デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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チームデネボラのリアタイ視聴

 

 

「よし、ストップ。クールダウンだ、リオナタール」

 

 ゴール側からトレーナーの声がかかる。

 何本か走って、ようやく調子が出た頃だったのに。

 

「そう不満そうな顔するなよ。身体を痛めつけてもしょうがないんだ」

「……そんな顔してました?」

「してたしてた」

 

 それは、失礼なことしちゃったな。素直に立ち止まり、ごめんなさいしておこう。

 

「とにかく夏場の運動は体調を崩しやすいからな。菊花賞に向けて気合が入るのもわかるが、程々にしておけ」

 

 これは、トレーナーから良く言われる言葉だった。

 程々に。入れ込みすぎるな。実際、近頃は自分の感情が昂っているのがわかる。心に振り回されてはいけないんだってことも、わかってはいる。

 

 でも、どうしてだろう。

 菊花賞。これだけは絶対に、完璧に勝たなければ駄目なんだと。そう、私の魂が叫んでいるような気がするんだ。

 

「なあリオナタール、休憩ついでに動画でも見ないか?」

 

 ……それにしても本当、うちのトレーナーはそればっかりだなぁ。

 チームルームにあるタコ足配線とスマホ充電器も半分くらいトレーナーのだし。

 まあ、スマホ片手に見ながらでもしっかり私たちのことを考えてくれているのはわかってるけどさ。

 

「また何か変な動画見てるんですか? トレーナー」

「おいおい人聞きが悪いぞリオナタール。アレだよアレ、ナイスネイチャだ」

 

 ナイスネイチャ。

 おそらく菊花賞にも出てくるであろう、数いるライバルのうちの一人だ。

 

 一番の警戒対象はトウカイテイオーとして、トレーナーは二番手あたりに彼女を警戒しているらしい。……ナイスネイチャは色々話題が尽きないから、よくわかる。

 彼女の対策や作戦は全部トレーナーに任せてるから、私は従うだけなんだけどね。

 

「ナイスネイチャの特別番組が始まるんだ。悪いイメージを払拭しようっていう、URAとトレセンの努力の結晶だな」

「まあ、話には聞いてましたけど……」

 

 ベンチでトレーナーと横並びになり、小さな画面を眺める。

 ほどなくして、番組が始まった。

 

 

 

 内容は普通のドキュメンタリーだ。

 競走ウマ娘の練習風景やインタビュー、試合内容など。それ自体は珍しくもない。

 

 けど、ナイスネイチャのように目立った実績のないウマ娘にわざわざスポットライトを当てた番組は多分、かなり珍しいと思う。最近のナイスネイチャはすごく調子がいいのか連勝してるけど、それにしてもだ。

 

「良い走りをするよな」

「……ですね。こう見ると、手強いです」

「実際のタイムはそうでもないんだがなぁ」

 

 実績のあるウマ娘ではない。が、見る人が見れば平凡なウマ娘であるとは思わないだろう。

 番組内で彼女のレース技術、走行技術にスポットライトが当てられると、さほど詳しくなかった私などは思わず唸るほどだった。

 

 

『このレースでの第三コーナーのシーンを振り返ってみましょう。ナイスネイチャの視線に注目してください。彼女はここで速度を入れ、前方のウマ娘にプレッシャーをかけています。同時に右に注意を向け、インを狙う後続を上手く牽制していました。全体のペースが崩れているのがわかります』

 

 

 ……番組はナイスネイチャを感情的に擁護するものではなく、論理的に彼女の技術を称賛するものだった。

 言ってはあれだけど、少し意外だ。けど、うん。こっちの方が世間からの誤解や悪印象は打ち消せるのかもしれない。

 

 ただのヒールではなく、高い技術を持ったウマ娘。

 ……同じ競走ウマ娘としては、彼女への不当な風当たりが無くなってくれるのならそれが一番だと思う。

 これまでの世間の反応は、あまりにも冷た過ぎたから。

 

「もともとメンタルを崩さないウマ娘だったが、これをきっかけに更に盤石になるだろう。最近はナイスネイチャも調子を上げてきてる。それが秋まで続くかはわからないが……今まで以上に注意は払っておくぞ、リオナタール」

「はい、トレーナー。……私生活で、あまりナイスネイチャと関わらないように。ですね?」

「そうだ。……生徒のプライベートにまで踏み込みたくはないんだけどな」

「いえ、大事だと思います。それに彼女とはクラスも違うし、あまり接点もないですから」

 

 トレーナーは、私に“あまりナイスネイチャと関わるな”と指示を出している。

 というのも、ナイスネイチャは常日頃からクラスメイトや知り合いに接触しては、常に自分に意識を向けさせるような振る舞いをしているからだという。

 

 それは私にもわかる。あの子、最近はなんだか……人気があるみたいで。

 多分そういうイメージを抱いてしまうと、レース本番で足枷になってしまうんだ。本人もそれをわかってやっている。

 

 私は菊花賞を獲りにいく。そのためなら多少プライベートに干渉するくらい、なんてことはないよ。

 

 

『レース中のトリッキーな活躍とは打って変わり、トレセン学園内でのナイスネイチャは人気者だ。多くの生徒達と分け隔てなく接し、楽しそうに談笑する姿が見える。話している相手の頬に触れるなど、親密な様子も珍しくない』

 

 

 ……それにしても。うん……。

 

 

『友人の耳元でささやきかけるなど、お茶目な一面も』

『あ、はい。ナイスネイチャ……ですよね。友達ですよ。とてもレースが上手で、優しくて……ちょっとイタズラ好きなとこがあるけど、それもあの子の、その、魅力ですよね』

『クラスでも中心的な子なんですよ! 人気者で……誰か一人じゃなくて、けどナイスネイチャだからこそみんなを相手にできるっていうか、あの子なら、っていうか……』

『ありえん尊みがヤバいですはい』

『ナイスネイチャね、私にチョコをくれたんですよ。手作りの。とっても嬉しかったな……私のあのチョコも食べてくれたかな。うふふ』

 

 

 人気……だよね、ほんと……日に日に、ナイスネイチャの話題性が増しているのは気のせいじゃないよね……。

 デビュー後しばらくは話題にもなってなかったのに、大躍進だ。

 

 

『夏合宿では親しい友人のトウカイテイオーさんも同行。皐月賞、日本ダービーを取った二冠ウマ娘の彼女は療養中であるにも関わらず、ナイスネイチャさんの練習に駆け付けるほどの深い関係だ』

『ネイチャー、がんばれー! あと一本ー!』

『練習中のナイスネイチャさんを応援するトウカイテイオーさん。実は彼女、ナイスネイチャさんと同じクラスなのだという』

『休憩中も仲が良く、木陰でナイスネイチャさんがトウカイテイオーさんの尻尾を手櫛で整える様子も見られた』

 

 

 ……いや。いやいやいや。

 仲が良い……けど、それは間違いないけど。

 

 なんか近くない? トウカイテイオー以外もなんか全体的に近くない? 

 

「ふむ……ナイスネイチャとトウカイテイオーか。スピカにかけ合えば情報が手に入るか……? いや、あの部室は無駄に危険だからな……」

 

 そしてうちのトレーナーは情報にしか興味がない。

 

 ……うん、ナイスネイチャのことは全部トレーナーに任せておこう。

 私は今まで通り、ナイスネイチャを全力で避ければいい。きっとそれが一番だ。なんとなくだけどね。

 

 

 

 


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