デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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八方睨み持ってそうな顔

 

 お母さんからメッセージが届きました。

 写真でした。私の特番の。私が夏合宿中、テイオーの尻尾を触ってた時の場面の。

 

 本文無し。でも画面の向こうで笑ってそうなのはわかる。

 

「ぐあああああ!」

「うわぁ! ネイチャが壊れた!」

「落ち着いてくださいターボさん。ナイスネイチャさんは時々壊れます」

 

 時々思い出して叫び出す癖がついてしまったけどどうしようもない。

 なんで……なんであの時の映像が……いや、カメラに気付かなかった私が悪いんだけども……! 

 

 恥ずかしい……! 悶え死ぬほど恥ずかしい……! むしろいっそ殺してくれ……! 

 

 テイオーも番組の後でメッセージ送ってきたけど“見られちゃったね……”じゃないんだよ。見られたら恥ずか死ぬんですよこっちは。

 

「レースでは連勝中。特別番組の反響もまずまずだそうですし、今のところナイスネイチャさんには追い風が吹いてますよ。安心してください」

「トレーナー……向かい風の間違いじゃない……?」

「いえ、本当にかつてないほど順調なのですが……ナイスネイチャさんはもっと自分に自信を持たれてもいいかと……」

 

 自信……自信かぁ……。

 まあねえ。確かに最近は自分のスタイルが上手く走りに嵌まってる感じはするし、そういう意味では乗りに乗ってるとは思ってますけども。

 

「夏合宿も終え、皆さんは間違いなく大きく成長しています。これからのレースで、力を発揮していきましょう」

「おー!」

「おー」

「あーもう。おー」

 

 夏合宿を終え、トレセン学園での日々が戻ってきた。

 私たちは確かに成長しているだろう。タイムにも精神的な部分にもそれは表れている。

 

 けど、それは他の子だって同条件だ。

 より強くなったライバルたちを相手に、どう立ち回っていくか。

 今後の私は、ライバルの伸びにも注意を向けていく必要がある。

 

 

 

 とは思うものの、やれる事は限られている。

 何につけてもトレーニング。そしてレース。空いた時間での研究だ。

 奇を衒った戦術を突き詰めたい気持ちもあるけども、そう簡単に良いトリックが思いつくわけでもない。それよりは基礎トレーニングで身体を作っておくのが一番だ。

 

「トウカイテイオー、トウカイテイオー、トウカイテイオー……菊花賞、菊花賞、菊花賞……」

 

 言葉を発しながらコースを走る。

 息を切らさないように、しかし明瞭な発声で。相手に聞こえるように、より広い範囲にささやきが届くように。

 

「遅くなれ、ためらえ、立ち止まれ……」

 

 相手を萎縮させる走り。あるいは掛からせるための走り。

 不思議なことに、それは世間で一定の評価を得ているのだとか。

 

 そんなもんかねぇと思ってしまう。

 だって、やってることはヒールそのものなんだよ? 何があっても、私のスタイルが苦手だって人は一定数いると思いますけどもねぇ。

 

「……ただの技術扱いされると、困るな」

 

 ぽつりと溢れたのは私の本音。

 

 確かに私の技術が評価されるのは嬉しい。けど、そんな正当な評価を受けてしまうと、私のお邪魔テクニックを無視されてしまうかもしれない。

 

 “ナイスネイチャの作戦だから最初から絶対に気にしないようにする”。

 咄嗟にはできない心構えだろうけど、長い時間をかければきっと不可能ではないだろう。

 

 そうなったらもうおしまいだ。

 私の走りに誰も翻弄されず、おおらかに受け止められるだけの結果しか残らない。

 

 評価はうれしい。けどそれでは困るというジレンマ。うーん。

 

 もっとこう……特別番組作ってもらってあれだけど、もう少しヒール扱いされた方が良かったな。

 何か無いものだろうか。お手軽に、もう本能的に“この人と関わるとヤバい”ってなるようなテクニック……。

 

 って、んなもんあるわけないかー。

 

「オイ」

「ん? はーい、何か……」

 

 走りの途中で声をかけられた。

 

 ペースを落として立ち止まり、振り返ると……。

 

「よォ……お前、ナイスネイチャで合ってるよな?」

 

 明らかに関わるとヤバいタイプの反社会的ウマ娘が私を睨みつけていたのだった。

 

「ピェ……」

 

 明らかに凶暴そうな顔立ち。無数のピアス。タトゥー。

 ま……間違いない。この人は関わったら本格的に不味いタイプのウマ娘……! 

 

「あ〜〜〜やっぱりそうだ。見たぜェ特別番組……一躍有名人って奴だよなぁ……最近は随分と調子が乗ってるみてぇじゃねえかよ。なあ?」

「の、乗ってナイデス……はい……」

「そんなことは無ェだろ。菊花賞に向けて今日も真面目に体力作りしてるわけだ。いやぁオレは偉いと思うぜ? ナイスネイチャには前々から目はつけてたしなァ。ああ、オレはエアシャカール。まぁよろしく頼むわ」

 

 ど、どうしよう。絡まれてる……絡まれてるよねこれ。

 

「で、だ。突然だけどよォ」

「はい……」

「面白い走り方するんだろ? テメェは。相手の邪魔が得意なんだよなぁ? ちょっと今から並走してやっから、オレに対してやってみてくれよ」

「えっ……」

「なんだよ不満か? 別に怒らないから。約束する。なっ?」

 

 ひぇ……肩組まれた……笑顔も明らかに無理して作ってるし……。

 

「オレはお前のデータが欲しいだけなんだよ……良いだろ?」

 

 データ!? こ、個人情報かな……!? 戸籍かな!? 

 だ、ダメだ……これは絶対に後から文句つけてヤキ入れられるやつに違いない……! 

 だって顔も口調もそんな感じなんだもん……! 

 

 もうこれは私だけの問題じゃない……下手したら、母さんにまで……! 

 

「ちょ……」

「ちょ?」

「ちょっともうミーティングの時間なんで帰りますぅううう!」

「え? あ、おいコラァ! 待ちやがれェ!」

 

 うわぁああああ殺される殺される! 

 ヤバいよ目がヤバイもん! 絶対変な白い粉とかやってそうな雰囲気だもん! 

 

 もうやだ! 有名人やだ! 私もう今日は逃げるぅ! 

 

「あぁぁ! でもあの殺気交じりの目つきは活かせるかもしれなぃいい!」

 

 私はその日、恐怖と命の危険を引き換えに、新しいお邪魔アイデアを手に入れたのだった。

 

 

 

「……タオル落としたまま帰りやがった……チッ、しょうがねぇな。後でチームのトレーナーに届けに行ってやるか」

 

 

 後日判明したことですが、あの目つきのヤバいエアシャカールさんは特に悪い人ではなかったみたいです。

 

 ナマ言ってすんませんっした……。

 

 


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