サイトがシエスタと出会ったのは、ハルケギニアにやってきて3日後のことだった。
ルイズの使い魔としてこの地にやってきて3日後、サイトは強烈なホームシックに襲われたことがあった。
あんなに嫌っていた父親や母親のことが妙に恋しくなって、自然と涙が出た。
サイトは暗がりで身を丸めて、一人その悲しみを感じていた。
そのとき、シエスタは偶然サイトを発見した。
「どうかされましたか?」
「え?」
サイトが顔を上げると、そこにはとても温かい表情の少女がいた。暗がりの中なのに、とても明るく見えたのを今でも覚えている。
どこか懐かしい雰囲気のある少女だった。
「あなた、ひょっとしてミスヴァリエールの使い魔になったヒラガサイトさんではないですか?」
「え、ああ、まあ」
サイトはそう言うと、目をそらした。この世界の貴族たちは冷たい。だから、サイトも意図的に関わりを避けようとした。
しかし、シエスタは
「今日は少し冷えます。どうぞ、こちらへいらしてください」
「え、いやでも……」
「どうぞ、遠慮なさらず」
シエスタはそう言って、自分の部屋に案内してくれた。
地球にいたころでも、サイトは自分と同世代の少女に部屋に招かれたことはない。
しかし、シエスタはサイトを毛嫌いするどころか、献身的に助けてくれた。
シエスタはサイトのために料理をし、ルイズから与えられた雑用を手伝ってくれ、話し相手にもなってくれた。
サイトにはそれが疑問だった。
サイトはシエスタに尋ねた。
「君はどうしてそんなに優しくしてくれるんだ? おれは平民なのに」
「私も平民ですし。それに困った人を助けるのは当然のことですから」
シエスタはそう言ってほほ笑んだ。
サイトにはシエスタの優しさが沁みた。もし、自分が勇者であったなら、命を賭けて守りたいと思った。
シエスタの優しさがあったから、偉そうな貴族たちに無視されても、こうして前向きに1か月を生きることができた。
孤独に心が折れそうになっても、シエスタがいてくれたから、サイトは前を向くことができた。
サイトはそんなシエスタのために生きたいと思うようになった。
シエスタはトリステイン魔法学院でメイドとして働いている。ここから推定350キロ以上離れたタルブという村から住み込みで働きに来ているのだという。
シエスタはメイドとして働いているので、メイジでも貴族でもない。サイトと同じ身分だった。
それだけに、シエスタも苦労しているようである。
サイトが貴族から冷たくされるのと同様に、シエスタも貴族のめちゃくちゃに振り回されていた。
サイトがシエスタの働く売店を訪れると、シエスタは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「あのさぁ、このハーブティー、以前と味が違うんだけど、どうなってんだい?」
「まことに申し訳ありません。ただちに淹れ直します」
「淹れ直しで済むと思ってるのか? 僕の貴重な時間を奪っておいて」
傲慢な男子生徒がクレームをつけ、シエスタが対応しているところだった。
男子生徒はむちゃくちゃを言いながら、バラの花を口にくわえた。ずいぶんとキザな男だった。
「大変申し訳ありませんでした」
「それに、このまずいハーブティーを一口飲まされたんだ。わかるかい? この僕がお前のようなゴミ平民に苦痛を与えられたんだ。わかってるのかい? 僕のお父様に知れたら、君は処刑だよ?」
「本当に申し訳ありません。どうかお許しください」
見たところ、いいところのボンボンがむちゃくちゃな言いがかりをつけているだけだった。いわば、モンスタークレーマーだ。
しかし、身分差があるので、シエスタはむちゃくちゃとわかっていても、頭を下げるほかなかった。
「そうだな、許してほしければ、いますぐ脱げ」
「え?」
「えじゃないよ。脱げと言ったんだ。全裸で公然の前で、私は罪深い愚かな平民ですと反省の弁を述べるんだよ」
男子生徒はさらにむちゃくちゃなことを言い始めた。ここまで来たら、さすがにセクハラだ。
しかし、この世界にはそんな概念はない。貴族は平民を殺しても罪に問われない。
サイトはコルベールから法律書を授かっていたので、サイトもこの世界の法律の知識が少しだけあった。
本当に、貴族は平民を殺しても罪には問われないのだ。
もっとも、トリステイン魔法学院には、「身分の差に基づくいかなる差別も禁じる」「傷害行為はその身分にかかわらず禁じる」という規則がある。
しかし、あくまでも規則。法律という秩序の最高峰は、貴族は平民を殺しても、強姦しても罪に問われない。
だから、シエスタは逆らえなかった。
「わ、わかりました」
シエスタは悲しみと羞恥の表情を浮かべながらそう答えた。その目には涙が浮かんでいた。
それを見ていたサイトの目には怒りの炎が灯った。
サイトはシエスタと男子生徒の間に割って入った。
「おいてめえ」
サイトは男子生徒をにらみつけた。
「おや、君はたしかミスヴァリエールの使い魔の平民。そんな目を僕に向けてどういうつもりかね?」
「喧嘩売ってんだよ。わからねえのか?」
「喧嘩? 平民の君が僕に?」
男子生徒はおかしそうに笑った。
「僕が貴族とわかっての言葉かね?」
「ああ、貴族かなんか知らねえが、こっちはそんな身分のない世界から来たもんでね」
「なんという愚かな平民か」
「平民だろうが何だろうがどうでもいいんだよ。あのな、茶の味が気に入らないからって女の子に言いがかりつけるやつは平民以下、馬の糞以下のゴミなんだよ」
サイトは怒りに任せて言った。
それに対して、男子生徒はやれやれと言った表情を作った。
「どうやら、君は自分の立ち位置がわかっていないようだ。ミスヴァリエールから貴族に対する振舞いを教えてもらわなかったのかね?」
「あいにく、主はおれを犬としか思ってないみたいなんでな」
「良かろう」
男子生徒はバラの花を手に取った。
「貴族の情けだ。僕が君に貴族に対する振舞い方というやつを教えてやろう」
「そいつはいい。ぜひ、教えてくれ」
「まずは地べたに頭をつけるんだ。そして、涙ながらにこう言うんだ。『申し訳ありません、ギーシュ・ド・グラモン様。私は愚かな平民です。あなたの下僕になるからどうかお許しください』とな」
男子生徒はサディスティックな表情でそう言った。その後、すぐに男子生徒は自分の持っているバラの花に息を吹きかけた。
すると、花びらの一部が鋭い棘に変化し、サイトの目に襲い掛かった。
それは紛れもなく魔法だった。攻撃を受けたのは目だったが、どこか全身が脱力して立っていられなくなった。
サイトは目を抑えて、先ほどギーシュが言ったように地べたに頭をつける形になった。
「サイトさん!」
シエスタは腰を下ろして、サイトの背中に手を置いた。
「ふむ、平民にはそれがお似合いだ」
ギーシュはそう言って得意げに笑った。
サイトは目に突き刺さった棘を取り除くと、ギーシュを見上げた。
「てめぇ……」
「その目はまだわかっていないようだね。今度はどんな仕打ちを受けたいのかね?」
サイトは立ち上がろうとしたが、魔法の力なのか、体が痺れて来た。まったく動くことができなくなった。
サイトの様子を見て、シエスタはギーシュに懇願した。
「お願いします。もうやめてください。すべての責任は私が取りますので」
「そうだ、それでいいのだ。では、当初の予定通りだ」
「わかりました……」
「待て……」
サイトは痺れた体を叱咤激励して立ち上がると、ギーシュの前に立った。
「まだ僕に歯向かうのかね? まったく聞き分けのない平民だ。これだから、平民というのは始末に置けない」
ギーシュは飽きれたようにそう言った。
そんなギーシュをサイトは力強くにらみつけた。全身が麻痺する中、怒りの感情がサイトの体を支えていた。
シエスタはそんなサイトの肩を支えていたわった。
「サイトさん、無理しないでください」
「ありがとう。でも、心配するな。おれは問題ねえ。いや、むしろ今までで最高に気持ちが高ぶっている」
サイトはシエスタの優しさがうれしかった。この世界に来て、自分に優しさをくれる人が少なかっただけに身に染みた。
その優しさに応えなければならないという思いが、サイトに大きな力を与えた。
サイトは一歩前に出た。
「じゃあ、おれも平民の挨拶ってやつを教えてやるよ」
サイトはそう言うと、体の痺れを振り払い、全力で右の拳を振るった。
麻痺しているとは思えないほどの鋭い拳だった。
それはキザなギーシュの顔面をしたたかに捉えた。
サイトの怒りのこもった拳は魔法の一撃にも劣らない威力を発揮した。
ギーシュは後ろによろめいて転倒した。
ギーシュの表情からは一瞬で余裕が消え失せた。
ギーシュは顔を押さえながら立ち上がると、不気味に笑った。
「はははは。驚いたな、平民の拳を受けるなんて前代未聞だ……」
ギーシュの笑みには怒りがこもっていた。
「どうやら、本気でわからせなければならないようだな」
「はっ、何をわからせるんだ? 貴族だか何だか知らねえが、調子に乗ってんじゃねえぞ」
サイトは再び、拳を構えた。先ほどの一撃で、自分の拳が十分通用することがわかった。サイトの戦意も自然と高まった。
「教えてやろう、平民の無力さ、貴族の力」
ギーシュはいつものヘラヘラした表情から真顔になった。
ギーシュは真顔でバラの花を振るった。
サイトは貴族の力を身を持って知ることになる。
ギーシュは土系統の魔法の中でもランクの高い「ワルキューレ召喚」を行った。
土系統三大魔法「ゴーレム召喚」「アースクエイク」「メタルバースト」のうち、ゴーレム召喚の一部分に当たるのが「ワルキューレ召喚」だ。
ギーシュはワルキューレを召喚すると、サイトへの攻撃を命じた。
ワルキューレの一撃。
鉄の拳がサイトの腹に撃ち込まれた。
サイトはこれまでに感じたことのない強い衝撃を覚えた。
喧嘩好きのヤンキーの一撃ではない。
自転車に突っ込まれたものとも違う。
それはちょうど車と激突したような衝撃。
サイトは売店の外へと転がり落ちた。
「サイトさん!」
一瞬、シエスタの悲壮な声が耳に届いたが、そのあとは何も考えられなかった。意識が遠のいていくのがわかった。