デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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三日前のフライング

 

 

 木曜の14時。菊花賞の出走表が公開された。

 三日後に迫る菊花賞の、ライバルたちの一覧だ。私にとってこの出走表は何よりも重い意味と価値を持つ。

 

 作戦を練る余裕は少ない。時間との勝負だ。

 

 

 1番 アキバカガリ

 2番 サーザンスキー

 3番 アサギノコハク

 4番 アルエスマオウ

 5番 ナイスネイチャ

 6番 マチカネヒオドシ

 7番 トゥデイウィナー

 8番 ブレスオウンダンス

 9番 シガーブレード

 10番 ケーツースイサン

 11番 エンジョイラスター

 12番 ロンゲストテーマ

 13番 ナントーミスト

 14番 ラストアンコール

 15番 アルエスシーズン

 16番 ストロングカジー

 17番 サクラヤマトオー

 18番 リオナタール

 

 

 私は3枠5番。悪くない。

 トゥデイウィナーは7番。序盤は後ろに押し込める余裕はなさそうだ。

 ブレスオウンダンスは8番。ちょっかいかけやすい位置だ。

 シガーブレードは9番。ブレスオウンダンスとまとめて引っ掛けてみるか? 

 

 個人的には今回最大の敵、リオナタールは18番。大外。手出しはしにくいけどどうせ最初にどうにかできる相手でもない。……けど遠いのはそれだけで厄介だな。

 

 ……そう。ここにトウカイテイオーの名前はない。

 芝3000。……テイオーにとっては未知の長距離だけど、それが明らかになることはない。

 

 トウカイテイオーは敗者ではない。けど、彼女は勝者ではないし、挑戦者になることさえできなかった。

 

 トウカイテイオーという名の本命不在の菊花賞。

 それは観客にとっては落胆を禁じ得ないもので、人々の不満はネットを見ればいくらでも垣間見える。

 現時点での人気も割れ気味で、みんな誰を応援すればいいのかわからず迷っているようだ。

 

 それはこの出走表に連なるウマ娘なら肌で感じ取っていることだろう。

 いつもより話題性のない菊花賞。そこで戦う自分……。

 

「……さて。じゃあそろそろ、レースを始めますかぁ」

 

 でも、彼女たちの多くは勘違いしている。

 私たちの戦いは既に、この出走表が出た瞬間から始まっているんだ。

 

 事務的な報告ばかりのSNSアカウントを立ち上げ、私はそこで小さく呟いた。

 

 

『菊花賞での出走が決定しました! 皆応援ありがとう! けど、トウカイテイオーが不在なのは残念だなぁ。今年の菊花賞、どうなっちゃうんだろう?』

 

 

 それは波紋を広げる大きめの石。

 レースを走るウマ娘自らが触れる“トウカイテイオー”という心残り。

 

 私の呟きはじわりじわりと拡散し、トウカイテイオー不在というガッカリ感をネットコミュニティの世界に表出させてゆく。

 

 当事者が語っているんだから、控えてたけれどそれじゃあ私も何か一言。

 そうやって話題が話題を呼び、菊花賞に出ないトウカイテイオーを中心として盛り上がる。

 

「……さあ、私たちはみんな脇役だ」

 

 スリープさせたスマホの画面が、悪どい笑みを浮かべた私を映す。

 

 主役はトウカイテイオーただ一人。

 彼女が棄権し、出走表に名を連ねなかった今でさえ、全ては彼女を中心に動いている。

 

 私たちは端役。添え物。ただのモブ。

 明日も明後日も、三日後の本番だってそれは変わらない。私が変えさせない。

 

「走っておいで、トウカイテイオー。あんたはまだまだ主役なんだから」

 

 ナイスネイチャはトウカイテイオーと仲がいい。

 だからこそ、私がトウカイテイオーについて話すのは自然なこと。

 

 私はこの日、何度も何度もトウカイテイオーの話題に触れ、世間に彼女の影をばら撒いた。

 

 まだ落胆を終わらせない。まだ惜しむ気持ちを消させない。

 

 さあ、もっと盛り下がろうよ、みんな。

 

 今年の菊花賞は、きっと一番つまらないんだから。

 

 

 

「……18番、大外だな。だがリオナタール、この距離なら枠番は大した問題じゃない。むしろ全体を冷静に見渡して、緊張を落ち着けろ」

「はい」

 

 出走表の発表。それを受けてチームデネボラ内においても、最後の調整と作戦会議が行われた。

 

「最近調子を上げてきているウマ娘が怖くはあるが、特別個人をマークする必要はない。今まで培った練習の成果を出せば良い。安定したラップタイムと、最後の差し。後方から一気に抜き去れるだけの地力がお前にはある」

「はい」

「……緊張しているのか、リオナタール」

「……いえ、緊張ではないです。ついにこの時が来たんだっていう……むしろ、腑に落ちた感覚があって。冷静です。いつもより」

 

 それはリオナタールの強がりではなかった。

 彼女は本心からの言葉で、実際にリオナタールは落ち着いている。

 

 18番という大外もどこかなるべくしてなったという感覚があるし、不利という気持ちはない。いわば、運命的な何かというやつであろうか。

 

「そうか。なら良い。……当日は作戦通りにいけ。馬場発表がなんだろうとやることは変わらない。何にも心動かされない王者の走りを見せてやれ」

「もちろんです」

 

 チームデネボラのトレーナーにとって、唯一の懸念はリオナタールのメンタル面であった。

 菊花賞に向けた彼女の強い想いはセントライト記念で悪い方向に作用した。一度の敗北によって冷静になれていれば良いのだが、こればかりはトレーナーでも万全にとはいかない。彼はトレーナーであって、メンタル専門のトレーナーではないからだ。

 

「安心してください、トレーナー」

「む」

「私は、取るべきものを取りに行くだけですから」

 

 菊花賞。それは自分が掴み取るべきものなのだと、リオナタールは強く確信している。

 それは当然のことであり、当たり前のことなのだと。最近はどういうわけか、そう思うようになっていた。

 

「一番強いウマ娘は、私ですよ」

 

 この感情は驕りなのか、油断なのか。リオナタールも自分自身のことがよくわかっていない。

 それでも彼女は、己の感じる運命をトレースすることが栄光への道であることを疑ってはいなかった。

 

 

 


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