パレード中のめでたい席だったが、アンリエッタの会食はどうしても政治の話で持ち切りになった。
ヴァリエール家はアルビオンへの連絡地の1つであるから、特にアルビオン情勢にはすべての者が感心を寄せていた。
「女王陛下、アルビオン国内の内戦は激化の一途をたどっていると聞いております。このままではトリスタニアも無事では済まないことでしょう。この先、アルビオンとどう関わっていくのか、方針をお伺いしてもよろしいですか?」
ルイズの父親はアンリエッタに尋ねた。ヴァリエール家の頭首ともなると、女王であるアンリエッタにも勝るとも劣らない地位だった。
とはいえ、アンリエッタにパレード中に尋ねるようなことではなかったので、ルイズの母親が制止した。
「あなた、このような場でそのような話をするのはよろしくないですわ」
「そうだったな。申し訳ない、家を守る責任を抱えているゆえ、どうしても気になってしまった」
「いえ、アルビオンの問題はとても重要な問題ですから」
アンリエッタはそう言って、ルイズの父親の質問に答えた。
「トリスタニアとしての姿勢はまだ議論の最中ですが、私は少なくともアルビオン政府を支持し続けるつもりです。反政府軍は反人道的な活動を続けていますし、ゲルマニアからも資金援助を受けています。もっとも、ゲルマニアは公式にはそのことを否定していますが」
「しかし、アルビオン政府の戦力は芳しくないと聞いています。政府が陥落すれば、いよいよその牙はトリスタニアに向かうことになりませんか?」
ルイズの父親はそう言いながら、遠まわしに「おれは反政府軍を支持する。だから、方針を変えてくれ」という圧力をアンリエッタにかけていた。
アンリエッタはその圧を感じていた。
トリスタニア政府はトリスタニアの名家から資金援助を受けて成り立っているので、彼らの言動は尊重しなければならない立場だった。
それに、ヴァリエール家はトリスタニアの大黒柱である。万が一にも陥落したり、アルビオン反政府軍に占領されるわけにはいかない。
そんな重要なヴァリエール家の頭首の言葉を尊重しないわけにはいかなかった。
さらには、相手はアンリエッタにとっては無二の親友であるルイズの父親である。
ことさら、その言葉には重みがあった。
しかし、アンリエッタはそれでもアルビオン政府を支援し続けるつもりだった。
それは政治的な問題もあるが、背景には私的な思いもあった。
アンリエッタが王女だったころ、加えて反政府軍がまだ攻勢を強めていなかったころ、アンリエッタはアルビオン政府の皇子であるウェールズと面会したことがあった。
そのころ、アンリエッタはささやかな失恋の最中にあった。
アンリエッタはひそかに魔法衛士隊長を務めるワルドに恋心を抱いていたが、ワルドはルイズの親友。アンリエッタはルイズのためを思い、ワルドへの思いを封印した。
そのため、アンリエッタは気落ちした日々を送っていた。
そんなときに、ウェールズと出会った。
「アンリエッタ王女、お会いできて光栄です」
ウェールズはアンリエッタと同い年。いずれは国を引き継ぐことになるという立場も同じだった。
「こちらこそ、光栄です、ウェールズ皇子」
「堅い話はここまでにしよう。僕は昔から王族の所作は苦手でさ。こっちに景色のいいところがあるんだ。良かったら、一緒にどうかな?」
「はい、お願いします」
ウェールズはアンリエッタと似ているところがあった。どちらも、積極的には王位を継承したくなかった。もっと自由にあちこちを旅したりするなど、自由を謳歌したいという思いを持っていた。
しかし、王族に生まれた者の定め。その運命から逃げることはできなかった。
そんな中、ウェールズのささやかな現実逃避は政府皇室から覗く湖の景色だった。
「まあ、とっても素敵な湖」
「トリスタニアの有名なラグドリアン湖に比べるとちっぽけだとは思うけど」
二人は湖を見つめた。
ウェールズは人の心情を察する能力に優れ、アンリエッタの笑顔が空元気であることをすぐに悟った。
「気分を落ち込んだときは、こうやって手を広げてみて」
「え?」
「いいから」
ウェールズはそう言って微笑みかけた。
「この世界の大いなる存在がいつも僕たちのことを見守ってくれている。時には罰を与えることもあるけれどね。大いなる存在に誓うんだ。我が人生、持てる限りの博愛の精神で民に尽くしますと」
ウェールズは見えざる何かをまっすぐ見つめていた。
アンリエッタもその方向に目を向けた。
何も見えなかったが、ウェールズの言葉の1つ1つがアンリエッタの心には良い影響をもたらした。
「どんなに辛いときでも大いなる者が力を貸してくれるよ。たとえ、地獄の底のように混沌としていても、僕たちの魂は時間をかけていつか安寧の地へ捧げられる」
アンリエッタはウェールズの言葉で、心に光を得た。非現実的な宗教じみた内容だったが、アンリエッタにも大いなる者が見えるようになった。
アンリエッタはそれからウェールズに好意を寄せるようになった。
その好意がアンリエッタに頑なな決心をもたらした。
本来、私情を政治に持ち込んではならない。アンリエッタもそのことはよくわかっていた。
しかし、自分のウェールズへの思いがアルビオン政府支持の決断を支えていることは否定できないことだった。
アンリエッタは自分の恋心のために、民を危険にさらしていることを自覚していたが、それでもその思いを断ち切れなかった。
右派の言う通り、反政府軍を支持したほうが得策なのかもしれない。しかし、それはウェールズを裏切ることになる。
民の安全と繁栄かウェールズへの恋心か。
アンリエッタは女王としてではなく、一人の女性として厳しい選択を迫られていた。
「どうすれば……」
会食を終えて、馬車に戻ったアンリエッタはかつてウェールズに教わった方法で手を広げて、大いなる者を見つめた。
「私はどうすればいいのでしょう?」
そうつぶやくと、窓からルイズが顔をのぞかせた。
「姫様。私は姫様が創るトリスタニアを愛しています。何か力になれることがあればいつでもおっしゃってください」
「ルイズ……ありがとう」
アンリエッタはルイズのその一言で、すべての迷いを断ち切った。
やはりウェールズへの思いを優先しよう。
アンリエッタは完全にアルビオンの同盟国であり続けることを決意した。
◇◇◇
アルビオン政府はいま厳しい状況にあった。
アルビオンはトリスタニアの東の地に浮かぶ大陸のことであり、アルビオンは居間から約15万年前に大地より浮かび上がったとされている。
伝説によると、最愛の者を失った古の魔女が狂気にとりつかれ、虚無の魔法を開放。
すると、大地のあらゆる物質が風魔の力に満たされ、大地からめくり取られ、上空へと舞い上がったとされる。
その後、風系統の魔法に優れる者たちが、グリフィンやドラゴンを使い魔にし、アルビオンに上陸。そしてそこで住むようになった。
アルビオンは風の恩恵をどこよりも受けることができる。
風に封印された魔石が結晶化された「風石」は貴重な魔石の1つとされる。
風が結晶化する条件は厳しく、どの国でもなかなか風石を採集することができなかった。
ところがアルビオンでは雨が降るように、風石が蓄積するため、アルビオンは風石のメッカとなった。
それだけに争いもし烈。風石がより多く積もる場所は、メイジらの間で奪い合いとなり、その結果、多くの血が流れた。
アルビオンはもともとトリスタニアとゲルマニアが国土を主張し合う大陸だった。
今から約50年前に、いまのウェールズの父親が「アルビオン皇国」としてアルビオンの完全独立を宣言。トリスタニアもアルビオン皇国を正式に認める形でようやく平和な時を迎えた。
だが、それは長く続かなかった。アルビオン皇国を認めない「レコンキスタ」が立ち上がり、今ではその戦力はアルビオン皇国を超えている。
こうなった背景には、トリスタニアの優柔不断がある。
トリスタニアは平和を象徴する国家。他国に軍事的な支援を行うことには後ろ向きだった。
そのため、アルビオン皇国の同盟国でありながら、支援は難民の保護程度であり、軍事的な介入はほとんどしなかった。
そこをガリア王国やゲルマニアがつけ込んだ。ガリア王国は王政分離問題で今でこそアルビオンとは距離を取っているが、かつては積極的にドラゴンやグリフィンを派遣してレコンキスタを支援した。
ゲルマニアもゲルマニアを代表する幻獣「サラマンダー」を積極的に派遣して、レコンキスタを支援した。
こうして、レコンキスタは力を高め、アルビオン皇国を上回るようになった。
いま過激な内戦が繰り広げられるまでになった。
皇太子の地位を引き継いだウェールズはいま苦しんでいた。
「ウェールズ皇太子、西アルビオンの風石鉱山が完全にレコンキスタに占領されたという報告がありました」
「そうか……」
ウェールズはいずれそうなるだろうという思いで、伝令の話を聞いていた。
「風石は我々の資金源。そこが陥落したとなると、皇室の陥落も間近。ウェールズ皇太子、どうか亡命をお考え下さい。アンリエッタ女王政権下のトリスタニアなら亡命を受け入れてくれるはずです」
「バカ……どうして、僕に国を見捨てることができようか」
ウェールズはそう言って笑みを浮かべた。
「ウェールズ皇太子……」
「僕の命はアルビオンと共にある。最後まで誇りをかけて戦うつもりだ」
「我々も同じ気持ちです」
ウェールズ政権の結束力は強い。レコンキスタはウェールズ周辺の要人を金で買収しようと試みていたようだが、誰も屈しなかった。
彼らは国の終焉のその時までアルビオン皇国に魂を捧げるつもりだった。
ウェールズは立ち上がると両手を広げた。
「大いなる者よ、僕の魂はアルビオンと共にあります」
ウェールズはそう言うと、腰にあった剣を引き抜いた。
「我が身のすべてを賭けよう」