ゼロの使い魔 ルートシエスタ   作:やまもとやま

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 おまけ 愛って知ってるかい?

 僕が最初に読んだライトノベルが本作のゼロの使い魔でした。

 それまで、僕が読んでいた小説は児童文学ばかりでした。簡単な漢字にもすべてふりがながついていて、「小川」といった簡単な漢字も「おがわ」とひらがなで書いてあるような小説です。

 

 動物と女の子が会話をすると言った平和な小説ですね。

 僕の世界はそんな誰も傷つかないお花畑の世界だったのです。

 

 そんな世界では、よこしまな思想は生まれません。

 そんな世界では、「人を好きになる」という意味は単にそれだけの意味なのです。

 だから、好きと嫌いはとても簡単なことでした。

 

 ゼロの使い魔に出会ってから、平和な世界ではない物語の世界を知るようになっていきました。

 本作品はちょうど、思春期のときに出会う感情の変化に正直な小説だったので、僕はちょうどいいときに、ちょうどメッセージが刺さる時期にこの作品を読んだので、ゼロの使い魔は僕の一番感動する小説になりました。

 

 ラブコメディでは、主人公が一度に複数の女の子を好きなります。

 きれいな世界に住んでいたら、一度に複数の人を好きになることはよこしまなこと。一途な愛以外は「愛」と言っちゃいけないということで、そういう感情は理解できなかったと思います。

 

 しかし、思春期になると誰しも、少なくとも一度に10人は好きな女の子ができると思います。

 僕はクラスだけで3人、ほかに合わせると8人の女の子に好意を寄せていて、そのうち一人でもという思いを持っていました。

 それはよこしまなことでしょうか?

 一度に複数の女性を好きになることは邪道でしょうか?

 

 もし、楽園にイヴという女の子しかいなかったら、おそらくは他に好意を寄せる女の子が出てくることはなかったと思います。

 神様が創った世界は、たくさんの女性がいる世界です。

 アダムとイヴだけの閉ざされた世界ではありません。

 SNSも発達して、クラスの女の子だけでなく、全国の女の子を見つけることができる時代です。

 そんな時代に、ただ一人の人だけを愛するなんて不可能だと思いませんか?

 

 僕は「愛」というのは、賞味期限の短いものだと思います。

 愛を担保するのは、そのときの感情だけです。

 永遠の愛を誓うその瞬間の愛は、3年後に離婚届にサインするそのときには消えてなくなってしまっています。

 でも、それが本物の愛。とけない氷のような消えない愛は現実的じゃない。

 

 だから、人を愛するという崇高な感情は、そのとき自分の命をかけた人だけが手に入れることができるもの。死んで終わりだから、愛は永遠になるんです。

 僕が本作品で「愛の哲学」を学んで、何が何でも自分なりの愛の哲学を完成させたかった。

 

 正義のヒーローのその後なんて見たくもないでしょう。

 命をかけて女の子を助けたその後が見たいですか?

 

 魔界村のその後が見たいですか?

 命をかけて姫様を助けて結ばれても、30年も生きていると、痴話喧嘩もするし、嫌になってしまうでしょう。

 

 ハッピーエンドはその後を詳細に描かないから美しいんです。その後がないから、愛がそのままで保存されるんです。その後の数十年に渡る後日談を見れば、愛のイメージも大きく変わってしまいます。

 

 愛というのは一瞬。はかないもの。ただその瞬間だけしか感じることのできないもの。

 それを虚しいとするか、貴重なもの、奇跡の花とするかは人それぞれ。

 

 科学的に突き詰めれば、人間はドーパミンに突き動かされるロボットです。

 ドーパミンは一瞬だけのエネルギー。一瞬だけの感動、興奮、集中です。

 

 人の一生もまた、宇宙単位では一瞬の瞬きなんです。

 僕たちは「一瞬の輝き」に対してあまりに無礼なのかもしれません。

 

 最後は結ばれてハッピーエンド。その後の50年の結婚生活を見なければそれでいい。でも、僕は想像できるだけの頭脳を持ってしまったから、それはもうハッピーエンドじゃない。

 

 本当のハッピーエンドってのは、大好きな二人が愛を知って、それから二度と巡り合わないこと。違いますか?

 結ばれた後の50年の、夫婦喧嘩が絶えず、老後の年金を心配するような結婚生活がハッピーエンドですか?

 

 一瞬の愛を認識した後、二度と会うことがない。それが私の考えるハッピーエンド。

 それはバッドエンドという人もいるかもしれない。

 しかし、私は愛を永遠にするただ1つ、唯一無二のハッピーエンドと考えます。

 

 ゼロの使い魔は素晴らしい作品です。しかし、エンディングは私の理想の真逆です。

 サイトはただ一人で帰るべきだったんです。一人で帰り20年後。結婚しているにせよ、独身にせよ、ふと思い出す人が唯一愛を永続化することに成功した概念です。

 

 そんな僕が「タイタニック」を愛する気持ちもわかるでしょう。

 タイタニックは、愛する人は他にいて、その人とは異なる人と結婚して、ただの一度も愛する人と出会うことができず、最後の時を迎える走馬灯の中でのみ巡り合うという、私の理想のハッピーエンドです。

 

 もし、あなたが学生時代に愛する人がいて、一度も声をかけることもできず、そのまま会うことがなくなり、それからずっと独身で暮らし、最後に孤独に死ぬ日が来たとします。

 その間、その子は他の誰かと結婚して、子供もいたとします。

 でも、あなたの中にはあのときのあの子の姿が保存されていて、あなたは最期にその人を想いだして死ぬんです。

 

 それが最も美しいハッピーエンドでなくて何だと言うのでしょう。

 それとも、学生時代の愛するあの子と結婚するシナリオが理想ですか?

 それからの50年の結婚生活が理想ですか?

 

 ドラえもんはのび太の未来を変えて、お嫁さんをジャイ子からしずかに変えてしまいました。

 私ははっきり言いたい。

 ドラえもんは悪魔だ。のび太から愛を奪った。のび太からハッピーエンドを奪った悪魔のタヌキだ。許されないタヌキだ。時間犯罪者だ。

 

 のび太にとって、愛したあの子と巡り合うことなく生きていき、死ぬ最後にその子を思い出す人生が一番良かったはずなんです。

 のび太にドラえもんなんていらなかった。粗大ごみのタヌキだ。

 

 僕は作者の身勝手なエゴイズムで偽りのハッピーエンドを押し付けられて犠牲者になっていった主人公たちを助けるために二次創作を始めたのです。

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