翌朝になって、サイトは目を覚ました。
ほぼ丸一日の間眠っていたことになるが、ワルドの手加減が絶妙だったのか、体に影響はまったくなかった。
サイトはいつもの朝を迎えるように目を覚ました。
「朝日が眩しい……」
サイトは立派なカーテンの隙間から差し込んだ光をいつも以上に眩しく感じた。
「おう、相棒。目覚めたか、ずいぶん長く眠っていたから、心配で夜も眠れなかったぜ」
言いながら、デルフリンガーは大きなあくびをした。
デルフリンガーは剣なのに、眠るときは人間と同じように眠る。
「そんなに長く眠ってたのか?」
「おうよ、丸20年だ」
「20年? まさか?」
「もちろん、冗談だよ」
「バカみたいな冗談を言うなよ」
言いながら、サイトは隣で椅子に座ったまま眠っていたルイズを見た。ルイズはまったく歳を取っていなかったから、せいぜい経過した時間は数日とわかった。
丸一日眠ったことで、サイトの心も落ち着いていた。素直にワルドを尊敬できた。
「すげえ強かったな、ワルドさん」
サイトはワルドを尊敬するように言った。
「なんでえ、相棒。負けたってのにずいぶんとさっぱりしてんのな」
「そうだな。あそこまで強いとな。尊敬に値するよ」
サイトの手にはまだワルドとの戦いの感触が残っていた。
魔法の詠唱は早く、魔法の精度は高く、すべての動作が素早く、何よりも冷静だった。
力任せに剣を振り回すサイトを完全に翻弄した。
「あんなに強い貴族なら、ルイズの婚約者としても認められるよ。いや、おれが決める話じゃねえんだが。というよりも、ルイズにはもったいないぐらいだよな。いや、マジで強かった。二度と戦いたくねえ」
サイトは体に受けた電撃の感じを思い出すと、ワルドが味方であったことを頼もしく感じられた。
「あの貴族は魔法衛士の隊長らしいぜ。魔法衛士と言ったら伝統ある凄腕のメイジが集う軍隊だ。そりゃあ、いまの相棒じゃそのトップのメイジには敵わなくて当然よ」
「いまのおれか……しかし、勝てるようになる日が来るとはとうてい思えないな」
「相棒はまだ専門的に戦いを学んだことがないんだろ? なら、強くなるのはこれからよ。いまの相棒はまだセンス任せの剣でしかねえ。もっと場数を踏まねえとな」
デルフリンガーは相変わらずぺちゃくちゃとしゃべった。
大きな声で話すので、ルイズも目を覚ましたようだった。
「あ、目を覚ましてたの?」
「いまさっきな」
「そう」
ルイズはホッと安堵の胸をなでおろした。しかし、次の瞬間、いつものツンツンした表情になった。
「まったく、ほんとにあんたはいつも迷惑ばかりかけるんだから。看病するのは私なんだからね、ちょっとはそういうところまで考えなさいよね」
「悪かったよ。でも、おれは一応被害者だぜ」
「まあ、たしかにワルドも大人気なかったとは思うけど、だいたいあんたが棄権すればよかったのよ。あんたがワルドに勝てるわけないんだから。ちょっと剣が使えるからって調子に乗るんじゃないわよ」
ルイズはそう言って強く非難した。
いつものサイトならいくつか言い返したかったが、いまのサイトは熱くならなかった。
「ルイズ、お前の言う通りだよ。正直、天狗になってた。剣を握れば、誰にでも勝てると舞い上がってた。上には上がいるってことは思い知らされたよ」
サイトは素直に自分を反省することができた。本物の力を持つワルドだったからこそ、くやしいという気持ちもなくなり反省できた。
「そ、そう。いつもそう素直だといいけどね」
ルイズはいつもと調子の違うサイトにやりにくさを覚えた。
「ルイズ、あのワルドさんの婚約者って話だったよな?」
「まあ、そうだけど、それが何よ?」
ルイズは少し言葉につっかえた。
ワルドと結婚するという事実、本来なら喜ばしいことのはずなのに、いまのルイズは少しその結婚に不安を覚えていた。だから、素直に言葉が出て来なかった。
「よくあんなすげえ貴族と婚約できたな。正直、お前にはもったいないぐらいだからよ」
「どういう意味? 私がろくでもない女だって言いたいわけ?」
「そうじゃねえって。でもすげえ強さだったからよ。あんな強い貴族なら他に相手がいなかったのかなと思ってよ」
サイトはワルドのあの強さと風格があれば、世界中のどの女性もゲットできると思った。それがなぜルイズなのだろうかというのは自然な疑問と言えた。
「お父様が決めた結婚だからよ。許嫁ってやつよ」
「そうか。そりゃついてたな。あれ以上の男はどこを探しても存在しないと思うぜ」
サイトはいま心からワルドのことを尊敬していた。
サイトにとって、初めて尊敬できる大人との出会いだった。
地球にいたころ、サイトは学校で出会ったどの教師にも尊敬の心を覚えることがなかった。尊敬どころか、かっこ悪いと考えていた。
だから、サイトはこれまでずっと気の抜けた人生を歩んできた。
しかし、本物に出会った。ワルドと剣を交えて、初めてそのような大人になりたいと思うようになった。
ルイズよりも、サイトのほうがワルドに惚れていた。
◇◇◇
ややあって、ワルドが病室にやってきた。
サイトが目を覚ましたのを知って、ワルドは穏やかな笑みを浮かべた。
「サイト君、目を覚ましたか。よかったよ。しかし、申し訳なかったね、君をこのように傷つけてしまうのは不本意な結果だった。つまり、あの決闘は僕の負け」
ワルドは不思議なことを言った。
普通なら圧倒的にサイトの勝利したのだから、圧倒的勝利だ。しかし、ワルドは自ら負けを認めていた。
その謙虚さがまたかっこよかった。
サイトはベッドから起き上がると、ワルドの前で土下座をした。
「あの、ワルドさんにお願いがあります。おれを……弟子にしてくれませんか?」
「ん?」
「おれも強くなりたいと思ったんです。おれは一応ルイズの使い魔ですし、強くなって大切なものを守れる強さを手に入れたいんです」
サイトは「大切なもの」と言った。それがルイズなのかそれ以外のものなのかは、サイトにもまだわかっていなかった。
「よろしくお願いします」
サイトは生まれて初めて、人に頭を下げた。このように土下座をすること自体、人生で初めてだった。ずっと、こうして頭を下げることがかっこ悪いことだと思っていたが、そうではないことを悟った瞬間でもあった。
すると、ワルドは笑みを浮かべて言った。
「そうだな、このままルイズの使い魔としてあるなら、命に換えてもルイズのことを守ってもらう必要がある。むろん、私もルイズのことを命をかけて守るが、より万全を期すなら、サイト君にも高みの騎士になってもらわないといけない」
サイトは顔を上げた。
「良かろう、私が君にメイジの戦い方を教えてあげよう。君のその思いとセンスがあれば、私以上の戦士になれるだろう」
「よろしくお願いします!」
サイトはワルドの弟子になれたことを心から喜んだ。
二人のやり取りを見ていたルイズはどこか自分が蚊帳の外にいるような気分になった。
ワルドもサイトも自分のために強くなろうとしてくれている。しかし、ワルドは自分のことを心から愛してくれているような気がしなかったし、サイトも自分以外の何かを守ろうとしているように思えた。
ワルドは婚約者、サイトは使い魔。本来はどちらもルイズのためにある存在のはずが、いずれもルイズの蚊帳の外にいた。
◇◇◇
今日は、アンリエッタ女王がヴァリエール家を訪れることになっていた。
パレードに忙しいアンリエッタだが、ヴァリエール家を訪れることを楽しみにしていた。
パレードは気を遣う。不特定多数の国民に対して顔を見せるというのは神経が磨り減ることだった。
しかし、アンリエッタにとって、ルイズは幼馴染であり、気を遣わず接することができる親友だった。
予定では、アンリエッタ一行はルイズの家で会食することになっている。約3時間、ルイズの家に滞在することになる。
アンリエッタは久しぶりにルイズに会えることを楽しみにしていた。
アンリエッタ一行を迎えるということで、ルイズの家では、忙しく会食の準備が進んでいた。
サイトはワルドと共に護衛の任務にあたることになった。
ルイズの家と言えども、女王陛下が時間を過ごすとなると、かなり警備が厳重になる。ヴァリエール家の兵士らも近くにならず者が暗躍していないかのパトロールに駆り出された。
右派はアンリエッタの暗殺を宣言しており、警備を厳重にすることに越したことはなかった。
ワルドはサイトを連れて、ヴァリエール家の周りをパトロールした。
ワルドは戦士としての心得をサイトに話した。
「戦士にとって最も重要な心得は、正義の心だ」
「正義の心?」
「そうだ、正義とは自分の守るべき義に忠実にあること。サイト君の場合は、ルイズが正義そのものだ。使い魔にとっての正義とは、主の命令に忠実であること」
「なるほど。となると、おれは正義の心の無い使い魔だったかもしれません。ルイズにはよく反論してましたから」
「ははは、それは仕方がないことだよ。サイト君は人間。獣と同じようにはいかないさ。人間は命令に背くことができる。愛する国を裏切ることだってできる。自分の願望のために、ありとあらゆるものを腹黒く利用しようとする。それが人間の強さでもあり弱さでもあるんだ」
サイトはワルドの言葉の1つ1つから重みを感じ取っていた。ワルドの言葉は学校の先生の説教とは比べ物にならないほどの重みがあった。
「サイト君は獣とは違う。主を裏切ることだってできる。誰か別の何かに忠誠を誓いたくもなる。ある意味、そうした悩みが人を強くする。本当に強い人間は意志の定まった狂戦士ではなく、常に迷いと葛藤と戦う弱き心を持つ者なんだ。私もこれまで多くの人を見て来た。迷いを持つ人間ほど厄介で強い。だから、サイト君もその迷いを捨て去ってしまってはいけない」
「……」
ワルドの最後のその言葉だけ、サイトは暗黒に満ちた言葉のように感じた。
◇◇◇
昼になり、アンリエッタ一行はヴァリエール家に到着した。
サイトはワルドと共に、一行を迎える兵士として出向いた。
サイトはこのときはじめてアンリエッタ女王を目にした。
馬車から出て来たアンリエッタを見たサイトは、その美しさに目を奪われた。
「何やってる、サイト。敬礼だ。剣を胸に」
「あ、すみません」
隣にいた兵士に注意されて、サイトは敬礼でアンリエッタの花道を作った。
アンリエッタはその花道を進んだ。サイトはアンリエッタの横顔をずっと見ていた。
美しさに惹かれただけではなく、同時に女王としての神々しさとは対極にある人間味にも惹かれていた。
高貴な存在としての風格に交じる「年頃の女子高生の心」とでも表現できる心が混じっていて、サイトにはそれが強調された。
アンリエッタはルイズの家に入ると、さっそくルイズと面会した。
「ルイズ!」
「女王陛下、お会いできて光栄でございます」
ルイズは女王陛下を前にしてへりくだった。
「やめて、ルイズ。あなただけはそのようにしないで、お願い」
「ですが女王陛下……」
「お願い、女王の命令と思って」
アンリエッタは跪いていたルイズの手を取って立たせた。
「わかりました、姫様。でも、女王になったのなら、女王らしくしなくちゃ」
「でも、ずっとそうしていると心がおかしくなりそうになるの」
アンリエッタはルイズにそのように悩みを打ち明けた。このような悩みはルイズにしかこぼすことはできなかった。
「アンリエッタ女王、どうぞこちらの席へ」
案内に言われて、アンリエッタは女王としての顔に戻った。