サイトの病状が回復するまでの間、ルイズはサイトの看病のために付き添う形になった。コルベールからの命令だったので従わざるを得なかった。
看病すると言っても、サイトは目覚めたその日から食事が摂れるほど元気だったので、実質やることは何もなかった。
さらにルイズを暇にさせたのが、シエスタだった。
シエスタはほぼ24時間サイトのそばに付き添って、あらゆる世話を焼いた。食事の用意まで、身の回りの世話、話し相手に至るまで、そのすべてを行った。
結果、ルイズは蚊帳の外となった。
本来なら、それは喜ばしいことだった。
シエスタが使い魔の世話をしてくれるのだから、自分の時間を自由に使える。サイトに手間がかからないのだから、その時間を使って勉強することもできた。
実際、ルイズは魔導書を読み勉強するつもりで、本を何冊も持ち込んでいた。
しかし、読書にまったく集中できなかった。
目の前では、シエスタとサイトが楽しそうに談笑している。その光景を見せられるルイズにとっては気が散って仕方なかった。
ルイズはそれを無視して魔導書に集中しようとしたが、二人が楽しそうに会話をする声が文字の上にかぶさってきてどうしても集中できなかった。
ある日、ルイズはイライラが抑えられなくなり、シエスタとサイトの談笑に割り込んだ。
「ちょっと、あんたたちさ、うるさいんだけど。いい加減にしてくれないかしら」
「あ、申し訳ありませんでした。つい夢中になってしまって」
シエスタはそう言って頭を下げたが、それでもルイズのイライラは収まらなかった。どうしてここまで二人のことが気が散るのかルイズにもわからなかった。
シエスタもサイトも平民だ。平民のやり取りなんていつものルイズだったら余裕で見過ごすことができる。
しかし、ルイズはどうしても二人のやり取りだけは無視できなかった。
「シエスタって言ったっけ、あんた」
「はい」
「あんた、メイドなんだから仕事があるんじゃないの?」
「サイトさんが元気になるまでの間、しばらく仕事のお休みをいただいたんです。ちょうど、オールドオスマン学院長が許可をくださったので」
オスマンが許可をしたのなら、ルイズも反論することはできなかった。
「もう元気みたいだからいいわよ。さっさと仕事に戻りなさいよ」
「いいえ、医術師の先生たちが完解したとおっしゃるまでサイトさんの看病をさせていただきます。もしものことがあれば取り返しがつきませんから」
「……」
ルイズはシエスタから強い意志を感じ取った。平民なのに、貴族であるルイズを上から圧倒するような重圧だった。
「それではサイトさん、ミスヴァリエールの読書の邪魔にならないように少し外に出ましょう。火の光を浴びることも大切ですから」
シエスタは押し車を用意した。
「そうだな。悪かったな、ルイズ。邪魔して」
「ちょっと待った!」
ルイズは二人を制止した。
「なんだよ、おれたちがいないほうが集中できるだろ。見舞いに来てくれたやつ、マリコルヌと言ったか、そいつがお前、魔法の成績が芳しくないと言ってたぜ。なら、集中して勉強しろよ」
「うるさいわね。筆記の成績は学年2位なの」
ルイズはコンプレックスを付かれて強烈に反論した。
サイトは首を傾げた。いつものルイズとはあらゆる反応が違っていた。
これまでのルイズは自分のことを犬か猫のように見ていた。いや、犬や猫だって主人に可愛がってもらえている。サイトの場合、完全に無視されていた。
しかし、なぜか異様にこちらに絡んでくるようになっていた。サイトもその理由がよくわからなかった。
「ともかく先生の許可なく外に出ちゃダメ。いいから、そこで静かにしてなさい」
ルイズは強い口調でそう言うと、鼻を鳴らして読書に戻った。それでもまだイライラは収まらなかった。いったいどうしてしまったのだろう。ルイズは自問自答した。
◇◇◇
ギーシュとの一戦で、生徒たちのサイトを見る目も変わった。
色々な生徒がサイトの見舞いにやってくるようになった。
肝心のギーシュだが、一旦実家のグラモン家に帰ったそうである。見舞いに来てくれたマリコルヌの話によると、グラモン家の主、すなわちギーシュの父親に厳しく説教されているのだという。
マリコルヌはガラガラ声の小太りの少年で、サイトとは気が合って、連日見舞いにやってきてそれなりに親しくなった。
ほかにも色々な者が見舞いに来てくれたが、その中でもサイトの意識に強く残ったのはキュルケだった。
キュルケ・ツェルプストー。
火炎魔術の大国「ゲルマニア」から留学してきた優秀な越境組の一人で、学院内で一番の巨乳……ついては美貌の持ち主だった。
アカデミーへの進学を決めている優秀な3年生やアンロック魔術の腕前を競う大会で優勝した優秀な2年生などさまざまな相手と交際していると噂が立っているが、サイトの剣術を見たことから、キュルケはサイトに好意を寄せるようになったらしく、サイトの病室をたびたび訪れた。
キュルケはサイトに恍惚の態度で近づいた。
「サイト、具合は良くって?」
「あ、ああ」
サイトは目のやり場に困り顔をそむけた。
「そう、それは良かったわ。なら、今夜私の部屋にいらして。あなたをもっと元気にしてあげるわ」
キュルケはストレートに誘ってきた。そういうことに慣れていないサイトはどぎまぎした。断り切れず、しかしストレートに肯定もできずにいると、シエスタが二人の間に入った。
「申し訳ありませんがミスツェルプストー。サイトさんは病人なのです。またの機会、いいえ、このままお引き取り願いますか?」
キュルケは口を緩めてシエスタを見下ろした。長身でスタイルのいいキュルケは勝ち誇ったように余裕のある表情でシエスタに尋ねた。
「あなたがサイトの恋人なのかしら?」
「私はシエスタと言います。サイトさんのお世話をさせていただいております」
シエスタは肯定はしなかったが、否定もまたしなかった。シエスタは強い目で下からキュルケの圧を跳ね返そうとした。
「ふーん、でもあなたのようなどこの馬の骨かわからぬ小娘にサイトはもったいないわ」
キュルケはそう言うと、恍惚に髪に触れた。
「サイトの剣さばき、あれはまるでガリア東薔薇騎士団のエース、バッソ・カステルモール様のよう。いえ、それ以上の可能性を秘めていたわ。目にも留まらぬ一太刀。でも私の目にはたしかに留まったわ」
キュルケはそう言うと、サイトに顔を近づけた。
「ねえ、教えてくださる? サイトはどこで騎士を務めておられたの?」
「いや、騎士なんて。おれは剣も握ったことないし……」
サイトは正直に答えたが、キュルケはサイトが実力を隠したと思ったようであった。
「鷹は自分の爪を隠すと言いますものね。でも、少しぐらい素敵なところを見せてくれてもいいでしょ」
キュルケがもう一度顔を近づけたところで、シエスタは二人の間に割って入った。
「サイトさん、お薬の時間です。というわけで、ミスツェルプストー、今日のところはお引き取り願いますか?」
シエスタは思った以上に強引で、貴族のキュルケにも負けていなかった。
「ただの平民の小娘と思いきや、あなたもなかなか曲者ね。でも、そのほうが恋は燃えるというもの。いいわ、余計楽しくなってきたわ」
キュルケはそう言って笑った。
「また来るわ。サイト、そのときはあなたのその心を虜にしてあげるわね」
キュルケは余裕の表情でそう言うと、去っていった。負けるはずがないと思い込んでいるようで、シエスタのような必死さを表に出さなかった。
シエスタはキュルケを強敵と認識したようであった。シエスタはキュルケが去っていく姿をいつまでもにらみつけていた。
しかし、シエスタ以上にいら立ちを覚えていたのはルイズだった。最後の最後まで蚊帳の外なのが気に入らなかった。ルイズは本で自分のいら立つ表情を隠した。