ゼロの使い魔 ルートシエスタ   作:やまもとやま

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22、女の意思

 アンリエッタのもとに、密書が届いたのは、パレードが終わってから5日後のことだった。

 その密書は公式に届けられたものではなく、ウェールズの使い魔がひそかにアンリエッタの部屋に忍び込んで、アンリエッタに直接渡したものだった。

 

 ウェールズの使い魔は、ケルベロスだ。特にアルビオンに古くから「眠れるケルベロス」として存在する特別な種類だった。

 それは普段、姿を見ることができない。警戒心が強く、透明になる性質がある。

 

 アンリエッタが一人になったところで、ウェールズの使い魔はその姿を現した。

 アンリエッタの目の前に突如、ケルベロスが姿を現した。アンリエッタの背丈と同じほどの小さなケルベロスだった。3つの顔を持っていて、それぞれが個性的な目つきをしていた。

 

 アンリエッタはウェールズの使い魔のことをよく知っていたので驚かなかった。

 

「ハルパール」

 

 アンリエッタはウェールズの使い魔の名前を呼んだ。

 

「アンリエッタ女王、このようなぶしつけな方法で面会することになって申し訳ない」

「ウェールズ皇太子の身に何かあったのですか?」

 

 アンリエッタは真顔で尋ねた。

 アルビオンはいま内戦の影響でほとんどの国と外交を閉ざしている。トリスタニアとは同盟国だが、ウェールズは今回の内戦が激化することを予想して、アンリエッタに迷惑をかけまいと自ら、トリスタニアとの外交筋を絶っていた。

 そのため、アルビオン政府とのやり取りは公式にはできなかった。

 

 トリスタニアにしてみても、右派はアルビオン政府と距離を置くようにと圧力をかけていたので、それを配慮してアルビオン政府と密接に連携するわけにはいかない事情があった。

 

 そんな事情の中で、ハルパールはアンリエッタに密書を渡した。

 

「主の命で手紙を届けに来た」

 

 アンリエッタはハルパールの右側の顔がくわえていた1枚の手紙を受け取った。

 アンリエッタはすぐにそれに目を通した。

 

 ◇◇◇

 

 アンリエッタ女王へ

 

 このような形でしか祝福できないことを許してほしい。

 女王即位おめでとう。

 君の強く、優しく、凛々しいその心があれば、トリスタニアは今よりもずっと美しく輝けるはずだ。

 

 トリスタニアの美しい自然も、立派な人々も、大いなる者の加護も、君の味方だ。

 

 だから、その思いのままに進むといい。僕もいつでも君のことを想っている。

 

 空を見上げてごらん。そこには君がいる。僕もいる。

 大いなる者が、この悠久の距離を縮めてくれる。

 

 僕も大いなる者に誓い、アルビオンを守りにくつもりだ。

 

 いつか、もう一度出会えたならば、僕はこの胸の内を告白しよう。

 

 ◇◇◇

 

 ウェールズの文言には、どこか焦りや悲壮感が漂っていた。

 平和な世界の中心で、安らかな心のままで書かれたものではなく、混沌と苦しみの中で書かれた文章のように読み取れた。

 

 アンリエッタはその手紙だけで、ウェールズの立場の危なさを理解した。内戦の激化が深刻ということは伝え聞いていたが、現場は本当に追い詰められているようだった。

 

 アンリエッタはいても経ってもいられなくなった。

 空を見上げると、いつもの美しい夜空が広がっていたが、そこにウェールズの姿がないように思えた。

 

 アンリエッタはすぐに机に向かうと、いま自分の思いを手紙に書きだした。

 考えることなく、心に浮かんでくる思いを文章にした。

 

「ハルパール、どうかウェールズにこれを届けてくれませんか?」

「申し訳ない、アンリエッタ女王。私はまもなく消え、この場所からいなくなります。私の実体はアルビオンにあるゆえ……」

「そうでしたか……」

 

 アンリエッタは息をついた。しかし、この手紙を絶対に届けなければならなかった。

 それは女王としての政治的なものではなく、個人的な恋文。そんなものを公式にウェールズのもとに届けることはできない。

 ひそかにウェールズに届けなければならなかった。

 

 しかし、アンリエッタには、ハルパールのような密書を届けることができるような使い魔はいなかった。

 アンリエッタの杖には、とある使い魔が封印されているが、それは密告者には向かないものだった。

 

「アンリエッタ女王、最後に主の伝言を。風は吹いている。君を後押しする勇気の風が」

 

 ハルパールはその言葉を残すと消え去ってしまった。

 

「風……」

 

 アンリエッタはこの恋文を届けてくれる唯一の人物のことを想い浮かべた。

 

 ◇◇◇

 

 ワルドはアンリエッタに呼ばれて部屋に向かった。

 

「お呼びでしょうか、女王陛下」

「どうぞ、お入りください」

 

 アンリエッタの許可を受けると、ワルドは手を使って丁寧にアンリエッタの部屋の扉を開いた。

 アンリエッタは椅子に腰かけて、窓越しに星空を見ていた。

 

 アンリエッタはワルドのほうを見ると微笑みかけた。ワルドは一礼した。

 

「用件をお伺いします」

 

 ワルドはアンリエッタのもとに跪いた。

 

「ワルド、聞いてください。これは女王の立場から、あなたに依頼する仕事ではありません」

「……?」

 

 ワルドは怪訝な顔を上げた。

 

「これはあなたが拾った1枚の文」

 

 アンリエッタはそう言うと、先ほど書き上げた1枚の封書を取り出した。

 

「宛名はウェールズ皇太子」

「……非公式の文書ということですか?」

「文書なんてものではありません。破り捨てたところでトリスタニアがどうなるというものではありません。ですが、私にとってはトリスタニアの命運よりずっと大切なもの。一国を治める者として不適切な言葉かもしれませんが、それはあなたがルイズに抱く思いと同じなのです」

「……」

 

 ワルドはアンリエッタの胸中を察してうなずいた。

 

「あなたもルイズのことを愛しているのでしょう?」

「彼女は一応許嫁ですから」

「一応? 一応なのですか? ルイズのことを心からは愛していないのですか?」

 

 アンリエッタは強気に問い詰めた。

 

「いえ、そういうことではございません」

「ごめんなさい、ワルド。あなたはトリスタニアを守る使命を持った身。その使命に忠実なことは素晴らしいことだと思います。でも、私は人が人としての感情を犠牲にしてでも使命に忠実になることは適切ではないと思っているのです」

 

 アンリエッタは空のほうに目を移した。

 

「ルイズのためなら、トリスタニアを捨てて外国に亡命する。ワルド、それが男としての使命ではないでしょうか?」

「……そうかもしれません」

「別にあなたを困らせるつもりはありません。でも、私も女王として以前に一人の人間。あなたがルイズを愛するように、私も人間として人を愛したいのです。それはわがままでしょうか?」

「いいえ、女王陛下のおっしゃる通りだと考えます」

「ありがとう。それにね、ワルド」

 

 アンリエッタは立ち上がった。

 

「ルイズは私の一番の親友。女王としてではなく、親友としてあなたに忠告します。ルイズを不幸にすることがあれば、私が許しません」

 

 アンリエッタはお節介な仲人のような態度でワルドに言い聞かせた。

 

「お約束します。私は命に代えてもルイズを幸せにしてみせます」

「そう、それなら安心したわ」

 

 アンリエッタはもう一度椅子に座った。それから自分の用意した手紙を見つめた。

 女王としてこれを破り捨てるか、女としてこの手紙をワルドに届けさせるか。アンリエッタは最後の最後まで逡巡したが、アンリエッタの本能が後者を選ばせた。

 

「お願い、ワルド。これをウェールズ皇太子に」

 

 ワルドは両手で丁寧にアンリエッタの手紙を受け取った。

 

「御意。女王陛下のその思い、このワルドが責任を持って届けさせていただきます」

「ありがとう、ワルド。それにごめんなさい、無茶なことを頼んでしまって」

「いいえ、これも魔法衛士としての当然の使命でございますから」

「ですが、アルビオンへ渡るあてはあるのですか? アルビオンはトリスタニアとの渡航をすべて止めているのです」

「風石の密売人ならいくらでもいます。彼らはもとから不正に両国を行き来しております。あてはいくらでもあります」

「ですが、気を付けてください。あまり無茶はしないように」

「お任せください」

 

 ワルドは自信を持ってアンリエッタの女としての命を受け取った。

 

 ◇◇◇

 

 アンリエッタの即位が終わったことで、トリステイン魔法学院も再開していた。

 ルイズらは久方ぶりに授業に出た。

 休みボケで身の入らない者も少なくない中、ルイズもその一人だった。

 

 実家に帰り1週間も暮らすと、実家ボケでなかなか授業に身が入らなかった。

 そんなルイズとは正反対に、サイトは魔法学院に戻ってからというもの、毎日、剣の訓練に余念がなかった。

 

 サイトはルイズが授業に出ている間、一人でデルフリンガーを振るった。

 

「踏み込んで、右」

 

 サイトはイメージしながら、鋭い太刀を繰り出した。

 

「相棒、毎日毎日ご苦労なこったね」

「ふう、だが一人で剣を振るっててもらちが開かない」

 

 サイトは汗をぬぐった。

 

「相棒、ワルドとか言ったか。あの貴族に本当についていくつもりなのかね?」

「ああ、ワルド師匠は本物だ」

「それはすごい惚れこみようだね。しかし、ちっと気になるな、おれは」

 

 デルフリンガーが言った。

 デルフリンガーはサイトと違って、冷静に物事を見ていた。

 サイトはワルドに憧れて、盲目的にワルドを信用しているが、デルフリンガーはワルドから感じた邪悪な力に引っかかっていた。

 あの邪悪な力は、少なくとも正義の心によるものではなかった。

 サイトも同じ力を感じていたが、ワルドへのあこがれから、そのことを忘れていた。

 

「しかし、相棒よ。あの貴族についていくってことは、魔法衛士とかいうやつを目指すってことだろ?」

「ああ、入隊試験を突破できれば、3級兵士になれるって話だ。ワルド師匠がおれならきっと突破できると言ってくれたしな」

「そうすると、この魔法学院ともおさらばってことだぜ。いいのかね? シエスタと言ったか、相棒の惚れたメイドの女」

「シエスタか。そうか、シエスタのことを忘れてた」

 

 サイトは今になってシエスタのことを思い出した。魔法学院を出ると、いつものようにシエスタに会えなくなる。

 シエスタはいま故郷であるタルブの村に帰っていて、明日魔法学院に復帰することになっていた。

 

「惚れた女のことを忘れるたぁ、相棒もどうかしてるぜ」

「別に忘れたわけじゃねえ。ちょっと意識がおろそかになってただけだよ」

 

 シエスタのことより、ワルドへのあこがれが先行していた。

 

「シエスタとも会えなくなるぜ、それでもいいのか?」

「大げさだな。一生の別れってわけでもないだろ」

「まあ、そうかもしれねえが。で、主人のことはどうするね?」

「ルイズのことか? あいつはどうせワルド師匠と結婚するんだ。なら、問題ないだろ」

「しかし相棒の主人、ここに戻って来るときも顔色が優れなかったんだよな。心からワルドってやつと結婚したいわけじゃないって顔だったぜ」

「そうだったか?」

 

 サイトはそのあたり無関心だった。

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