デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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切れ者は嘯いている

392:名無しの野次ウマ

 いよいよ菊花賞か

 現地勢はどう? 人いる? 

 

 

393:名無しの野次ウマ

 普通に混んでるよ

 去年はもうちょっと列が長かった気もするけど、菊花賞は菊花賞だし

 

 

394:名無しの野次ウマ

 東京でやってくれよお

 京都までいくのキツいんすよ

 

 

395:名無しの野次ウマ

 いやどす

 

 

396:名無しの野次ウマ

 トウカイテイオーのいない菊花賞か……誰が勝つと思う? 

 

 

397:名無しの野次ウマ

 興味ないわ

 

 

398:名無しの野次ウマ

 ブレスオウンダンス一択

 多少の浮き沈みはあるけど彼女の末脚ならいけるはず。テイオーもいないし

 今なら調子も上がってるところだ

 

 

399:名無しの野次ウマ

 トゥデイウィナーでしょ

 名前と顔が良い

 

 

400:名無しの野次ウマ

 ブレスオウンダンスは京都新聞杯でナイスネイチャに負けたじゃん

 今回もナイスネイチャが何かやってくれそうな気はしてる

 勝てるかっていうとうーん

 

 

401:名無しの野次ウマ

 ナイスネイチャのレースの勝ち負けを額面通りに受け取ってはいけない

 最近リオナタールの名前が弱火気味だけど、あの子はやってくれるウマ娘だよ

 今回はリオナタールがやってくれるね

 まぁみんなどんぐりの背比べっちゃそれまでなんだけどさ

 

 

 

 

 京都レース場、芝3000m右回り。

 天候は晴れ。バ場発表は良。

 

 最も強いウマ娘が勝つといわれる、クラシック三冠最後のレース、菊花賞。

 この日、客入りは例年と比べてやや落ち込んでいた。

 

 これまでURAはトウカイテイオーをメインにクラシック戦線を売り込んでいたこともあり、彼女の不在は影響が大きかった。

 今年のクラシック戦線はとにかくトウカイテイオーの一強。彼女以外には考えられない。なまじトウカイテイオーにスター性があったせいもあり、知名度でも人気度でも突出していた彼女が抜けた穴はあまりに大き過ぎた。

 

 どんぐりの背比べ。

 そんな言われようは、なにも匿名掲示板だけに見られるものではない。

 京都レース場に足を運んだ観客の中にさえ、陰では今日の菊花賞をそう腐している者もいるのだ。

 

 本命不在の菊花賞。

 その言葉の毒は、ゆっくりと、静かに回ってゆく。

 

 

「周りのことは気にするな。今まで頑張ってきたんだ、自分の力を出し切れば絶対いける!」

「えへへ……わかってますよ、トレーナー!」

 

 トレーナーはウマ娘のメンタル面にも気をかけなければならない。

 特にクラシック級のウマ娘はまだ経験も豊富とは言えず、不安定な部分も大きい。

 なのでネットでの不要なエゴサーチなどを控えるように指導することは一般的だ。

 今まさに菊花賞の舞台へ上がろうとしているウマ娘の少女もまた、そんな指導を受けた一人である。

 

「着替えたら最後の作戦会議だ。通路で待ってるぞ」

「はい!」

 

 真面目で、極々模範的なウマ娘だ。

 トレーナーとの関係も良好。今日までの調整も万全にこなしている。

 

「……本命不在、かぁ……」

 

 しかし。

 年頃の若者が、自分の晴れ舞台が他人から、日本中からどう思われているのかが気にならないはずもない。

 彼女はトレーナーからは控えるように言われているエゴサーチを、事あるごとにやらずにはいられなかった。

 

 自分がどう思われているのか。今日の菊花賞がどう思われているのか。

 気にならないわけがないのだ。

 

「……トウカイテイオーがいないからって、そんなに……言うことないじゃん……」

 

 身体は仕上げてきた。作戦も練られている。

 しかし本番当日、出走前の今まさに。彼女の、彼女たちのメンタルコンディションは、万全とは言い難いものであった。

 

 

 

◎ ⑧ × ⑧ △ ブレスオウンダンス ◎ ⑧ ◯ ⑧ △

 調子:普通

 スピード:B

 スタミナ:C

 パワー:C

 根性:D+

 賢さ:E+

 

 ブレスオウンダンス:所持スキル

『春ウマ娘◯』

『末脚』

『直線巧者』

『垂れウマ回避』

『差し直線◯』

『マイル直線◯』

 

「一番人気……か」

 

 ブレスオウンダンスは浮かない顔だった。

 一番人気。それもG1の舞台でともなれば誇るべきことだったが、彼女の表情からは純粋な喜びが窺えない。

 お気に入りの勝負服に着替えて、今まさにターフに出て、同時に歓声が大きくなったのを聞いても尚、心の奥底には燻るものが残っていたのだ。

 

 一番人気。しかし、その称号が実質的には二番手であることをブレスオウンダンスは知っている。

 これは本来ならトウカイテイオーのものだったはずなのだ。

 彼女が不在であるせいで第二候補の自分に淡い光量のライトが当てられている。そう思えば、気分が盛り上がるはずもない。

 

 しかし。

 

「……よっし、やってやるッ!」

 

 彼女は両頬をピシャリと叩き、気合を入れ直す。

 トウカイテイオー不在のレース。だからなんだというのか。

 彼女の意気込みはその程度で萎えたりはしない。むしろ、かえってトウカイテイオーが居なくてもという気概が湧いてくる。

 

 3000mという未知の長距離に恐れはない。同じ距離はトレーニングで何度も何度も走っている。

 

 だからあとは、やるだけなのだ。

 

 

 

× ⑩ △ ⑩ × ケーツースイサン × ⑩ △ ⑩ ×

 調子:普通

 スピード:B

 スタミナ:D+

 パワー:C

 根性:C+

 賢さ:C

 

 ケーツースイサン:所持スキル

『先駆け』

『二の矢』

『好位追走』

『先行直線◯』

『中距離直線◯』

『垂れウマ回避』

『登山家』

『ラッキーセブン』

 

「今日は1着目指して頑張るよッ!」

 

 勝負服姿でパドックに躍り出た彼女は、そう意気込んだ。

 仕上がりも上々。感心するような観客の溜息と応援の声に、ケーツースイサンは一層笑みを深める。

 

「応援よろしくっ!」

 

 彼女の中にも蟠りはあったし、自分の8番人気という現実について思うところもある。

 が、ケーツースイサンは棄権したウマ娘の枠に滑り込む形で出走の決まった経緯があり、他のライバル達よりは幾分か軽い気持ちで今日のレースに臨めていた。

 

「……ふふん。なーにがトウカイテイオーよ。出られるだけでも私の方がラッキーってもんだわ」

 

 8番人気という中途半端さもいっそのこと清々しい。

 彼女は開き直ることでメンタルを立て直す術に長けていた。

 

「どうせだったらてっぺん取ってやろうじゃないの」

 

 ライバル達の強さはわかる。それでも、長距離を根性で走り抜いて見せる。

 ケーツースイサンの気合は充分だった。

 

 

 

 

× ⑱ ◯ ⑱ ◯ リオナタール × ⑱ ◎ ⑱ ▲

 調子:好調

 スピード:B

 スタミナ:C+

 パワー:D

 根性:B+

 賢さ:D

 

 リオナタール:所持スキル

『秋ウマ娘◯』

『末脚』

『外差し準備』

『差し切り体勢』

『差し直線◯』

『追い込み直線◯』

『マイル直線◯』

『後方待機』

『直線一気』

『一匹狼』

『おひとり様』

 

 

 リオナタールは、トレーナーを信頼している。

 彼女は自身の得意な事と苦手な事をはっきりと仕分けられる性格だったので、苦手な分野はことごとくトレーナーに放り投げる事でそれらを解決している。

 ある意味でそれは無思考に近かったが、作戦だと理解した上でのことであり、決して盲目的な決断というわけではない。

 

 そしてトレーナーに信頼を置くという彼女の習慣は、今日この日、わずかに花開いたのだった。

 

「みんな、ちょっと落ち着きがない……かな?」

 

 リオナタールが他のライバルを静かに見回してみると、空気感が伝わってくる。

 萎縮。気負い。あるいはそれに反発しようとする怒気。

 

 ライバル達は“本命不在の菊花賞”という世間の空気に触れた影響で、形は様々であったが、ほんのわずかに調子を落としていたのである。

 リオナタールもトウカイテイオーの不在に思うところはあったが、ここ数日はチームデネボラのトレーナーの言う通りに頑張って封印していたのが功を奏し、他のウマ娘と比べて悪影響を受けずに済んでいたのだ。

 

「……うん。いつも通りだ」

 

 必要以上にあがっていない。

 心は沸々と静かに燃え、大人しく良い子のままでいる。

 武者震いもない。調子はかなり良いと言える。

 

 スタートが待ち遠しい。

 ゴールはもっと待ち遠しい。

 夢にまで見た菊花賞。憧れのマルゼンスキーですら持ってない栄光を、今日この手に。

 

 リオナタールは自分の掌を握りしめ、

 

 

「おいっすー」

 

 

 間の抜けた、しかし、心のざわつく声が聞こえてきた。

 

 

 

 

☆ ⑤ ☆ ⑤ ☆ ナイスネイチャ ☆ ⑤ ☆ ⑤ ☆

 調子:絶好調

 スピード:E

 スタミナ:B

 パワー:D+

 根性:C

 賢さ:SS+

 

 

 

 ターフにナイスネイチャが現れた瞬間、誰もが彼女を見た。

 平凡な容姿。派手さのない控えめな色合いの勝負服。

 

 人気は6番人気。実際、彼女のトップスピードに特筆すべきものはなく、直線短距離のタイムを測ればここにいる全てのライバルが彼女に勝てるだろう。

 

 しかし、この場にあるウマ娘は誰もがナイスネイチャに戦慄している。

 もはや誰もナイスネイチャに油断していない。彼女を侮っていない。

 

 彼女がレース中に繰り出す様々な技術(スキル)には、時計に映らない脅威があることは周知の事実となっていた。

 

「あはは、みんなしてそんな顔しないでよ。力抜いてこーよ、ね?」

 

 ナイスネイチャが隣の席の友人のような声色で、悪魔のように妖しく笑う。

 

 気が付けば、観客席からは小さなブーイングが鳴り響いていた。

 ナイスネイチャはそれを意に介した風もなく、髪を弄っている。

 

「今日はほどほどにセーブしてさ……」

 

 

 

 ナイスネイチャ:所持スキル

『春ウマ娘◯』

『夏ウマ娘◯』

『秋ウマ娘◯』

『冬ウマ娘◯』

『内枠得意◎』

『外枠得意◎』

『右回り◯』

『左回り◯』

『東京レース場◯』

『中山レース場◯』

『京都レース場◯』

『小倉レース場◯』

『良バ場◎』

『道悪◎』

『晴れの日◯』

『雨の日◎』

『集中力』

『地固め』

『一匹狼』

『尻尾上がり』

『ポジションセンス』

『臨機応変』

『策士』

『お見通し』

『大局観』

『千里眼』

『直線回復』

『冷静』

『小休憩』

『深呼吸』

『コーナー巧者』

『コーナー加速』

『コーナー回復』

『差しコーナー◎』

『静かな呼吸』

『ウマ好み』

『がんばり屋』

『食い下がり』

『登山家』

『直滑降』

『垂れウマ回避』

『スリップストリーム』

『内弁慶』

『伏兵◯』

『差しのコツ◎』

『逃げ牽制』

『逃げ焦り』

『逃げ駆け引き』

『逃げためらい』

『先行牽制』

『先行焦り』

『先行駆け引き』

『先行ためらい』

『差し牽制』

『差し焦り』

『差し駆け引き』

『差しためらい』

『追込牽制』

『追込焦り』

『追込駆け引き』

『追込ためらい』

『布石』

『後方釘付け』

『束縛』

『かく乱』

『目くらまし』

『まなざし』

『トリック(前)』

『トリック(後)』

『魅惑のささやき』

『八方睨み』

『スタミナイーター』

 

 

 

「正々堂々、レースを楽しんでいこーよ。……ね?」

 

 

 


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