デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
ナイスネイチャの勝利は驚きでもって迎えられた。
本命不在の菊花賞。それ故に世間的な注目度も、期待度も低かったレースだった。
だがそんな観衆の退屈さは、スタート時点から裏切られることとなる。
長距離レースとしてはあまりに異例のハイペース。それが一人だけが逃げを打つ策としてならばまだしも、ほぼ全員。
全ウマ娘が掛かり気味という波乱を思わせる幕開けは、その後のレース展開の乱れを決して裏切らないものだった。
実況と解説は困惑する。今何が起こっているのかを正確に把握しきれていない故に。
ただなんとなく伸びたバ群を第三者の目線で見た時にわかるのは、ナイスネイチャを中心としてその乱れが動いているという事実。
レースの波乱はナイスネイチャが引き起こしている。
観衆は次第にそう捉えるようになり、実際にその流れは最後まで加速し続けた。
「負け、た……」
外から見ていた者にとっても難解なレースだった。
走っている最中のウマ娘達本人からすれば、不可解さはそれ以上のものだろう。
それでも、自分の敗因だけは自覚できているはずだ。
ナイスネイチャによって心を乱された。策に嵌ってしまったのだということを。
「負けちゃった……!」
2着のリオナタールは悔し涙を流していた。
ウイニングライブを前に着替えてメイクも整えなければならないのに、涙は堰を切ったように止まる気配がない。
勝てるはずだったコンディション。何度も入念に立てたはずの作戦。
事前の準備を全て、レース前の僅かな時間で忘れ去ってしまった。他のウマ娘たちと同じように、リオナタールは己の敗因をより強く自覚している。
ナイスネイチャに恨みはない。レース前のやり取りで少々腹が立ったのは事実だが、それも全てここまでの伏線だと思えば“見事”だと言わざるを得ない。
まして、ゴールした後に観客席のトウカイテイオーに言ってのけた言葉を思えば……。
「こっぴどくやられたな、リオナタール」
「……トレーナー」
控室のすぐ側で、トレーナーが声をかけてきた。リオナタールのすすり泣きを聞き取ったのだろう。
「ごめんなさい。私……冷静でいられなくて……」
「だな。お前があんな走りをするとは、正直驚いた。デビュー前のヒヨっ子にいきなり走らせた3000メートルでも見てるんじゃないかと思ったくらいだよ」
「……ごめんなさい。もっと、作戦を思い出していれば。冷静にレースを運べていたら……」
「怒ってるわけじゃない。いや……リオナタールが冷静じゃなかったのは事実なんだが」
トレーナーは慎重に言葉を選ぶように沈黙した。
「……ナイスネイチャの扱う“デバフ”は、そこが厄介なところだな。普通、レースっていうのは自分の持てる最大の力を出し切る、それだけのものだ。終わってみれば、自分よりも実力で勝る強い相手がいた。それで片付くものだ……が、ナイスネイチャの出るレースでは少し違う」
「それは……私達が最大の力を、出しきれないから……ですか」
「そうだな。それがある意味でナイスネイチャの力ってやつだ。確かにリオナタールは全力を出しきれなかった。悔しいだろう。だが、その結果そのものがナイスネイチャの力なんだ」
デバフ。ゲーム的な用語で、能力を下げること。
技術として成立しているのであれば、それは間違いなく立派な武器だ。
「だから……消化不良ではあるだろうが。元気出せ、リオナタール」
「……」
「お前は2着だ。あんな荒れたレースで、お前は良くやった。……ダービーに続いて、まあ、シルバーコレクターなんてのは嬉しい呼び名ではないかもしれないが。……みんな、お前のライブを待っているよ」
控室から顔を出す。
そこには壁に背を預けていたトレーナーが、真っ暗な画面のスマホを見ながら、不器用に言葉を選んでいるところだった。
「……しょうがないですね」
「うおっ。もう着替えてたのか」
「ええ。……レースで駄目なところみせちゃいましたから。ライブくらいは、格好良く決めないとですし」
悔しさは強く残っているが、トレーナーの励ましのおかげだろう。
涙はもう既に乾いていた。
「それに今回のライブは……きっと、ナイスネイチャだけじゃなくて。私やブレスオウンダンスの色のライトも、たくさんあるだろうし」
「……ふふ。ま、そうだな。きっと、そうに違いない」
ナイスネイチャはまだまだ、逆風の強いウマ娘だ。
URAからのテコ入れもあって少しは波風の立たない報道姿勢が整えられてはいるものの、試合後のブーイングを聞くに、きっとまだまだ賛否を分けるウマ娘として活動してゆくことになるはずだ。
ライブでは自分たちがサイドから支えてあげなければ、きっと難しい雰囲気のライブになってしまうだろう。
自分だけがこうして悲劇のヒロインを気取ってはいられない。
あの遅いナイスネイチャですらG1レースで1着をもぎ取ってみせたのだ。
今後、自分が。リオナタールが再び返り咲かないとも限らない。
きっと、運命は変えられるのだから。
「トレーナーもちゃんと見ててくださいよね」
「当然だろ」
「またスマホのライトを振ったらぶっ飛ばしますからね」
「……色はちゃんと変えてるぞ」
「気分の問題です」
その日のウイニングライブは、赤と緑。だけに留まらず、実に多種多様なサイリウムが光を放ち、輝いていた。
ナイスネイチャは自分以外の色も多い光を見て、強がるでもなく楽しそうに笑っていたという。
“応援してくれる知り合いが見つけやすいからサービスやりやすくて良いかも”
彼女はライブ後にそう語っている。
リオナタールは、まずは彼女のメンタル面から先に見習うことにしようと決意を固めたのだった。
「やー、ネイチャすごかった! やるじゃん!」
「おめでとうございます、ナイスネイチャさん。まさかチームカノープスからG1ウマ娘が生まれるとは……私も、当然ターボさんも。負けてはいられませんね」
「いやーあはは。……正直作戦が上手くぶっ刺さってくれて助かりましたよ、はい」
「ターボも次のG1で1着取る!」
「ははは、ターボさんはまず前提となるレースを選ぶところから始めましょうね……しかし、本当に見事な走りでした。ナイスネイチャさん」
「ありがと、トレーナー。……まさか私が、勝負服でセンターを踊ることになるとは……」
「輝いていましたよ、ナイスネイチャさん」
「ん、ありがと。イクノ」
チームカノープスが京都レース場を後にする。
そんな彼女たちのそばで偶然、一人のウマ娘がすれ違う。
右のウマ耳に帽子を被せた、今はまだ名の知れていない競走ウマ娘。
「……チームカノープス、っていうんだ……」
マチカネタンホイザは今日の主役の後ろ姿を、キラキラときらめく瞳で見送っていた。
チームカノープスに新メンバーが加わる日も、そう遠くはないのだろう。