。
「……ふふ」
こうして眠ってる姿を見ると、なんでもないのになぁ。
小柄で、華奢で、あどけない普通のウマ娘。ただの友達で、クラスメイト。
でも起きている時の、どこか自信に満ち溢れていて、強気なテイオーを見ていると……昨晩みたいに、滅茶苦茶にしてあげたくなってしまう。
たくさんいじめて、意地悪して、恥ずかしがらせたい。そんな仄暗い愉しみで、口元が緩んでしまうんだ。
それはきっと、私がこれまで培ってきた“他人の足を引っ張る”意識の賜物でもあるんだろうけど。それだけでなくて、私自身の元からの性格っていうのもあるんだと思う。
……テイオーがマゾで、私がサドか。
いやー……言えない。誰にも言えないよこんなの。
どちらかといえばサドよりもマゾの方が人にバレた時に恥ずかしい気はするけど、だとしてもサドだって他人に知られたくないって。
昨日はテイオーに“テレビの前でばらしちゃう?”とか言ったけど、いや普通に私が嫌です。ハッタリだよあんなの……。
けど……そう言ってやるだけであれだけテイオーが困った顔をしてくれるのなら。
ギリギリのスリルであれだけ愉しい気分に浸れるのなら。
誰かに知られるかもしれない緊張感をスパイスにするのも、悪くはないな……なんてね。
「ほら、テイオー。起きてー。見学者だからって寝坊は駄目ですよー」
「んん……んぁ……あ、ネ、ネイチャ……おはよう……」
テイオーはすぐ隣に私がいたことに少し驚いた様子だったけど、昨日のことが尾を引いているのか、しおらしい態度だった。
「昨日たくさん汗かいたまま寝ちゃったんだから、シャワー浴びてきなよ」
「……ネイチャのせいじゃん。あんなに……おかしいよ、あんなの……」
「あはは、まあそうなんだけど。……じゃあお詫びに、身体流すの手伝ってあげよっか」
「だ、駄目だから! そんなの!」
「冗談だよ、時間ないし」
テイオーが“時間があったらやってたの?”って顔をしてるけど、無視してさっさと着替える。
「今日からまた取材があるんだから、カメラ映りは気にしないとね」
テイオーで遊ぶのは十分に楽しんだ。
まだまだ愉しみたくはあるけど……今日もまたトレーニングに打ち込んでいこう。
匹場さんの取材が終わるまでは、カメラ映りの良いトレーニングを行う予定だ。
本当なら一極集中のメニューで淡々とローテをこなしていく毎日なんだろうけど、しばらくは砂浜を走ってスポ根感を出したり、レースさながらの動きでターフを回ったりする。
正直私のやりたいトレーニングとはかなり性格が違うんだけど、仕方ないとは思ってる。菊花賞に向けたスタミナ作りトレーニングはだいたい絵面が地味になるので……。
「ネイチャー、がんばれー! あと一本ー!」
で、走ってる最中には時々テイオーからの応援が飛んできたりする。
このトウカイテイオーがトレーニング中の私を応援する光景というのも番組に必要だからね。
私とトウカイテイオーの不仲説を解消したい。
そんな目的もあるので、当然ながらインタビューはトウカイテイオーの方にも行く。
「ナイスネイチャとは同じクラスだよ! すごく頭が良くて、だいたいいつも成績が学年のトップなんだ! ボクもたまーに……結構課題を見せてもらうこともあるし……ま、まあそれは良くて! うん、クラスでも人気者だよ。前はチョコもたくさんもらってたみたいで……」
いや───恥ずいな───自分の話されるの恥ずいな───。
しかもテイオー私が恥ずかしいのわかってて色々喋ってるなーあいつ。
……テイオーのくせに生意気だ。後でお仕置きを考えておくか。
「ネイチャはね、ネイチャはね! ターボと同じくらいスタートが速いんだよ! まあターボの方がちょっと速いけどね!」
「同じチームの贔屓目を抜きにしても、レース中の駆け引きに関しては同年代のウマ娘の中でも最も秀でている方だと思います。一緒に走っていると、なかなか学ぶ事が多いですよ」
カノープスのみんなもありがとうね。
でもそんなに褒めなくて良いよ。ほどほどでいいからね……私恥ずかしくて死んじゃうからね。
あー、お母さんに見られるのかーこれ。いやぁー。
「お疲れ様です。少し早いですが、昼食にしましょう。もう炭の準備は出来ていますよ」
「やったー! バーベキューだぁー!」
朝練が終わった後は浜辺でバーベキュー。
トレーナーが近くのスーパーで買ってきてくれた色々なお肉や野菜を使った豪華な昼食だ。
「匹場さんもお疲れ様です。良かったらどうぞ」
「よろしいのですか? ありがとうございます! ではにんじん焼きを……」
「ツインターボさん。しいたけを生焼けの状態で食べるのはいけません」
「ぐるるるる……!」
「唸っても駄目です。火の強い網の中央であと40秒焼いてください」
いやー、大きなパラソルをさしてバーベキュー。良いねぇ、夏って感じがして。
ししとうもぎんなんも美味しいよ。もちろんにんじんとお肉もだけど。
「カイチョーにも写真送っておかなきゃ……昨日は、ごめんなさい……と」
「テイオー食べてる?」
「うん。ほどほどにねー。ボクそんな食べないから」
「カノープスに遠慮しなくてもいいからね?」
「あはは、わかってるって。じゃあもう一本もらっちゃお!」
テイオーは食細めだからなー。最近はトレーニングも出来てないし、なおさらなんだろうな。
けど食べないと怪我もなかなか治らないし、筋力も落ちちゃうから。多少太り気味覚悟くらいで食べてもいいとは思うよ。
……トウカイテイオー。
こうして一緒にご飯食べて、喋っている分には普通の友達だ。
そんな友達を相手に、酷いことをしてあげたい。っていう気持ちは……名前をつけるとしたらなんなんだろう。
愛とか恋ではないんだろうなぁ。私、女の子が特別好きっていうわけではないし。
けど、苦しんだり困ったりしている姿が見られるなら誰でも良いっていうわけでもないし……。
うん……やっぱりトウカイテイオーだから特別なのかな。
雲の上にいるライバルで、一番キラキラした存在。
そんな彼女だからこそ、私の手で困らせて、弄んであげたくなってしまうんだ。
「な、なに? ネイチャ……じっと見て」
「んー? ああー……なんでもない」
「……目が怖かったよ。みんなの前なんだから……駄目だからね?」
……うん。わかってるよテイオー。わかってるからその顔やめて。
そういう顔するから私の方も、気分が乗って来ちゃうんだよ。
トウカイテイオー。
彼女にこれからも意地悪なことを続けていったら、どうなるのかな。
レース中に私にささやかれただけで、ゾワゾワして何にもできなくなっちゃう時が来るのかな。
楽しみだね、テイオー。
今度テイオーと一緒に走る時が、本当に楽しみ。
……きっとテイオーだって楽しみにしてると思うけど。
だけど多分、その時がくるのは、もっと……。