サイトとギーシュは魔導武器展示会に参加するために、トレジャーロックのロビーに出て来た。
ロビーにはトレジャーロックの部屋を借りている客でそれなりに賑わっていた。
ロビーにはポーカーや酒が楽しめるテーブルがあり、貴族らの談笑の場になっていた。こうしてみると、このあたりの治安の良さがうかがえた。
そんなロビーの端にポツンと一人美しい少女がたたずんでいた。ルイズだった。
ルイズは談笑の輪から離れて一人本を読んでいた。
「おーい、ルイズ。ルイズだろ?」
サイトが声をかけると、ルイズは本をたたんで、そちらに目を向けた。その目は少し寂しそうだった。
「師匠と一緒じゃなかったのか?」
「しょうがないでしょ。お仕事の話だもの」
ルイズはそう言うと、本をしまい込んで立ち上がった。ワルドはトレジャーロックの主であるセピルマンと面会するために宿を離れていた。
ワルドとセピルマンには面識があり、ビジネスや政治の話も多くなるだろう。婚約者とはいえ、ルイズがついてきても迷惑になるだけだったので、ルイズは宿に残る選択をしていた。
「あんたたちこそ、どこへ行くつもりよ?」
「近くでなんかすげえメイジが造った武器が展示されてるらしいんだ。それを見に行くんだよ」
「ふーん」
「お前も来るか?」
サイトがそのように誘うと、サイトの後ろでギーシュが続けて言った。
「こらこら、魔法の心得のない者にその誘いは悪意というものだよ」
「失礼ね。錬金の1つや2つぐらい私だって」
「そう言って何度、貴重な鉱物を爆発させて来たと思ってるんだ」
ルイズにまったく魔法の心得がないことは、トリステイン魔法学院では有名なことだった。
しかし、虚無のことを知っているサイトとルイズはその理由をよくわかっていた。しかし、そのことは内密にするという約束だったので、ルイズもムキにならず引いた。
「早く行こうぜ。遅くなったら師匠にも心配かけることになるしよ」
サイトは宿の外を指さした。
◇◇◇
セピルマンは場所に揺られながら、ようやく炭鉱のふもとまで降りて来た。
ラ・ロシェールの炭鉱は豊かな資源の宝庫であり、魔石が豊富に眠っている。このあたりの鉱物がアルビオンになったとも言われており、ラ・ロシェールの経済力の多くを支えていた。
炭鉱労働だけでは買い手がつかず、魔石の価格が下落するばかりで限界があったが、アルビオンが発展し、貿易が活発になると、働くだけ買い手がつくボーナス状態になった。
そうしたアルビオン効果から、セピルマンなどの成金貴族が数多く生まれた。
ワルドはちょうどセピルマンを迎えるように、グリフィンから降り、礼をした。
「ミスタ―セピルマン、お久しぶりです」
「ワルドか。来るならアポ取れってんだ」
セピルマンはそう言いつつ、笑みを浮かべながら馬車を降りた。セピルマンは目つきの悪い男だった。
「申し訳ありません。急使を受けましたもので」
「この時期にか?」
「ええ、女王の個人的な命でございます」
「あの小娘か。まったく、ろくでもないやつが王座についたものだ。何が世界平和だ。何が富の再分配だ。おれたちの金を巻き上げようとしやがって」
セピルマンは新たに女王になったアンリエッタに良い印象を持っていなかった。どこにでも、反アンリエッタはいるが、セピルマンはその一人だった。
「だが、喜ばしいこともある。あの小娘、ウェールズとできてるんだろ? ウェールズが陥落すれば、血迷って戦争すると抜かすだろうよ。戦争でまた儲かる」
「相変わらず抜け目がないことで」
「お前も化けの皮をはいだらどうだ? 心配するな。後ろの連中はみなお前の仲間だよ」
「そうですか」
ワルドはセピルマンの後ろの側近らを順に見やった。
「ワルド、組合が期待してんだからちゃんとやれよ。ウェールズ暗殺の任務」
「そんな恐ろしい物言いはされないでいただきたいです。ウェールズ皇太子は不慮の事故で亡くなられるのです」
「そいつはきれいな暗殺者だな。でよ、もう1つ頼みがあんだよ」
「頼み?」
「別にどうでもいいことではあるが、ついでの機会だからな。今日、町に錬金魔道士が集まることになってんだ。おれたちにとって不都合なやつが一人いてな。ゴールドクロウという男なんだが」
セピルマンは手を挙げた。すると、後ろの側近が何やら魔法を詠唱した。
セピルマンの一枚の書類が手渡された。
「ゴールドクロウ。もと弁護士の貴族だ。いまはグラモン領で錬金魔道士をしてんだ」
「彼がどう問題なのですか?」
「魔石密輸の件さ。決定的証拠をつかんだとして、王室裁判所に提訴すると脅して来てんだ。いずればれるとは思ってたが、口封じできることに越したことはねえからな」
「……始末しろと?」
「わかってるだろ? いまや魔石密輸は年間200万金貨の利権。アルビオン再建にあたっても、それがあるかないかでは大違いだ」
セピルマンはそう言って、口元を緩めた。
「やつの首はウェールズ亡き後、クロムウェルへの良い献上品になると思うぜ」
「……」
ワルドは肯定も否定もせず、思案した。
「ワルド、お前の悪いところだ。いいか、きれいな正義なんて存在しねえ。それに、トリステインの民など、お前にとっては奪われた魂の生まれ変わりみてえなものだろ。ならば、あるべき姿に戻してやるのが正義ってもんだ」
セピルマンがそう言うと、ついにワルドはうなずいた。
「わかりました」
「頼むぜ。いま世界に追い風が吹き始めてんだ。その風を止めるわけにはいかねえ」
セピルマンはそう言いながら、怪しく笑みを浮かべた。
◇◇◇
サイトとギーシュとルイズは魔導武器展示会の会場にやってきた。
会場はラ・ロシェールの岩場を穿ってできた洒落た場所だった。
洞窟住居の建築技術に長けるラ・ロシェールらしい優雅な場所だった。
「おー、すげえな。とても洞窟の中とは思えないぜ」
サイトは会場をくぐって、中の広さに驚いた。あちこちで石が輝いていて、それが洞窟内を独特の雰囲気に包んでいた。
「ラ・ロシェールの技術もここまで来たか。これもすべては我がグラモン家の苦心の結果よ、ふふふふ」
ギーシュは例によって薔薇をくわえて、自分の手柄のように誇った。
展示会にはたくさんの人が訪れていた。
ガラスに似た透き通ったケースの中に武器が展示してあった。
炎をまとった剣。
渦巻く風の剣。
輝く聖なる剣。
暗黒に満ちた闇の剣。
自在に飛ぶヘブンズソード。
地球には決して存在しない魔法の介在した武器が右から左に並んでいた。
武器のフォルムや装飾にまでこだわって造られており、サイトはすべてに感動を覚えた。
「こ、この剣もすげえ」
サイトは目を輝かせながら武器を見て回った。
「なんでえ。そんなによその剣が気になるかね?」
サイトの背中ではデルフリンガーが不満そうに愚痴をもらした。
サイトに続いて、ギーシュも感動していた。
「不安定な誘導性火炎石をこれほどまでに安定させるなんて、とても人の業によるものとは思えない。なあ、ヴィルダンデ」
「ぐーぐー」
ギーシュの肩に乗っかっているヴェルダンデも興奮気味だった。
そんな中、ルイズだけは立派に並んでいる武器の1つ1つに冷めた目を向けていた。
別に、剣の魅力がわからないわけではないが、ルイズはいま別の考え事に意識が向いていた。
「おや、そこの方、ひょっとしてギーシュお坊ちゃんですか?」
展示会を巡っていると、とあるメイジが声をかけてきた。
「これは、純金の貴公子こと、ミスターゴールドクロウではありませぬか」
ギーシュは知り合いの貴族を見つけて、その場に跪いた。
「知り合いか?」
「ミスターゴールドクロウ。僕の尊敬する錬金魔道士さ」
「はじめまして、ゴールドクロウです。ギーシュお坊ちゃんの有人の方々、今後よろしくお願いいたします」
ゴールドクロウは真摯な男で、サイトが平民かどうかなど気にすることもなく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
サイトは頭を下げた。
「ミスターゴールドクロウ、あなたの作品もお目にかかりたいのですが」
ギーシュがそう尋ねると、ゴールドクロウは手を挙げた。
すると、後ろから大きなケースを抱えた男が近づいてきた。
「世界初のお披露目です。私が40年の錬金人生の集大成として完成させたゴールド・ウィン・レイピアでございます」
ゴールドクロウが示したのは、シンプルな黄金に輝くレイピアだった。
色んな装飾品でごてごてしたものと違い、シンプルイズザベストを体現した美しい剣だった。
「う、美しい」
サイトもギーシュもその剣に見とれた。その黄金の輝きは見るものすべてを釘付けにさせた。
しかし、ルイズには、その黄金も響かなかった。
気が付くと、ルイズはサイトらからはぐれて、会場の隅にいた。
会場はいくつかの通路によっていくつもの部屋に複雑に分かれており、ルイズは自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。
ちょうど穿たれた窓から美しい月が見えたので、ルイズはそちらに目を移した。
いまは人のにぎやかさより、厳かな月の光のほうがルイズの心にはマッチした。
しばらくそうしていると、サイトがルイズのもとにやってきた。
「ルイズ、探したぞ」
「あれ、ギーシュは?」
「1番奥の部屋。おれも見に行きたかったが、お前がいなくなってたから探しに戻ってきたんだよ」
「だったら、私のことは気にせず見に行ってきなさいよ。私はここにいるから」
ルイズはそう言うと、再び月に目を移した。
ルイズの様子がいつもと違っていることに、サイトも気が付いた。
「何かあったのか?」
「別に」
「……」
「……」
しばらく無言が続いたあと、サイトは壁にもたれかかって、展示会を回る人々の様子を眺めた。
人々は途切れずにやってきて、展示物を見ては感嘆の声をあげた。
この場では、それが適切な雰囲気だったが、ルイズはそれらから完全に切り離されていた。
サイトもルイズと同じ側になった。無言でその場にとどまっていた。
すると、ルイズが口を開いた。
「私……」
サイトはルイズのほうに耳を傾けた。
「ワルドとの結婚、やめようと思うの」
「……」
サイトはルイズの言葉を冷静に聞いていた。
理由を尋ねるのは野暮だと思ったから尋ねなかった。
ワルドは最高の貴族だ。結婚相手にこれ以上の者はいない。
それに、ルイズにとっても、ワルドは憧れであり、昔から恋焦がれた相手。
結婚できる機会があるなら、迷う必要のないことのように思えた。
しかし、ルイズは明確に結婚に迷っていた。
それがマリッジブルーのような症状なのかはわからないが、サイトはうなずいた。
「そうか」
サイトはしばらくの無言の後、一言そうつぶやいた。
「それだけ?」
「いや……」
こういうときに使い魔として適切な言葉のかけ方を、サイトは知らなかった。
「言い方を変えるわ」
ルイズは向きなおって、サイトと同じように、展示会を回る人々のほうに目を移した。
「私、ワルドとは結婚しない」
ルイズは確定的な言い方をした。
「結婚しない」
ルイズはもう一度繰り返した。
それから、ルイズはサイトの言葉を待つように黙り込んだ。
サイトにはかけるべき言葉がわからなかった。
それでも言葉を絞り出した。
「なんていうか、おれはお前の使い魔だから。お前がそう決めたなら、尊重するよ」
サイトはそのように言った。それが適切だったかはわからなかった。
「尊重ね……あんたもワルドと結婚しないほうがいいと思ってるってこと?」
「そうじゃない。ワルドさんは立派な貴族だと思うよ。でも、ルイズが決めたことならしょうがないだろ。おれはただの使い魔だし」
サイトは一度もルイズのほうには視線を向けなかった。ちょうど目の前を大柄な婦人が横切って行ったので、その様子を見ていた。
「私が決めたことを何でも肯定するの?」
「使い魔ってそういうもんじゃないのか?」
「じゃあ、私が死ねって言ったら死ぬの?」
「……」
サイトはおのとき初めてルイズのほうに目を向けた。ルイズもサイトのほうを向いていた。
そこにいたルイズは、いつもの気の強いルイズではなかった。熱心に魔法を学ぶルイズでもなかった。機嫌のよいルイズでもなかった。
そのルイズはおとぎ話にしか出て来ないような、悩める少女の姿をしていた。
その目は地球にいたころに、一度たりとも出会ったことのないものだった。
ファンタジーの世界の、悩める王女様だけが見せるような不思議な目。
サイトはその目に吸い込まれそうになった。
サイトの心が高鳴った。
「死ぬよ」
サイトは自然に出て来た言葉を紡いだ。
ルイズはその言葉を聞いて、その異様な目に涙をためた。それは真の意味の恋する少女の目の輝きだった。
「じゃあ、命じるわ。絶対に聞きなさいよ」
ルイズはそう言うと、緊張に震えながら、ある禁忌の言葉を紡ごうとした。
わたしとけっこんして。
何を言っているのだろう。
ルイズも自分自身でどうしてそんな言葉を紡ごうとしたのかわからなかった。
ワルドとサイトならば、どう考えてもワルドのほうが立派な存在ではないか。
サイトはただの使い魔。
そのはずだった。それがどこでどうして変わってしまったのか。
しかし、ルイズの禁忌の言葉は封じ込められた。
すべてをかき消す悲鳴が会場を包み込んだ。
サイトはその悲鳴のほうに目を向けた。
漆黒の何かが現れ、人々にいかずちの一撃を加えた。
いかずちが弾け、何人もの人が地面に叩きつけられた。
突然の襲撃者はサイトを見つけると、背筋が凍り付くような戦慄を投げかけて来た。
サイトはとっさにデルフリンガーを握り締めた。
サイトはとっさにルイズを守るように、ルイズの前に出ていた。