デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
「ターボ、次のセントライト記念でリオナタールと勝負する!」
「ほへ?」
なしてターボとリオナタールが?
そう思ってスマホを確認し出走表を見てみると……あらま。
「ほんとだ、リオナタールと走るんだね。中山2200、向こうの得意な距離だぞー」
「絶対勝つ!」
「気合十分だねぇ」
セントライト記念。元祖むちゃつよウマ娘の名を冠したこのレース。
きっとリオナタールにとっては菊花賞前の最後のレースになるだろう。
そして、それは私にとって最大の障壁の手の内を覗き見る最後の機会でもあった。
「ターボさんは以前チームデネボラのトレーナーと約束していましたよね」
「あーそんなことあった……けどあれマジだったのかー……な?」
「むっふっふ……まぁ見ててよネイチャ! 菊花賞の前にターボがリオナタールをけちょんけちょんにしておくから!」
「けちょんけちょんて」
「そしたらターボが菊花賞に出るんだ!」
いやいや3000はさすがに体壊しますよターボさん。
と、まあそんなゆるーい感じのノリでセントライト記念当日を迎え、レースが始まったわけなんですが。
「勝ったぁああ!」
「マジかー」
「素晴らしい走りでした、ターボさん」
なんとツインターボが2着。リオナタールはターボの後塵を拝す3着でのゴールとなってしまった。
一番人気のリオナタールがまさかの敗退である。これはさすがの私も予想外。
「すごいじゃんツインターボ!」
「ふふん! ターフのニューウェーブ、ツインターボだもん! ……でもどうせ勝つなら1着が良かったなぁ……うーん、途中までほとんど先頭だったのになぁ……ほぼ1着だったのにぃ……」
そうなんですよターボさん。実はレースって最後の最後に抜かされただけでも順位が落ちちゃうんですよ。
けどまあ、それでも本当に終盤にまでよく走り抜いたと思う。
「リオナタールはツインターボさんの展開に振り回されていたようですね。ペース配分が狂って仕掛けどころを見失ったのでしょう」
「そんな感じだったねぇ。スタミナ作りはしてるはずなんだけど……元々マイラー向きだししょうがないんじゃない?」
3000に向けたトレーニングを重点的にしてたらターボの牽引する2200は少し戸惑うだろうなぁ。実際、レースはかなり荒れてたし。
それでも勝ちは勝ち。よくやった、ツインターボ!
「今日はトレーナーのお金で焼き肉だー!」
「ええっ!?」
「おー!」
「おー」
「まあ、全然構わないですけど……おめでたいので……」
「できる大人は違うねぇ」
「煽てられなくてもお金は出しますからね……?」
こうして私達はターボの勝利、というか2着を祝い、少しだけお高めの焼き肉を味わったのであった。
「よう、リオナタール。元気がなさそうだな」
「……トレーナー」
チームデネボラのリオナタールとトレーナーは、ウイニングライブの後は帰路についていた。
レースの後で空腹ではあったが、リオナタールが3着祝いを素直に喜ばなかったためである。
リオナタールは敗北した。
不得意な距離ではなかったのに、高速バ場に終始惑わされ続けたのが敗因だろう。反省会をするまでもなく、明確な負け方であった。それゆえにリオナタールは、わかりやすいくらい落ち込んでいる。
「最近お前は力み過ぎてるぞ。今日のレースでもずっと前を狙ってばかりだっただろう」
「……ごめんなさい」
「菊花賞が近づくたびに酷くなっている。が、今日の3着で少しは落ち着いたんじゃないか?」
車の助手席で、リオナタールが静かに涙を流す。
運転中のトレーナーは、それを見なかったフリをした。
「レースは水物だ。流動的で、常にその模様を変えてしまう。流れを支配するには、何よりもまず自分自身が平静でいなくちゃ駄目だ。言っちゃあれだがリオナタール、今日のメンタルのままで菊花賞に出てたら悲惨なことになってたぞ。前もって一月前に体験できただけ、今日のレースは値千金だった」
「……慰めてくれるんですね」
「これ、慰めになってるか? スマホ見れなくていいやり方が調べられないんだが」
「……ちゃんとなってますよ」
「そうか。なら良かった」
車が信号で止まり、トレーナーはナビを無意味に操作する。
「ひとつ、情報がある」
「……どんな情報ですか? ゴシップ?」
「違う。トウカイテイオーの経過だ」
「!」
「菊花賞は……望み薄。だろう。とのことだ。沖野が言うには、だが」
菊花賞トウカイテイオーがいない。
それは、本命が不在であることを意味している。
「もちろんスピカも諦め切れてはいない。まだ完治に向けて全力を注いでいるはずだ。可能性はゼロじゃあない。だが……」
「不可能、だと?」
「この時期にまだ満足に走れないようじゃ、本番で無様を晒すだろう。沖野はそんなことをさせるトレーナーじゃない」
「……トウカイテイオーがいない……」
リオナタールが背もたれを軋ませ、車の狭い天井を見上げる。
そうしている間にも、信号は青になった。
「もちろん、本命がいないだけで厄介な相手は多い。ブレスオウンダンス、ナイスネイチャ……決して油断のできない相手ばかりだ。リオナタールはステイヤー向きでもないしな」
「でも、負けません。……負けたく、ありません」
「その気持ちは大切だ。捨てなくていい。燃やし過ぎなければ良いだけさ」
「……はい。大丈夫。もう平気です。……今日みたいな走りは、しません」
顔を真っ直ぐ向けたリオナタールの目は、すっかりと澄み切っている。
「獅子は兎を狩るにも全力を出す。だが、お前が取るべき獲物は兎ではなく菊花賞の栄光だ。緩急織り交ぜて惑わせてくる
「……トレーナー」
「ん、どした」
「あまり女の子にあてがう喩えではないので……」
「……嫌だったか? かっこいいと思ったんだが」
車内に落ち着いた笑い声が響く。
リオナタールの涙はいつの間にか乾ききっていた。