デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
トレーニングと、ちょっとしたバケーションと、合間を縫ってのインタビュー。
そうこうしていれば匹場さんの密着取材もすぐに終盤を迎え、今日がその最後の日となっていた。
思えば他人にじっと見られながらのトレーニングというのもトレーナーを除けば初めての経験だ。
カメラの前だとレースと似たような緊張が生まれるせいか、意外と臨場感を再現した面白いトレーニングになった気がする。
「長期間の取材に応じていただき、誠にありがとうございました! 必ずやナイスネイチャさんの魅力を引き立てる番組に仕上げて見せます!」
「あはは……ど、どうもです……でもほどほどーな感じで良いですよ……」
密着取材。
なんでこんな私が、なんて思ったりもするけど、次の菊花賞を視野に入れれば……確かに他人事でも無い。
こうなりゃヤケですよ。せいぜい地上波でバーンと目立っててくれ……!
「お疲れ様でした。……さて、明日からカノープスは通常通りの合宿です。カメラが回っていなくとも、緊張感を保ってトレーニングに励みましょう」
「おー!」
「おー」
「ういー」
ま、取材は終わりだけどここからが合宿の本番ですな。
外向きの特別メニューをやめて、先を見据えた地味な本格トレーニングの始まりですよっと。
「トウカイテイオーさんとも明日でお別れですね。わざわざカノープスの合宿まで来てくださって、本当にありがとうございました」
「ううん! なんてことないよ! 見てるだけでも結構勉強になったしね!」
そしてテイオーは明日、この合宿所を去ることになる。
また会うのはかなり後だろう。
……ああ。トウカイテイオーをいじめてあげる日々が終わっちゃうんだ。
残念だなぁ……テイオーのおかげで毎晩すっごく楽しかったんだけど。
「そっかーテイオーとも今日で最後かー。……次会う時まで、私のこと忘れないでよね?」
「も、もちろんだよ」
テイオーに何気ない風に話しかけながら、頬を掻く。
なんてことない仕草だけど、テイオーは私の動作から読み取ってくれたようだ。
テイオーがとっても大好きな、カリカリ引っ掻いてあげる時の仕草だと。
……そう、忘れないでよね。
何日後でも、何十日後でも。いつでも思い出して、悶々として欲しい。
私のことを思い浮かべるだけで、息継ぎが難しくなるくらいに。
……今夜が最後なら。
テイオーの思い出に残るよう、じっくりと……刻んであげないとね。
「今夜寝たら、テイオーともしばらくお別れだねぇ」
「う、うん」
「この部屋も寂しくなっちゃうなー……」
トレーニングも終え、テイオーと一緒に部屋に戻ってきた。
エレベーターの中からずっと、私は彼女の尻尾を犬のリードのように握ったままである。もちろん今でも。
「テイオーも寂しい?」
「んッ……うん……そりゃあ、ちょっとは、寂しいけど……」
「えー、なんか反応うっすいなぁー……テイオーはやっぱり私の事、眼中にないわけかぁ……」
「そっ、そういうわけじゃ!」
狼狽えちゃって。わかってるよ。
「ふふ。冗談だってば。テイオーはもう、私のこと無視できなくなっちゃったもんね?」
「……当たり前だよ。こんなことされたら……誰だって……」
「でもやっぱり、しばらく会えなくなるからさぁ……テイオーの思い出にしっかり残るように、今日はたくさん遊ぼうね?」
テイオーの頬に手を添えてそう言うと、彼女は潤んだ目を瞬かせた。
「また……今日もボクは……」
「イヤ?」
「……イヤじゃ、ないよ……」
「……んー、良い子だねぇ、テイオー」
「あっ……」
優しく頬を撫でる。そして……ピシャリと、軽く頬を叩く。
「んっ……!?」
ヒリヒリする程度の痛み。けど、普通人にはやらないような軽い暴力。
だというのにテイオーはちょっとビクリとした程度で、非難の声も上げないばかりか、むしろ“次”を待ち侘びるかのような目で私のことを見つめている。
「新しい“遊び方”……テイオー、絶対に気に入ると思うよ」
「新しい……」
「うん。テイオーが今日のことを忘れられなくなるくらい、とっても楽しそうな遊び……」
「う、ぁっ……!」
テイオーのポニーテールを優しく掴む。
頭皮を引っ張る軽めの刺激。そして動かさない顔を襲う再びの平手。
「うっ……ぁあ……」
力は加減してる。じんわり痛むくらいのソフトな叩き方だ。けど、友達相手にやることでは絶対にない。
絶対にないけど……テイオーはこれでも、物欲しそうな顔をするんだね。
「……じゃあ、テイオー。一緒にシャワー浴びよっか」
「シャワー……あびるの……?」
「そう。テイオーの身体、洗ってあげるから」
スカートの上からテイオーのお尻を軽く……ポン、と叩く。
それだけで通じたのか、テイオーの体がびくりと反応した。
「お風呂ってよく音が反響するからさ……きっと良い音が出そうじゃない? ね?」
「……知らない、よ……」
「私も知らないから。一緒に聞いてみよっか」
「ふ、ぅう……」
手首を掴んで引き寄せる。低い声で囁きかける。それだけでテイオーの全身は形だけの抵抗さえやめて、私にされるがままになる。
ああ、テイオー顔真っ赤……良いよそれ、本当に良い……。
それがさらに、痛みに悶えたり、涙を流したりすれば、もっと……魅力的になると思うんだ。
「テイオー……たくさん声、聞かせてね……」
「……! う、うん……聞いてて……良いよ……」
最後の夜。
私はテイオーの肌を何度も叩いてあげた。
もちろん痕なんて残らないし、血も出るわけがない。柔らかいところを音が鳴るようにはたくだけのものだ。
テイオーはそれを気に入ってくれた。私も気に入ったけど、テイオーもすっごく良かったみたい。
「あ、ああっ……! ふ、ぅ……!」
「そう、タオル噛んで……声抑えて……良い子だね……ほら、ご褒美……」
「んぅっ……!」
叩いたり、髪を軽く引っ張ったり。噛んだり、時には踏んづけたり。
普通ではない。絶対におかしい。
だけど、“そういうもの”は現にあるし、私たちは“これ”を気に入ってしまった。
だからまあ、もう……受け入れるしかないよね。
普通じゃないんだってことは。
「ぁあ、噛まないでっ、ネイチャ、駄目! そこ、痛っ……!」
だから私は、テイオーの尻尾の付け根に印をつけた。
普通じゃないことの証を。私が彼女に勝つ証を。
「……もっともっと、私に弱くなってね、テイオー。私が後ろにいるだけで、何もできなくなるくらい。いつか、そうやって負けちゃうくらい」
「はぁ、はぁ……」
「それまではずっと、テイオーのこと虐めてあげるから」
「はぁ……それじゃあ、ネイチャは……」
息も絶え絶えなテイオーが、私を振り向いて力なく笑って見せた。
「ずっと、ボクのこと……虐めてなくちゃダメだね……」
「……もう一回」
「……!」
テイオーとの夏合宿は、私の思い出にもずっと残り続けるくらい、とっても楽しいものになった。