いよいよ、約1週間にまたがるアルビオンへの大旅行も出発を迎えた。
トリステインの最西の港町「ラ・ロシェール」からアルビオンへ入国し、もう一度ここまで戻って来る。直線距離にして約1000キロの往復。サイトの感覚からすると、大阪から東京を経て北海道まで向かうようなものだ。
当然、飛行機も新幹線もない。自分の足で歩いて行かなければならない。
もっとも、ここハルケギニアにもそれなりに優れた移動手段がある。
馬。
サイトはルイズの愛馬であるサンダーエクスプレスと向かい合った。
たしかに、このサンダーエクスプレスは時速100キロ超で走ることができるから、1000キロの距離も半日だ。
しかし、それは馬を乗りこなせたらという前提条件のもとにある。
サイトはサンダーエクスプレスに話しかけた。
「おれな、乗馬の経験がねえんだ」
サイトがそう言うと、サンダーエクスプレスは主のルイズに似ついた見下すような目を向けた。
「だから、お手柔らかに頼むぜ」
「ブルル」
サンダーエクスプレスはサイトの言葉を否定するように、顔を背けると、後ろ足でサイトを蹴飛ばした。
「いきなり蹴飛ばすな。お前はルイズか?」
「ふん」
サンダーエクスプレスはルイズそのままの態度を見せた。見れば見るほど、ルイズに見えた。ペットが飼い主に似るという言葉はハルケギニアでも通用することをサイトは悟った。
サイトがサンダーエクスプレスの扱いに苦戦していると、ワルドが馬小屋に顔をのぞかせた。
「サイト君、準備はできたかね?」
「すみません、師匠。馬がそっぽを向いて相手をしてくれないのです」
サイトは尊敬を込めて、ワルドを師匠と呼んだ。
ワルドは面白そうに口元を緩めた。
「剣の腕前は一人前だが、乗馬のほうはからっきしか。なるほど、天才らしい気質だな」
「迷惑かけて申し訳ないです」
サイトは肩を落とした。もともと、サイトは馬に乗ったこともなければ、剣を振るったこともない。あくまでも、ガンダールヴの力で剣術を身に着けているに過ぎなかった。
「心配無用だ。先ほど、協力者を申し出る者があってな。彼が協力してくれるだろう」
「協力者?」
サイトが尋ねると、ちょうどワルドの後ろから見慣れた顔が現れた。
続いて、バラの香りが漂ってきたので、目を閉じていても相手を確信することができた。
「フフフ、お困りのようだね。このギーシュ・ド・グラモンが君に慈愛の心を示そうではないか」
ギーシュはそう言うと、大げさなパフォーマンスを見せた。
「ああ? なんでお前がここにいるんだ?」
「偶然さ。清々しい朝の日を浴びていたら、あこがれのワルド子爵が降臨された。話を聞くところによると、この情勢の中、アルビオンへ向かうと言うので、ぜひ僕もお供させてくださいと申し入れたところ、快く受け入れてくださったのだ」
「というわけだ。聞くところによると、彼はグラモン家の金の卵だそうだ」
「金の卵ねぇ……」
サイトはギーシュのほうに目を向けた。ギーシュはそれらしく振舞っているが、金の卵というのは言いえて妙だった。サイトのイメージでは、ギーシュは名家のドラ息子だった。
「安心したまえ。僕の使い魔のヴェルダンデが君を目的地まで連れて行ってくれるさ」
ギーシュの背中の後ろから使い魔のジャイアントモグラであるヴェルダンデが顔を出した。ジャイアントモグラそれほど高貴な使い魔ではないが、錬金魔道士の間では重宝するいぶし銀な使い魔であるという。かなり優秀な錬金術師も、ジャイアントモグラを使い魔にしているという話だった。
「こんなモグラに乗れるわけないだろ」
「ふふふ、このギーシュ・ド・グラモンを甘く見てもらっては困るな。僕たちはコントラクトサーヴァントで高貴なる絆を獲得したのだ。見るがいい、僕たちの絆の力を」
ギーシュはそう言うと、口にくわえていたバラの花を手に取ると、華麗に振るった。
次の瞬間、ヴェルダンデは赤い光に包まれた。光に呼応して、ヴェルダンデの目が獰猛に輝きだした。
ジャイアントモグラはメガジャイアントモグラに変化した。
ヴェルダンデは馬小屋の天井スレスレまで大きくなり、先ほどまでの可愛らしい表情はなくなり、獰猛なモンスターのそれになっていた。
「うおっ、変身したぞ」
「これがヴェルダンデの真の力さ。どんな大きな鉱脈も力強く掘り進むことができるのさ」
「おれたちは地獄に行くんじゃねえぞ。空の上に行くんだぜ」
「ヴェルダンデはそこいらの馬よりも速く走ることができる。ラ・ロシェールまでは1日あれば十分だ」
巨大化したヴェルダンデはギーシュに忠実であり、さらにその戦闘能力は見るからに高そうだった。ギーシュは伊達に魔法衛士を目指しているわけではなかった。抜けたところもあるが、その気になれば、さまざまな魔法を使いこなすことができた。トリステイン魔法学院でも、ギーシュはなんだかんだ中の上の成績を収めていた。
「なかなかやるじゃねえか」
「そうだろう。ようやく僕の実力に気が付いたようだな」
ギーシュは天狗になったように鼻を高くした。
しかし、その直後に問題が発生した。
「がるがるるるるる」
巨大化したヴェルダンデは馬小屋の時計についていた装飾品に反応して興奮し始めた。ジャイアントモグラは光物を察知する力に長け、光物を見つけると、興奮する作用があった。
ちょうど、肉を前にした動物のように、ヴェルダンデは興奮した。
「わっ、コラ。ヴェルダンデ、こんなところで暴れちゃいかん」
ギーシュは必死にヴェルダンデを抑えようとしたが、飼い主の制止がまったく利いていなかった。ヴェルダンデは壁に突進を繰り返し、大きなひび割れが入った。
「おい、サイト、止めてくれ」
「やっぱ、お前、トラブルメーカーだな」
アルビオン旅行は第一歩からつまづく形になってしまった。先が思いやられる展開だった。
◇◇◇
何とかヴェルダンデを外に出して、ギーシュのアクセサリーでご機嫌を取ると、ようやくおとなしくなってくれた。
しかし、馬小屋の壁には大きなひび割れが入り、修理しなければならなかった。
「ミスタ―グラモン、困るよ。この小屋は先月改装したばかりなのに」
「も、申し訳ない。多額の寄付金に免じて許してくれたまえ」
ギーシュは小屋の管理人で、親の七光を頼りに謝った。グラモン家は魔法学院に多額の寄付を行っているので、平民でしかない管理人も強く言えなかった。
「お前、錬金のスペシャリストなんだろ? だったらちょいちょいと直せないのか?」
サイトがそう尋ねると、ギーシュは得意顔になって、バラの花を口にくわえた。
「君は何もわかってないな。魔法学院の建築はすべて、我がグラモン家が管轄する錬金魔術師連合の業により生み出されたもの。その精密な魔法構造は凡人にはとても理解できないものなのさ。見なさい、この等しく美しい曲線が織りなす見事な石材を。小さな石材1つにも精密な魔法が込められているのさ。おかげで魔法学院は決して燃えず、大地震でもびくともしない」
「こいつの突進一撃でひび割れたが?」
「フフフ、それぐらいヴィルダンデが力強いということさ。我ながら素晴らしい使い魔を従えたものだ」
ギーシュは悪びれた様子がなくなり、再び鼻を高くした。たしかに、あの怪物の突進でひび割れだけで済んだのを見ても、建物の頑丈さは本物と見て間違いなかった。
「さあ、出発だ」
ルイズを乗せてとっくに準備満帆だったワルドが声をかけた。
ワルドはここハルケギニアでは最上位のモンスターである「グリフィン」を従えていた。
ギーシュには悪いが、グリフィンはジャイアントモグラとは比べ物にならないほど高貴な存在だった。
グリフィンは時速150キロで飛べるほか、優れた機動性を持ち、地上を走っても馬よりもずっと速い。
巧みに風系統の魔法を使いこなすこともできる。
魔法衛士の隊長であるワルドはあまつさえ、そのグリフィンを完全に操ることができ、その気になれば、国を1つ滅ぼすこともできると言われている。
ワルドはルイズを後ろから抱えるようにグリフィンにまたがると、まっすぐ前を指さした。
魔法学院の門の先には、青々とした美しい自然が広がっている。
トリステイン魔法学院は東トリステインの中でも、都市部から切り離されたところにある。
それにはいくつかの思惑がある。
トリステイン魔法学院が興ったころ、トリステイン王国はまだ内戦が強く残っていた。優秀なメイジを育成する場所を都市部から切り離すことで、侵攻の的にならないようにしたというのが1つ。
もう1つは陰謀論ではあるが、始祖ブリミルが「虚無」の研究を秘密裏に行うために、王室の介在を受けにくい場所を選んだという理由。
「ルイズ、しっかり掴まっているのだよ」
「ええ」
ルイズは答えながら、後ろを振り返った。その目はワルドよりもその後ろにいるサイトの姿を最初に認識していた。