ルイズとサイトはヴァリエール家の主――ルイズの父親と面会することになった。
二人は控えていた客間からルイズの父親がいる書斎へと向かった。
書斎の前にはメイドが立っていて、ルイズとサイトがやってきたのを確認すると、ルイズのほうに一礼した。
「ご苦労様でした、お嬢様。お父様がお待ちです」
サイトもルイズも顔をこわばらせていた。
ヴァリエール家の主。トリスタニアを支配しているというほど影響力のある存在。そんな人物に対して、サイトは使い魔として紹介されるのだ。サイトは嫌でも緊張した。
ルイズも緊張していたから、実の娘でさえも頭が上がらない存在なのだろう。
メイドがドアを開くのに合わせて、サイトはその先を覗き込んだ。
書斎と言っても、そこは広々とした部屋だった。たくさんの本が収納された本棚が壁際にいくつも配置されていた。どの本も分厚く小難しそうだった。
ルイズの父親はそんな本棚に囲まれた中で静かに仕事をしていた。
メイドは一礼して部屋の中に入ると、ルイズの父親に声をかけた。
「旦那様、ルイズお嬢様がお見えでございます」
メイドがそう言うと、ルイズの父親はすぐには反応せず、しばらく書類作業を継続してから筆を置いた。
「ルイズか?」
「はい」
父親はそう言うと、立ち上がり、想像通りの厳格な顔を部屋の外に向けた。
その顔には、ルイズとの再会を歓迎する色はなく、どこかのやくざのボスのような厳めしい顔つきだった。
父親は堂々と歩いて書斎を出た。
「帰ったか、ルイズ」
「はい、ただいま帰省いたしましたところです」
ルイズは使い慣れていない敬語で答えた。
父親は続けて、サイトのほうに顔を向けた。
鋭い視線でにらまれ、サイトは思わず背筋を凍らせた。その威圧感はギーシュなんかとは比べ物にならなかった。胸の鼓動が早くなった。
サイトは強い心のサムライを演じるつもりだったが、とても演技が追いつかなかった。
設定1 使い魔はトリスタニアを渡り歩くさすらいの騎士。
設定2 使い魔は寡黙でクールで剣の達人。
設定3 使い魔は礼儀正しく、常に主のもとに跪き、主の命に忠実に従う。
設定4 使い魔は知的。
設定5 紳士で正義感が強く、主のためなら命をも投げ出すほど勇敢。
ルイズから言われていたあらゆる設定も頭から飛んでしまった。
父親が何かを口にする前に、ルイズが説明した。
「お父様、こちらはヒラガ・サイトと申します。トリステインを渡り歩く剣士で、2年生のサモンサーヴァントの儀式にて、私の使い魔になりました」
ルイズは見栄を張るように言った。
「使い魔……君がルイズの使い魔かね?」
父親はサイトの目をまっすぐ見据えて言った。
「はい、そうでございます」
サイトではなくルイズがそう答えると、父親はサイトに向けて言った。
「私は君に聞いているのだ。ヒラガ・サイト。君がルイズの使い魔なのかね?」
「は、はい」
サイトはそう答えたが、声が震えていた。
「ルイズの使い魔。ルイズを守る者。すなわち、ルイズの命と同等の意味を持つ。君がその使い魔で間違いないのだね?」
「は、はい」
サイトは圧倒されていたが、それでもまっすぐルイズの父親を見つめた。背は20センチ以上相手のほうが高く、体つきもサイトに比べて圧倒的にたくましかった。
「ルイズを守る意思。ルイズのために自らの命も捨てる。その意思と覚悟に嘘はないかね?」
父親はそう尋ねて来た。
「嘘は……ございません」
サイトは誘導されるような形でそう答えた。自分の意思による言葉ではなかった。
しかし、その言葉が自分の魂から放たれた言葉であることは確信できた。
ルイズは傲慢でわがままで一緒にいてもうんざりする。シエスタと比べたって、心からいつくしむことなどできない。けれど、サイトの魂はたしかにルイズのために命を捧げる覚悟をしていた。
「ふむ……」
父親はサイトの言葉や症状から何か強いものを感じ取ったようで、手を顎髭にすえた。
「ヒラガ・サイトよ、ルイズは未熟で弱い。どうかルイズを守ってやってほしい。私の唯一の願いだ。その願い聞き入れてもらえるか?」
サイトはうなずいて「必ず」と思いを届けた。
「ありがとう」
父親は厳格な表情を朗らかな表情に緩めた。そんな表情でもまだ威厳を感じさせた。
父親はそれからメイドのほうに顔を向けた。
「そこの、今日はヒラガ・サイト君を歓迎する晩餐の会を開きたいと思う。用意してくれ」
「かしこまりました」
父親はそれからルイズのほうに顔を向けた。
「ルイズ、学園での話はその席で聞こう。ヒラガ・サイト君に部屋を案内してあげなさい」
「かしこまりました」
ルイズはまるでメイドみたいに頭を下げた。
◇◇◇
ルイズの家の3階は完全に空き部屋になっていて、そこは客人が泊まるスペースになっていた。
主に、トリステイン城の要人や名の知れた貴族などが利用するため、どの個室も素晴らしい造りをしていた。
藁の適当な布団が寝床になっていたサイトにとって、その一室はまったく落ち着けなかった。
「それではヒラガ・サイトさん、何か不便がございましたら何なりとお申し付けください」
サイトの部屋を用意したメイドはそう言って微笑みかけた。ちょうどシエスタに似ているところがあった。
メイドが部屋を後にした後も、サイトはしばらく部屋の中央に立ち尽くしていた。
「相棒、立ち尽くしてどうしたんだね?」
デルフリンガーが背中から顔をのぞかせた。
「いや、ちょっと夢だったんだよな、こういうヨーロッパの屋敷に住むのが」
サイトはそう言って、天井の立派なシャンデリアを見つめた。
ヨーロッパの騎士の物語に出て来そうな貴族の屋敷。そこに騎士として呼ばれたわけである。キャリアは足りないかもしれないが、サイトはヴァリエールの者から立派な騎士と思われている。
そんなファンタジーの夢が1つ叶って感動があった。
「しっかし、堅苦しい場所だね。おれはあんまり好かんぜ」
「デルフはブリミルの剣なんだろ? だったら、住み慣れてんじゃねえのか? 堅苦しい場所ってやつね」
「記憶に残ってる光景は荒れ果てた戦場ばかりだからね、こんな堅苦しい場所は初めて見る思いだぜ」
デルフリンガーの記憶は曖昧なので、信ぴょう性は定かではない。
しばらくして、サイトは立派な椅子に腰かけた。
「こりゃ、地球で買うと100万はするぜ」
サイトは遠慮がちに腰を下ろした。
「でもいいな、王様になった気分だぜ」
「王様か。いずれはその地位に座るのが相棒の野望かね?」
「王様か……それはまったくおれらしくねえけどな」
物語に出てくる王様は、あくどい王様だったり、裸の王様だったりとあまりイメージは良くない。それに、サイトの見たくれは王様の風格がまったく欠如していた。
「では相棒の望みは何かね?」
「おれの望みか……なんだろうな、考えたこともなかった」
サイトは王様のようにふんぞり返ると、天井を見上げた。
地球にいたころのことを思い起こした。
何もかもが嫌になって家出した。
行く当てはなかった。ちょうど、さすらいの騎士になったようなものだった。もっとも、そんなかっこいいものではない。どうせ家に泣いて逃げ帰るのが関の山のくだらない漂流旅だ。
しかし、気が付くとハルケギニアにやってきた。そして、騎士になった。
自分の行くあてはどこなのだろう?
ルイズの使い魔としてこの立派な家で暮らすことなのか?
それとも……もっと大きなことか?
例えば、立派な騎士になること?
あるいは、トリステインの王様になるような大それたこと?
サイトにはまだ漠然としていた。自分の運命は自分の想像をはるかに超えて動いている。異世界に飛ばされ、使い魔になり、ガンダールヴになり、自分がどうなるかはまるで想像できない。
サイトの導きはサイトの手に刻まれたルーンだけが知っているのかもしれない。
でも、1つだけ確かなことがある。この力は金を儲けるためではないし、この屋敷で贅沢な暮らしをするためでもないこと。
それはもっと小さなこと。愛するたった1つの何かを助けるだけ。ただそれだけのためにあるはずだ。
サイトはこの力に対してそう誓った。
そのとき、ドアがノックされた。
「はい」
サイトがドアのほうに顔を向けると、そこには、ルイズの姉であるエレオノールが立っていた。
メガネ越しに鋭い目をサイトのほうに向けていた。その金髪は父親ゆずりと見て間違いなかった。
「ヒラガ・サイトと言ったかしら、あなた」
「ええ、まあ」
「ナイトと聞いてるけど、本当なの?」
エレオノールは訝る顔で尋ねて来た。エレオノールにはサイトが騎士には見えなかったようである。
しかし、それには間違いがない。サイトはうなずいた。
「失礼だけど、あなたが剣を操ることができるとはとうてい思えない。さらに失礼だけど、ヴァリエール家の資産を狙うこそ泥じゃないかと思ってるわ。ルイズの使い魔というけど、サモンサーヴァントを利用した詐欺は世界中で問題になっているのよ。あなたがそうとは言わないけど、その可能性も否定できないわ」
「……よくわかりませんが、おれはこそ泥ではありません」
「そう……なら少し確かめてもいいかしら?」
サイトはうなずいた。ルイズの父親はサイトのことをすぐに信用したようだが、エレオノールをはじめ一部の者はサイトに厳しい態度だった。むしろ、エレオノールの反応のほうが常識的なのかもしれない。
「私のことも名乗っておかないといけないわね。私はエレオノール。トリステイン魔法アカデミーの研究者よ。専門は風系統」
よくわからなかったが、けっこう立派なメイジということなのだろう。
「風系統の中でも、特に私はルーンの解読および、ルーンのアンロックを専門にしているわ。あなたのコントラクト・ルーンを確認させてもらってもいい?」
サイトは少しためらった。このルーンは他言無用のガンダールヴのものだ。ルーンの専門家に見せるとそれがばれるかもしれない。ルイズは家の者にも虚無のことは話さない方針でいる。
「見せてもらえるかしら?」
もう一度尋ねられたので、サイトはうなずくしかなかった。
サイトは手を指しだした。
「……不思議なルーンだわ」
エレオノールはすぐにルーンの特別性に反応した。
「トゥリーズ、お願い」
エレオノールが指をパチンと鳴らすと、空中に緑色のらせん光が現れた。そこから現れたのは……4枚の羽を持った小さな妖精だった。
ルイズに酷似した髪型をしていて、つば広の帽子を身に着けた可愛い妖精だった。大きさは30センチぐらいだろうか。
「きゃはは、エレちゃん、おはよう」
その妖精はひらひらと宙を舞うと、エレオノールの肩に腰を下ろした。
サイトはぽかんと口を開けてその妖精を見ていた。
「きゃはは、なにこいつ、変なやつ、エレちゃん、なにこいつ?」
「妹の使い魔」
エレオノールはそう言うと、指を突き上げた。すると、妖精はぴょんと跳ねて、エレオノールの頭の上で緑色の光に包まれた。
「シルフのトゥリーズよ。私の使い魔」
「使い魔……」
サイトはとても珍しいものに思わず見とれてしまった。とはいえ、使い魔としてはトゥリーズのほうが常識的で、サイトのような人間がなるほうが異端児だった。
「トゥリーズ、このルーンの魔力構造の解析をお願いするわ」
「任せて、きゃはは」
トゥリーズはずいぶんと陽気な少女らしい。エレオノールのような鋭さはなく、その顔は愛嬌に溢れていた。
トゥリーズはサイトの手の前にやってくると、手を振るった。
「それっ!」
トゥリーズの手からは緑色の光が現れ、サイトの手はその光に包まれた。