トリスタニアは、今年度に女王に即位したばかりのアンリエッタが治める大国である。
アンリエッタ政権が始まって約2か月が経過した。
ようやく、アンリエッタ即位を記念するパレードが開催される算段がついた。
国王は即位すると、トリスタニア各地でパレードを開き、新しい国王の姿を民に披露するのが通例だった。
本来ならもっと早くパレードが始まる予定だったが、いくつか大きな問題が立て続けに起こったために、予定が遅れてしまった。
大きな問題の1つが、アルビオンの反乱である。
かねてから、アルビオンは反政府軍がウェールズ政権に対して圧力をかけていたが、反政府軍レコンキスタが本格的にウェールズ政権に宣戦布告して、アルビオンの実権を一方的に宣言した。
アルビオン最大の友好国トリスタニアはこれを受けて、ウェールズ政権を支持する表明を出し、内戦の鎮圧をはかっていた。
しかし、この鎮圧作戦は難航し、長期戦の様相を呈し始めた。
次の問題点は、ガリア王国がガリア王権の王位を空位とする声明を発表した。
ガリアも複雑な事情を抱えており、かねてから王位継承者を巡って対立が後を絶たなかった。
トリスタニアはガリアの政治安定のために、支援に乗り出すことを決めていた。
こうした国際情勢が激化する中で、パレードどころではなかった。
しかし、アルビオン問題が泥沼化し、ガリア王国の問題にロマリア皇国が介入することを表明したことで、トリスタニアの政治に少しの余裕が生まれた。ようやくパレードを始めることができるようになった。
パレードはトリスタニア中を巡り、7日間に渡って開催される。
この7日間は民にとって喜ばしい休暇となった。
「では、アンリエッタ女王のパレード期間中、トリステイン魔法学院を休校とする」
オスマンは嬉しそうにその決定を下した。
「いやいや、ワシもようやくこれでゆっくりと休暇を送ることができるわい。存命中に女王陛下の姿を拝めるか心配じゃったが、何とかなりそうで良かったわい」
オスマンは生徒たち以上に休暇を喜んでいた。
「して、ミスロングビルや、休暇はいかがお過ごしかな?」
オスマンはそう言いながら、パチンと指を鳴らした。すると、オスマンの肩に乗っかっていたモートソグニルが透明になった。
「私はタルブの村で休暇を過ごす予定です。知り合いに誘われましたので」
「ほうほうタルブか。あそこは自然豊かで食べ物もおいしくて良いところよのうぅ。ワシも温泉に浸かってゆっくりしたいもんじゃ」
オスマンはそう言いながらニコニコとほほ笑んだ。
「ワシもミスロングビルに同行しようかの。ワシと一緒に温泉にいかがなんつーてね……」
オスマンは冗談っぽくそう言って笑った。
「オスマン学院長、あなたの狙いはすべてお見通しですよ」
ロングビルはそう言うと、目を閉じて指を鳴らした。
すると、どこかでネズミの鳴き声がとどろいた。
ロングビルはモートソグニルを魔法の力で捉えると、尻尾を手でつかんで宙づりにした。
「オスマン学院長、こんなところにネズミがはい回っておりました。いったいどこから入ってきたのでしょうね?」
「はて、どこから来たのじゃろうかな。ワシは知らんぞい」
オスマンはとぼけた。
「モートソグニル、正直に白状なさい。誰に命令されて、私のスカートの中に侵入したの?」
「チューチュー」
「言えないの? あなたのためにとってもおいしいものを用意したんだけど」
そう言うと、ロングビルはモートソグニルの大好物であるトカゲの干物を取り出した。ロングビルはモートソグニルの世話も担当していたので、モートソグニルの扱いも手慣れていた。
モートソグニルはあっさりとオスマンを裏切った。
「チューチュー」
「そう、あなたの主が。ろくでもない主を持ってあなたも大変ね」
それから、ロングビルはオスマンのほうをにらみつけた。しかし、口元は笑っていた。
「こ、この薄情者。いったい何年ワシの使い魔をしていると思っとるんじゃ」
オスマンは狼狽して、自分の使い魔を非難した。
「オスマン学院長、使い魔のやったことは主の責任でしたよね」
「いや、それはその、えーっと、あれじゃ」
ロングビルはあれこれ言い訳するオスマンの机の上に山積みの書類を置いた。
「それではこちらの書類すべてに目を通してくださいね、休暇返上でよろしくお願いしますね」
「ま、待て、それは秘書の仕事であろうが」
「何か?」
ロングビルは釘をさすようにオスマンをにらみつけた。
「にゃ、にゃんでもありましぇん」
オスマンは渋々頭を下げた。
「ええい、パンツの1つや2つで文句を言うとは、最近の若いもんには老人に対するいたわりもないのか! いで、いでででで」
オスマンの上に落石。オスマンはそのまま丸くなって頭を押さえた。
◇◇◇
アンリエッタのパレードが始まるということで、トリステイン魔法学院でもその話題で盛り上がっていた。
サイトはこの日もシエスタの店を手伝うために、中庭の売店にやって来ていた。
いつもはシエスタと二人きりの時間を過ごすことが多かったが、デルフリンガーを持つようになってからは、デルフリンガーも一緒について来るようになった。
「へー、女王のパレードか。なんか面白そうだな」
「七日に渡って、トリスタニアを巡られるんです。その間、魔法学院もお休みになるんですよ」
「シエスタも休みになるのか?」
「まだ詳しい話は聞いてませんが、おそらくそうだと思います」
そんなことを言っていると、ちょうどマルトーがシエスタに新しい勤務表を渡すために店を訪れた。
「シエスタ、勤務内容変更になったから、確認しといてくれ」
「ありがとうございます、確認します」
「おっ、我らの剣も来ているのか。サイト、お前も休みになるんだろ。せっかくの長期休暇だ。故郷に戻って両親に顔を見せてやんな」
「それができたらいいんですけどね」
サイトは日本国からやってきた身。帰りたくても、帰り方はわからなかった。
「シエスタは実家に戻るのか?」
「ええ、せっかくのお休みですので、戻ろうと思います。サイトさんは何か予定は?」
「まあ、おれはルイズの使い魔だからな。あいつしだいだな」
ルイズヴァリエールというトリスタニアでは有名な名家のお嬢様。仮にルイズが帰省するなら、サイトもその立派な名家にお邪魔することになるかもしれない。
しかし、ルイズは使い魔がサイトだったことを嘆いていた。家族にそのことは話せないと悲しんでいた。それならば、サイトはここに残ることになるかもしれない。
「そうですよね。サイトさんはミスヴァリエールの使い魔……仕方ないですよね」
シエスタはもし機会があればサイトと一緒にタルブに戻ろうと考えていたが、シエスタにはその権限はなかった。
「あの、サイトさん。もし、予定が空いていればでよろしいのですが、サイトさんをタルブの村にご招待したいと思うのです」
「本当か? それは嬉しいぜ」
「いえ、でもサイトさんはミスヴァリエールの使い魔。ミスヴァリエールのお許しをいただいてからでないと……」
「あいつはただおれを雑用扱いしてるだけだぜ、気にすんなよ」
サイトは堅苦しい名家で過ごすより、シエスタと共に過ごせるほうに魅力を感じていた。
「シエスタ、おれタルブの村に行ってみたい。ぜひ、連れてってくれ」
「え、ええ、それはうれしいですけど、けれどミスヴァリエールの許可をいただいてからでないと」
「たぶん、大丈夫だと思うぜ。おれを使い魔にしたことを嘆いてたからな」
サイトはルイズには煙たがられているものとばかり考えていた。だから、わざわざ許可なんて取らなくても問題ないと思っていた。
しかし、現実は違っていた。
授業が終わって、ルイズが戻って来ると、ルイズは開口一番でサイトに言った。
「明日から休暇。あんたも聞いてるでしょ?」
「ああ、女王のパレードなんだってな」
「明日、朝一で家に戻るから、準備しときなさいよ」
「え? 戻るっておれも?」
「当たり前でしょ。あんた、私の使い魔なんだから」
サイトはルイズのその言葉に違和感を覚えた。「絶対について来るな」などと言われると想定していたのだが、まったく逆で、ルイズはサイトについて来るように言った。
「おれ、予定があるんだけど」
「はあ? 予定ってなによ? なに使い魔が勝手に予定組んでるのよ」
「予定ぐらい立てるだろ、誰だって」
「一応聞くわ。なんの予定?」
「シエスタがタルブに帰省するんで、おれもついていくって話が決まったんだよ。パレードで女王様がちょうどタルブのほうにもやってくるらしいんでさ」
サイトは悪びれもなくそう言った。シエスタと何をしようが、そんなことは自分の勝手で、ルイズには関係のないことだと考えていた。
しかし、どうもルイズの反応はそうではなかったようである。ルイズは目を細めてサイトをにらみつけた。
「あの女……」
ルイズはサイトとシエスタがそれなりに近い距離にあることを薄々感じ取っていたが、ここまで積極的にアプローチしているとは思ってもみなかった。
ルイズは前からシエスタのことを不快に思っていたが、このままサイトがシエスタについていったら、不快という感情では片づけられそうもなかった。
ルイズはサイトとシエスタのその新婚旅行みたいな計画を認められなかった。
「だったら、その予定は破棄なさい」
「破棄? なんでだよ?」
「なんでもくそもないわよ。あんたは私の使い魔なんだから、私についてくるのが筋でしょうが」
「いやでも、おれが使い魔なんて両親には知られたくないって言ってたろ」
「そりゃ……でもしょうがないでしょ。そうなっちゃったもんはなっちゃったんだから。ともかく明日、朝一で戻るから。いいわね? わかったわね?」
「わ、わかったよ。ったく、勝手なやつだな」
「それはこっちのセリフよ。ったく、使い魔のくせに勝手なことばっかり」
ルイズはイライラを抑えられないまま窓辺に向かうと、外の景色を眺めた。
自分でもどうしてそこまでムキになっているのかわからなかった。しかし、シエスタにサイトを取られてしまうことだけは阻止したかった。