ゼロの使い魔 ルートシエスタ   作:やまもとやま

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9、虚無の剣、ガンダールヴ

 剣を握り締めた瞬間、サイトの脳が覚醒した。これまで使って来なかった部分が燃え上がるように熱くなっているようだった。

 眠気が吹っ飛び、色々な情報がフラッシュバックされた。

 

「これは……?」

 

 サイトは心の中に浮かび上がってきたさまざまな光景と対峙していた。

 

「お前は……?」

 

 サイトの目の前には一人の男が立っていて、サイトのほうを見ていた。眩しい光のせいで男の顔は確認できない。しかし、口元は笑っているように見えた。

 

「ガンダールヴ、その力に溺れるな、決してな。そして、守れ、愛する者を」

 

 男はサイトにそのように言った。最後に一言付け加えた。

 

「命に代えても絶対にだ」

 

 サイトはその言葉を受けて、無意識のうちに力ずよくうなずいた。

 

「よし、その調子だ。頑張れよ、ヒラガサイト、虚無の騎士」

 

 男はそう言うと消えてなくなった。そして、視界が戻ってきた。はっとなって前を見ると、巨大化したモートソグニルが右手を天に挙げていた。

 

「サイト!」

 

 後ろからルイズの大きな声が聞こえた。サイトは不思議に思ってちらりと後ろを振り返った。

 

「お前、いまおれの名前を呼んだか?」

「は? 何言ってんのよ、そんなことより大丈夫なの? あんた、ギーシュと喧嘩したとき剣を持ったらおかしくなったんでしょ」

 

 サイトは手に取った剣の感触を確かめた。

 

「心配ねえ、頭は正常だよ。ちゃんと使い魔の使命は果たせそうだよ」

 

 サイトはそう言うと、モートソグニルをにらみつけた。

 

「使い魔の使命、主を守ることだっけかな。その任務果たさせてもらうよ」

 

 サイトは剣を構えた。

 剣を握った経験などなかったが、剣の使い方が手に取るようにわかった。体もとても軽かった。

 右手のルーンの輝きがサイトに摩訶不思議な力を与えているようだった。

 

 オスマンはサイトのルーンの輝きを見て口元を緩めた。

 

「まぎれもない虚無の輝きじゃ。問題はその力。善か悪か。モートソグニルや、とくとガンダールヴの本質を引き出すのじゃ」

 

 オスマンの命令を受けたモートソグニルは右手にいかずちを発生させた。電気が弾ける大きな音がとどろいた。

 ルイズはその迫力に目を背けた。

 だが、サイトは堂々とそのいかずちを見ていた。ルイズは手で覆った隙間からサイトの姿を見た。

 凛々しく剣を構えたサイトの姿は他の何者でもない剣士の姿だった。

 ルイズはその光景に似たある光景を思い出した。

 

 あれは今から10年ほど前のこと。

 親に反抗して家出したルイズはとある森の中で荒くれのゴブリンに囲まれた。

 ゴブリンはルイズを生け捕りにしようとゆっくりと近づいてきた。

 ルイズは恐怖で動くことができなくなった。もうダメだと思った。

 

 そのとき、ルイズの前にいかずちが舞い降りた。

 

 舞い降りたいかずちは見事な杖裁きでゴブリンたちを電撃でなぎ倒した。体が麻痺したゴブリンたちは動けなくなり、その場に崩れ落ちた。

 

 いかずちは凛々しい目で恐怖してその場に頓挫するルイズに手を差し伸べた。

 

「ルイズ、戻ろう。君のお父様とお母様には僕のほうから頭を下げるよ、さあ」

「……」

 

 ルイズは凛々しく美しい男の手に取った。

 

「ワルド……どうしてここがわかったの?」

「偶然さ。でも無我夢中で走り回って探した。間に合ってよかった」

 

 良く見ると、その凛々しい男の髪は乱れ、息も上がっていた。自分のために本当に探し回ってくれていたのだとわかってルイズはうれしくてたまらなかった。

 その男の名はワルド。

 トリステインを代表する魔法衛士にて、王室の守護隊を束ねる隊長でもある。

 

 ルイズはワルドに初恋をし、それからずっと長い間ワルドのことを想い続けて来た。

 目の前にいるサイトがちょうどワルドの姿に重なった。

 

 ワルドのように背は高くない。体つきも未熟だ。しかし、自分のことを守ろうとするその心はワルドのそれと同じだった。

 ルイズはサイトからこれまでに感じたことのない頼もしさを覚えた。

 

 モートソグニルはいかずちを帯びた右手をサイトめがけて叩きつけた。

 手加減のない本気の攻撃だった。

 

 サイトはタイミングよく剣を振るった。

 素人とは思えない目にも留まらぬ剣捌きだった。明らかに特殊な力がサイトの力を高めていた。

 サイトが振るった剣からは炎の波動が直進した。

 その波動がモートソグニルの攻撃を跳ね返し、その巨体を後ろに転倒させた。

 

 サイトは自分で自分の剣捌きに驚いた。

 

「なんて力だ……これがおれの力だってのか?」

 

 論より証拠。モートソグニルはたしかにサイトの一撃で後ろに転倒した。ハイイログマなんて目じゃないほどに巨大で力強いモートソグニルが転倒したのだから、人間離れした力が身についていることは間違いなかった。

 

 しかし、モートソグニルはすぐに立ち上がり、今度は両手を胸の前で合わせた。今度は禍々しい漆黒の球体が生み出された。

 それはまぎれもなく人間をいや、獰猛な獣をも殺傷する力を持っていた。

 

「本気で殺しに来てるじゃねえか。なら、こっちも手加減しねえぜ」

 

 サイトは再び剣を構えた。ルイズはひるんでしまって動くことができなくなっていたが、サイトは勇敢にモートソグニルに向かって飛び掛かっていった。

 ルイズは今までのサイトのイメージを払拭した。もはや、目の前にいるのはただの平民ではない。

 

 サイトは鋭くステップを踏むと、力強く大地を蹴った。

 サイトの体は数メートルにわたって浮かび上がった。その跳躍力はトップアスリートのそれの比ではなかった。サイトはみるみる大地から遠ざかり、モートソグニルと同じ高さに到達した。

 

「行くぜ、おらあああああああ!」

 

 サイトは空中で剣を構えた。サイトを聖なる光が包み込んだ。

 

 サイトの光の一太刀が放たれた。

 

 その輝きはモートソグニルをしたたかに斬りつけた。

 モートソグニルの体が両断されるのが見えた。

 両断されたモートソグニルからはおびただしい魔力が放出し、そのまま巨体は蒸発した。

 

 地上に残ったのはもとの小さなモートソグニルだった。

 

「ほほ、想像以上の力。じゃが、安心した。その力に悪しき色はない。聖なる力そのものじゃ」

 

 オスマンは納得したようにそう言うと、ゆっくりとモートソグニルに歩み寄った。

 

「大丈夫か、モートソグニル」

 

 モートソグニルは特にダメージを受けていないようで、そのままオスマンの肩に飛び乗った。

 

 サイトは戦いが終わったことを確認すると、剣を地面に突き刺して、剣から手を離した。

 すると、サイトの手のルーンから放たれていた光が消滅した。

 その瞬間、信じられないほどの疲労感が襲ってきた。立っていられなくなり、サイトはその場に膝をついた。

 

「サイト!」

 

 ルイズは立ち上がると、サイトのもとに駆け寄って肩に手を置いた。

 

「大丈夫?」

「ああ、体に力は入らねえが大丈夫だ」

 

 サイトは肩に置かれたルイズの手の感触を感じていた。いつもの冷酷なものとは違い、本当に自分のことを心配してくれているということがよくわかる温かさだった。

 その温かさがあれば、サイトは容易に立ち上がることができた。

 

「うむ、見事な剣捌きであった」

 

 ◇◇◇

 

 その後、オスマンとサイトとルイズは中庭のベンチに腰を下ろした。

 

「ふう、疲れたのう。そこの者、温かい飲み物を持ってきてくれるか、あとモートソグニルにもビスケットを1つ」

「かしこまりました。サイトさんはいつものやつでよろしいですか?」

 

 注文を受け取ったシエスタはサイトにそのように尋ねた。

 

「ああ、Aセットを頼むよ」

「かしこまりました」

 

 シエスタはそう言うと、温かい微笑みをサイトに振りまいてから売店のほうに戻っていった。

 

「なにAセットって?」

 

 ルイズが横目でサイトのほうを見ながら尋ねた。

 

「ああ、ゲルマニアハーブティーとタルトタタンのことをAセットで伝わるんだぜ」

 

 サイトはそのように説明した。魔法学院生活歴1年のルイズよりサイトのほうがこの売店のメニューに詳しかった。

 ルイズはあまりここの中庭を利用しないから、そんな造語には詳しくなかった。

 ルイズはサイトがこの中庭をよく利用しているということが少し不快だった。良く利用するということはつまるところシエスタとよく面会しているということだ。

 ルイズはシエスタがサイトにだけ特別な愛嬌を振りまいていることを認識していて、シエスタのことを自分の使い魔をつけ狙う泥棒猫のように考えるようになっていた。

 

 注文の品が届いたところで、オスマンは改めて二人に虚無のことについて話した。

 

「さて、改めて話そう。サイト君のあの力、あれは4系統のいずれでもない魔力からもたらされた力であった。間違いなく、虚無の力と考えて間違いないであろう」

「おれも間違いないと思います。おれはこれまで一度も剣なんて使ったことがないんです。でも、剣を握った瞬間に剣の使い方が手に取るようにわかるようになったんです」

「ふむ、始祖ブリミルが使った使い魔の騎士も同じだったという記録がある。ならば、サイト君もその力を継承したのかもしれんな」

「でも信じられません、私が虚無の力を持っているだなんて」

 

 ルイズは今でも半信半疑だった。それもそのはず、虚無の力を実際に発揮したのはサイトであり、ルイズはただそのルーンをサイトに刻んだだけだった。自分が実際に発揮した力ではなかったので実感に乏しかった。

 

「しかし、間違いない。ミスヴァリエール、おぬしは間違いなく虚無の継承者。誇りを持ちなさい」

「はい」

 

 オスマンにそう言われると、ルイズも誇らしく思うことができた。

 

「さて、虚無という大きな力を手に入れたのだから、二人ともさぞ周囲にその力を自慢して回りたいことじゃろう。しかし、ワシから君たちにお願いしたいことがある」

 

 オスマンはお茶を一口飲んでから続けた。

 

「おぬしたちが虚無の力を手に入れたこと、周りの者には秘密にしておいてほしいんじゃ」

 

 オスマンの提案にルイズとサイトは同時にうなずいた。オスマンの意図はすでにわかっていた。

 

「この国にはあちこちに荒くれものが目を光らせておる。虚無の力があると知れると、そやつらは間違いなくおぬしたちの前に現れ利用しようとするであろう。ワシは平和を望む身。どうだろうか、この願い聞いていただけるであろうか?」

「もちろんです。おれもこの力を争いのために使う気はありません」

 

 サイトは堂々と主張した。虚無の力を解放したとき、サイトはそこに現れた男と約束をしていた。

 その力に溺れるな。愛する者を守るためだけにその力を使えと。

 

 サイトはその男の力を継承するにあたり、その意思も継承したかった。それにサイトもまた平和を愛する日本国民としての自覚がある。剣を悪しきのために使う気はなかった。

 

「私も約束いたします。私の将来の夢は魔法衛士になり、トリスタニアを平和な国にすることです。決して悪のためにその力は使いません」

「ありがとう、二人とも。いや、当然の道理かもしれんな。虚無は使い手を選び継承される。おぬしたちのその篤い心が虚無を呼び込んだのかもしれん」

 

 オスマンは二人の心を見て、虚無は最もふさわしい者たちに引き継がれたのだということを悟った。

 


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