ゼロの使い魔 ルートシエスタ   作:やまもとやま

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3話 命がけの決闘

 夢うつつの中、サイトはこの地にやってくるまでのことを回想していた。

 

 学校が嫌になった。

 親の束縛が嫌だった。

 自暴自棄になったサイトは感情的に家出をした。

 

 あてもなく都心をさまよい、やがて日が落ちた。

 最寄り駅にはホームレスたちが寝床を求めて集まっていた。

 サイトは彼らを横目に見ながら通りに抜けた。彼らは自分の明日の姿のかもしれないと思うと、みじめな気分になった。

 

 しかし、今すぐ家に帰る気にはなれなかった。

 勢いよく家を飛び出した手前、戻るのはプライドが許せなかった。

 そんなふうに思いながら、サイトはプラットホームをさまよっていた。

 

 その時、サイトの目の前に謎の光が現れた。

 

 その光は蛍光灯の光でも月明かりでもなかった。明らかに異様なものだった。

 サイトは興味にそそのかされて、恐る恐る手を伸ばした。

 

「なんか危険な気がする」

 

 寸前のところでサイトは手を止めた。このまま光に触れると、大変なことになるような予感がした。

 

「……」

 

 サイトはしばらく謎の光とにらめっこをした。

 この光からは危険なものを感じる。

 

 しかし。

 

 このまま、ここをふらついていても物事が好転することがないのも事実だった。

 このままでは、自分もホームレスの一人。いや、それにすらなれる気がしない。ホームレスとして生きていくことは簡単なことではないはずだ。

 

 すると、サイトにとって、この光は自分の向かうべき場所そのものだった。

 振り返っても居場所はない。

 ならば、この光に自分のすべてを託そう。

 

 サイトはそう思い、光に飛び込んだ。

 

 光に包まれたサイトは濁流に流されるかのように呑み込まれた。

 

 気が付くと、そこはハルケギニアだった。

 わからない言葉を話す少女が目の前にいた。

 

 ブロンドの髪をした明らかに日本人離れした少女だった。

 

 その少女と使い魔として契約した。

 すると、言葉がわかるようになった。

 

 サイトの新しい人生はそうして始まった。

 しかし、この世界でもうまくいかなかった。

 

 平民として見下され、疎まれ、居場所はどこにもない。

 結局、サイトはホームシックになった。嫌っていた父親が恋しくなった。

 

 涙が出た。思えば、人生で初めて流した寂しさの涙だった。

 

 そんなサイトのもとに現れたのはシエスタだった。

 シエスタはすべてを失って孤独に打ちひしがれたサイトの心に光を与えた。

 

 サイトは目の前でほほ笑むシエスタに向けてつぶやいた。

 

「もしおれが生まれ変わって……そして、偉大なナイトとして君ともう一度巡り合えたなら……」

 

 サイトは少し間を置いてから言った。

 

「命がけで君を守るナイトでありたい。おれの心を癒してくれたようにおれも君を守りたい」

 

 その言葉を伝えると、目の前のシエスタは消えてなくなった。

 朦朧とした意識が現実に戻ってきた。

 

 痛みはなかった。体が激痛で悲鳴を上げているはずなのに、サイトはとても心地よかった。

 ゆらゆらとサイトは立ち上がった。

 

「もうよしたまえ」

 

 サイトが声のほうに顔を向けると、そこにはバラを加えたギーシュの姿が見えた。

 

「君の無礼はこの子が償ってくれると言っているんだ。ありがたくその情けを受けるんだ」

「……」

 

 サイトは隣にいるシエスタのほうに目を向けた。

 シエスタはサイトのほうに心配そうな目を向けていた。

 

「これでよくわかっただろう。これに懲りたら、二度と貴族に歯向かわないことだ」

「……」

「では、行こうか」

 

 ギーシュはそう言うと、シエスタについて来るように促した。

 

「待て……」

 

 サイトは低い声で言った。その声は小さかったが迫力を感じさせた。

 ギーシュは足を止めてちらりとサイトのほうを振り返った。

 

「参ったな、まだわからないというのかね?」

「シエスタから離れろ」

「一度死なないとわからないというのかね?」

「おれはまだ負けてねえ」

「本当にしつこい平民だ。まあ、その根性だけは称賛してやってもいいかな」

 

 ギーシュはそう言いながらも、余裕の笑みで構えていた。

 サイトはそんなギーシュにゆらゆらと近づいた。体は楽だったが、足腰は震えていた。体に蓄積していたダメージは少なくないらしい。

 それでも、サイトは拳を握り締め踏み込んだ。

 

「哀れな平民だ。無駄な争いが一体何を産むというのか」

 

 ギーシュはバラを小さく振ると、後ろに控えさせていたワルキューレが前方に出て来た。

 

 ワルキューレが軽く小突くだけでサイトの体は脆く崩れ去った。

 

「平民は頭を下げて奴隷のように生きればいいものを。それが平民の生きる道だ。そのように教わらなかったのかね……」

「……」

 

 サイトは不死身のゾンビのように立ち上がった。

 

「もう本当によしたまえ。君の抵抗には何の意味もない」

 

 そのとき、ギーシュの知り合いと思われる生徒が幾人か寄ってきた。

 

「おい、ギーシュ。何をやってるんだ」

「あー、すまない。心配させてしまったか」

「あれ、こいつ。ルイズの使い魔じゃなかったか? なんだよ、使い魔をいじめてたのか?」

「そうじゃないよ。貴族へのふるまいを少々教育させてやっていたのさ。ルイズがきちんとしつけていなかったようなのでな」

「あいつ、ボロボロじゃねえか。あんまり弱い者いじめはするなよ。貴族としてみっともない」

「そうだな。茶番もここいらにして、午後の授業に向けて予習するとしよう」

「おい、お前。大丈夫か?」

 

 ギーシュの同級生の一人がサイトに駆け寄った。心配しているように見えるが、見下した態度ということはすぐにわかった。

 

「お前平民なんだからわきまえて過ごせよな」

「嫌だね」

「は?」

 

 サイトはぼそりと言うと、再び、ギーシュをにらみつけた。

 

「おい、キザ野郎。まだ勝負はついてねえぞ、逃げんじゃねえよ」

 

 サイトはあくまでも勝負を続行させようとした。誰の目にも優劣は明らかだったが、サイトの闘志は燃えていた。

 

「やれやれ呆れてものも言えない。さすがの僕も降参だ。わかった、こうしよう」

 

 ギーシュはそう言うと、両手を上げた。

 

「君は勇敢にも貴族に立ち向かい、僕を打ち負かした。そういうことにしてあげるよ。それで君の自尊心が救われるなら構わない。寛大な僕の好意に感謝するんだな」

 

 ギーシュは自ら負けを認めた。しかし、それは実質勝利宣言のようなものだった。

 

「これでいいだろう? 君もいつまでもそんなところに立っていると死んでしまうぞ。医務室に行って治療を受けるんだ」

 

 ギーシュは完全に戦闘を放棄していた。サイトがどれだけ闘志を燃やしても勝負はとっくについていた。

 サイトがどれだけ歯向かっても、ただただサイトが無様な醜態をさらすだけだった。

 

 しかし、それでもサイトはギーシュに向けて拳を振るった。

 その拳はあっさりとワルキューレの拳に跳ね返された。

 

 ちょうど打ちどころが悪かったのか、サイトの顔面から少なくない量の血が噴き出した。

 

「サイトさん!」

 

 シエスタは反射的にサイトのもとに向かった。

 

「おい、ギーシュ。もうやめとけ」

「今のは正当防衛だ。もう僕に戦う意思なんてないさ。あの平民がしつこいから仕方なくだね」

 

 サイトはシエスタに支えられながらその場に座り込んだ。

 

「ありがとうございます。私のためにここまで戦ってくれて。おかげで、私は救われました。だからもうやめてください」

「……」

 

 シエスタにそう言われると、握り締めた拳を解かざるを得なかった。

 

「医務室は近くです。そこまで歩けますか?」

「ああ……」

 

 サイトはそう言いながら涙を流した。

 その涙は、痛みや苦しみからもたらされたものではなく、己の無力さによるものだった。

 自分の愛する女を守れない無力さがサイトに涙をもたらした。

 

 そのとき、甲高い声が近くで轟いた。

 

「ちょっとどういうこと?」

 

 この争いの場に割って入ってきたのはサイトの主であるルイズだった。

 ルイズは傷だらけでぐったりしているサイトを見て、近づいてきた。

 ルイズは鋭い目でサイトを見下ろした。

 

 ルイズの第一声はサイトを心配する言葉ではなかった。

 

「なにその怪我は? 一体何をしたのよ?」

 

 サイトがそれに答えないでいると、ギーシュが寄ってきて代わりに説明した。

 

「すまないね、ルイズ。君の使い魔を傷つけてしまったのは他でもない僕だ」

「はあ? なんでそんなこと」

「君の使い魔が貴族である僕に対して無礼を働いたから制裁をしたんだ。同じ貴族である君なら、僕の正当性を理解できるだろう?」

「……」

 

 ルイズは肯定も否定もしなかったが、否定しなかったところに、貴族制度のゆかりが広いことがうかがわれた。

 

「ともかく命に別状はない。薬草の費用ぐらいは僕が持つよ」

「まったく……」

 

 ルイズは一応納得したのか、もう一度サイトを見下ろした。

 

「あのね、あんたは私の使い魔なのよ。私に勝手におかしなことをするんじゃないわよ。わかった?」

 

 ルイズはサイトを心配することなく、ただただ強く言い聞かせるだけだった。

 サイトはそんなルイズに鋭い視線を向けた。

 

「なに? なんか言いたいことあるの?」

「おれは負けてねえ」

「はあ?」

 

 サイトはシエスタの手を解いて立ち上がった。

 そして、静かな気迫のこもった表情でルイズに近づいた。

 

「な、なによ?」

「おれは絶対負けねえ。貴族なんかにはな」

「わけわからないわ」

 

 サイトはいつの間にかたくさん集まった取り巻きたちを順に見渡した。

 15人ほどの生徒がこの場に集まっていた。彼らはみな貴族で、おおむねすべての者がサイトを見下すように見物していた。

 

 サイトは周りを見ながら大きな声で言った。

 

「てめえら、全員聞け!」

 

 サイトは額の血をぬぐって声を張り上げた。

 

「おれは絶対に貴族には媚びねえ。たとえ殺されるとしてもな。てめえらがどんだけでかい態度取ろうが、おれは絶対に頭を下げねえからな。馬鹿にしたけりゃしろ。おれだっててめえらを馬鹿にしてやる!」

 

 言いたいだけ言うと、サイトはギーシュのほうに目を向けた。

 

「ギーシュ。おれはお前をもう一度ぶん殴る。それで死ぬなら死んでもいい。てめえを絶対に許さねえ」

「……」

 

 ギーシュはこれまでにない気迫をサイトから感じていた。ギーシュの締まりのない表情が真顔に変化した。

 

「ふむ、1つ聞かせてくれないか。僕を殴れるなら死んでもいいと言ったが、君は死が怖くないのかね?」

「怖いよ。怖いに決まってるだろ」

「ならばなぜ、死を覚悟してまで僕に歯向かう? 仮に僕を殴ったとしても、何も得るものはないだろうに」

「あるさ」

 

 サイトはそう言うと、両手の拳を握り締めた。

 

「お前の言う通り、おれはただの平民。なんの力もねえ雑魚だ。だからよ、せめて心ぐらいはナイトでありたい。それだけだ。てめえのようなボンボンには一生わからねえだろうがな」

 

 サイトはそう言うと一歩前に出た。

 サイトは思えばこれまで逃げ続けて来た。ここにたどり着いたのも現実から逃げた結果だった。

 しかし、いまは逃げるわけにはいかなかった。ここで逃げたら、すべてが終わりだと思った。

 

 ギーシュはサイトのその言葉から何かを感じ取ったようだった。

 

「なるほど。君のその言葉には感銘したよ。僕も魔法衛士を目指す身。君のその姿勢は魔法衛士のあるべき心そのものなのかもしれないな。ならば、君の決心を邪険に扱うわけにはいかないな」

 

 ギーシュはそう言うと、バラの花を振り、ワルキューレを追加で2体召喚した。

 

「君の強き心に敬意を示して、全力で立ち向かわなければならんな」

 

 サイトの前に3体のワルキューレが立ちはだかる形になった。その間にルイズが割って入った。

 

「何なのよ、あんたたちは。まだやり合うっていうの? 馬鹿げてるわ」

「ルイズ、ここで止めたら、彼の騎士の精神を侮辱することになってしまうよ」

「そんなの関係ないわよ」

 

 ルイズはそう言うと、サイトのほうを見て言った。

 

「主の命令よ。やめなさい」

「嫌だね」

「何ですって?」

「あのさ、お前にとってもいいことだろ。おれが死ねば、お前は新しい使い魔を手に入れられるんだからよ」

「……」

 

 ルイズは黙り込んだ。その通りだったが、このままサイトが死ぬことを望むほど非情にはなれなかった。

 

「グリフィンかドラゴンか。好きなやつを選べよ。おれはお前の夢を邪魔する気なんてさらさらねえからよ」

 

 サイトはそう言いながらルイズの隣を通り抜けた。

 サイトはワルキューレの先に立つギーシュ一点に全神経を集中した。

 

「サイト、このまま僕に向かっても勝ち目はないだろう。貴族の情けだ。君に1つチャンスを与えよう」

 

 ギーシュはそう言うと、バラの花を振るい、何やら魔法を唱えた。

 すると、ギーシュの手には何やら剣が1本現れた。

 

「見事なものだろう? 僕は錬金魔道士。このぐらいお手の物だ」

 

 ギーシュは生み出した剣を軽く放った。その剣は魔法の力を受けて勢いよく回転し、やがて、サイトの目の前の地面に突き刺さった。

 サイトはその剣を見下ろした。

 

「これは……」

 

 サイトにはその剣に見覚えがあった。

 

「それはカタナという。伝説によると、サムライという異世界の騎士が使ったとされる武器だ。錬金魔道士として興味を持っていてね、それで自分なりに再現してみたのだ」

 

 ギーシュはそのように説明した。

 それはまぎれもなく、日本刀だった。

 日本刀がこの地にあるということは、地球とハルケギニアは昔から何かのやり取りがあったということになる。

 

「サムライは命を賭け、愛する者を守ったという。魔法衛士を目指す僕もまたそうでありたいと思っている。君も同じ気持ちなら、サムライとして僕に向かってくるがいい」

「サムライか……」

 

 サイトはゆっくりと手を上げ、日本刀に近づけた。

 

「サイトさん……」

 

 シエスタはサイトの伸ばそうとした手を制止した。

 

「お願いです、もうやめてください」

「……」

「もう十分ですから」

 

 シエスタは最後までサイトの身を案じてくれた。その言葉がサイトにはうれしかった。その言葉が聞けたなら、もう死んでもいいと思った。

 同時に、その言葉を守るのがサムライの使命と考えた。

 

「ありがとう、シエスタ。君と出会えたことがおれの人生最大の幸運だ」

「……サイトさん」

「おれは君を守るサムライであると誓う。たとえ誰が相手でもおれは君を守る」

 

 サイトはそう言うと、日本刀を握り締めた。

 

 その瞬間、手の甲のルーンが鋭い光を放った。

 

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