襲撃者は風が吹くかのように突然現れた。
全身に黒装束をまとい、顔を確認することはできなかった。
体躯が良く、身長はワルドと同じぐらいか。鋭い視線がいかずちのように輝いた。
襲撃者は展示場に侵入してくると、あいさつ代わりに魔法を繰り出した。
いかずち一閃が魔法剣を入れたショーケースを貫くと、魔法剣の刃までをも貫通した。
ちょうど、安定していた刃の構造がバラバラになり、魔石が連鎖的に爆発して、あたりに巻き散った。
来客の何人かが巻き込まれ、数人は目に魔石の破片を受けてその場にうずくまった。
他の客は悲鳴を上げながらも、襲撃者に背中を向けて逃げ出した。
しかし、襲撃者も無差別テロが目的だったようではなく、近くにいた客を無視して、展示場の奥へと向かった。
襲撃者はキョロキョロとあたりを見渡して、その瞳にサイトとルイズの姿を捉えた。
ちょうど、サイトとルイズの間に逃げまとう客が挟まっていて、襲撃者にとってはそれが邪魔だったようである。
襲撃者は再びいかずちの一撃を繰り出した。
何人かの客がいかずちを受けて、その場に崩れ落ちた。
すぐに逃げ出すもの、体が震えてその場から動けなくなったものさまざまいたが、襲撃者に立ち向かおうとした者はただ一人しかいなかった。
サイトは反射的にルイズをかばうように前に出ると、デルフリンガーを引き抜いて構えた。
恐怖は感じなかった。
守るべきものがある限り、ガンダールヴは自らの命より優先して使命をまっとうしなければならない。
サイトは無意識のうちにその使命に駆り立てられていた。
サイトがデルフリンガーを構えると、ようやくサイトの近くにいた客がサイトに声をかけた。
「君、ダメだ。殺される。逃げるんだ」
しかし、サイトは首を横に振った。
「逃げるわけにはいかないんで」
「相手はメイジだ。勝てない」
「誰でも関係ない。おれは使い魔なんでね。それより、頼みを聞いてください。おれがここを食い止めます。その間に、ルイズ……後ろの女の子を安全な場所まで逃がしてください」
サイトがそう言う間に、襲撃者が襲い掛かってきた。襲撃者の目的の1つがサイトを討つことだったようで、襲撃者はサイトを殺すのに最善の攻撃を繰り出した。
見えざる風の一撃。エアーハンマー。
古来より要人の暗殺に使用されてきたトライアングル魔法だ。
ハンマーは目には見えないが、それは人間を殺すのに最も理にかなっている。触れるだけで、人の神経は動かなくなり、そのまま心肺停止に追い込まれる。
しかし、サイトにはその攻撃が見えた。
目に見えたのではなく、その力を感じることができた。
サイトは飛んできたハンマーの急所にデルフリンガーを撃ち込んだ。
魔法をかき消すデルフリンガーの一撃がエアーハンマーを打ち砕いた。
エアーハンマー自体は魔力の塊である。それが打ち砕かれると、すさまじい音を立てて、あたりに電撃が放電された。
人々はみな頭を抱えてうずくまった。目を開けていられないほどの衝撃と恐怖だった。ルイズもその場で動けなくなった。
しかし、サイトだけは目の前の襲撃者をしっかりとにらみつけていた。
エアーハンマーが通じなかったことで、襲撃者は手を変えてきた。手にいかずちの剣を作ると、人間離れしたステップで踏み込んできた。
剣術の達人のような踏み込みだったが、サイトも達人のようにそれに対応して、敵の一閃を弾いた。
ひるがえして、サイトも反撃に出た。
襲撃者が予期せぬほどの鋭い反撃だった。
サイトの放った剣を避けようとした襲撃者はサイトの剣をもろに右腕に受けた。
サイトの本気の一撃は襲撃者の右腕を完全に斬り落としていた。
しかし、その反撃を受けても、襲撃者は動じなかった。腕を失ったら普通うろたえるところであるが、その襲撃者は何事もなかったかのようにすぐに攻撃を繰り出してきた。
襲撃者は至近距離でサイトにエアーハンマーを叩きつけた。トライアングル魔法ともなれば、詠唱に時間がかかるものだが、その襲撃者は0コンマいくらかの間に詠唱を完成させていた。
「ぐわぁ!」
この攻撃には対応できなかった。サイトはその一撃を受けて、吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
意識が飛んで、しばらく何も考えられなくなった。
それでも、無意識に、サイトはデルフリンガーだけは握り締め続けていた。立ち上がろうとしたが、足がまるで動かなかった。
襲撃者はサイトから距離を取った。
見ると、襲撃者が失った右腕からは血が一滴も滴っていなかった。代わりに、失われた右手からは電気が漏れ出ていた。
人間ではなかった。誰かが生み出した分身の一種だと思われた。
魔法に詳しい客がいて、それを目撃してつぶやいた。
「分身。ライトニングブリンクだ……風系統スクエア魔法の最高峰。トリステインでは魔法衛士のワルドしか使えないと聞いていたが、他にも使い手がいたのか」
客の話では、これほどの分身を扱えるものは限られるという話だった。
分身はサイトの一撃によって、みるみるうちに消滅していった。襲撃者はサイトの討伐以外に目的があったようであったが、誤算だったようで、そのまま消え去ってしまった。
襲撃者が消えたことでようやく会場に静けさが戻ってきた。
恐怖に固まっていた者たちもようやく動けるようになった。
ルイズはすぐに床に倒れて体を震わせていたサイトのもとに駆け付けた。
「サイト!」
「……」
サイトは何かを言おうとしたが、言葉が出て来なかった。体が麻痺していて、体もほとんど動かなかった。
幸い、心肺機能は停止しておらず、サイトの意識は残っていた。
エアーハンマーは人を一撃で絶命させる力がある。しかも至近距離でしたたかに打ち付けられたので、確実な一撃だった。
それを受けてなおサイトにはまだ息があった。何か特別な力がサイトを守ったのかもしれない。
「誰か、誰か助けてください!」
ルイズの必死の助けを聞いた客の中に医術の心得を持つ者はなかった。
客らは困惑した様子であたりをうかがうばかりだった。
このとき、ルイズは魔法が使えないコンプレックスを最も強く感じた。
魔法が使えないことで同級生から馬鹿にされることもあったが、そのときはせいぜい怒りやくやしさを覚える程度だった。
しかし、最も助けたい人が目の前にいて、助ける力がない。メイジなのに、何もできない。
ルイズはその無力さに大粒の涙をこぼした。
いま魔法が使えなくても、いずれ使えるようになればいい。
そんな認識を持っていた自分の甘さを痛感した。いずれという言葉は通用しない。いまこの瞬間、治癒魔法が使えなければならなかった。
ルイズが無力さに絶望していると、駆け足でギーシュと知人の錬金魔道士であるゴールドクロウがやってきた。
「ミスターゴールドクロウ、サイト……僕の友人が被害を受けたみたいです。何とかしてください」
ゴールドクロウは元法律家の錬金魔道士であるが、治癒魔法にも心得があったので、すぐにサイトの治療に当たった。
「右腕のやけどがひどいな。しかし、心肺に問題はない」
ゴールドクロウはそう言うと、やけどに治癒魔法をかけた。
炎症を抑え、自然治癒力を高める治癒魔法の基本だったが、それはルイズには扱えない魔法だった。
「それにしても、このやけど……相当強力な魔法をまともに受けたと見える。それで命があるとは奇跡か」
ゴールドクロウの見立てでは、命を失っていてもおかしくない一撃だった。しかし、サイトはたしかに生きていた。
サイトはすぐに近くの病院に運ばれた。
つい先ほどまでサイトが握り締めていたデルフリンガーはギーシュの手に渡った。
「ミスタデルフリンガーだったかな。幸い主人の命に別状はなかったようだよ。安心したまえ」
「なかなか機転の利くにいちゃんだな。おれはてっきりキザなだけのボンボンだと思ってたぜ」
「見くびってもらっちゃ困る。僕はグラモン家の血を引く偉大なるメイジだよ」
ギーシュはこんなときでもキザに構えることを忘れなかった。
デルフリンガーは先ほど受けたエアーハンマーの一撃のことを思い出していた。
「あの一撃……間違いなくやつの魔法だったな。しかし、理由がわからねえ。なぜ相棒を狙ってきたのか」
デルフリンガーはある1つの疑問を口にした。
◇◇◇
サイトの命に別状はなかった。
しかし、せっかくのアルビオン旅行もこうなってしまうと中止にせざるを得なくなった。
サイトは眠り薬を飲んで眠りについた。
やけどはひどかったが、偉大なメイジの治療もあって、すでに良好に向かいつつあった。
ルイズは医術師らが去った後も、サイトの様子を見守るために、病室に残った。
ラ・ロシェールの病院は、つい最近大きな人事異動があった。
女王であるアンリエッタの政策の1つに、「全国の病院に勤務する医術師の一部を政府が管理する」というものがある。
右派からは「政府職権の乱用であり、自由経済の侮蔑だ」と批判があったが、現行の医術師が自由に仕事ができる状態だと、ラ・ロシェールのような戦地の病院に行きたがる医術師がいなかった。
アンリエッタのその政策のおかげで、名のある優秀な医術師が3人もこの病院で働いていた。
優れた治療の成果で、サイトは順調に回復に向かった。
エアーハンマーは高密度の電撃を圧縮したものであり、場合によっては小さな魔力が結晶化して、それが末梢神経や毛細血管に刺さって、大きな後遺症につながる場合もあるという。
しかし、優れた医術師らは、その小さな魔石のかけらを除去できる秘薬をすぐに調合してくれたので、サイトには大きな後遺症は残らなかった。
あとはサイトが目覚めるのを待つだけだった。
ルイズはサイトが目を覚ますまで、ずっとここにいるつもりだった。
つい先ほどまでギーシュもいたが、ギーシュは襲撃された展示場の後始末の手伝いに出て行った。
それからしばらくして、ワルドがやってきた。
ワルドが病室にやってきても、ルイズはすぐにはワルドには気づかず、ルイズはサイトの手をずっと握り締めていた。
ワルドはその光景をしばらく見つめた後、ルイズに話しかけた。
「ルイズ」
「ワルド」
ルイズはサイトの手を離して立ち上がった。
「話は聞いたよ。サイト君がけがを負ったと」
「ごめんなさい、ワルド。私たちが勝手に外出したから」
「謝るのは僕のほうだ。君の婚約者だというのに、君を守ることができなかった」
ワルドはそう言うと、サイトの様子をうかがった。闇夜に映ったワルドの瞳はどこか、襲撃者の瞳と同じ輝きを放っていた。
「しかし、サイト君はたいしたものだな。エアーハンマーを受けて生き永らえるとは。信じられないタフネスだ」
「そんな詳しいことまで話を聞いていたの?」
「あ、いや。テロリストが使う魔法の代名詞だからね」
ワルドは少しごまかすように言った。
ルイズはその不審な点に気づかなかったようである。
「旅行どころじゃなくなっちゃったわね」
「そうだな」
ワルドは前を向いて窓越しに星空を見つめた。ちょうど流れ星が1つきらめいた。
「しかし、それでもアルビオンに行かなければならない」
「え、どうして?」
「すまない、極秘任務だから黙っていたのだが、実はアンリエッタ女王から伝令を頼まれていたんだ」
「姫様が?」
「ああ」
ワルドはアンリエッタから受け取った手紙を差し出した。
「ウェールズ皇太子にこの手紙を届ける必要がある。僕の命に代えても成し遂げなければならない使命なんだ」
ワルドは真剣な目で夜空を見据えて言った。
その横顔を見ていると、やはり立派なメイジであると再認識させられる。
しかし、それでもルイズはワルドとの結婚を決断できなかった。
◇◇◇
それからさらに時間が経過し、ワルドがしばし病室を離れた直後のこと、サイトは目を覚ました。
サイトの寝顔をずっと見ていたから、ルイズはすぐにそれに気づいた。
ルイズは言葉をかけるよりも先にサイトの手を取った。
サイトはその手のぬくもりを感じたとき、ふとシエスタのことを思い出した。ちょうど、シエスタと同じぬくもりだった。心から自分のことを思ってくれている人だけが放つぬくもり。
だから、サイトはそこにいるのはルイズではなく、シエスタだと思った。
サイトは確信したように言った。
「シエスタ、どうしてそこにいるんだ?」
「なに寝ぼけてんのよ」
ルイズはそう言ったが、いつもより語調が柔らかかった。
「ルイズか? ルイズだったのか? なんだよ、びっくりさせるなよ」
「こっちのセリフよ。ったく、ケガばかり困った使い魔だわ」
ルイズは無意識にそう言った。もっと優しい言葉をかけるつもりだったが、その言葉を取り出すことができなかった。
「でも、無事で良かった。あの黒いやつはどうなったんだ?」
「わからない。消えた」
「そうか……」
サイトは普通にしゃべることができた。容態に大きな問題はなさそうだった。
「あいつ、本気でおれたちのことを殺しに来ていたな」
サイトは襲撃者の鋭い視線を思い出した。いま思うと、よくあの瞳ににらみつけられて剣を構えることができた。
いまになって、あの瞳に恐怖を覚えた。
「ダメだな。あんなことじゃお前のことを守ってやれねえよな」
サイトは空元気に笑った。
「あんたが気を病む必要はないでしょ。悪いのはテロリストなんだから」
「平和なご時世ならテロリストのせいにしとけば良かった。でもいまは違う」
サイトは守らなければならない。どんな理不尽な相手にも立ち向かわなければならない立場だった。
いじめるやつが悪いという正論が通じない世界。いじめられ戦えないやつが悪いという理不尽を受け入れなければならない世界。
たとえ、相手が悪人でも、主人を守り切れなければそれは正義とはみなされない立場。それが使い魔であり、ガンダールヴだった。
「あいつはマジでやばかった。あんな強いメイジがテロリストが山ほどいるのかと思うと、とてもいまのおれの力じゃやってけねえよ」
「もういいわよ。忘れなさいよ」
「忘れられるかよ。もう一度出会ったらどうするんだよ」
「そうそう出て来ないわよ。それにそのときは……」
ルイズは言おうとしてその後の言葉をためらった。そのときはワルドが助けてくれると言おうとしたのだが、その言葉を口にしてはならないと思った。
ワルドとの結婚をためらった身。都合のいいときだけ、ワルドの助けを借りるなんてそんな卑怯なことは言うわけにはいかなかった。
「ともかくもう忘れて。けが人なんだから治すことに専念しなさいよ」
「なあ、ルイズ」
サイトは無の表情のままでルイズを見つめた。
これまでに見たことのないサイトの表情だった。
「なによ?」
「あのときの話の続きだ」
「え?」
「ワルドさんと結婚しろ」
「は?」
サイトはルイズのことをまっすぐ見据えてそう言った。その目に冗談はない。静かだが強い言葉だった。
「ワルドさんとの結婚をやめたいって話だったろ。でも、それはダメだ。結婚しろ」
サイトは命令口調でもう一度言った。
「な、なんでいきなりそんなこと」
「おれじゃ守れない」
「……」
「情けないが、おれじゃお前を守れねえ。ワルドさんじゃなきゃ守れない」
サイトのその言葉を受けたら、頭から反論することができなかった。
「もし、あのテロリストがルイズの命を狙っていたとすると、おれじゃ守れない。もしかしたら、お前が虚無の魔法の継承者であることをかぎつけて暗殺にやってきたのかもしれない。だとしたら、もうお前個人の問題では済まない」
「……」
「ワルドさんなら、あいつが襲ってきても確実に守ってくれる」
サイトは世界のためにもそれがいいという言い回しをした。
あの襲撃者が誰を何の目的で狙ったのかはわからない。しかし、もう一度ルイズの前に現れない保証はない。だからサイトはそう言った。それは正論だった。
ルイズは椅子に座り直した。
「そうね。ワルドなら確実に守ってくれるかもしれないわね」
「ワルドさんなら間違いないよ」
「世界のためにもそれがいいわよね」
「ああ、世界のためにもな」
「世界のためなら、私の一生はどうでもいいわよね」
ルイズがそう言うと、サイトはハッとなって口をつぐんだ。
「別に悪びれなくてもいいわよ。私だってトリステイン王国を愛する身。個人のわがままのためにトリステイン王国の不利益を背負う気はないわ。でも、本当にそれが正解なの? 私がワルドと結婚すれば、トリステイン王国は良くなるの?」
「そんなこと……おれにわかるわけないだろ」
何が国のためなのか?
真面目に学校に行って、テストで満点を取って、国のために働いて、たくさんの子孫を残して、それが国のため?
もし、少し前までの日常に戻ったとき、日本のためになる生き方とはそんなことなのだろうか?
何かが違うような気がした。
単に、勉強が嫌だからという理由で否定しているのかもしれないが、自分が真面目に学校に行くと日本が良くなる気がしなかった。
「すまない。おれの決めることじゃなかったな」
「……」
「そんなに急いで結論を出すものでもないしな」
「結婚しない」
サイトが急ぐなと言うと同時に、ルイズは即答した。しかも、決心したかのような切れのいい断言だった。
ルイズはもう一度繰り返した。
「結婚しない」
ルイズのその言葉は世界の何かを変えたかもしれない。
ゼロの使い魔編終わり
次回「アルビオン分裂編」
アルビオン分裂編の執筆が進んでいます。公開までしばらくお待ちください。