サイトはワルドと対峙した。
推定身長190センチ、強靭な肉体、鷹のように鋭い目つき。
見た目からして、ワルドはこれまでに出会ってきたまがいものとはまったく違っていた。
ちょっと魔法が使えるという理由で威張り散らしていた貴族の若造とは格がまったく違っていた。歴戦のメイジとわかる風格だった。
加えて、サイトはワルドから妙にまがまがしいものを感じていた。
トリステイン魔法衛士隊の隊長、ルイズの婚約者。本来なら、聖なる人物であるが、サイトは闇のオーラを感じ取っていた。
サイトは今までにない緊張感でワルドと向かい合った。
同時に、このワルドを圧倒して、自分の力を誇示することができれば、さぞ心地よいだろうという野心もあった。
特に、ルイズの目の前で婚約者を打ち倒すことの快感。ルイズが恋焦がれる婚約者を圧倒したとなると、ルイズも自分のことを見直さざるを得なくなる。
そして、内心自分のことを馬鹿にしているヴァリエール家の連中も、魔法衛士隊の隊長を圧倒したとなると、その態度を一変させることができる。
この戦いは、サイトにとって最大のチャンスでもあった。
「では始めようか。好きに攻撃してくるがいい。私のことを殺す気で本気でかかってきなさい」
ワルドはそう言うと、空中に十字架を描くように指を動かした。すると、そこからはレイピア剣が生まれた。
レイピアは軽いが騎士剣としては非常に合理的な剣であると言える。
特に魔法が存在する世界では、魔法の支援を受けて戦うから、無駄に重たい武器を振り回さなくても、致死量のダメージを相手に与えることができる。
片手で容易に扱えるレイピアはメイジが扱う武器として最適化されたものだった。
対するサイトはデルフリンガーを両手で握り締めた。
デルフリンガーは大剣に分類される。両手で構えなければならないほどの重さである。
しかし、ガンダールヴのルーンが輝けば、その剣は木の棒のような軽さになった。
「相棒、どうする? 真っ向勝負じゃ勝ち目がないように見えるが?」
「そうだな、フットワークで翻弄するか」
ガンダールヴの光を受けたサイトの身体能力は爆発的に上がっている。サイトはガンダールヴの光を受けた状態での自分の身体能力をある程度調べていた。
垂直跳びは推定230センチ、50m走は推定4コンマ5秒、スクワットは推定755キロ。
いずれも人間離れしたものだ。これらはすべて魔法の力であり、この世界ではすべて合法的なものだった。
この人間離れしたフットワークで翻弄して、相手に強力な魔法を使わせないようにするという作戦を立てた。
サイトはこの世界で暮らす中で、すべての魔法は詠唱を必要とすることを理解していた。
基本的な魔法でも0コンマ何秒かの詠唱を擁する。スクエアレベルの魔法は2秒以上の詠唱が必要ということも知っていた。
フットワークで翻弄すれば、相手は的を得ることができなくなり、強力な魔法を封じ込めることができる。
「では、行きますよ。ワルドさん」
サイトはそう言うと、地面を力強く蹴り上げた。
並外れたステップインで、サイトは一気にワルドとの距離を詰めた。
ヴァリエール家の兵士らはこのサイトの鋭いステップインについていけなかった。
サイトは距離を詰めると、フェイントを交えつつ、右に回り込むような鋭いステップを踏んだ。
視界から突然消えるような鋭いステップ。
ワルドは真正面を向いたままだった。目で追いきれず、完全にサイトの姿を見失ったように見えた。
しかし、普通ならば、サイトの姿を追って、顔を動かすはずだが、ワルドは落ち着いた様子で前を向いているだけだった。
「なんだ?」
よくわからないが、敵は無反応。
サイトはワルドの右側面からデルフリンガーをきらめかせた。
目にも留まらぬ太刀でワルドを斬りつけた。
殺す気で来いというから、サイトは全力でワルドを斬った。
ワルドの肉体に刃が入る感触が如実に伝わってきた。サイトはそのままワルドを切り捨てた。
あまりに手ごたえがなかった。ヴァリエール家の兵士のほうがずっと骨があるほどだった。
サイトはこのとき、手加減をするべきだったと後悔した。手加減せずに斬りつけてしまったため、おそらくワルドは助からない。ガンダールヴの身から繰り出される太刀は大木も両断するほどなのだ。人を両断するのも容易なこと。
あたりが血みどろになり、見物人に見せる光景ではなくなる。
しかし……。
斬られたワルドからは血が噴き出ることはなく、そのまま消滅するだけだった。
「え?」
あっけない幕切れ。しかし、それはサイトの錯覚でしかなかった。
「これは驚いたな。これほどの鋭い踏み込みに一撃、僕の予想をはるかに上回るものだ。ぜひ、魔法衛士隊の兵士として推薦したいぐらいだ」
サイトの背後でワルドの余裕のある声が響いた。
振り返ると、そこには何事もなかったかのようなワルドの姿があった。
「バカな、たしかに斬ったはず」
「ああ、君が斬ったのは僕が造った分身だよ」
「分身?」
「僕は閃光の二つ名を授かっていてね、特に分身には自信があるんだ。ほうら、このような具合にね」
ワルドがそう言うと、その場でワルドの姿が4つになった。
それらの分身がどうすごいかというと、本物との差がまったくつかないほど精巧な分身だった。
「サイト君のディフェンステクニックはどうかな?」
そう言うと、分身か本物かわからない1体のワルドがすさまじいスピードで踏み込んできた。
レイピアによる刺し。
サイトはそれを下から跳ね上げるようにいなした。
「うむ、剣術の基本は問題ないと見た。では、これはどうかな」
ワルドは続けて、レイピアを同じように刺してきた。しかし、今度はそれに稲妻がまとっていて、サイトがデルフリンガーを構えるより速くサイトの体に到達した。
「ぐわぁ!」
体に電撃がほとばしって、サイトは1メートルほど吹き飛ばされ、地面に転がった。
すぐに起き上がろうとしたが、体の芯から痺れていて、手足が動かなかった。
「サイト君、戦場は待ってくれないよ。魔法衛士ならば、即座に麻痺を治癒し、立ち上がらなければ、敵は待ってくれないよ」
見上げると、そこにはワルドの姿があった。
「情のある敵で助かったな、手を貸そう」
ワルドはそう言うと、手を伸ばしてきた。だが、それは優しさによるものではなく、自分のほうが圧倒的に上であるということを誇示するものだった。
サイトはその手を受け取らず、自力で立ち上がった。体は痺れていたが、根性で体を支えた。
「まだだ、まだ負けてねえ」
「うむ、なかなか立派な心構えだ。戦士というのはそうでなくてはならない。戦場では武器でも魔法でもなく、己の精神力が武器だからね」
しかし、サイトの息は荒くなっていた。
その後ろで爺がほくそえんでいた。一度はサイトに傷つけられた面目が、ワルドのおかげで回復していた。
ワルドはルイズの婚約者。いわば、ヴァリエール家の力だ。爺には得意げな顔をする権利があった。
しかし、当のルイズは違っていた。
自分の婚約者が圧倒的な力を持っていることを頼もしく思うこともなく、ただただサイトのほうに心配そうな目を向けていた。
背後でさまざまな者の視線がサイトに注目していたが、サイトはそんなことも知らずワルドに集中していた。
「ダメだ、相棒、勝てねえ。無理だ」
「何言ってんだ、デルフ。いきなり女々しくなりやがって」
「相棒、負けを認めるのも戦士のプライドだぜ。残念だが、今の相棒じゃあいつに触れることもできやしねえ。けた違いだ」
デルフリンガーはそのように警告したが、サイトはもう引き返せないところまで覚悟を決めていた。
このまま頭を下げたくなかった。
理由は単純。かっこ悪いから。
陳腐な理由だと笑われるかもしれないが、サイトはそのプライドを大事にした。
「勇敢なサイト君の心に敬意を示して、私が最近習得したばかりの魔法でとどめを刺そう」
ワルドはそう言うと、レイピアを宙に放り投げた。
それは空中で稲妻に変化した。それは不気味なほどに真っ赤な稲妻で、あんなものをもろに受けたら死ぬだろうとサイトは予感した。
稲妻はハンマーの形になった。
「では……」
ワルドはそう言うと、そのハンマーを振り下ろした。
「うわあああああああ!」
避けることはできないと見たサイトは雄たけびを上げて、そのハンマーに向けてデルフリンガーを振るった。
しかし、ハンマーはデルフリンガーもろともサイトを吹き飛ばしてしまった。サイトの手からデルフリンガーがはじけ飛んで、サイトはしたたかに地面に叩きつけられた。
「ぐ……」
サイトは体を駆け巡ったいかずちに苦しみながらも、それ以上に、まったく敵わなかったという結果を苦しんだ。
「サイト!」
ルイズはすぐにサイトのもとに駆け寄った。
「ちょっと、大丈夫なの?」
サイトの体がひどく痙攣していた。ギーシュとの一戦以上に、大きなダメージを負っているように見えた。
「心配いらないよ、ルイズ。僕にとって、稲妻は生き物のようなもの。サイト君を殺すようには命令していない」
「でも……」
ルイズはワルドとの再会を喜ぶよりも、ワルドの強さに感動するよりも、サイトの身を案じていた。
「サイト君を運ぼう。そこの者手伝ってくれ」
「はい」
サイトはヴァリエール家が抱える病院へと運ばれた。
サイトとワルドの対決は、ワルドの圧倒的勝利の形で終わった。
◇◇◇
サイトにすぐ治療が行われた。
ワルドが言っていたように、ワルドの放ったいかずちはサイトの生命機能に危害は加えていなかった。サイトの心肺機能にはまったく電気が走っていなかった。
電撃で神経系が麻痺してしまっているが、そのうち意識が戻るだろうと診断された。
ルイズはサイトが目を覚ますまで病院にとどまった。
爺がワルドとの再会を喜ぶ場を提供してくれたが、それよりもサイトのほうを優先した。
「ルイズ、サイト君の様子はどうかね?」
日が落ちた後、ワルドが病室を訪れた。
「ワルド。まだ目を覚まさないみたい」
「翌日には目を覚ますさ。心配しなくてもいい」
「でも……」
「ずいぶんとサイト君のことを大事に思っているのだね」
「そ、それは使い魔だから」
ルイズはそう反発した。
ワルドはルイズの隣に腰かけた。
「先ほどまでお父様と話していてね、僕たちの結婚を改めて歓迎してくれた。二人の意思が合えば、いつでも結婚式を開く準備をしていると。場合によっては今すぐにでも構わないと」
「今すぐって……私はまだ学生よ」
ルイズはいまワルドとの結婚よりも、サイトの身のほうが気がかりだった。
「学生でも構わないじゃないか。愛する男女の意思があれば結婚はできる。ルイズは僕のことを愛してくれていないのかな?」
「そ、そうじゃないけど、今すぐなんて急すぎるわ」
ルイズはそのようにごまかしたが、いまルイズは自分でも不思議なぐらいワルドを好意的には見れなくなっていた。
最強の魔法衛士、ずっと憧れていた存在、命の恩人。
ルイズにとって、ワルドは誰よりも愛することができる要素に満ち溢れていた。
それなのに、そうして心が躍らないのだろうか。ずっとワルドのことを想い続けていたはずなのに、いまはその気分が消えていた。
「そうだな、君の意思を尊重しないで急いでしまって申し訳なかった」
「いえ」
「僕はルイズのことを愛しているよ。どこにいても君のことを想っている」
ワルドはそんな素敵な置き土産を残して行ったが、その言葉もルイズの心に響くことはなかった。