デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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生徒会室戦争

 

 最近、会長の様子がおかしい。

 エアグルーヴはその確信を深めつつあった。

 

「……とのことで、URAからの感触は悪くないそうです。ひとまずトレセン学園内にて試験的な開催を試み、その内容を評価して定期開催とするかどうかの検討に入る……と、秋川理事長が」

「そうか。ありがとう、エアグルーヴ。これでまた一つ、ウマ娘の幸福への道が近づいた」

 

 シンボリルドルフは疲れたような笑みを浮かべた。

 彼女は以前から学園の、生徒会長としての職務に忠実であったが、近頃は特に精力的であった。

 以前よりも多くの生徒たちの声に耳を傾けるようになり、細々とした人間関係の問題に当たる機会が増えた。最近はエアグルーヴが受け持っていた「目安箱」の対応にまで手を伸ばしている。

 その上、新しい学園企画の発案、試算、検討など、膨大な作業をほとんど己一人で推し進めているような状態でもある。

 

 今はこうして疲れた笑みを浮かべているが、本来なら倒れてもおかしくはないほどだろう。エアグルーヴには彼女が未だ働けているのが不思議であった。

 

「……会長。働きすぎです。そろそろ、お休みになられるべきかと」

「休みか……そうだな、もう少ししたら休憩に入ろうか。ありがとう、エアグルーヴ」

 

 遠回りに休息を提案しても、こうして煙に巻かれる始末。

 もっと強く、強硬に「休め」と言わなければならないのだが……。

 今のシンボリルドルフの目には、常にはない炎が宿っている。エアグルーヴにはそう見えて仕方かった。

 

 シンボリルドルフは自分とは違う高みにいる。そんな彼女に、自分如きが口を挟んでもいいものなのか。

 強い違和感を覚えながらも、エアグルーヴはシンボリルドルフを止められずにいたのだった。

 

 

 

「失礼しますっ!」

 

 ある日、生徒会室に来客があった。

 

「うわっ、……アグネスデジタルか。あまり大声を出すんじゃない……ん? メジロドーベルまで。一体どうしたというんだ」

「……失礼します。エアグルーヴ先輩」

 

 来客はアグネスデジタルとメジロドーベルの二人だった。

 エアグルーヴは二人の関係性についてあまり心当たりがなかったが、二人の表情は固く、どこか強い緊張感に満ちている。

 ただの用件ではない。エアグルーヴはそれを肌で感じた。

 

「おや……これは。やあ、アグネスデジタル。そしてメジロドーベル。ようこそ生徒会へ。ここへ何の用かな?」

 

 書類を見つめていた顔をゆっくりと上げ、シンボリルドルフが微笑む。

 対してアグネスデジタルが発したのは、自分の拳を握りしめる音だった。

 

「……撤回してください」

「撤回、とは?」

「わかっているでしょう。当然、“約束の10ハロン”への助言についてです」

 

 “約束の10ハロン”? 助言? エアグルーヴは話を飲み込めなかった。

 だがシンボリルドルフには伝わったようで、“ああ”と声を上げている。

 

「目安箱に投稿されていた悩みに対し、生徒会長として最善の答えを返しただけのことだ。それがどうかしたのだろうか?」

「……本気で言っているんですか。会長。あれが、あの結末が、あなたの答えと」

「全てのウマ娘に幸福を。私は私の理念に基づき、自分なりの助言をしたまでに過ぎない」

「だからって……! あんなことは、あまりにも無情過ぎます!」

 

 メジロドーベルが哀しみに吠えている。

 目をかけていた後輩の尋常でない様子に、さすがのエアグルーヴも驚いた。

 しかし、口を挟めるだけの前提知識が彼女にはない。

 

「一人のトレーナーと一人のウマ娘の心温まる触れ合い……育まれてゆく絆。なるほど、たしかにそれも良いだろう。しかし二人とも、考えてもみたまえ。……“それだけ”ではあまりにも、平坦ではないか?」

「なッ……」

「生徒会長、あなたというひとは……!」

「トレーナーには別のウマ娘を。ウマ娘には別のトレーナーを。お互いを想いながらも、別の関係性の中で摩耗してゆくかつての絆……そこから生まれる強い感情の唸り。ああ、想像してみたまえ……どうだ? メジロドーベル。この潮流こそが、我々に必要なものではないか?」

「それはッ……可哀想です!」

 

 エアグルーヴは何が起きているのかよくわかっていないが、激しくなるばかりの空気感に狼狽える他ない。

 

「そうです、メジロドーベルさんの言う通り……可哀想なのはいけません! まして、それを一般になんて……!」

「ほう? どうやらアグネスデジタル君は“わかる”らしい。……素晴らしい。それはまさに、君の恵まれた“素質”だ」

「んなっ!? 断じて違います!」

「恐れることはない。遠からず理解できることさ」

 

 疲れた顔のまま、シンボリルドルフがどこかニヒルに微笑む。

 

「それに、これは“約束の10ハロン”だけに留まることではない。既に学園側は、私の思惑通りに動き始めている……今までのチームの枠に囚われない、新たな枠組みを再構築しての特別レース。そこでは今までの関係性が破壊され、新たな出会いと刺激が我々を待っているだろう」

「そんな……!」

「かつての親しい仲間を離れ、新たな友情の中で溶かされてゆく……そこで生まれる嫉妬、喪失感、敗北感……ああ、素晴らしい。イメージしてみたまえ。今まで心を許していた唯一無二の相棒とも呼ぶべき仲間が、別の者たちと親しげにする姿を」

 

 あれ? 新設レースの話にそんなドロドロした背景なんてあったっけ? エアグルーヴは訝しんだ。

 

「私が“約束の10ハロン”に宛てた言葉は、近い未来やってくる我々の姿……それを予言しただけに過ぎないさ」

「……ッ! 会長さん、あなたは何もわかっていない……“約束の10ハロン”のことを、なにも……!」

「アグネスデジタル……!? や、やめて! それ以上はダメよ!」

「あの作品はッ! こちらのメジロドーベル先生が書かれたものなんですよっ!?」

「アグネスデジタルさんっ!?」

「会長さんの言葉でどれだけ先生が傷付かれたのか……! あなたは、あなたはなにもわかっていない!」

「やめて! もういい、もういいの……!」

 

 メジロドーベルは泣きそうになっていた。

 その様子を見て、シンボリルドルフは“ほう”と目を細めた。

 

「本人がいたとは、私も予想外だった。……ふむ、であれば私の返信では書ききれなかった部分についても、この場で伝えてしまおうか。なに……これもまた、私からの“提案”さ」

「なッ……!」

「第四章で二人が福引きで当てた“温泉券”……あれをトレーナーと、新たに登場させる別のウマ娘とで使うというのはどうかな?」

「な、なにを……そんな……そんなことが、許されるわけっ……!」

「二人が温泉に行く姿を元々組んでいた方のウマ娘が目撃するんだ。二人が楽しそうに遠征にゆく姿を眺め……静かに膝をつく。ああ、どうだ……これほど素晴らしいカタルシスがあるだろうか?」

「ああっ……」

「メジロドーベルさん!?」

 

 メジロドーベルは血の気を失ったようにその場に崩れ落ちた。

 エアグルーヴは、アグネスデジタルがメジロドーベルを支える姿をただ呆然と見ることしかできなかった。

 そもそも今何が起きているのかもよくわかっていない。

 

「あなたは……あなたはどこまで冷酷なんですかっ! 会長さん!」

「……そうだ。それでいい……それもまた“素質”だ、アグネスデジタル」

「違います! あなたのそれは重度の倒錯……妄執に過ぎません! 私が……私が、あなたの目を覚ましてみせます!」

 

 うな垂れるメジロドーベルを抱き起こし、シンボリルドルフを睨むアグネスデジタル。

 その姿はまさに、悪の皇帝に挑む“勇者”そのものだった。

 

「先生……あなたの想い、お借りします」

 

 アグネスデジタルはどこからともなく一冊の薄い本を取り出した。

 

「なんだ? それは……」

「これは……とある先生が遺した尊い詩集です」

「詩集?」

 

 なぜそんなものを。そう言いたげなシンボリルドルフに、アグネスデジタルはニヤリと笑ってみせた。

 

「だ、ダメ……アグネスデジタルさん、それを開いては……見せてはダメ……」

「大丈夫です、メジロドーベルさん。貴女の想いはきっと……闇を打ち払いますから」

「ちが……そうじゃなくて……本当に……」

「ふむ。まあ、詩を貶すような趣味は私にはないが……」

 

 アグネスデジタルから差し出された詩集に目を通し、シンボリルドルフが退屈そうにページを捲る。

 

「ふむ。至って普通の詩だ。友人を想う詩、先輩に対する淡い憧れ、そしてトレーナーを想起させる人物への純朴な好意……これといって風変わりなものではない」

「ガクッ」

 

 メジロドーベルは力尽きた。

 

「……だが……なんだ……? これは……あまりにもありふれた……凡庸なポエムだというのに……私の胸に溢れる、これは……」

「! 会長……!」

 

 その時、シンボリルドルフは涙を流していた。

 

「私が……泣いている、のか……?」

「そうです。それがあなたの、会長さんの中にある本来の“心”……」

「馬鹿な……こんな、ありきたりなもので……」

「尖っているだけが尊さではないんです。会長さん、あなたは勘違いしていただけ……あなたが求めていた本当の気持ちは、こういうありふれた尊さのなかにあったんですよ……!」

 

 シンボリルドルフが冊子を取り落とし、顔を手で覆った。

 

「私は……なんという、思い違いを……!」

「いいんです。誰しも道に迷うことはあるんです……そして“推しは押しつけられるものではない”……それだけを覚えていただければ」

 

 気を失ったドーベルの寝顔を、アグネスデジタルは慈悲深く見つめる。

 

「……それだけで、きっとドーベルさんも許してくれますよ」

「……すまない。メジロドーベル……アグネスデジタル……私は、私は……!」

「徳、積んでいきましょう……?」

「ああ、積むとも。何年かかっても、必ず……!」

 

 こうして生徒会室内で起きた壮大な戦いは終わりを告げた。

 シンボリルドルフを悩まし続けていた偏頭痛は完治し、彼女の嗜好を押し付ける振る舞いは消滅したのである。

 

「なんだこれは……一体何の何が何だったのだ……」

 

 もやもやした気持ちを抱えたのは、最初から最後まで何が起きているのかわからないままだったエアグルーヴだけである。

 

 

 

「やあ、アグネスデジタル君」

「あっ! どうもです会長さん! お久しぶりです! いかがでしょうか!? あれから……」

「ああ。あれから私も己の行いを省みてね……他者の不幸を呼び込むことのない、健全な嗜好を得るに至ったところだよ」

「おお! それは何より……」

「やはり仲の良いウマ娘同士の間に男性トレーナーを加えるのが一番だな。新たな関係性に加えて三人がそれぞれ絆を深め合う……これこそが私の求めていた“全てのウマ娘の幸福”なのだと……」

「なんだァ……? テメェ……」

 

 アグネスデジタル、切れた! 

 

 

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