デバフネイチャはキラキラが欲しい 作:ジェームズ・リッチマン
チャンピオンズミーティング“ステラ杯”、オープンリーグ。
それが私達の走るレースの名前だ。
レース条件は日本ダービーと同じ。コースを整えるために見たこともない重機がやってきて坂路を整備していたのにはびっくりした。聞いたところによるとあの重機は理事長の物らしい……。ダート以外も整備できるんだ……。
今回は試走なので、規模は小さい。勝ち負けにあまり拘らない一種のお祭りのようなものということで、気軽に走るレースになる。
というのが建前なんだけど、実際に走る私達は手を抜いたりはしない。もちろんトゥインクルシリーズを走る時のように全てを使い果たすような走りまではしないけど、それはそれとして本気は出すってこと。
誰だって負けるつもりで走りたくはないからねー。
『オネストワーズ完全に抜け出した! オネストワーズ突き放す! そのまま先頭でゴールインッ! 一着はオネストワーズ! 第6レースはチーム“フレッシュモブ”が1位となりました! 二着はデザートベイビーでチーム“キャロライン”! 素晴らしい熱戦でした!』
ステラ杯が始まり、会場は白熱した盛り上がりを見せ続けている。
3人1チームが3つ、九人の出走という非常にミニマムなレースではあるけれど、チームの誰かが勝てば一着という特殊なルールがこのレースをいつも以上に戦略的なものにしている。すごい盛り上がりだ。
こうして遠くから眺めているだけでも、なかなか楽しめるね。
「やー、こうして見ると味方と競っちゃう子が多いですなぁー」
「慣れてないってのもあるんだろうけどなァ。本番じゃ尚のこと周囲を認識できねェんだろうな」
私はセイウンスカイやエアシャカールと一緒にレースを観戦している。私達の出走するレースは第9レース。待っていればもうそろそろだ。
それでも私を含め二人に緊張した様子はない。本番でも練習と作戦通りのポテンシャルを発揮できるだろう。そういう点において、私はこのチーム“スカラー”を信頼している。
「それよか芝の調子が思ってたより荒れてきた。いつもより負荷デカめを考慮しねーとな。第9レースでは稍重寄りになっていることを覚悟した方がいい」
「私達にとっては追い風かもね?」
「長距離の条件に近づくなら嬉しい誤算だねー。ちょっとはらくーに走れるかな?」
作戦はセイウンスカイが逃げ、私が差し、エアシャカールが追い込みだ。
三人がそれぞれのポジションで相手を翻弄しつつ、それぞれが勝利を狙っていく。もちろん明確な勝ち筋が見えるのであればチーム内の誰かに勝利を託すことも忘れない。
……まぁ、今回に関しては私はお邪魔虫に徹するのも悪くないかなーと思ってるんですけどね。一度そういう走り方もやってみたかったし。
何より……私達の対戦相手だと、そうしておかないと厳しそうだしね。
『続きまして第9レースの出走をお知らせします……出走チームは“スカラー”、“サニーレタス”、“ハチミーエンペラーズ”の三組となります』
そう、私達の対戦相手には……あの子がいる。
「まさか、トゥインクルシリーズよりも先にネイチャと戦うことになるなんてね」
「……テイオー。まだ本調子じゃないんだし、休んでれば良いんじゃない?」
「ふふん! ボクはもう完全復活だよ! 今更そんなこと言われたって、萎縮しないもんね!」
対戦相手のチーム“ハチミーエンペラーズ”。そこにはトウカイテイオーがいた。
怪我が完治してリハビリも済ませ、調子もダービーの頃に戻しつつある。多分、もう既にトウカイテイオーは私の知る頃の走りができるのだろう。言うまでもなく強敵だ。
しかも、“ハチミーエンペラーズ”はそれだけじゃない。セイウンスカイの友達であるキングヘイローの姿もある。
「いやー、まさかキングと当たるなんてねぇー……運命ってやつ?」
「“ステラ杯”はトゥインクルシリーズではないとはいえ……本気でやらせてもらうわよ? スカイさん」
「やーん、こわーい……ちょっと手加減して? 終わったら肩揉んであげるからさー」
「するわけないでしょっ!」
キングヘイローに関しては私はあまり詳しくない。脚質も……どうなんだろう。情報不足というか、よくわかってないんだよね。一通り器用に走れるみたいなんだけど。
そして“ハチミーエンペラーズ”最後の一人が……。
「はい、サクラバクシンオーです!」
「……」
「学級委員長です!」
「いや、ンなことは知ってる」
サクラバクシンオーさんだった。
……おかしいな。前にアドバイス貰った後に彼女の戦績とか調べ直してみたけど、この人やっぱりガチガチのスプリンターなんだよね。その時はステイヤーって言ってたのに。
「知ってるがよォ……お前スプリンターだったよな? 今回長めの中距離で……」
「ステイヤーです!」
「……」
あ、エアシャカールが無言でParcae開いた。
何かを調べて……何度かサクラバクシンオーさんの顔を見て、またモニターを見て……静かにノートを閉じた。
「……さて、出走だ。さっさとコース行って準備すンぞ」
「皆さん! 今日は正々堂々バクシンしましょう!」
「……」
付き合って少しして気付いたことだけど、エアシャカールさんは興味のない話題やコミュニケーションの面倒な相手を前にすると無視を決め込む人である。
サクラバクシンオーさん……悪い人じゃないんだけどね……うん……。
トウカイテイオー、キングヘイロー、サクラバクシンオー。
“ハチミーエンペラーズ”はそれぞれ個性の違う実力者揃いだ。私達の作戦は既に固めきっているけれど、はてさて。それが彼女たちに通用するのか……。
……ちょっと揺さぶっておいたほうが安全かな。
特にこの距離で一番脅威になるであろうトウカイテイオーは、重点的に。
「……私と一緒のチームじゃなくて良かったね、テイオー」
「っ!」
ゲートに向かう途中、テイオーのそばでささやきかける。
「敵同士だし、今日はたっぷりいじめてあげるから……」
「……いらないよ、そんなの」
「本当に? じゃあもうこれからずっと欲しくないんだ?」
「……そうは、言ってないじゃん……」
ああ、尻尾が変な揺れ方してる。触ってあげたいけど、皆が見てる。レースが終わってからだね。
「そっか。じゃあテイオーが言ってみてよ。“今日のレースでもいじめてください”って」
「……そ、そんなの無理だよ。やだ……」
「嫌じゃないんでしょ。ほら言って」
「……」
ゆっくりゲートに歩いてるけど、そろそろ喋り声も皆に聞こえるくらいの距離になってしまう。
もうそろそろこんなお喋りできなくなっちゃうよ。ほら、早く言わないと。テイオー。
「……今日も……ボクのこと、いじめていいから……」
「ふふ……わかった。よくできたねテイオー。このレースも楽しみにしてて良いからね」
「……でも、勝つのはボクだからっ!」
あーあー、走っていっちゃった。……でも動揺は誘えたでしょ。
これで少しはレース中も調子を崩してくれるはず……。
「あ……」
「ん? ……ああ」
そんな事を考えていると、私の後ろにウマ娘の姿が見えた。
同じレースに出走する“サニーレタス”の子だろう。……私とテイオーの会話を聞いてたせいか、顔がちょっと赤い。
……あーあ……聞かれちゃった。でも、今日のは直接的なことは言ってなかったし、まぁ大丈夫か。
「……内緒ね」
「! は、はいっ……」
にやりと微笑んで口止めを要求すると、彼女は何度も首を縦に振ってくれた。
……テイオーの他に、ついでにもう一人調子を崩してくれたかもしれない。