サイトがデルフリンガーを握り締めると、ルーンからは白い輝きではなく、どす黒い光が溢れ出た。
「な、なんだ?」
このような光は初めてだった。明らかにデルフリンガーの特異性にルーンが反応していた。
「おお、なんか妖刀っぽくなった?」
主は妖刀と偽ってサイトにデルフリンガーを提示したのだが、いざ握ってみると、あふれ出る禍々しい光によって、妖刀の風格を漂わせ始めた。嘘から出た真のようになった。
「ん、この光は……? ブリミルか?」
誰かが何かをささやいた。
「しかし、なんでブリミルが? あいつはとうの昔にくたばっちまったはずだが」
デルフリンガーが言った。
「なんだ、剣がしゃべってるのか?」
サイトは握り締めたデルフリンガーを見つめた。
「なんだ、ブリミルじゃねえのか。そりゃそうだよな。しかし驚いたぜ、虚無の屍術でブリミルがよみがえったのかと思ったが、連中もいまの時代には生きてやしねえもんな」
デルフリンガーは目覚めたばかりでペラペラと独り言のようなことをしゃべった。
「やっぱりそうだ。おい、シエスタ。剣がしゃべったぞ。どうなってんだ?」
「えーっと、これはインテリジェンスソードでは?」
「インテリジェンスソード?」
「はい、魔剣の一種で、私の祖父も似たようなものを大事にしていました。魔法の力によって剣が人格を持つようになるんです」
「そんな剣もあるのか」
サイトもインテリジェンスソードを見るのは初めてだった。この世界では、決して珍しいものではなかったが、サイトにはとても斬新に映った。
「おーい、お前。おれの言葉がわかるか?」
「なんだか独特のなまりだな。お前さんがおれの新しい使い手か?」
「おれは平賀サイトだ。お前はデルフリンガーか?」
「いかにも、おれがデルフリンガーだ。サイトと言ったか。あんた何者だ? 久々に感じたぜ、虚無の光」
デルフリンガーは「虚無」という単語を使った。
サイトは虚無のことを口外しないようにしているので、ごまかすことにした。
「おれは火炎魔術の使い手だぜ。そんなことより、お前すげえな。しゃべる剣なんておれ、初めて見たよ」
「インテリジェンスソードが珍しいとはとんだ田舎もんだな。で、そんな田舎もんがどうしておれの使い手になったのかね?」
「いや、まだ使い手と決まったわけじゃねえ。これからお前を買うかどうか決めるところなんだよ」
「おれを買うだぁ? おれはいつから売り物になっちまったんだ?」
デルフリンガーは不満げに店の主に尋ねた。
「デルフ、それは喜ぶべきところだぞ。お前は剣なんだ。こんな店の倉庫で眠っているよりも剣士のもとで戦うのが本分だろ?」
「確かにそれもそうだな。おれは剣。剣は眠るものじゃねえ」
「そうだ。だから、これからは彼のもとで存分に活躍するといい。聞くところによると、彼は凄腕の剣士だそうだ。良かったじゃないか、デルフ」
店の主はそう言ってデルフリンガーをおだてた。倉庫で眠る在庫が金貨6000枚に変わるかもしれないのだから、主も一生懸命にデルフリンガーにおべっかを使った。
「デルフ、お前はブリミルも認めた最強の剣。世界最高の名剣。おれも別れは悲しいが、かわいい子には旅をさせるべきと言うだろ。お別れだ、デルフ」
主はウソ泣きを交えて迫真の演技をした。
「そうか。おれもついに旅立ちの日を迎えたわけか。思えば、ずいぶんと長い間何もしていなかったな。おかげで、この世界のことはほとんど忘れちまった。己の肉体も精神もすっかりさび付いちまったみてえだ」
デルフリンガーはそう言うと、サイトのほうに顔を向けた。デルフリンガーの顔がどこにあるのかは誰にもわからない。
「サイト、おれの名はデルフリンガー。かつてブリミルの魔力によって造られた魔剣さ。切れ味は保障する。おれを使って損はさせねえぜ」
「そんな大げさな剣にも見えんけどな……」
サイトは首を傾げた。インテリジェンスソードというところに興味を持つことはできたものの、純粋に剣として見たら、ただのナマクラにしか見えなかった。
サイトはデルフリンガーを選ぶべきかどうかを自問自答した。
たしかに剣として見るとイマイチな感じがする。
けれど、しゃべる剣というのは面白そうだ。
迷いに迷ったが、最後は己の魂の呼応に任せることにした。
サイトの魂はデルフリンガーをパートナーとして迎え入れることに肯定的だった。
「よし、決めた。お前に決めた! おれ、デルフリンガーに決めたよ」
「おお、本当かね?」
店の主は歓喜した。ガラクタが6000枚を稼ぎ出してくれた。これでしばらく店は閉店せずに済む。
「まいどあり。新金貨6000枚になります」
「シエスタ、本当にいいのか?」
「ええ、お任せください。サイトさんが選んだ剣。きっとサイトさんのことも守ってくれることでしょう」
シエスタはサイトのために新金貨6000枚を献上した。
◇◇◇
正式にデルフリンガーはサイトのものになった。
店を出ると、サイトは改めて、デルフリンガーを握り締めた。
先ほどはガンダールヴのルーンからどす黒い光が放たれたが、改めて握り締めると、美しい輝きを放つようになった。
「デルフリンガーと呼べばいいのか?」
「おれは昔からデルフの愛称で通ってる。デルフと呼んでくれ」
「デルフはいつからしゃべるようになったんだ?」
「はて、いつだったかな。ずいぶんと昔のことだからな。正式な時代は覚えてねえ。だが、おれはブリミルってやつに魂を込められたのさ」
デルフリンガーの主張が本当のことだとすると、それはすごいことだった。
トリスタニアの創立に関わった歴史上もっとも偉大なメイジ「ブリミル」によって生み出されたインテリジェンスソードとなれば、歴史的な価値がある。
しかし、あくまでもそれはデルフリンガーの自称に過ぎず、公式にはブリミルがデルフリンガーという武器を造った記録はなかった。
それゆえ、店の主もデルフリンガーをお荷物のように抱えることになった。
当初はブリミルの遺産として、トリステイン城に献上して金儲けしようとしたらしいが、そんな歴史的記録はないとして、ブリミルの遺産とは認められなかった。
ブリミルの遺産は現時点で6点が認められており、いずれもトリステイン城で厳重に保管されている。
特に禁断の魔術を記録したとされる「ブリミルの祈祷書」はトリステインの国王でさえも、触れることは許されていなかった。
デルフリンガーがもしブリミルの遺産であるとすれば、何人も触れることが許されない危険な武器になるのかもしれない。
「ブリミルってのはすごいメイジってことになってるんだぜ。デルフがそんなすごいメイジに造られたとはとうてい思えねえんだけどな」
「失礼な相棒だぜ。おれはこう見えても100の大いなる魔法が封じ込められた魔剣だぜ。世界の滅亡にも繁栄にもつながる最強の魔法さ」
「だったら、その1つぐらい試してみたいんだが」
「そうだな。例えば……ん、あれ? 思い出せねえや……」
おれにはすごい魔法があると言いながらも、思い出せないと主張した。それでは、誰もデルフリンガーがブリミルの遺産とは認めないだろう。
「やっぱ、お前の思い違いじゃないのか?」
「そう言われると、そうかもしれないと思い始めた。おれはおれのことがわからなくなっちまった」
デルフリンガーは自分で言ったことを自分で訝り始めた。
「まあいいや、細かいことは気にするな。旅をしていれば、そのうち思い出すこともあるだろう。そん時にまだ話してやるよ」
デルフリンガーは軽い性格だった。
「ところで、相棒よ。サイトと言ったか」
「ああ」
「あんたは腕の立つ剣士だと聞いたが、いまはどこで何をしてるんだ?」
「いまは学校で雑用をしている」
「雑用だぁ?」
「ああ、それにおれは異世界からやってきた身でな。この世界のことは良く知らねえんだよ」
「異世界とは、またぶっ飛んだ武勇伝を持っているな、気に入ったぜ。これからよろしく頼むぜ、相棒よ」
おそらく、サイトもまた「異世界から来た」ということを誰かに言っても信用してもらえないだろう。
そういう意味で、デルフリンガーとサイトは似た境遇に立たされた身だった。