サイトは虚無の力を持つ「ガンダールヴ」と呼ばれる偉大な使い魔ということが判明した。
ハルケギニアに来て疎まれる日々が続いていたが、一転サイトは選ばれし剣士になった。
ガンダールヴになるためには、剣を持つだけで良かった。
剣を握れば、これまで一度も剣を振るったことがなくてもその道100年、いやそれ以上の達人になることができる。
サイトの早太刀は目にも留まらなかった。
まばたきをする間もなく、アレックスの剣は弾かれ、さらにはその剣は折れぬ曲がらぬとされた魔法物質で造られているにも関わらず、刃先がきれいに両断された。
「アレックスが負けた? 魔法衛士隊から推薦を受けているわが校最大の剣の達人が負けたというのか?」
サイトは周囲がどよめく中、剣を背中に収めた。
サイトはいま剣の試合を申し込まれ、一戦交えているところだった。
サイトに剣の試合を申し込んだのはトリステイン魔法学院の3年生、ゲルマニアから越境してきた金の卵だった。
アレックスはトリステイン魔法学院の1位、2位を争う魔法の実力者であり、魔法と剣術を融合させた魔法剣術は素晴らしく、トリステインの魔法衛士隊から推薦を受けるほどの実力者だった。
アレックス自体はゲルマニアに戻って、国に尽くす身になると決めているようだが、その実力は十分に世界レベルだった。
だが、サイトはそのアレックスを一撃で仕留めた。魔法を使わない剣だけの試合という前提ではあったが、アレックスの剣はサイトにまったく通用しなかった。
「ば、馬鹿な。こ、こんなことが現実にあるはずが……」
アレックスはしりもちをついたまま、わなわなと体を震わせた。
「何なら、魔法ありのほうが良かったか?」
サイトは余裕の表情で見下ろした。
「ぐ……」
アレックスにとっては屈辱。しかし、サイトにとっては周囲からは大きな尊敬を受ける結果になった。
それ以降、サイトはさまざまな女の子から声をかけられ、求愛されることになった。特にキュルケからは激しく求められた。
しかし、サイトは誰にもなびかなかった。サイトはこの力で得た名誉には浸らないつもりだった。
この力は真に愛する者を守るための力。サイトはその思いを一日たりとも忘れずに生きていくつもりだった。
そんなことがあってから、サイトの生活に大きな変化が起こった。
第一の変化、それはサイトがいつもの朝を迎えたときのことだった。
「ルイズ、洗濯物はどれだ?」
サイトはいつものようにルイズの雑用に精を出すべく、洗濯物があるかどうかを尋ねた。
いつもなら、無言でほっぽり出して行くルイズだったが、その日は違っていた。
「洗濯はいいから」
「え、なんで?」
「何でもいいでしょ。自分でやるから。あんたは部屋の掃除、馬の世話。いつもよりちゃんとやりなさい。わかった?」
「はあ」
ルイズは恥ずかしそうにそう言うと、授業のために部屋を出て行った。
「なんか嫌われちまったな」
サイトは自分が嫌われたのだと思った。ここ最近、あちこちに引っ張りだこだったのが理由かと推測した。
特にキュルケに再三部屋に呼ばれたのが影響したのかもしれない。
話によると、ルイズとキュルケは犬猿の仲で、二人の間だけでなく、ヴァリエール家とツェルプストー家は歴史的に争いが絶えないのだという。
両家を巡る戦は100を超え、殺し合いは日常茶飯事だった。
最近は戦争こそ起こっていないが、両家ともさまざまなビジネスをしているが、それを巡って裁判や嫌がらせが絶えないのだという。
とはいえ、洗濯をしなくても良くなったので、サイトにとっては自由な時間が増えていい側面もあった。
サイトはその時間の多くをシエスタの仕事の手伝いや図書館での勉強に充てた。
サイトが虚無の使い魔であることは関係者以外には口外していない。しかし、選ばれた力を持ったのなら、その力を正しく使いたかった。
サイトは授業でだれもいない図書館ににやってくると、本を物色した。
トリステイン魔法学院にある図書館はかなり大きい。1万冊を超える書物が2フロアに渡ってぎっしりと敷き詰められていた。
サイトはここしばらくガンダールヴに関する書物を勉強していた。
始祖ブリミルが使ったとされるガンダールヴについて知ることは、自分のあるべき姿を探すのと同じ意味があった。
「ん……?」
図書館は休み時間や放課後になると多くの人でにぎわうが、午前中は誰もいないのが普通だったが、今日は先着があった。
少女が一人、椅子に腰かけて静かに本を読んでいた。
「あ、君、たしかタバサって言う子だったっけ。いつもキュルケと一緒にいる子だよね」
サイトはタバサのもとにやってきた。
「2年生はいま授業じゃないのか? 出なくていいのか?」
「……」
タバサは何もしゃべらなかった。話しかけたことに気づいていないかのように、本をめくるばかりだった。
キュルケから、タバサはおとなしいということは聞いていたが、おとなしいというより、周りに関心がないような雰囲気だった。
サイトも邪魔してはいけないと思ってそこから離れた。世の中にはそういう子もいるだろう。
図書館の勉強に飽きたら、サイトはシエスタの売店の手伝いをした。
「いつもすみません、サイトさん」
「気にするな。シエスタにはいつも世話になってるからな」
サイトにとって、シエスタと過ごす時間が一番楽しかった。だから、サイトは毎日必ずシエスタのもとに顔を出した。
シエスタはいつも優しくサイトを迎えてくれた。サイトはシエスタの笑顔を見るたびに幸せを感じることができた。
サイトは何度もシエスタのところに顔を出しているので、他のスタッフとも顔見知りになっていた。
「よう、我らの剣。今日も元気がいいな」
「今日も失礼しています、マルトーさん」
サイトはシェフのマルトーに頭を下げた。
マルトーもシエスタと同じく貴族ではなく、平民としてトリステイン魔法学院で働いている。
とはいえ、マルトーは平民の中でも特殊である。長らく、トリステイン王室の人気レストランで腕を振るい、その腕が認められてトリステイン魔法学院の厨房を任されるようになっていた。
そんなマルトーにとって、サイトは自分と重なるところがあるようであった。
サイトもマルトーは良き先輩として多くを学んでいた。
「マルトーさんは平民だと聞いています。この身分社会でどうしてこれほどまで出世できたのですか?」
「平民だろうとなんだろうと腕がありゃ成り上がれる。お前も己を信じて剣を振るえば、平民だとしても魔法衛士にだってなれるさ」
マルトーはそう言って胸を張った。
マルトーも昔は貴族から厳しい扱いを受けていたのだという。
最初に出店したレストランはすぐに人気が出たが、しばらくして貴族の嫌がらせを受けて、店をたたむことになったのだという。
その時は結婚したばかりで、家族を路頭に迷わせてしまったという責任感から自殺も考えたという。
しかし、マルトーは愛する奥方の励ましを受けて、不死鳥のようによみがえった。
幾度となく続いた貴族の嫌がらせにもめげずにマルトーは不死鳥のように立ち上がり続けた。
すると、これまで嫌がらせをしていた貴族の中からマルトーを評価する者が出て来たという。
「男はな、愛する者のためなら何だってできる。サイト、お前も心の底から愛することのできる人を見つけることだ。そうすれば、お前もおれのようになれるさ」
「愛する者か……」
サイトはそう言いながらもすでに自分が愛する人のことを知っていた。
愛する者はサイトの近くにいてくれる。
愛する者のためなら、命も賭けることができると思えた。
「ところでサイトよ。お前は剣士なのだろう」
「うーん、まあそういうことになっているのかな」
「だったら、もっといい剣を持ったらどうだ? その剣は学院から借りているものなんだろう?」
サイトは剣士でも何でもなかった。ルイズの使い魔になったことで、剣術を身に着けたが、サイト自身は剣の心得などなかった。
「でも剣は高いからなぁ」
この世界では、剣は新金貨1000枚以上が相場だった。
そんなお金を平民が手に入れるのは難しい。なので、サイトはトリステイン魔法学院から剣を借りていた。
そんなとき、マルトーのやり取りを聞いていたシエスタがサイトの隣にやってきた。
「サイトさん、よろしければ私が剣をプレゼントしてさしあげますわ」
シエスタはそのように持ち掛けた。
「いやでも悪いよ。すげえ高いんだぜ、剣は」
この世界の剣は鍛冶職人が魔法の触媒を丁寧に鍛錬して、場合によっては数年かけて仕上げる。
簡易的な剣では、実戦に耐えないからだ。
ダイヤを打ち砕く魔術が存在するこの魔法の世界で、剣を使うには、同じく魔法の力が必要だった。
魔石も使用した剣はいずれも新金貨1000枚以上。平民の年収が飛ぶほど高価なものだった。
「いえ、ぜひプレゼントさせてください。私、サイトさんには本当に色々な意味で守っていただいています。このままでは、申し訳が立たないのです」
シエスタはそのように主張した。
サイトは悪いとは思ったが、剣がほしいという気持ちは大きかった。
フレイムタン、ライトニングソード、クレイモアなどなど、サイトが本で見たところによると、この世界には男の子が憧れる剣がたくさんあった。
買ってもらえるならそれ以上に嬉しいことはなかった。
サイトは逡巡したが、シエスタの世話になることになった。
「悪いな、シエスタ」
「いいのです。では、さっそく買いに行きましょう」
シエスタは何の負担も感じていない様子だった。シエスタにとっては、サイトがすべてだった。サイトがシエスタに感じているように、シエスタもまたサイトのために命も賭けているようであった。