デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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バクシン的逃げ対策

 レースで二連勝したなんて経験、東京に来てからは無かった。

 だからさすがの私も少しは浮かれてしまったし、安易に“次の2勝レースもいけるんじゃない?”とかなんとか思っちゃったわけで。

 

「いやぁ、完膚なきまでにボコボコですわ……」

 

 はい。ネイチャ成敗されました。

 18人立てレースで結果は6着。なんとも言い難い着順だった。

 

 まずね、人数が多い。

 スタート時に前へ突出する牽制はそこそこ上手く決まったんだけど、それ以降はズタボロだった。

 私の駆け引きやトリックは個人には有効だけど、大勢がいるとそれら全てに通用しにくいものだったのだ。いやもちろんわかってたんですけどね……。

 

 逃げウマ娘たちは私の小細工が見えなくなるくらいさっさと先に行っちゃうし、かといって中団でまごついていれば最後には後方の追い込み集団にも抜かされる。結果の6着だ。私がやったことは息を切らしてワタワタしながら、中団のウマ娘たちのペースを引っ掻き回すことだけだった。他の人達に塩を送っていただけと言っても良い……。

 

 調子に乗って友達レースに呼ばないで良かった。さすがにこうもメタメタに負けるレースを見てもらうわけにもいかないしね……。

 

「対策は必須、かぁ……」

 

 今の私はプールで泳いでいる。レース後の体に負担の少ない全身運動と心肺トレーニングが同時に行えるので、お気に入り。

 夏も終わって利用者が少しずつ減ってきたので、居心地も悪くない。近頃はよくここを利用している。

 

「それと、やっぱり相手が強くなってるよね……なかなかペースを乱されないというか、賢いというか」

 

 水の中では考え事が捗る。私はこういう時間が好きだった。

 ゆったりと壁をキックして惰性で泳ぎながら、天井に吊られた明るい照明を見上げる。

 ……眩しい。

 

「中団後方につけてレース展開を見守るのが常道だったけど……そのせいで先頭の逃げウマ娘にちょっかいをかける機会が減っているんだよね……他の人達を前にけしかけられないと、相手に干渉すらできない」

 

 露見した私の弱点その1。逃げウマ娘に弱い。

 というかこれは元々わかっていた。先頭を切って悠々と走るウマ娘を邪魔する方法なんてほとんどない。横に並んでささやく? そんな大道芸ができるなら私は小細工に手を出していない。普通に走るわ。

 

「かといって最後方を疎かにしてると、こっちもなー……ロングスパートをかけるステイヤー達のペースの硬さといったら、もうなぁ……」

 

 弱点その2。ステイヤーに弱い。

 長距離を得意とするウマ娘……ステイヤーは、元々がスタミナ管理に慣れたウマ娘だ。スタミナ管理のできるウマ娘はラップの乱れも少ないし、動じにくい。特に最後尾につける人たちなんかは前側の様子をじっくりと観察できるので、トリックを見破りやすくもある。私にとって干渉し辛く、乱し難く、それでいて粘り強いという最悪の手合だった。

 

 この二種類のウマ娘が当面の課題になる。けどその二つは一番前と一番後ろにいるわけで。私がレース中に前と後を往復できれば話は早いのかもしれないけど、まぁ無理ですわ。

 

 ……同時に解決しようとするのはやめよう。私が焦っても意味はない。

 一つずつ問題をクリアしてかなきゃ。

 

「……ヒントが欲しいなぁ……逃げウマか、ステイヤーか……どっちかに詳しい人から、何か……」

「むむっ!? ステイヤー!? 私の事を呼びましたね!?」

「ってうわぁ!?」

 

 至近距離から聞こえた声に私は体勢を崩した。水を飲みかけちゃったじゃないの……一体なにさ。

 咳き込みながら顔を上げると、すぐ隣のレーンにはいつの間にか溌剌とした雰囲気のウマ娘がいた。

 

 ああ、有名人だ。彼女の名前は知ってる。彼女は

 

「サクラバクシンオーです!」

 

 ……そう、サクラバクシンオーさん。

 

「学級委員長です!」

 

 うん、学級委員長という話も聞いている。

 トレセン学園で過ごしていれば一日にだいたい一度くらいは彼女の声を聞く。いつも“バクシーン!”と叫んでいるのでとてもわかりやすい。

 

 噂も豊富だ。私は実質初対面だけど、耳に挟んだ話が豊富すぎて彼女からの自己紹介がいらないくらい知っている。

 

 彼女は度を越えすぎたせっかちさんであり、バクシンであり……非常に優秀な逃げスプリンターであるということだ。

 

 ……ん? そういえばさっき……。

 

「えーっと……バクシンオーさん、ステイヤーでしたっけ……?」

「はい! ステイヤーです!」

 

 あれ? そうだったかな? 彼女は短距離しか走れないって聞いたけど、記憶違い?

 私はそういうタイプでもないんだけどな……。

 

「見たところ何かお悩みの様子。悩んでいる人を助けるのは学級委員長の義務! その内容が逃げとステイヤーであるならばもう世界を探しても相談に乗れる学級委員長はこの私一人しかいないでしょう!」

「そうかなぁ……そうかも……? あ、私ナイスネイチャっていいます。ネイチャでいいですよ」

「さあネイチャさん! ご質問ご要望をなんでもどしどしお寄せください! さあ!」

 

 うーんすごい勢いだ……面倒見が良くてとても親切なのは伝わるけど……。

 そうね、まあ……相談してみよう。サクラバクシンオーさんが強いのは間違いないのだし、ヒントが貰えるかも。

 

「あの……私、今レースで……他のウマ娘をどうにか遅くできたらなーって考えていて」

「……はて? 他を遅く?」

「ああつまり、あれです。他のウマ娘を焦らせて、疲れさせたいんです。追い込みや逃げのウマ娘を」

 

 バクシンオーさんは暫し難しそうにギュッと目を瞑った後、カッと開いた。

 

「出ました! バクシン模範アンサー! 答えは簡単、先頭を走ればいいんです!」

「ええ……」

「ネイチャさんが先頭を走れば誰しも慌てることでしょう! 1着になれるのはただ一人ですからね! 誰かに先頭を走られると慌ててしまうのは当然のお断りです!」

「お断り? いやまぁ確かにそうですね……んーでもその理屈だと最初の牽制とほとんど変わらないなぁ……それに私だいたい中団後方にいるし……できれば中盤や終盤に焦らせたいけど……」

「ふーむ……? ふむふむ……わかりました! じゃあ先頭を走っている人達に猛追している様子を見せましょう! そうすれば焦ると思いますよ!」

 

 さっきから力技っぽいアンサーが多いんだけど本当に大丈夫ですかバクシンオーさん……。

 

「先頭集団には簡単に近づけないんですよ……逃げウマに姿を見せるなんてこともできないし……」

「できますよ! コーナーです!」

「……コーナー。ですか?」

「はい! 私も先頭でコーナーを曲がってる時だけは、わりと横目で全体を確認しますから! 列が曲がってると後ろが見やすいです!」

 

 ……そうか、コーナー。そこなら先頭集団でも、後ろを走るこっちを確認できる。

 確認できるってことは、見えるということ。見えるということは、私からも少なからず影響を及ぼせる。

 

 その瞬間だけでも、スパートよろしく一気に加速する様子を見せてやれれば……先頭を走っているウマ娘たちも、焦るかもしれない。

 これなら距離が開いていても有効だ。なるほど……!

 

「ありがとうございます! バクシンオーさん! 盲点でした!」

「はっはっは! レースのことならなんだって聞いてください! 私は学級委員長ですからね!」

「……じゃあ、せっかくなんで……ところでバクシンオーさん、ステイヤーって言ってましたけど、今まで長距離のレースとか出てらしたんですっけ……?」

「いいえ、出てません! 短距離とマイルだけですね! ですがそろそろ長距離に挑もうかと!」

「えっ?」

「なので今日からここで、スタミナトレーニングを重点的にやろうとしているわけです! 出走まであと3日なので、バクシン的トレーニングで間に合わせます!」

「3日!?」

「それではネイチャさん、ご健闘を! うおおおお! バックシーン!」

「うわっぷ……ど、どもでした……」

 

 バクシンオーさんは派手に水柱を上げる激しいバタ足で泳ぎ去っていった……。

 

 ちなみに三日後、バクシンオーさんは学園のコースで1600を走った後、同じ日に本番のレースでも1600を走ったのだそうだ。

 

 長距離とは? ステイヤーとは一体?

 私は深く考えるのをやめた。

 

 


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