ゼロの使い魔 ルートシエスタ   作:やまもとやま

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13、アンリエッタ

 アンリエッタはパレードを前にして、憂鬱な表情を浮かべていた。

 国王であった父親が病に倒れてしまったため、アンリエッタはまだ少女の身でありながらも、王位を継承しなければならなかった。アンリエッタはルイズと同い年の17歳だった。

 

 あまりに早い王位継承に、アンリエッタは強い責任を感じていた。

 それでも、アンリエッタが女王になってから、17歳とは思えないほど精力的に政治を主導し、すでに5つの政策を実現させていた。

 それらの政策はおおむね好評で、新政権は順風満帆に始動していた。

 

 しかし、アンリエッタが左派についていたということもあり、右派からは強く非難される形になった。

 アンリエッタの父が右寄りであったため、アンリエッタ政権では急遽、トリステインは左派の外交に舵を切ることになった。

 

 アンリエッタの父は繰り返しアンリエッタに述べていたことがある。

 

「自分の信念を貫け。私のやっていたことをそのまま引き継ぐだけの王にはなるな」

 

 アンリエッタは父親のその言葉を肝に銘じて、左派思想を存分に展開した。

 結果、トリステインは右派と左派が激しく衝突することになった。

 

 アンリエッタがアルビオンのウェールズ政権を支援すると発表したときに、右派が各地でクーデターを起こした。

 新政権は順調にスタートしたように見えるが、争いの火種が増加したと言うこともできた。

 

 アンリエッタはため息をついた。

 

「女王、先ほどからずっとため息をついておられる」

「申し訳ありません」

 

 大臣に言われて、アンリエッタは姿勢を正した。

 まもなくパレードに出るために、アンリエッタは右腕の大臣と共に馬車に乗り込んでいた。

 

 立派な白馬がアンリエッタを乗せた馬車を引っ張って城の正門の前にやってきた。

 この馬はトリステインを代表する強力な魔力を秘めた魔物である。アンリエッタの愛馬でもある。

 

 白馬が正門の前に停止すると、控えていた立派な体躯をした貴族の一人が馬車に近づいた。

 

「女王陛下、まもなく門が開放されます」

「ワルド、すごい警護なのね」

 

 アンリエッタは窓を開いて外を覗き込んだ。

 

「ええ、女王陛下を守るため衛士総出で警護に当たります。どうかご安心を」

 

 ワルドと呼ばれた貴族はアンリエッタに忠誠を誓うように跪いた。

 門の前には、4頭の魔法衛士が馬に乗って前衛役を務めていた。その後ろにはトリステイン最強の魔法衛士たちが目を光らせていた。

 

「ルイズの家に戻るのではなかったの?」

「その予定でしたが、女王陛下に万が一にも危険があってはならぬと思いまして」

「ダメよ、ルイズに悪いわ。それにね、ワルド、聞きなさい」

「はい」

「愛する者の命は私の命よりもずっと重いのよ。あなたは立派な魔法衛士かもしれないけれど、男性としては真摯ではないわ」

 

 アンリエッタは17歳だったが、ワルドに強い口調にそう積極した。

 

 ワルドはいま魔法衛士の隊長を務めている。若いころから魔法の才能に恵まれ、18歳で魔法衛士になると、そのときからトリステインに忠実な模範のような兵士として信頼を集めていた。

 アンリエッタは物心ついたときから憧れの男性としてワルドを見ていた。

 しかし、ワルドはヴァリエール家から恩を受けていて、ルイズの父親からルイズの許嫁として認められていたため、アンリエッタは仕方なくワルドをあきらめた。

 

 それでも、ワルドはアンリエッタのために全力で任務をまっとうした。

 アンリエッタは幼少期はとてもやんちゃだったので、よく城を出ては危険な目に遭っていた。

 そんなとき、ワルドが颯爽と現れ、アンリエッタを助けた。

 

 アンリエッタが父親に叱られたときも、ワルドは優しくアンリエッタを慰めた。

 

 そんなこともあり、アンリエッタはワルドに甚大な信頼を寄せていた。それだけに、ワルドの幸せを望みたかった。

 

「女王陛下にそう言われてしまうと、ルイズに会いに行かなければなりませんね」

「そうなさい。あなたの部下は優秀です。私のことを守ってくださいます。あなたはルイズのもとへ」

「わかりました。その使命、喜んで頂戴いたします」

 

 ワルドはそう言うと、深くおじぎをして、近くにたたずんでいたグリフィンのほうに向かった。

 

「ルイズがうらやましいわ」

 

 アンリエッタはワルドの背中を見ながら、そのようにつぶやいた。

 

 ◇◇◇

 

 アンリエッタを乗せた場所はパレードに出発した。

 まずはトリステイン城の城下町を回り、続いて東トリステイン、そしてヴァリエール領、南トリステインと順に回る予定になっている。

 ルイズのところに向かうのは翌日の昼過ぎになる予定だ。

 

 アンリエッタは努めて笑顔で国民に顔を向けた。

 笑顔で手を振り、道を埋め尽くした大衆の声援に応えた。

 

 前衛する魔法衛士はアンリエッタとは打って変わって鋭い眼光で大衆を見やりながら馬を進めた。

 前衛を仕切るアニエスは特に鋭い眼光を持っていて、大勢いる国民一人一人に射貫くような視線を投げかけた。

 

「怪しい連中がいる。行け」

 

 アニエスはそう言って、背中を剣を引き抜いた。その立派な刃先からは見えざる魔力が放たれた。

 

 その魔力は人々のわずかな隙間をすり抜けると、怪しい動きをしていた男たちに飛び掛かった。

 

「うわっ!」

 

 見えざる魔力は赤く輝く狼に豹変し、男たちをなぎ倒した。

 警備隊がすぐにその場所に向かった。

 

「そこを動くな!」

「何をする? おれは何もしていないぞ」

「さっき隠したものを見せてみろ」

 

 警備隊はアニエスが放った狼によって無抵抗になっている男の懐から何枚かのメモ用紙を押収した。

 

 そのメモには、アンリエッタの暗殺計画が書かれていた。

 

「アルビオンレコンキスタのネズミどもだな。生きて帰れると思うな」

「くそ、なぜばれてしまったんだ?」

 

 暗殺計画に参加した男たちは解せない表情のまま警備隊に連行された。

 

 前衛のアニエスの目は使い魔の「フェンリル」によって魔眼になっていた。透視能力を備えているほか、わずかな不審な動きも逃さない。

 アニエス自体の強い警戒心と相まって、鉄壁の監視環境が形成されていた。

 

 ワルドもアニエスのその特性を知っていたから、アンリエッタ護衛の中心任務を与えていた。安心して任せることができた。

 

 ◇◇◇

 

 ワルドはアンリエッタの命を受けて、ヴァリエール家を急いでいた。

 ワルドの使い魔であるグリフィンは「空の王者」と呼ばれることもある。

 

 空中での運動性はドラゴンよりも高い。ワルドはグリフィンにまたがると、颯爽と滑空した。

 その姿は美しく凛々しくもあった。

 

 グリフィンは峠を上空から駆け抜けることができたので、馬に乗って進むよりも何倍も早く目的地にたどり着くことができた。

 

 ◇◇◇

 

 ちょうど昼下がりの剣道場に、サイトはデルフリンガーを構えて立っていた。

 

「つ、強い。こ、これがお嬢様の使い魔の力か……」

 

 ヴァリエール家が雇っている兵士らはサイトの実力を試すため、剣の試合を申し込んだ。

 サイトを快く思っていない爺が目論んだ計画だったようである。爺の想定では、サイトを一方的に叩きのめして「こんな軟弱ではルイズお嬢様を守れん。クビだ」と言う感じでサイトを追い出すつもりだったが、ヴァリエールの兵士らのほうが一方的に叩きのめされてしまった。

 

「ぐぐ……」

 

 その試合を見ていた爺は悔しそうな表情を浮かべた。

 サイトはその爺のほうを見て言った。

 

「こんなのを寄せ集めても、あなたの愛するルイズお嬢様を守れないんじゃないですか?」

「むぐぐぐぐ……」

 

 爺はさらに悔しそうな顔をした。

 

 その試合はルイズも見ていた。改めて、サイトの剣術の精度の高さを思い知った。

 ヴァリエール家が募集している兵士は無能というわけではない。

 魔法衛士になれるほどの腕はないにせよ、優秀な魔法剣士が多数志願して、その中でも一流の者だけがヴァリエール家の護衛兵士となる。

 サイトはそんな精鋭をいとも簡単に片づけてしまった。

 

 その剣の舞は素早く美しく完ぺき。ルイズは思わず、サイトをかっこいいと思ってしまっていた。

 サイトもヴァリエール家のやんごとなき連中に自分の実力を示して、気分が良くなっていた。

 

 そんなとき、一人の男が剣道場にやってきた。

 

「ここにルイズがいると聞いたが」

 

 つば広の帽子を身に着けた凛々しい男が剣道場に入っていた。

 すべての者がその方角に目を向けた。

 

「ワルド!」

 

 ルイズは男の名前を呼んだ。その顔は驚きと少しの羞恥心、そして乙女の恋心で満たされていた。

 

「やあ、ルイズ。久しく見ないうちに大きくなったね」

 

 ワルドはルイズを見つめると口元を緩めた。

 ルイズはワルドのもとに駆け寄ると、自分よりはるかに大きなワルドを見上げた。

 

「どうして? 昨日、帰れないと伝令がありましたのに」

「女王陛下の護衛任務の予定だったのだが、女王陛下から叱られてしまってね。愛する者をほったらかしにする男は最低だと」

 

 ワルドはそう言うと、ルイズを抱きしめて軽々しく抱きかかえてしまった。

 サイトはその光景を口をぽかんと開けて見ていた。

 

 いきなり女性を抱きかかえるなんて、セクハラだと叫ばれそうなものだが、ワルドがそうすると、まったくそんなふうには見えなかった。とても様になっていた。サイトが同じことをすると、3度は蹴られ、殴られるはずだ。

 

「ま、待って、ワルド。こんなところで恥ずかしい」

「どうしてだい? 僕たちが結婚することはみな知っていることだよ」

「そ、それはそうだけど……」

 

 ルイズは恥ずかしがりながらも、どことなく嬉しそうな表情、幸せそうな表情を隠せずにいた。

 爺はそんなワルドのもとにやってきた。

 

「ワルド子爵、お取込み中申し訳ありません。1つ聞いていただきたいことがあるのです」

「何でしょうか?」

「道場破りが現れたのです。ルイズお嬢様の使い魔を名乗っておりますが、実に怪しいです。もしかしたらスパイかもしれませぬ」

 

 爺はそのように声を潜めた。

 

「使い魔……そうか、ルイズもサモンサーヴァントを経験する年ごろか。して、使い魔は?」

「あやつでございます」

 

 爺が指さした。

 ワルドはまっすぐサイトを見つめた。

 

 サイトはワルドと目が合ったその瞬間から、何か邪悪なオーラを感じた。何かに対する強烈な殺意がにじみ出ていた。体が強く警戒した。

 

「ルイズ、ちょっと待っていてくれ」

「何をする気?」

 

 ルイズもワルドの表情から殺意のようなものを感じ取ったようである。

 

「挨拶だよ。彼は君の使い魔なのだろう?」

「え、ええ」

 

 ワルドは堂々と胸を張ってサイトの前にやってきた。

 

「君がルイズの使い魔かね?」

「ええ、そうですが、あなたは誰ですか?」

 

 サイトはデルフリンガーを収めると、歓迎しない語調で尋ねた。

 

「僕はワルド。トリステイン魔法衛士隊の隊長を務めている。同時にルイズの婚約者でもある」

「え、婚約?」

 

 サイトはその言葉の意味を理解できなかった。

 

「ルイズと結婚するんだ。つまり、君は私にとって妻の使い魔ということになる」

「……」

 

 ルイズが結婚。あまりに飛躍したワードに、サイトは愕然とした。驚きが大きかったので、逆に表情には出なかった。

 

「君の名前も聞いておこう」

「……ヒラガ・サイトです」

 

 サイトは動揺を隠すように冷静にそう答えた。

 

「仲良くしよう。いや、それだけではいけないな」

 

 ワルドはそう言うと、笑みを浮かべた。

 

「ルイズの使い魔になるということは、ルイズを守れる存在でなければならない。もし、君にその力がないなら、使い魔としてふさわしくないということになる。それならば、コントラクトサーヴァんの解呪も視野に入れる必要がある」

 

 ワルドは淡々と穏やかな口調でそう言ったが、それは「無能ならば、ルイズからさっさと離れろ」ということをはっきりと示していた。

 サイトは、単なる挑発ではなく、男からの挑戦状のように感じていた。

 

「君にルイズを守る力はあるのかね?」

「ええ、もちろん」

 

 サイトは見栄を張るようにそう言った。

 

「ルイズの婚約者と言いましたよね? あなたこそ、ルイズを守る力があるんですかね? 立派な肩書はあるみたいですが、実力を伴ってないんじゃハリボテと変わらないですよ」

 

 サイトは挑発するようにそう言った。本心の言葉ではなかった。自分の意思に反して挑発的な言葉が出て来た。ワルドへの特別な意識がサイトの言葉を作っていた。

 

「なるほど、君はルイズの使い魔としてだけではなく、一人の男として僕と立ち会いたいと考えているようだ。いいだろう」

 

 ワルドはそう言うと、両手を広げた。

 

「お互い力を合わせてルイズを守ることになるわけだ。互いに実力を知っておく必要がある」

 

 ワルドはそう言うと、背中を指して、サイトに剣を引き抜くように合図した。

 サイトは体を震わした。

 

 ルイズの婚約者と言って突然現れたキザ男を打ちのめすところをルイズに見せつけたいというサディスティックな感情。

 ワルドから感じる邪悪な力におびえる感情。

 男として負けるわけにはいかない一戦に臨むプレッシャー。

 

 色々なものがサイトを震わせた。

 その震えを力に変えて、サイトはデルフリンガーを引き抜いた。

 

「むむ……この禍々しい魔力はなんだ? 相棒、気をつけろ、あいつはやべえやつだぜ」

 

 デルフリンガーもワルドから何かを感じ取っていた。

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