デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
勝利したウマ娘は、その勝利数によって次からのレースの格が上がっていく。
私は今勝利数1なので、次に出るのは勝利数1のウマ娘が集うレースだ。
圧倒的な速さで勝利を掴んだ子。
競り合って競り合って、努力の末に一着を取った子。
運が良いのか悪いのか、不思議と勝ってしまった子。
そして私のように、どさくさに紛れて一番を盗み取った子とか。
ここに集うのは色々なウマ娘だけど、誰もが一度は勝利したことがあるのは間違いない。
レースの質そのものは、前回よりもずっと上がっていることだろう。
パドックで勇姿を見せるウマ娘達からは強い熱意を感じる。
なんというか、負の気迫? みたいなのがない。すごい純粋な闘志と言うべきか。
私はそこから、未勝利戦のウマ娘達のような焦りを窺えなかった。
「さーて、どうしますかね……」
芝2000。
この前よりも短いコースの上で、私はどれだけの小細工を積み重ねられるだろう。
ライバル達はより強くなり、私の速さはほとんど変わらない。
なんともまぁ、考えれば考えるほど嫌になっちゃうけども、考えるだけしか能のない私が思考停止しちゃうわけにもいかないわけで。
とりあえず。まぁ。私も、パドックで勇姿を見せよう。
私はステージの上を歩き出し、ジャージの上着を脱ぎ捨ててポーズを決めた。
「おいっすー! どもー! ナイスネイチャでーす!」
さほど観客の多くないパドックで、アイドルのような振る舞いを決めた私。
こんなパフォーマンスをするウマ娘もいないわけじゃないけど、私は一度もやったことがなかった。
観客から小さな「おおー」とか「がんばれー」とかが聞こえてくる。
普段の私を見てない人からすれば、まぁ、元気なウマ娘が来たなって感じなんだろう。
「みんなありがとー!」
別に、ここにいる人たちは私目当てで来たわけでもない。
だけど私は無駄に自信たっぷりに存在感をアピールするのだ。
今日の小細工は、私が目立ってないとどうしようもないからね。
「……よし」
ステージから退散すると、愛嬌は消え失せる。
さて。それじゃ今日も頑張っていきますか。
他人の足を引っ張るレース第二弾。
新しい手札の使い勝手の確認作業の始まりだ。
「おーし、やったりましょー。今日勝ったら次は2勝レースだしねぇー。さっさと次に行きたいなぁー」
ゲート中でも独り言を欠かさない落ち着かないウマ娘。それが私です。
周囲はいつスタートしてもいいように耳に集中してるのに、隣では私がだらだらと口を動かしている。落ち着かないことだろう。私だって落ち着かない。けど、やめない。
「バ場が重めだとすぐに蹄鉄緩んじゃうんだよねぇ……あれどうにかなんないかなぁ……」
これはスタートの直前だ。世間話に乗る相手は当然いない。
「あ! でも聞いた話だと緩むのは取り付けの時の鋲の打ち方に問題があるって」
ガタン。
ゲートが開いた。
「ふッ……!」
瞬間。私は先頭に飛び出した。
それまでの緩慢な世間話を裏切るようなスタートダッシュ。のろまな私が唯一圧倒的に一番になれる瞬間。
「なッ」
「このっ……!」
ふふ、苛立ってる苛立ってる。
そりゃさっきまでバ鹿みたいにくっちゃべってた子が一番綺麗にスタート決めたらなんか腹立つよね。話を聞かされてた側は集中できないのにね。
でもスタート前は息も乱れないし、いくら喋ってても疲れない。
心の片隅に思い浮かんだ取り留めのない思考を言語に変えて垂れ流すだけ。それで少しでも相手の心を乱せるのなら、このタイミングを使わない手は無いんですわ。
「ふッ、ふッ……まぁ、今日もするっと一着、もらっちゃいますかね」
ハイペースで先頭を進みながら呼気に言葉を乗せる。
余裕そうな声色と口調。もちろん本当はするっと一着なんか取れてなかったけど、強者感は出てるでしょ?
「させない……!」
ほら、追いすがってきた。
今日の相手は逃げ3、先行3、差し4、追い込み3。
ギラついた目で猛然とこっちに迫ったのは、今回最も実力があるらしい逃げウマ娘。「ナンカイウインド」。
逃げを得意とするウマ娘は他に前を取られることを何よりも嫌う。
それは脚質というよりも、本人の気質の面が大きいと言ってもいい。
私はややオーバーペースを維持したまま先頭をゆく。
抜かされそうになっても上手く左右に揺れ動き、後続の抜け駆けをブロックする。
今回のレースでも全体的なオーバーペースを作りたい。そのためにはすぐに前を譲ってやるわけにもいかないのだ。
スタートは集中して綺麗に頭を取った。
コース取りも最善で自己評価では申し分ない。
……けど、直線であっという間に抜かされるのが私なわけでして。
「ふんッ」
私はコーナー辺りで外から抜かされてしまった。
……けど、ここからよ。コーナーは得意なんだ。
円弧を大きく膨れるように走り、息をつく。ペースも落とす。後は勝手に序盤のペースを維持した逃げ組が全体のテンポを急かしてくれる。
先行組も追いすがってきた。もうすぐ後ろだ。彼女らは先頭と距離をつけすぎると追いつけなくなってしまう。自然とその速さは掛かり気味になる。
「ん? なんか今日、遅めだね」
きょとんとした顔と声で、そんなことをささやく。
誰に対してでもない。別にこの先行集団の誰にも知り合いはいないしレースだって見たことない。
けど私は知った風な口で煽るのだ。
「あー、こりゃ、ナンカイウインドかな」
「……!」
ちょっと焦ったか。先行の一人が私を黙らせるように前に出る。
けど他の二人は眉を顰めたものの、今のペースを保持している。
挑発に乗る気分じゃなかったかな?
けど、そうはさせない。
二人の前で息を入れ、進路を塞ぐ。
流石にペースダウンした私を邪魔に思ったか、二人は外から抜きに掛かった。
「速いねえー」
このままでは前に出られる。……というタイミングで、坂が来る。
「はッ、はッ」
「……っ!?」
「ふふ、また追いついた」
私は坂で加速する。坂は得意だ。登るのも降りるのも練習した。
抜かそうと思った相手が加速したせいか、二人が焦れる。嫌でしょこういうの。私も嫌だよ。
「このぉっ……」
結果、二人は無理に加速した。このまま私に邪魔されながらささやかれるのは嫌だったのだろう。正直ごめんなさいと思ってる。
「ふーッ……」
下り坂で息を整える。滑るように、勢い任せに降りながらこれまでの無茶して吐き出した酸素を取り戻す。
残り800。
前のペースが乱れ始めた。
逃げのほとんどは坂で明らかに失速。
先行は一度ついた火を消せないまま、並んだ二人が息の入れ時を見失っている。
それに続くのが私と、差しウマ娘。
チラリと確認すると、追い込みは既にバテている。元々速さについてこれないウマ娘だったのだろう。
問題は差しだけど、これもまあどうにかする。
「……!」
私はわざとヨレたように走り、一人分のインコースを空ける。
後続の差しウマ娘が餌を見つけたようにペースを上げた。
仕掛け時はここ。そう思ったんでしょ。
でも私は速度を取り戻す。コースもギリギリ閉じる。相手が加速を狙った瞬間に封じ込める。
相手は落胆するだろう。わかってる。だから私は僅かに後ろを向いて、顔を見せた。
「遅い人に行かれると、邪魔になるから」
睨む。凄むような目ではなく、呆れるような、蔑むような眼光。
「なにをっ……私はっ」
「ごめんね、先に行くから」
そのまま微加速。コーナーも相まって自然とリードできる。ちょうど良く沈んできた逃げ二人を追い抜かし、演出も抜群。
「させっ、るかぁっ……!」
残り600。憤った差しが猛追する。この子は感情の勢いだけで最後まで来そうだ。……やっぱりスタミナを削りきるには2000じゃ距離が短い。
「無理しないで。足、動かないでしょ」
「動くっ……!」
「休もう?」
「ふざっ、けっ……!」
「疲れたでしょ?」
「あんた、なんで、そん、なっ……!」
怒りで我を見失い、走りながら私の口車に付き合った。
敗因があるとすれば、多分そこだ。
私は走りながら喋る練習をした。
貴女はどう? 多分、そんな変な練習はしてないでしょう。
多分貴女、とても真面目なウマ娘だろうから。
「しまっ、……!」
息切れした差しウマ娘を裏切るようにスパートをかける。
残り200。前方からは次々と速度を落としたウマ娘達がやってきて、すれ違う。
先頭にいるのは今回最も強い逃げウマ娘、ナンカイウインド。
けど彼女も今回は余裕そうな雰囲気はなく、序盤のペースをどうにか引きずっているような有様だった。
とはいえ今の今までトップを守り抜いてきた意思の強さと地力の質は賞賛に値するだろう。
こっちも、うん。今日のレースは、少し……喋りすぎた。
息はバテバテ。残すは直線。小細工の手札もほとんどない。
でも、私は私自身に問いかける。
足、動かないでしょ?
休もう?
疲れたでしょ?
そう尋ねるのだ。
答えはすぐに返してやれる。
「ふざっ……けるなぁッ!」
誰が折れるか。誰が負けてやるか。誰が諦めるか。
私は絶対に諦めない。誰かに囁かれても、私の体が裏切ろうと、私の精神だけは絶対に諦めたりはしない。
スパートをかけろ。前は一人。邪魔者はいない。
「くっ……う、ぁああああ!」
ナンカイウインドがこっちに気付いた。
向こうも最後の直線で破れかぶれのスパートを決めている。
行かせない……絶対に行かせはしない。
「それ、速くなってないよ……ッ」
「……!?」
ギョッとした顔が横目に見える。
嘘だよごめんね、ほんとは結構速かった。
でも貴女は多分、気にしちゃったんだろうね。
「あっ」
加速を一瞬だけためらったナンカイウインドを差し切って、私は一番前に躍り出た。
スタートと同じ、先頭に。嘯いていた言葉の通りに。
「やっ、……たぁああっ!」
私は再び、一番最初にゴールを切った。