デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
三人のウマ娘でチームを組んで挑む特殊なレース、チャンピオンズミーティング。
まだ発足したばかりの企画ということで、正式な稼働を前に試験的なレースを行うことになっている。
その名も“ステラ杯”。
試走ではあるものの、栄えある最初のレースということで距離は2400に設定。距離がそこそこあるので戦略性のある見ごたえあるレースになるだろう。
そう、戦略性である。戦略性ってことはつまり、私の全てみたいなものだ。
そして、私と同じチームを組んだセイウンスカイやエアシャカールさんにとっても、それは同じらしい。
チームの結成が決定し、ステラ杯出場を決めた私たちは、とにもかくにもまずは作戦会議を始めたのである。
「“さん”はいらねェ。呼び名はどうだっていい」
エアシャカール……まぁ、本人がさん付けいらないっていうならそのままでいいか。
彼女はガチガチの理詰めで走るタイプのウマ娘だ。
見た目のアウトローさは一見して触れてはいけない不良ウマ娘のように見えるものの、走りにかける情熱は間違いなく本物だ。
データを元にした戦略眼の凄まじさは少し話しただけで伝わってくる。
脚質は追い込み。一番後ろから一気に捲り上げる走りは、私とも相性が良さそうだ。
「んじゃーシャカールって呼んじゃおっかなー。あ、私もセイとかスカイとかでいいよー」
こっちののほほんとしたショートヘアーの子はセイウンスカイ。
いつものんびりしてて、よくお昼寝してたり中庭の猫と遊んだりしている。私より猫が懐く。ずるい。
しかしそんなおっとりしてそうな雰囲気の割に、走りそのものは抜け目がない。
脚質は逃げ。だけど、セイウンスカイはただ前を突っ走るだけではなく、後ろを走る相手を翻弄するという、実に高度な逃げを打つことができる。
聞いた話によれば盤外戦術も使えるようだし、柔らかい雰囲気とは打って変わってなかなかの曲者と言えるだろう。
「私はナイスネイチャでーす。私もネイチャでいいでーす。まあ、とりあえず次のステラ杯、よろしくおねがいしまーす」
「ほーい」
作戦会議室はトレセンのレース場を見渡せる観客席を選んだ。
なんでこんなところで? と思われるかもしれないけど、周囲にあまり人がいないからです。
私たちは、作戦で勝つつもりだからね。
「自己紹介はもう良いだろ。どうせもう互いに知ってンだ。それよりもステラのレース条件について共有するぞ」
「お、話が早いですねぇー」
「レース場はここトレセン学園。芝2400の左回り……坂条件も位置も東京レース場とほぼ同じ。ま、言っちまえばダービーと揃えたレースだな」
エアシャカールはノートパソコン(
そこにあるのはまんまダービーと同じコース条件。これを走っていくわけなんだけど……。
「まさか9人立てレースとはねー。セイちゃん的にはちょっとやりづらいかなー」
そう。1レースあたりの出走人数がなんと9人という、非常に少ない数でのレースになるのだ。
チャンピオンズミーティングは3人一組なので、出場は3チームということになる。
「つまり、敵は6人ってこった。オレとしては前を塞がれにくい分やりやすい。あくまで一般的なセオリーに当てはめればの話だが」
人数が減ると、脚質の影響は普段と異なってくる。
有利になるのは後ろの脚質だろう。単純に前を走るウマ娘が減るので追い抜きがやりやすいのだ。私のような差しウマ娘にもちょっと恩恵があるかな。
逆にセイウンスカイのような逃げのウマ娘はほとんど変わらない。後ろで塞がれたりでごちゃごちゃする相手が減るという意味では、確かにセイウンスカイの言う通り、やり辛さはあるのかも。
けどこれはあくまで一般論の話。
あいにくと私たちは普通の走りをするウマ娘ではなかった。
「まーライバルが6人きりってなると、駆け引きもやりやすそうかなー?」
「オレもわざわざ最後尾で機を窺う必要はねェな。いつもより差しに近い位置で前目の位置を狙える……何より、このレースは個人技じゃねえ。チームが勝てばそれで良い……確認は済んでるはずだが、今更になって異論は無いな?」
「セイちゃんはおっけーでーす」
「私もでーす。……今回は個人の勝利を全力で捨てちゃおうと思いまーす」
普段ならこんなセリフは絶対に吐かない。だからちょっとおかしくて笑ってしまう。
そも、日本のレースというものはルールとして“勝利を狙わない走り”に対して非常に厳しかったりする。
それはつまり、誰かを勝たせるためだけに走るとか。誰かを負かせることを目的にして走るとか。一着を狙わない走りに対して、まぁ古い考え方も多分にあるんだろうけど、ペナルティが科されやすい感じになってるんですわ。
けどステラ杯ではそれがない。
“自分が勝たなくても良い”という考え方で走っても、降着や失格になることがないのだ。
私たちはそのルールを使い倒すことを目的として、このチームを結成している。
「いやー、いつも通り一着を目指す普通の走りをしても良いんですけどねー。せっかくこういう機会ですし? どうせなら面白いレースにしたいよねー」
「わかるわかる。私も今回は集団の勝利を意識してやってみたいなーって」
「“デバフ”だな?」
エアシャカールは私のずる賢い走りのことを“デバフ”と呼ぶ。
ゲーム用語かな多分。使いやすいから自分でもテクニックの総称としてちょっと使ってみようかなって最近は思い始めてるんだけど。
「まー、デバフ……みんなの脚を引っ張る走りは、今回全力でやるつもり。けど自分で狙えるなら一着も狙っていくけどね。けど走りそのもののスペックはスカイやシャカールの方が圧倒的に上だから、基本は譲るつもりー」
私がそう言うと、二人が無言で目線を送ってきた。
うーん、何か感情が乗ってる。
「……お前の走りがオカルトじゃねェのはわかってる。映像としては何度も見てるからな。だがParcaeン中に代入するには、まだオレ自身そのロジックをうまく咀嚼できてるわけじゃねェ」
「あ、わかるー。こっちも前から気になってたんだよねー。ネイチャの走りってやつ」
「……つまり、とりあえず私の“デバフ”を体験してみたい、ってことで良いのかな?」
「屋外で既にジャージに着替えてンだ。やらない選択肢がねェ」
「セイちゃんちょっと楽しみだなー。ウワサのデバフがどんなものなのか、わかっちゃうわけだし。んふふー」
やれやれ。まぁ走ることになるのはわかってたんですけどね。
けど、どうせやるなら本気を出そう。
「じゃあアップも兼ねて、三人で軽く慣らしながらいきましょー。距離はまー、実践形式に寄せる意味で2000てことで」
そうして私たちはターフに出て、走り始めた。
慣らしという名の“駄弁りながらの走り”を2000mの中にまで延長させ、息切れを狙うという姑息な作戦を発動させつつも……。
……まぁ、やっぱその程度じゃこの二人になすすべなく負けちゃうんですけどね!
「はぁ、はぁ……ふー、やっぱ少人数で短めは無理ですわー」
走り終えた後、私は心地よい疲労感を感じていた。
データでは知っていても、私との走りが初見ということもあったのだろう。エアシャカールとセイウンスカイはいくつかの“初見殺し”的なテクニックに嵌ってくれたのが幸運だった。
道中の雑談的会話。コース塞ぎ。コーナーでの加速。
色々やって、まあそれでも最終的にドベだったわけですが。
「……はぁ、はぁ……うへぇ……聞いてた以上に性格わっる……」
「あはは」
セイウンスカイはちょっとげんなりしてる。申し訳ない。逃げのスピードに乗らせる前に前を塞いで、さんざんストレスかけてたからね。
「はぁ、はぁ……ふーッ……まあ、そうだな。オレも理解度は深まった。だが……畜生、この影響力をどうParcaeに代入すりゃ良いのか、悩むとこだな」
エアシャカールは常に後ろから前を狙う走りだったから、より一層やりづらかっただろう。
それでも幾つかの引掛けをすぐさま看破してみせたのが恐ろしい。
けど、うん。今走ってみてよくわかった。
二人とも走りながら考えを巡らせることのできるウマ娘だ。
この二人だったら、私の脚を引っ張る走りの渦中でも、自分を見失うことなくゴールを狙っていけるように思う。
私の走りで最も重要なのがこの“同士討ちにならない味方”の存在だからね。
「っし。ベンチに戻ってデータを整理したら、もう一度方針を固めるぞ」
「はいはーい」
「あ、そういえばまだチーム名決めてなかったなぁ……どうしよ」
「それ含め今日中に決める。発表もしておくぞ」
「さんせーい。どうせなら早い段階で存在感示しておきたいしねー」
あー二人はそういう考えか。ステルスも良いんじゃないかなって思ってたけど、それでも悪くはない。
「早めに存在を示して、ついでに他のチームも構成を焙り出す。ってことね」
「正解だ。判明してるチームはさっさとリストアップして、個別の対策案を立てておきてェからな。まあその作業は基本オレとこのParcaeでやっておく」
「セイちゃんはそれとなーくチーム結成のウワサを流しておこうかなー」
「わお。二人共頼もしいなぁ……」
チームレース、チャンピオンズミーティング。
それは私達にとって、出走する前から始まっているレースなのだった。
いやぁ、本番が楽しみですなぁ。