デバフネイチャはキラキラが欲しい   作:ジェームズ・リッチマン

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とあるウマ娘から見たラフプレーの真相

 

 二勝クラスレース。

 

 最低でも最高でもない。けど、真ん中よりはずっと下のレース。

 それをよく見るなら、そう。多分、観客たちが将来有望なウマ娘を見出すために足を運ぶレースっていうやつだろう。

 

 通ぶった観客に偉そうな眼で見られながら走らなきゃいけない、クソッタレなレース。

 GⅠからⅢが上澄みだとすれば、ここは底にへばり付いたヘドロの真ん中だ。

 

「……さて、走らなきゃな……」

 

 私はヘドロの常連。観客が望む“将来有望”ではない、ここらに留まって一年にもなるただの賑やかし。

 上澄みになれない、水底で腐った数多くいるウマ娘の一人だ。

 

 勝ち上がれない。一着を取れない。

 メイクデビューも1勝クラスも勝ち進んだ。快調だった。ただ、そこからがどん詰まりだった。以降は勝てず、調子が良くとも三着や四着に甘んじる日々が続く。

 トレセン学園に入った時は花だった。勝てたし、私は強かった。

 けど負けが込み続けると、最初は期待をかけてくれたトレーナーの指導からも熱が失せ、数いるウマ娘達と一緒に放置されたような自主トレを促されるようになった。

 

 単調な基礎トレばかりの日々。掲示板に映らない自分の番号。

 焦る間にも季節が一巡りし、戦績が新入生と並ぶに連れ、恥を嫌った古い仲間たちは次第に地方競バへ戻っていく……。

 

「私は戻らんからね……」

 

 ダートばかりのレースは嫌い。

 私は芝に憧れて中央に来た。

 ここは泥を被らんでも良い、まっさらなターフ。

 

 ……ここに惨めはない。

 地方に行ったら私は終わる。私は絶対に諦めない。

 

「あ……」

 

 ゲートに入る前。レース前に入念に柔軟をするウマ娘たちの中に、見知った顔があった。

 年下の混じり始めたライバルたちの中で埋もれるように存在する子。

 

 ふんわりとした茶髪を左右に結ったウマ娘……名前は、ナイスネイチャ。

 

「貴女がナイスネイチャね」

「え?」

 

 気付いたと同時に、私は声をかけていた。半分くらいは勢いだった。

 

「私はピナクルターキー。モロゾフウォッチの友達……つっても知らないだろうけど。……貴女、1勝クラスのレースで私の友達にラフプレーをしたんだってね」

「えぇ……ラフプレー? さすがにそこまではやってないけど……」

「あの子は気ィ弱いから言わんかったけどさ。私には話してくれたんよ。ナイスネイチャって奴が隣で声をかけてきたり、ペースを乱してきたりで集中できなかったってね」

 

 ナイスネイチャは困ったように頭を掻いていた。顔立ちも、仕草も、ラフプレーをしそうな感じはない……けど、あの子が嘘をつくとも思えない。本人もすぐに否定しないところを見るに、思い当たるフシはあるんだろう。つまりそういうことだ。

 

「んー……それは多分、その子か貴女の勘違いじゃないかな? 私、ラフプレーなんてそんな真似できるほど度胸あるウマ娘じゃないですし。たはは……」

「しらばっくれるのか」

「ネイチャさんはラフプレーなんてしてないですよー、ええ。……ま、その子のペースを乱したのは間違ってないけどね?」

「な……!」

「おかげさまでここにこれたよ。ありがたい話ですなぁ」

 

 ナイスネイチャはにやりと笑い、口元をふわりとした髪の中に隠す。

 

 ……私は頭を落ち着けた。

 ここでがなり立てたってどうしようもない。

 

「……あんたは勝たせない。レースで潰してやる」

「あらら、ラフプレー宣言……?」

「そんなことするわけない。徹底的にマークしてやる。今日はアンタに勝ちは……絶対に渡さない」

「……へえ」

 

 ナイスネイチャは面白そうに目を細め、唇を撫ぜた。

 

「んーまあ、やめといた方が良いと思うけどねぇ……」

「怖気づいた? 私はやるよ」

「いやそうじゃなくて。貴女は自分のために走ったほうがいいよ。私は一番人気でもないしさ。もっとマークする相手はいるでしょ。敵討ちのつもりなのか知らないけど、今日の勝負を捨ててまでやることかねぇ、それ」

「……」

「それに、私をマークしたって上手く走れないと思うよ。ホント」

「随分な自信じゃない」

 

 ゲートイン。各ウマ娘、枠に入って横並びになる。

 緊張の時間。心がざわつく、いつまでたっても慣れない一時。

 

 ガタン。

 ゲートが開く。

 

「……!」

 

 ナイスネイチャが前に出た。速い。けどその姿を脳裏に焼き付けていた私は、反射的に本能で足を前に出すことができていた。

 追いすがる。

 

 ……速い。いや速すぎる。他にも沢山有力バがいるのに前を譲らない。

 逃げウマ娘か!?

 

  聞いてない。私は差しウマだ。このままだとペースがもたない……。

 

「うっ……!?」

 

 と思ったら、減速を始めた。早すぎる。逃げ……じゃ、ない!?

 こちらも合わせるように思わずペースを落とすが、当然後続からのウマ娘達が追い越してゆく。焦燥感が募る。どういうことだ? なにを企んでいる?

 

「ごめんね。前には、行かせないよ……ッ」

「!」

 

 ナイスネイチャが横に並んだウマ娘に何かを喋っている。

 なんだ。手出しはしていないけど……あれは……。

 

「くっ……!?」

 

 と思ったら、再びナイスネイチャは加速した。坂の上。普段よりもパワーのいる走路で逆に速度を増した変則的な動きに戸惑う。

 

「このペースだと、平年のラップを、下回りそうだね……!」

「くっ……!」

「あの子は速いよ。もうずっと先頭、追いつけないんじゃない……ッ?」

「そんな……こと、……ぁああっ!」

 

 愕然とする。

 ナイスネイチャが後続のウマと並ぶ度に、近づく度に、それぞれに何かを囁いている。

 暴言ではない。しかし競争心を煽るような、危機感をくすぐるような言葉を巧みに操り、ウマ娘たちのペースを乱している。

 

「うっ……!?」

 

 かと思えば、コーナーの始めで急加速。中団後方でゴニョゴニョつぶやいていた所から突然のスパートに、ナイスネイチャをマークしていたはずの私でさえも出し抜かれる。

 

「なん、なのよ、もう……!」

 

 その急加速も瞬時に萎む。まるでシャトルランでもするような一瞬だけの加速だった。

 だというのに先頭のペースはそれに釣られたよう速度を増して、バ群全体が間延びする。全体が焦る。……息が、切れ始める。この私でさえも。

 

 

「はぁ、はぁ……!」

「ほら、言ったじゃない。私をマークしても、無駄だって」

「うるさい、な……!」

「おしゃべりに付き合うなんて、真面目だね、貴女……私としちゃ、そういうの、嫌いじゃないけどねッ……」

 

 ナイスネイチャの走りは、変則的すぎた。

 

 多分、そんなに速くはない。けどそれは問題ではない。

 彼女のペースはあまりにも不安定で、マークする相手として絶対的に不適格だった。

 

 彼女は速度にムラがありすぎる。坂の上り下りを苦もなくこなし、かと思えばその後の直線では緩み、しかしコーナー付近では急激に勢いを増し、器用な足取りで曲がってゆく。

 私が苦手とする場所を逆に得意であるかのように走り始める。本来溜めるべき場所で足を解き放つ。

 あまりにも無茶苦茶な走りをするウマ娘だった。

 

「この位置から、追い抜けるんだ……自信、あるねッ……」

「! ……ふっ、ふっ……ッ!」

 

 そんな走りをしながら、彼女は並びかけたウマ娘たちの耳に小さく言葉を囁いてゆく。

 その度に相手は勝負を焦るようにペースを早め、無視を決め込もうとすれば前を塞ぐように走り、否応なく前に行きたくなる展開を押し付ける。

 

 嫌なことをするウマ娘だ。嫌がることを熟知している奴だ。

 

 ナイスネイチャ。こいつは……!

 

「はっ、はっ……!」

「限界、きちゃったね? 私とおしゃべり、付き合っちゃったから……ッ」

 

 マークは失敗だった。ナイスネイチャの走りは追従しようと思ってできるものじゃない。波の強すぎる彼女の走法は、私の体力を普段以上に強く蝕んでいる。

 

 でも……負けない。

 この子は嫌な奴だ。悪いやつだ。卑怯なやつなんだ。

 

 モロゾフウォッチは浮かない顔をしていた。あの子も地方から来たんだ。

 あいつは友達なんだよ。私と一緒でよそから来た子。今年中に勝ち進めないと、あの子も、私だって……!

 

「モロゾフ、ウォッチ……先行、芦毛、小柄だけどパワーがある……!」

「……!」

「マイル向きだったね……! 途中、私もちょっと、少し焦ったし……!」

「あ……」

 

 ナイスネイチャがスパートを掛け始めた。

 私はそれに追いつけない。

 

 すぐに突き放されていく。

 彼女は前から崩れ落ちてゆくウマ娘達を追い越し、一気に先頭へと駆け上ってゆく。

 

 まるで一年前と同じ。

 私が最初につまずいたその時のように、キラキラしたスターの原石が、流星のように私を置いてゆく……。

 

「ナイス、ネイチャ……!」

 

 さして速いわけでもなかったであろう彼女は、それでも疲れ果てた私達全てをすりぬけるようにして前に踊り出て、1着でゴールを通過した。

 

 何度も見た景色。私よりも先にゴールするウマ娘の背中。

 

 3着が決まり、4着が決まり……私は5着。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 五着。月並みな敗北。いつものような平凡な順位。一年間変わらない、私の現実……。

 

「……ははっ」

 

 ギリギリ入着だ。私の番号も掲示板に映る。

 ……けど、掲示板に写ったものを見て、私は思わず笑ってしまった。

 

「ひっどいタイムだなぁ……」

 

 そこに並ぶタイムは、一位からして既に遅め。大して速いわけでもない、平凡なものでしかなかった。

 私は、私達は……そんなナイスネイチャに負けちゃったわけだ。

 

「どう? 納得した?」

 

 肩で息をする私の横に、ナイスネイチャがやってくる。彼女も息を切らしていたが、瞳は勝利のせいかキラキラして見える。

 

「……へへ、するもんか……次やったら、負けんからね。絶対に……!」

「そう……私は楽しみに待ってるから、ピナクルターキー。ま、貴女の本来得意とするダートとかマイルじゃ、あんまり走りたくないけどね?」

「……!」

「ライブが始まるから。ここらへんで。じゃ!」

 

 そう言って、彼女は向こうへ駆けていった。

 

「……ナイスネイチャな。次からは私も、予習しておくよ。あんたのこと。あんたのレースをさ」

 

 観客の少ないレース場。慣れきった格落ちの静けさ。

 

 ……今日は帰ったら、自主トレーニングの内容でも見直してみるか。

 

 

 


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