ゼロの使い魔 ルートシエスタ   作:やまもとやま

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26、守る仕事

 ラ・ロシェールはアルビオンに最も近い港町ということで、王都であるトリスタニアに負けないぐらいに栄えている。

 人口も多く、道は日暮れを迎えても人の行き来が途切れなかった。

 

 このあたりまで来ると、馬車よりもジャイアントモグラのほうが数多く道を行き交っている。ヴィルダンデもジャイアントモグラの群れに隠れて完全に目立たなくなった。

 ギーシュは後方につけていたジャイアントモグラに手を振って挨拶した。すると、そのモグラの主である貴族の男が手を振って答えた。

 ジャイアントモグラを使い魔にしている者は99%がギーシュと同じく錬金魔術を得意とするメイジである。そのため、ギーシュはラ・ロシェールの人々に強い親愛感を覚えた。

 

「サイト、この町でメイジとして働くのも乙だと思わないかね?」

「なんだよ、急に」

「ほら、ここのメイジはみな錬金のスペシャリスト。僕と馬が合うと思うんだ。そして、同じ志を持つ美しいお嬢様と恋に落ちて、手を取り合って、立派な錬成魔法工場を営むのさ」

 

 ギーシュは例によって薔薇の花をくわえて、ささやかな妄想ビジョンを語った。

 

「お前、モンモンラッシーとかいう子と付き合ってんじゃなかったのか?」

「モンモランシーだ。むろん、彼女のことを愛しているさ。しかし、彼女は水に咲く珊瑚、僕は大地に咲く薔薇。神はなんという非情な運命を用意したのだろう。僕たちは永遠に分かり合うことができないのだ」

「けっ、付き合ってらんねえぜ」

 

 サイトは一人で酔いしれているギーシュから目を背けた。

 ギーシュは小物だ。その心は立派な貴族には程遠い。しかし、ギーシュの顔は広く受けが良いため、学園でも1位、2位の人気を誇っていた。

 世の中見たくればかりだというのは地球もハルケギニアも変わらなかった。サイトは地球ではからっきしで、ハルケギニアに来てからはルイズの恩恵で剣が使えるようになって少しは周囲の目の色が変わったものの、基本的には冴えない少年の一人だった。

 薔薇の花をくわえているだけで女が寄ってくるギーシュに羨望を覚えるところがあった。

 

 しばらくゆくと、前をゆくグリフィンに搭乗するワルドが振り返り、左手を指さした。ギーシュとサイトは同時にそのほうを見た。

 

「おお、ここはラ・ロシェールで有名なミスタ―セピルマンの経営する宿「トレジャーロック」ではないか」

「なんかすげえ高級そうな宿だな」

 

 サイトは宿を見上げた。

 このあたりは小さな宿が密集する観光通りであるが、そのなかでひときわ目立っていた。

 宿の前には、剣を持った兵士が何人も徘徊していて、警備の目も厳しくなっていた。

 

 ワルドは警備の兵士に尋ねた。

 

「ミスタ―セピルマンはいるかね?」

「これはワルド様」

 

 兵士はしっかりと頭を下げて、ワルドに敬意を示した。

 

「主は炭鉱に出かけられております。レコンキスタのクーデターがあって、炭鉱労働者が30人以上犠牲になったようなのです」

「そうか、そんなことが」

「ですが、このあたりの治安は安定しております。ご利用ならば、ただちに部屋の用意をさせていただきます」

「2部屋頼めるかな?」

 

 ワルドは後ろにも客がいることを示した。

 

「了解しました」

 

 魔法衛士隊の隊長であるワルドの顔はどこでも有効だった。警備の兵士らはワルドの前にやってくると最敬礼した。

 

「ワルド隊長のお通りだ。道を作れ」

「ラジャー」

 

 兵士らはすぐにワルドのために花道を作った。

 

 ◇◇◇

 

 セピルマンはアルビオンの影響で成金になったアルビニストの一人で、アルビオン利権に預かれる前は、トリスタニアの商業組合の雇われメイジだった。

 一応貴族だが、下層貴族であった。

 セピルマンはロックとアンロックのスペシャリストであり、商業組合に所属しているときは、金持ち貴族のために金庫の管理を請け負っていた。

 

 ところが、若気の至りで、上級貴族に反抗的な態度を取ると、組合から放出された。

 やがてアルビオンに行きついて、得意のアンロックを用いた泥棒行為で食いつなぐ毎日を送っていた。

 そんなときに、アルビオンの貿易革命が起こり、アンロックとロックの魔法に長けるセピルマンは「世界一治安のいい宿」と称して、トレジャーロックを開店させた。

 どんな泥棒にも解除できないロック魔法の施錠により、上級貴族から愛され、他の宿の2倍の宿賃にも関わらず、爆発的な人気を誇った。

 

 現在も空き巣被害ゼロという安心安全の看板を掲げ続けていた。

 レコンキスタの反乱が過激になっても、財力を用いて警備兵士を雇い、うまく乗り切っていた。

 

 トレジャーロックはあらゆる魔法を通さない魔法物質で構築されている。セピルマンのロック魔法の集大成と言えた。

 ギーシュはそんな宿の壁の1つ1つに興味を持った。

 

「すごいと思わないか。この柔らかな材質でありながら、火をまるで通さないなんて、いったいどんな魔法がかけられているというのだろう。錬金のスペシャリストである僕でさえも、理解できない業だよ」

 

 ギーシュは錬金オタクの一面をむき出しにした。こうして見ると、勉強熱心な好少年に見えなくもなかった。

 そんなギーシュを置いて、サイトはワルドのもとに向かった。

 ワルドはルイズの肩を優しく抱き寄せていたが、ルイズの表情に緊張する面持ちはなかった。

 

「サイト君、疲れたかね?」

「ええ、ずっとモグラの上でしたので」

「いま部屋を用意してくれているようだ。ここのバルコニーからの眺めは素晴らしい。楽しみにしておくといい」

「はい」

 

 サイトはもう一度トレジャーロックの宿を見上げた。

 このあたりはトリスタニアに対して、標高700mに位置する。

 ラ・ロシェールにたどり着くまでに何度か緩やかな勾配を経験したが、それが積もりに積もって、700mにもなっていた。

 

 トレジャーロックのバルコニー側は切り立った崖になっており、見晴らしがいい。アルビオンの方角にも位置しているが、ここからアルビオンは見えない。しかし、アルビオンを行き来する飛行船を見ることはできるという。

 

 ワルドのコネもあって非常に良い部屋が2つ用意された。

 当然だが、1つはワルドとルイズが使い、もう1つはサイトとギーシュが使用することになる。

 

「な、な、なんという素晴らしい部屋なのか」

「おー」

 

 サイトとギーシュは部屋に入るなり、その広さと高級感に感嘆した。

 見るからに高そうな絨毯が敷かれていて、今まで経験したことのないような香りが漂っていた。

 

「このような素晴らしい部屋を望むと、建築魔道士の道も志したくなるな」

「世界一鉄壁のカギって話だけど、普通のカギだぜ」

 

 サイトは受け取ったカギを見つめた。昔ながらの立派なカギだったが、先端は小さなギザギザがついているだけで、特に鉄壁には見えなかった。

 

「わかってないな。ここだよ、ここ」

 

 ギーシュはカギの先端ではなく末端を示した。

 

「人の指紋を記憶するんだ。ロック魔法の最高峰の1つさ」

「へー」

「サイト、お前の指紋を記憶したんだから落とすなよ」

「わかってるよ」

 

 サイトはカギを懐に仕舞った。

 バルコニーの景色が良いということだったので、サイトはバルコニーのドアを開いた。

 バルコニーのドアもカギで施錠されている。すべてサイトの指紋を記憶したカギによってしか開くことができない。サイト以外の者がカギを使用しても認識されないようになっていた。

 1つのカギですべての施錠を行うので、非常に便利な魔法だった。

 

 バルコニーに出ると、強い風が吹きつけて来た。ちょうどアルビオンから吹き付けて来た風の通り道になっているようだった。

 宿の先には巨大な鉱山が広がっており、鉱山を穿つように視界が開けていて、その先には大空と低地の様子が見えた。例によって、ハルケギニアの青い月が2つ見えた。

 

「アルビオンは見えないな」

 

 アルビオンはここからまだ遠くであり、ちょうど鉱山に隠れているせいで見ることはできなかった。

 青い月を見ていると、故郷である地球が恋しくなる。この世界に来てから、ずっとその月は地球を連想させた。

 

「誰のことを思ってるんだ?」

「は?」

 

 サイトが横を向くと、いつの間にかギーシュがそこにいた。

 

「ごまかすなよ。さっきの目は誰かを思う目だろ。そう、愛する者を思う目だ」

 

 ギーシュは毎度おなじみ薔薇の花をくわえた。

 

「サイトは異界の地から来たのだろう? 思い人の一人ぐらいいただろう」

「そんなやついるわけねえだろ」

「いなかったというのかね。今まで何をしていたというのだね。男たるもの、愛する者を見つけ守るのが仕事だろうに」

「あいにく、おれの世界には戦争なんてねえんだよ。男なんてみな煙たがられるだけの存在だよ」

「それは実に想像しがたい世界だな。しかし、戦争がない世界とは、理想の世界ではないか。違うかね?」

「そうだな。理想の世界なのかもしれない。だから、みな生きる意味を見失って迷子になっちまったのかもな」

 

 サイトは地球に住んでいたころのことを思い出した。

 

 その日を生きる目的などなかった。

 なんとなく生きていた。

 なんとなく始まる学校、なんとなく帰りつく自室。

 なんとなくテレビゲームをつけて、なんとなく寝転がり。

 気が付けば、その日が終わっていた。そして、明日も同じ日がやってくる。

 

 心はいつも迷子だった。

 

 けれど、気が付けば、とんでもない世界に紛れ込んでいた。

 

 魔法のある世界。ドラゴンの住む世界。

 使い魔という地位、魔法使いの主。

 

 しかし、そんなものはおまけだった。

 

 サイトがこの世界で得たものは先ほどギーシュが話していた「守る仕事」だった。

 

 使い魔として主を守る仕事。サイトは初めて強い責任を持って取り組むことができたものだった。

 しかし、まだ漠然としていることがある。

 

 使い魔として、主を守る仕事については心得た。

 

 しかし、ギーシュの言った「愛する者を守る仕事」については、まだ理解していなかった。

 サイトはまだ愛を知らなかった。これから理解できる日が来るのだろうか。

 

 そうこうしていると、部屋のドアがノックされた。

 このドアは魔法を完全に防ぎ、屈強な男の斧の一撃を跳ね返すだけの頑丈さを持っているが、同時にノック音がよく響くようにできていた。

 サイトはドアに備え付けられていた小さな穴からその先を見た。

 

 店の従業員を示す番号付きの帽子をかぶった男が立っていた。

 日本とは違い、ここは治安がそれなりに悪い。なので、あらかじめ確認してから対応するように言われていた。

 

 サイトはドアを開いた。

 

「お客様、失礼いたします」

 

 従業員は頭を下げると、サイトらに観光案内の宣伝をした。

 

「ただいま、ラ・ロシェール、魔導武器展示会が開催されております。世界中の錬金魔術師が手塩にかけた魔導武器が展示されているのです。よろしければ、お客様も訪れられてはいかがでしょうか?」

「なんと、魔導武器展示会。サイト、これは行くしかないな」

「そうだな」

 

 錬金魔術師の端くれであるギーシュだけでなく、剣士の端くれでもあるサイトも興味を持った。

 そうすると、先ほどまでサイトの背中で眠っていたデルフリンガーが覚醒した。

 

「おい、相棒。どういうことだね? おれを差し置いて他の剣に浮気しようってのか?」

「なんだよ、デルフ。起きてたのか?」

「ついさっきな。おれを差し置いて他の剣に浮気するたぁ、剣士の恥ってもんだぜ」

 

 デルフリンガーはそう言ったが、サイトにはそんな感覚はなかった。

 

「そうなのか?」

 

 サイトはギーシュに尋ねた。

 

「常識だろう。剣士にとって剣は女と同じ。一途に愛するのが剣士、ついては男の責任だよ」

「お前が言うと説得力が全然ねえぞ」

 

 ギーシュは堂々と二股をかけていたが、自分のことは完全に棚に上げていた。

 

「デルフ、安心しろ。ただの展示会だよ。それにデルフを知ってるインテリジェンスソードがあるかもしれねえぜ。お前、記憶がないんだろ?」

「なるほど、それもそうだな」

 

 デルフリンガーはすぐに納得した。

 

「しかし、勝手に外に出るのは危険だぜ」

「ワルド子爵がついてくれるなら問題ないだろう」

 

 ギーシュはそう言ったが、従業員が続けて言った。

 

「ワルド子爵は先ほど、ミスタ―セピルマンに面会するためお出かけになられましたよ。ご安心ください、展示会場の警備は万全ですので」

 

 たしかに炭鉱地区やアルビオン港のほうは治安が乱れているが、このあたりの観光地は比較的安全だった。

 

「なら行くか」

「おう」

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