デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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夏夜の郷愁と先行焦り

 

 番組で親しみやすいウマ娘アピールがされていたおかげなのか、学園内でやや遠巻きにされていた私に話しかけてくれる人が増えた。……気がする。

 元々クラスメイトとか身近な子たちからは仲良くしてもらってたけど、最近は違う学年の人からも声をかけられる機会が増えていたり。

 

 トレーニングルームで一緒になったとかによく挨拶をされるので、こっちはどもどもと返している。

 普通の話し相手が増えるのっていいものですなぁ。

 

 

 

「あ、あのっ、ナイスネイチャさん……ですよね」

「ん? はいはい、ネイチャさんですよー」

 

 夜の涼しいターフを走り終えた後、軽いジョグで後はもう帰ろうというタイミングで声をかけられた。

 さっきまで私と一緒にターフを走っていたウマ娘だろう。この季節は夜の方が涼しくて快適なので、自主練中にかちあう事は珍しくない。

 

 長い黒鹿毛。小柄で臆病そうな、どこか薄幸という言葉をイメージさせるウマ娘だ。

 見覚えはない。……はず。彼女は誰だろう。

 

「えっと、その……ライスね、ナイスネイチャさんのトレーニングが終わってから話そうと思ってて……」

 

 ああ、私と一緒に走ってたのはそういう。

 ……結構な長距離を走ってたつもりだったけど、彼女の息は切れていない。

 良いスタミナの持ち主だ。もし一緒に走ることがあるならあまり相手にしたくないタイプかも。

 

 えーと、まぁそれはそれとして。

 

「ライス……でいいのかな?」

「う、うん。ライスシャワーです」

「ごめんね、失礼な質問だったら最初に謝らなきゃいけないんだけど……私たち、会ったことある?」

「あ、やっ、な、無いよ? はじめまして……」

「あ、それはよかった。どもどもはじめまして」

 

 お互いペコペコ頭を下げながらご挨拶。なんだこれ。

 

「……ライス、時々近くの商店街に行くことがあって……この前、知り合いのお花屋さんをお手伝いした時に聞いたんだ。ナイスネイチャさんのこと……」

「あー……はい」

 

 近くの商店街。それを聞けば、すぐに思い当たるものは出てくる。

 あまり思い出そうとしていなかったものが。

 

「ナイスネイチャさん、近頃商店街に来なくなった……って。みんな、寂しそうにしてる……」

「……」

 

 まあ、はい。うん。

 行ってないもの。最近。ほぼ一年近く。

 

 最初は地元みたいな温かな雰囲気に惹かれて、足繁く通ってたし。

 色んな人たちに顔も名前も覚えられて、これからより一層親密になるんじゃないかって。第二の故郷になっちゃったりなんて思ったりもした。

 

 でもやめたんだ。商店街に通うの。

 

「……私のせいで商店街の人達が悪く言われるかもって思ったら、ねぇ?」

「っ……!」

 

 私は走るスタイルを変えた。覚悟を持って変えたんだ。

 だからそれ自体に後悔はないし、やめるつもりだってない。

 

 けど、私の悪役じみた走り方のせいで、あの温かな商店街にまで心無い言葉が浴びせられてしまうかもしれないと思うと……私はあの場所から距離を置くべきなんじゃないかって思うようになったんだ。

 

「……気にしてないよ。みんな」

「あはは……だろうねぇ。あの人たちはみんな、本当にそう言うと思うよ。優しいから……」

「本当に気にしてないの」

 

 ライスシャワーが私の目を見つめている。

 

「ライスはナイスネイチャさんのこと、あまり詳しくないけど……みんなみんな、ナイスネイチャさんのこと心配してたよ。雑誌とか、ニュースとか……で、悪口を言われているのだって、怒ってた……けど、最近は悪く言われることも少なくなったって、みんなそれ見たことか、あの子はいい子なんだって……」

「……そっか」

「みんな応援してるよ。だから、またいつでも遊びに来て良いんだって。……そう伝えて欲しいって、言われたの」

 

 ……そっかぁ。

 私、またそこに行っても良いんだ。

 

「ごめんなさい……ライス、うまく伝えられなくて」

「いや、いいよ。伝わってるよ全部。……ありがとう、ライスシャワー」

「! うん……」

 

 夕暮れ過ぎ。もう今からじゃ商店街はほとんどやってない。

 ……急に、そんなことを考えてしまった。

 

「でもね。私はまだまだ、やれることをやらなきゃいけない時期なんだ。商店街……またあの空気に浸っていたいけど……」

 

 本音を言えば明日からでも足を運びたいくらいだけど。

 

「もうしばらくは、待っててほしいな。菊花賞までは、本気でいたいから」

「菊花賞……」

「勝たなきゃいけないんだ。菊花賞」

 

 私には目標がある。やらなきゃいけないことがある。そのためには全力を尽くさなければならない。

 

「……すごいね、ナイスネイチャさんは。周りからどう言われても、へっちゃらそうで……ライス、そういうところ、凄いと思うな……」

「あはは、ありがとう。……私は、これが私にできる全力なんだって信じてるから」

「私にできる、全力……」

「そう。勝つための全力。持てる全てを注ぎ込んだ、最善最高の走り。私はそれを絶対に恥じたりはしない。だから、人から何を言われたって、構わない。……私自身はね?」

 

 周りの人にまで波及するとさすがにちょい気遅れするけどさ。

 

「……かっこいいな」

「ほんと? へへ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ」

「ライスも、そんな強さが欲しい」

「……今月は夜、結構走ってると思うから。その時だったら一緒にトレーニングする? 差し対策ばかりだと気が滅入るから、たまには先行対策やってみたかったし。付き合ってくれたら助かるんだけど……」

「! う、うん! ライス、またナイスネイチャさんと一緒に走ってみたい……!」

「やった、ありがとう!」

 

 こうして私は、ちょっとだけ気持ちが軽くなり。

 新たな練習仲間と一人友達になれたのでした。

 

 


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