呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
1.
「先輩方、良いんスね?」
どこか重い空気の家庭科準備室兼オカ研部室の中、そう切り出したのは、短髪のツーブロックヘアの
「…………うん」
眼鏡の少女、佐々木
そしてその節子に対面するようにいる、狐目の井口
「蓮も良いな?」
「もちろん」
癖毛の青年、虎杖の竹馬の友、
今、四人は戦っていた。オカ研の存亡を脅かす暴虐の魔王、憎き生徒会長を懲らしめなければならぬと、そう決意した。
しかし宿敵の弱点はてんで分からぬ。このままでは意のままに蹂躙される事は明白であった。そこでオカ研は、オカ研なりの矜持を見せようとした。心霊現象研究同好会という名で活動しているが故に常軌を逸した方法で、彼奴にギャフンと言わせてやるのだ。
「──っし、じゃあ行くぞ!」
『こっくりさんこっくりさん、生徒会長がギリ負ける生き物を教えてください!』
そう、こっくりさんで。
紙の上を十円玉が四人の人差し指と共にするすると動いていく。最初の文字は『く』。次に『り』。そして『お』。最後に『ね』。くりおね。生徒会長の上位存在となる生物、それはクリオネであった。
「クリオネってざっこ!!」
『あははははははは!!』
一斉に四人は吹き出した。皆、腹を抱えて笑っている。蓮も控えめに笑う。
ちなみにこっくりさんをする時は決して十円玉から指を離してはならないのがルールだ。手軽に出来るとは言え、一種の降霊術。侮ってはいけない。ちゃんと戻るよう指示し、紙は細かく破いて廃棄し、十円玉も三日以内に使用するよう心がけよう。
そんな平和な部室に、しかし乱入者が突如として現れる。
「うるさいぞオカ研! 廊下にまで響いてるぞ!」
「おっ、プランクトン会長じゃん」
「誰がプランクトンだ、誰が!!」
「三日ぶりですね……くくっ、プランクトン会長」
「雨宮……お前は最後の希望だと思っていたのに……」
いきなり扉を開けて怒鳴り散らかしてきたのは、杉沢第三高校の生徒会長。我らがオカ研の宿敵である。オカ研の行動の悉くにケチをつけてくる頭の硬い眼鏡の男だ。時々生徒会の手伝いをしている蓮にとっては、真面目すぎるだけの印象しかないが。
「……はっ、いかんいかん。そうではなくてだなぁ! オカ研ども、ここは女子陸上部の更衣室となるのだからさっさと立ち去れ!」
「はぁーっ!? なんでよ、差別だ差別!」
節子が講義の声を上げる。便乗して武志もそうだそうだと声を荒げる。
「差別ではない区別だ! 碌に活動報告も出しとらん貴様ら問題児に、費用も居場所も与えられる訳が無かろう!」
「ばっきゃろい、俺の先輩方を舐めて貰っちゃ困るぜ」
「その通り!」
「何ッ?」
バン、と節子がこっくりさんで使った紙の上に秘蔵ファイルを叩きつける。かなり罰当たりだ。
「ウチのラグビー場が閉鎖されてる事はご存知でしょう?」
「ああ。利用者が体調不良を訴えたからな」
「それも
「だが、それは……」
会長が言い淀む。
「情報によると、彼らが体調を崩す直前、不可解な現象が起こっていたとの事。風もそこまで強く無いのにゴールポールが震えたり、どこからか誰のかも分からない声が聞こえてきたり……」
「…………っ」
会長が固唾を飲む。
「そこでこの新聞記事です。三十年前、建設会社の吉田さんは、建設途中の杉沢第三高校を最後に行方不明となっている。それもそのはず、当時吉田さんは多方面から借金を抱えていたんですよ。……闇金にも手を出しているほどに。
──そしてッ、その筋の人に狙われた吉田さんが恨みを買って襲われ、ラグビー場に埋められた! つまり一連の騒ぎは高田さんの怨念がラグビー部に襲いかかったため起こったのです!!」
「そ、それは…………!」
これで存続を認めてもらえるだろう。オカ研員が勝利を確信した笑みを浮かべながら──
「マダニが原因だそうだぞ」
──思惑が音を立てて崩れ去った。
「……どーせ私なんて…………」
「あー! プランクトンが先輩泣かしたー!! オカ研がオカルト解き明かそうとしてんのに真っ向から否定しやがって!」
「会長と呼べ虎杖! こちとら変な噂ばかり流されて迷惑なんだよ! そもそも問題なのは、虎杖と雨宮の籍がオカ研に無く、陸上部にある事だ! 同好会の定員不足だぞ! …………だがまあ、雨宮がどーしても生徒会に入りたいと言うのなら」
「えっ、俺らちゃんとオカ研って書いたよ? な、蓮?」
「ああ。オレも一緒に提出したし」
「…………」
哀れなり、生徒会長。彼なりの必死のアピールに蓮は振り向きもしないのだった。しかし当の本人とその友人は疑問符を浮かべ別の件に意識が向いている。
「──それは俺が書き換えたのさ」
ババーン、と言わんばかりに陸上部顧問の高木が現れる。坊主頭が彼の渋さに拍車をかけている。ジャージの上からでも彼の筋骨隆々さが解る。会長曰く、『生徒より問題のある教師』との事。その証拠に会長が遠い目をしている。まあ、入部届を書き換えている時点でお察し頂けるだろう。
「虎杖! 雨宮! 全国制覇には、お前達二人の力が必要だ……」
「しつけーな! 俺無理ってなんべんも言ってるだろ!」
「すみません先生、オレもバイトに間に合わせたくて」
「ダメだ!」
「ダメなの!?」
「断る事を断っている……」
(哀れ雨宮……この場は俺が納め、然るのち生徒会に……!)
割と生徒会長も問題ありげだ。
「だが俺も鬼では無い……正々堂々、陸上競技で勝負と行こうじゃないか!」
「ほほーう?」
悠仁が興味ありげな反応を示すが、蓮はどこかそっけなかった。というか目が死んでいる。かなり面倒くさく感じている時の表情だ。
それにしても、入部届を書き換えるのは正々堂々なのだろうか。
「俺が負けたなら潔く諦めよう。だがしかし、俺が勝ったら……!!」
「皆まで言うな高木……面白え、やったろーじゃん! な、蓮!」
「まあ……いいけど」
「よし!」
これが、オカ研の四人の日常である。
2.
晴れ渡る空、
しかし彼の目にはそう映らなかった。
(なんだここ……)
ゴールポールの頂点に巨大なナニカがいた。その巨躯を鑑みればポールは折れていても不思議ではないのに、驚異的なバランス力か、はたまた見た目に反して質量は伴っていないのかは分からないが、宿木に停まる鳥のようにポールに捕まっていた。──その容姿は、全く鳥とは言えたものではないが。
ソレはイグアナのような爬虫類のようでいて、足が六本あり、本来無い筈の歯茎と人間の歯があるため、決して爬虫類ではない。
ソレは
ソレは声を発している。おおおおぉぉ……と唸るように鳴いている。内臓に響くような重低音で、どこか人間の男の声に似ている。しかしその姿は決して人間のそれとは言えない。
ソレはおそらく普通の生物ではない。……そもそも、ソレは生物なのかすら危うい。──なぜなら、その異質すぎる光景を、彼
(
彼、
端的に言ってしまえば、アレは『呪い』だ。正式名称を《呪霊》といい、人の負の感情……恥辱、後悔等が形状を持った物。人から出でし人ならざる怪異。災いを
──日本の平均年間怪死者・行方不明者は、一万人を超える。そのほとんどが呪霊の仕業だ。
伏黒恵の
では何故、このような田舎の学校に呪術師がやって来たのか。
恵の本拠地は、彼の在籍する東京都立呪術高等専門学校。即ち東京だ。しかし杉沢第三高校は宮城県仙台市にある。全国各地の呪霊をピンポイントで探知できるのかと問われれば……可能な呪術師も全世界を探せばいるかもしれないだろうが、恵にそのような芸当は出来ない。そも恵の目的は、呪霊を祓う事に無いのだ。
《呪物》──文字通り呪いを孕んだ物品の回収。それが伏黒恵に課せられた任務だ。保管場所は杉三高校の百葉箱
そしてその翌日である今日、生徒に扮して呪いの気配を頼りに呪物探索に勤しむのだが、恵が探しているのは《特級》に分類される危険な代物。その
何故このような危険物が学校に置いてあるのか。それは『強力な呪いを以って弱小な呪いを寄せ付けないため』だ。
呪いとは人の恥辱、後悔、辛酸といったマイナスの感情が溢れ、それが転じて形を為したもの。その受け皿となり得るのが、学校や病院といった『人の記憶が残りやすい場所』だ。
生まれる呪いの強弱も能力も様々だが、一つ簡単なルールがある。──弱肉強食の世界。邪悪な呪いに弱小な呪いは寄り付かない。寄れば喰われるのは分かりきっている。そのため強力な呪いを封じている呪物を、負の感情の受け皿となる学校や病院に置いておく事で、謂わゆる魔除けとなるのだ。
しかしこれはあくまで毒を以て毒を制する悪習のため、長い年月が経てば封印も緩まる。現に杉三高校の魔除けとして使っていた呪物の封印が解けかけている。封印の解かれた呪物は格好の餌だ。取り込んで自身の力にしようと企む呪霊がわらわらとやって来るだろう。このまま放置していれば、学校関係者の命が危ない。
先の巨大呪霊は、恵が見積もった所『二級』に相当する。これは特級を除き六項目ある呪霊階級──一級、準一級、二級、準二級、三級、四級と、上から三番目。現代武器で呪霊を倒せるとして、散弾銃を用いてギリギリといったレベルの強敵。普通の人間が敵うはずもないのは火を見るよりも明らかだ。早く探さなくてはならない。
しかし特級呪物という規格外さゆえか、呪いの気配が学校中に蔓延していて場所を特定できない。恵は右往左往している状態にあった。
(これじゃ近くにあんのかも遠くにあんのかも分かんねー……)
最悪の事態になる前に、さっさと回収しなければ。学校を閉鎖し、呪霊を祓いつつくまなく探す計画を、嫌々ながら練るのだった。
(…………何だ、アレ)
そして、
巨大なナニカが、ゴールポールに停まっている。知識量が《知恵の泉》ほどあるのではないかとオカ研から噂されるほど博識だが、ソレに類似する生物を知り得なかった。感情があまり表情に出ない蓮でも、流石に度肝を抜かれる思いを味わった。
そう、
蓮は生まれつき霊感が強い人間だったが、同時に賢い子どもでもあった。幼少期から『変なの』が見えたし、『変なの』が人にくっ付いていると、その人の体調が悪くなっている事も分かっていた。そして『変なの』は他の人には見えないという事も、『変なの』を指摘すると気味悪がられる事も。そんな時は「肩に虫が付いてる」といって払ってやるか無視していた。
しかしどうだ。このような巨大な『変なの』は、今生において見たことがない。流石にこの大きさのものを無視する事は出来なかった。
「蓮? 何見てんの? 砲丸投げ始まるよ」
「あ……いえ、変な形の雲だなあって思って」
「えー、変な蓮。……もしかして何か見えてた?」
「まさか。まだ明るいのに活動してる幽霊なんて聞いたことありませんよ」
どうやら節子にも武志にも、果ては見物客の誰も彼もが見えていないようだ。言い訳としては苦しいが、そう言う他無かった。
蓮の不安をよそに、グラウンドは盛り上がっている。高木が選んだ種目は砲丸投げだった。ジャージを脱ぎ、上着がタンクトップのみになっている。気合は十分と言ったところか。もうじきアラフィフになるのだろうに、その筋力は衰えるところを知らないようだ。砲丸を首につけ、一回転半の後押し出すように投球。遠心力が加わることで、飛距離を伸ばした。
「記録、十四メートル!」
日本最高記録は十八・八五メートル。記録十四メートルは、男子高校生の十二ポンドでベストテンに入れるレベル。見惚れるような肉体美は伊達ではないという事だ。観客から感嘆の声が上がる。
「──フッ」
「スゲーっ、高木全然現役じゃん!」
「どーすんだ、虎杖と雨宮!?」
野次が飛んでくるが、蓮はお構いなしに定位置につく。
「……ねえタケ、悠仁と蓮ってそんなに有名なの?」
「俺もよく知らねーんだけど……悠仁はSASUKE全クリしたとか、ミルコ・クロコップの生まれ変わりとか何とか。ついたあだ名が『西中の虎』」
「……ダサくね? ってかミルコ死んでねーだろ。蓮は?」
「一年の身体測定で運動部差し置いて二位全部掻っ攫ったってのは聞いたことあるな。顔も頭も良いから悠仁より人気がある」
「非の打ち所ねー……」
「俺も思う」
二人の雑談をよそに、ずっしりとした重みが蓮の手を襲う。高校生男子のそれは重量六キログラムと、手のひらサイズになっただけの十三ポンドボウリング球と何ら変わらない。
(……見様見真似でやれるだけやってみるか)
一度深呼吸し、フォームを作ってみる。さほど風は強くない。追い風には期待できないだろう。
先程高木が見せたように、球を首に、腰を捻り、勢いよく回転し、遠心力に速度を加えられるだけ加え、持てる筋力全てを用いて、思い切り、押し出すようにぶん投げた。放物線を描いて蒼空を飛んで行き──地に落ち転がった。果たして、記録は──
「──16メートル!」
「ムッ」
『おぉ〜!』
『雨宮くん凄ー!』
「よし」
ガッツポーズを取りながら、確かな手応えを感じる蓮。黄色い歓声が上がる。魅力がぐんと上がった気がする。《魔性の男》と密かに噂されるのも伊達ではないと言う事だ。
当の本人は微笑しており、どこかほっこりとしていて満足気だ。これで高木の勝負に蓮は勝利したこととなり、オカ研での活動を認められるだろう。……蓮の活動を決めるのは、決して高木ではないのだが。
「よっし、バトンタッチ! 蓮!」
「頑張れ」
「おうともよ!」
互いに手を合わせて、投球順が移る。悠仁には緊張のきの字も無いが、しかし投方を決めあぐねているようだった。砲丸を手で遊びながら、高木に問う。
「ねーねー、投げ方分かんないから適当で良い?」
「ああ、この際それでファールは取らんさ。……すまんな虎杖、短距離選手のお前に力勝負を挑んで……。だがこれも、俺の本気をお前に」
ゴィイイン!!
嫌な音を響かせながらサッカーのゴールポストに砲丸がぶち当たった。しゅうううう、と煙が上がりながら湾曲している。そこまで広くないとはいえ、グラウンドの両端に置いてあるその位置は、悠仁達から見てもかなり距離があることがわかる。
「えーっと、大体30メートルくらい……」
ちなみに、世界記録は
「うっし、俺の勝ち!」
この場にいる皆は思った。
虎ではない、ゴリラだと。
しかもピッチャー投げである。前述の通り、男子高校生の投げる砲丸は六キログラムもある。ピッチャー投げなど出来るわけがないし、何より投球出来たとしても普通は肘や靭帯を壊すものなのだが、当の本人は何事も無いかのようにピンピンしていた。
「ナイスガッツだ、悠仁」
「おうよ! じゃーな先生。俺、用事あっから。あと、ナイススローイング!」
悠仁がサムズアップしながら高木の肩を叩いて戻っていく。蓮も後に続いた。佐々木が労いの言葉をかけながら悠仁達に言う。
「お疲れー」
「ウス!」
「悠仁も蓮も、運動部の方が良いんじゃない? 才能腐らせとくのは勿体ないし、無理してオカ研残らなくてもいいのよ?」
「いや、俺色々あってさ。五時までには帰りたいんだよね。でもウチって全生徒入部制じゃん? そんでどうしよーかなーって悩んでる時に、せっちゃん先輩が誘ってくれたってワケよ」
「オレ、
悠仁には何かしら事情があるようだが、対して蓮はそうでもなさそうにしているのだった。
「ってか、先輩ら俺らがいないと碌に心霊スポット行けないじゃん。怖いの好きなくせに」
「うっさいわね。好きだから怖いのよーだ」
「まあでも、雰囲気が良いのは確かだ」
「そーだな。結構好きなんだよね。先輩が良いならいさせてよ」
「んま〜、そう言う事なら〜? ねえ?」
「まあな〜?」
先輩二人が照れ照れしている。その一部始終を、伏黒は観察していた。
(あの虎杖ってヤツ凄いな……素であの力か。
正確には現実逃避に近かったが、野次馬の一人となっていたのは確かだ。見ている場合ではなかったと少し反省した。
「あっ!? もう半過ぎてんじゃん! やっべ!」
「お見舞いか?」
「そ! んじゃ俺行くわ!」
「倭助さんによろしく伝えといてくれ」
「おー!」
そう言いながら、悠仁が走り去っていく。その折に、偶然か必然か、恵はすれ違う形となり──肌が
(濃い呪いの気配! 間違いない、
──特級呪物の持ち主。そう考えた時点で、恵は反射的に悠仁に声を掛けていた。
「オイ! ……って早ッ!」
「虎杖ってトラックより早く走れるらしいぜ」
「マジ? やべーな」
しかし悠仁は遥か彼方へ。見知らぬ男子生徒二人の言う通り、恐らく自動車とトントンくらいのスピードだ。呪力を用いれば恵も追い付けるだろうが、人の目がある以上、派手な行動は出来ない。それに、呪力の発動で呪霊を刺激でもすれば、この場にいる教師や生徒が危険に晒されてしまう。
「クソっ」
悪態を吐きながら、恵は素の力で後を追い始めた。
「………………誰だろう?」
「蓮。
「無いですね。良いですよ」
「やっりぃ。人員確保!」
3.
窓が開いている。風にカーテンが
白い部室。鼻腔を刺す薬品の臭い。二人の男の影。一人は悠仁。もう一人は、病弱そうな老人。悠仁の祖父、虎杖
痩せ細った腕。皮と骨だけしかないかのように細々としている。皺だらけの顔。目元のシミ。髭は生えていない。坂立った白髪。目付きの悪さが、どことなく悠仁との血の繋がりを思わせる。
硬く結ばれた倭助の口から、
「悠仁……お前の両親のことだが」
「興味ねーよ」
ばっさりと切り捨てた。
「…………お前の! 両親の! ことだが!」
「や、だから興味ねーって爺ちゃん」
「〜〜〜っ、オマエなァ! 男はカッコつけて死にてえんだよ! 最期くらいカッコつけさせろクソ孫が!」
「いつもどーりでいいってば」
空気読め! と毒を吐かれる。拗ねたのか、そっぽを向いてしまった。妙に片意地な所があるのが、この爺の性格だ。
「蓮はどうした?」
「学校に残って部活。爺ちゃんによろしくってさ」
「少しは蓮みたく老体を労る誠意を見せてくれんかねえ、ウチの孫も」
爺ちゃんが溜め息をつく。
「ったく、ゆとりがよ……」
「ハイハイ、悪うござんしたね」
気にせずに花を生ける悠仁。
「悠仁」
「んー?」
「オマエは強いから、人を助けろ」
唐突にそんなことを言われると、流石の悠仁でも手が止まる。倭助の方を見るが、そっぽを向いていて表情は分からない。倭助は気にせずに続ける。
「誰でもいい。手の届く範囲でいい。とにかく、人を助けろ。
特に蓮だけは死ぬ気で守れ。アイツは良い奴だ。お前には勿体ないほどな。いつだって、お前の助けになってくれる……だからこそ、お前もアイツを助けろ。
──オマエは大勢に囲まれて死ね。
……俺みたいには、なるなよ。」
そう言って、黙りこくってしまった。
静寂が二人を包む。
「……爺ちゃん?」
声をかける。
返事はない。
……この静寂の意味を、悠仁は解ってしまった。
「……………………っ」
ナースコールを押す手が震える。受話器から女性の声が聞こえる。上手く声が出ない。要件の確認を促している。
目頭が熱い。薬品にではなく、別の要因によって鼻腔が刺されたような感覚がする。溢れないように、上を向く。嗚咽を堪え、悠仁は声を振り絞った。
「──爺ちゃん、死にました」
4.
夜。暗い病院。もう本日の受付は締め切っており、光源は受付の蛍光灯のみ。そこに二人。一人はナース、もう一人は、先刻祖父を亡くした虎杖悠仁だ。
「──うん、必要な書類はこれで全部ね」
「っス。お世話になりました」
礼を言いながら、悠仁はポールペンを置き、死亡書をナースに渡した。目元が赤いのは、気のせいだ。
「ほんとに大丈夫?」
「……なんつーか、まだ実感湧かないっス。でも、いつまでもウジウジしてたら、爺ちゃんにキレられるんで。あとは笑って、こんがり焼きますよ」
「言い方……」
鼻を啜りながら言う。残ったのは少しの寂寥。それでも前を向くのだと、悠仁は決めた。寂しさはあるが、後悔の無いように接してきた。倭助も安心して逝けたと思う。
「虎杖悠仁だな」
ふと、声が聞こえた。聞き覚えのない声だ。発した方向へと顔を向ける。ボサボサの黒髪で、喪服のように真っ黒な服を着ている。顔立ちから見て、同い年くらいか。眉間に皺が寄っている。
「呪術高専一年の伏黒恵だ」
「……誰? こっち喪中なんだケド」
「悪いが、あまり時間がない。お前の持っている呪物について話がしたい」
「ジュブツぅ?」
「……とにかく、こっちにこい」
ナースに一礼して、彼女に聞こえないであろう待合室に来た。受付時間はとっくに過ぎているため、かなり暗い。目を凝らせば何となく近辺にあるものが分かる程度だ。
「お前、コレ拾っただろう」
そう言いながら差し出されたスマホの画面には、『
「……あー! はいはい、ひろったわ。百葉箱んとこで」
「ソイツは危険なものだ。今すぐに渡せ」
「でもそれ先輩が気に入ってんだよね。俺は良いけどさ、理由くらい説明してよ」
「…………はぁ……」
溜め息を吐きながら、恵は呪物、及び呪霊について粗方を話した。
「──分かったか?」
「うん。大体」
「なら、今すぐに寄越せ」
「いや、だからそれは先輩に言えって」
「は?」
写真に写っていた箱を投げ渡される。
恵が中を見てみると──本命の呪物が、無い。──つまり。
(俺が追っていたのは……この箱にこびり付いた呪力の残穢だったのか……!?)
恵は悠仁の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「中身は!」
「だから先輩が持ってるってば!」
「ソイツの家は!?」
「知らねーよ! 確か泉区の…………そう言えば」
「何だ!?」
「先輩と友達、今日の夜学校でお札剥がすって言ってたな」
「────────────っ、すぐに案内しろ」
「え、もしかしてヤバいの?」
「ヤバいとか、もうそういう問題じゃない。」
──ソイツ、死ぬぞ……!
悠仁達は、既に走り出していた。
5.
「う〜ん、取れないぃ〜」
「なあ、これ夜に学校に忍び込んでまでやることか? 蓮、電気つけてくれ」
「はい」
「ダメよ! こーゆーのは雰囲気が大事なんだから! つけなくていいからね!」
『ええ……』
同時刻、オカ研部室。明かりは蝋燭一本のみ。そこに影が三人。節子、武志、蓮だ。既に時刻は夜の八時を過ぎているにも関わらず、光源が心許ないためかなり暗い。
「どーせ何も起こりゃしないわよ」
「そうですかね……」
「いや、蓮が言うとシャレになんねぇんだが」
「もしかしたら、それ
「ちょっ、止めてよそんな事言うの」
「冗談ですよ」
「霊感強えお前が言うと冗談に聞こえねーんだよ」
「それよりほら、行けそうじゃないですか?」
「ん。そうね〜、もうちょっとで〜……あっ! 取れた!」
ベリッ、と音を立てて札が剥がれる。──だが、その中に入っていたのは……。
「うわっ、何これ!?」
「どうした!?」
「……これは……」
──人間の指、だった。
「えっ……えっ? これ、本物……?」
「だとしたら、これ、相当やばいんじゃあ……」
落ち着かない二人の先輩。蓮の額にも変な汗が流れる。無理もない。オカルトを研究するとは言っても、このような
「──────っ、二人とも外へ!!」
「えっ!?」
「何だ!?」
「いいから早く!!」
耐えきれず、蓮は二人の手を取り、外へと飛び出した。
……その刹那。夕方に見た化け物に良く似た『ナニカ』が、天井からこちらを見て嗤っているような気がした。
──走らなければ、逃げなければ。
走る。廊下を走る。暗闇を駆けていく。肺が千切れそうになる。だが死ぬよりはマシだと言い聞かせ、
どこかの棟、教室の角を曲がり、投げ出す様に崩れ落ちる。酸素が足りない。肩で呼吸を繰り返す。二人はちゃんと着いてきてくれていたらしい。一抹の安堵が募る。
「ハァッ、ハァッ……もう、一体、何?」
「どうしたっ、てんだよ、蓮」
「シッ」
呼吸を整えながら、静かにしろ、と指で合図を送る。角の柱に背を預け、カバーの体勢を取る。──その仕草は、あまりにも手慣れ過ぎていた。
さておき、目を凝らす。二人も蓮の真似をして柱に身を隠しながら奥を見るも、あまりにも暗すぎて黒以外に何も見えない。宵闇の中、しかし蓮の目は、
……ひたり、ひたり、と音がする。まるで裸足で歩いている様な音。
呻き声が聞こえる。それは、まるで人語のようでいて、しかしその言葉におそらく意味はない。
二人も闇に目が慣れてきた。その『何か』の容姿は──二足歩行の巨大な蛙のようでいて──蓮だけに視える、『変なの』によく似ていた。
「イま なんじ ですかアぁァあ」
「──っ、ひ」
悲鳴を上げようとした節子の口を、蓮は手で強引に塞いだ。
「オイ……マジかよ……」
「
「嘘……、私……」
節子と武志が絶望の淵に立たされる。だがここで足を止めてしまっては、すぐに追い付かれ、一巻の終わりだ。それだけは避けたい。
「とにかく、逃げましょう。音を立てずに着いてきてください」
「……う、うん」
「お、おう」
蓮は二人をどうにか奮い立たせながら、化物から視線を離し、一階に繋がる階段のある方へ向いて、足を踏み出そうとした。
──しかし、もう遅かった。
「…………嘘だろ」
蓮にしては珍しく、無意識に弱音を呟いた。振り向いたその先、進もうとした廊下の奥。唯一の脱出経路にて、新たな化物が遠くからこちらを見ていた。海を舞う蛸のような、新たな化物。更にその奥にも、別の個体が見える。
四面楚歌。八方塞がり。逃げ場無し。
蓮達は、嵌められていた。
「いぃま なンぢ ですカああ」
そんな三人を運命は嘲笑うように、二足歩行の蛙の化物が柱の側に辿り着いていた。──その細腕を、節子に伸ばしながら。
「────────────あ」
5.
「そのお札って簡単に取れるモンなの!?」
「呪力の無いヤツには基本無理だが、今回ばかりは中の呪いが強すぎる! 加えて封印も年代物だから、紙切れ同然になっちまってる!」
夜の仙台を二人が疾る。友の命が危ない緊急事態。しかし二人は逆に落ち着いていた。慌てればその分時間も体力も消費する事を分かっていた。
「こっち、近道だ!」
(つっても、"呪い"なんてまだピンと来ねえよ……)
呪いが人を蝕み、殺す。
そのような空想や御伽噺を簡単に信じられるほど、悠仁の頭は柔らかくはない。しかしこの伏黒恵の焦りようは、『本物』がいると考えてもおかしくはないと悠仁は思った。
ならば急がねば。そう思いながら、全ての力を振り絞って走り続ける。果たして、二人は杉沢第三高校に到着した。
ぞあッ
──瞬間、全身の身の毛がよだつような感覚を、悠仁は覚えた。
(……これが……『呪い』なのか……!?)
禍々しい気配を学校から感じる。腹の底が重い。吐気を催した。内臓が押し潰されそうだ。今までに感じたことのない重圧が悠仁を襲う。思わず後ずさった。
「虎杖、部室はどこだ?」
「四階の家庭科準備室だけど……まさか一人で行くのか?」
「ああ。お前はここにいろ」
「ま、待てよ! ヤバいヤツなんだろ!? ──だったら、俺も行く!」
「………………。」
「先輩方とは二ヶ月くらいの付き合いだけど、友達なんだよ! だから」
「ここにいろ」
「……………………っ」
恵の言葉の重さに、悠仁は何も言い返せなかった。
走り去っていく恵を前に、悠仁は何も出来なかった。
6.
(…………今、どうなった)
意識が遠い。全ての感覚が薄い。ここ数秒の記憶が朧げだ。
まず聴覚が回復した。聞こえるのは嗤い声と、おそらく、節子の悲鳴。
触覚が冴えていく。体が強く締め付けられており、今にも握りつぶされそうだ。
嗅覚を再確認した。ツンと鼻腔を刺すような、鉄と胃液の臭い。
味覚が機能した。喉奥から血の味がする。
視覚がようやく戻ってきた。目の前にいたのは、先刻の蛙の化物。
「──蓮!!!」
(……そうだ、確か……せっちゃん先輩を、庇ったんだ。それで、奴の手で床に叩きつけられて……)
現在、蓮の体は彼奴の掌の内にある。床に叩きつけられた時、おそらく頭部を殴打した。それにより、極めて軽いものではあるが脳震盪を起こしたのだろう。
まだ回らない頭をどうにか回転させ、化物の手から逃れようともがく。細腕故にすぐに振り解けると蓮は考えたが、しかし、化物の力量は蓮の想像を遥かに超えていた。解けない……否、それどころか、振り解こうとする度に締め付けが強くなって行くのを感じる。体の芯からミシミシと嫌な音が聞こえる。
(遊ばれている……という、わけか……っ)
絶体絶命の窮地。為す術はもはや無い。
(こんな時こそ、
「うわあああああああああっっ!!!」
しかしその考えも、今度は武志の絶叫で搔き消える。
後方で(物理的に見る事は不可能なので蓮の直勘になるのだが)武志が、新たな化物を見つけたのだろう。おそらく蓮が振り返った時に見た、浮遊する蛸の化物だ。
(──どうする。どうすれば、二人を救える?)
しかし……しかし蓮は、蓮だけは。この最悪の状況でただ一人、絶望に染まってはいなかった──。
雨宮蓮は普通の人間ではない。
そもそも、雨宮蓮は『雨宮蓮ではない』のだ。
元々は死した人間であり、そのまま消えてゆくはずの存在だった。名前も雨宮蓮ではなかった。
生前の蓮は、あまり良い行いをして生きたとは言えない。成り行きとはいえ、他者よりも波瀾万丈な人生を送って来た。故に(そもそもあまり信じてはいなかったが)輪廻転生するにしても、畜生道だとか地獄に落ちるものだと思っていた。しかし何の因果なのか、どういう奇跡が起こったのか、新たな人として生まれ、育ってきたのだ。
故に蓮はこう考える。自分だけならまだしも、此奴等が、二人をみすみす見逃してくれるとは思えない。次は二人だ。自分を惨殺した後、殺意が二人に向けられるだろう。そして、死ぬ。……それは駄目だ。自分のように、第二の人生を誰もが送れる道理などないのだから。
──ああ、そうだ。忘れかけていた。
オレはずっと、理不尽と戦っていた。世の中の理不尽をぶち壊したくて、救済を求める声すら上げられない現実をどうにかしたくて、ずっと戦っていた。
今、目の前に理不尽の権化がいる。弱者を踏み躙ることを何とも思わない醜悪の化身が。そんな奴に、何の罪も無い者の命を奪わせたりなど、させてなるものか。形振り構わず、蓮は大きく息を吸った。
「聞こえているだろう!」
蓮が叫んだ。誰かを呼んだ。返事は無い。節子や武志に向けられたものではない事は確かだ。だがお構いなしに、蓮は続ける。
「お前はオレ……オレの半身だ。もう一人のオレだ! ……なら解るだろう。この燻りを、この怒りを!」
何を言っているのだろう、と節子らは思った。あまりの恐怖にパニックになっているのかもしれない、と。
そして、ならば助けなければと武志らは思った。可愛い後輩が命の危機に瀕している。ここで動かなければいつ動くのだ、と。
だが肝心の脚は、まるで木偶の棒のように使い物にならない。腰が抜けてしまっている。心に身体が追いついてこなかった。
「誰も守れないまま、犬死になんて……そんなこと、出来ない! やる事は
──アルセーヌ!!!」
──ようやく目が醒めたか。
瞬間、頭蓋が割れた。
「──────────────────ぁ」
否、割れてはいない。頭を押さえた手の感触で分かった。
ただ、頭痛がする。ただそれだけの一事に強制的に意識が向かされる。激痛が消えない。眼球の奥が金槌で叩かれたように痛い。連続している。耐えられない。鈍痛が終わらない。変な汗が流れる。
「──っ、あ……あァッ、ぐ、あ、っ、がああああッ!」
一瞬だけ……ほんの刹那にも満たない一瞬だけ、蓮の瞳が黄金に煌めいているような気がした。だがそれよりも異様なのは、先程まで何も存在しなかった顔面に、白いドミノマスクが上半分を覆っている事だ。──蓮はその冷たい感触に、えも言われぬ懐かしさを感じた。
──だがいいさ。お前に出来る事など、ただ
「いぃま なンぢいいイぃぃい」
目の前の化け物が、もう一本の腕で、今度は頭を握り、そして潰そうとしてくる。その腕の隙間から、蓮は化物を睨み付けた。
──愚かしくゆこう。例え地を這い、辛酸を舐める未来が待っていたとしても。
「ハァーッ……ハァッ、っ、く、ぁぁぁあああああアアアアアアッッ!!!」
絶叫しながら、思い切り仮面を剥いだ。
血液が宙を舞う。どうやら彼奴の腕よりも、蓮が仮面を剥がす方が早かったらしい。
……顔面に触れる空気が痛い。先の頭痛に負けず劣らず激痛がする。仮面を剥がす際に皮膚ごと持っていかれたのだろう。剥がした仮面は地に落ち──蒼く、燃えた。
──再契約だ。
刹那。蒼く、眩しく、それでいてどこか淡い光が蓮を包んだ。あまりの眩さに、化け物も思わず手を離し目を覆った。
姿が変わる。変わっていく。先程まで着ていた制服は見る影もない。溢れ出していた血が、蒼炎ごと蒸発していく。
全身を漆黒が覆う。襟と裾の長い黒コートの左胸には純白のポケットチーフがあり、どこか優雅さを感じさせる。ズボンもブーツも漆黒で、唯一の有彩色といえば、真紅の手袋のみ。その装いは、まさに『怪盗』と呼ぶにふさわしい。
──死してなお、尽きぬ魂を燃やし続ける我が半身よ。
蒼い粒子がリボンとなって、蓮の背後に新たな存在を創り出す。それは、かろうじて人型である事は解る。ただ、この場にいる誰よりも巨大だ。
── お前の為すべき事は、お前自身が良く解っていよう?
赤を基調とした外套を身に纏い、顔と呼ぶべき部分は黒いバイザーになっている。
鼻は無く、目と口がまるで煉獄を連想させるかのごとく赫い。
クラウンが異様に高い漆黒のシルクハットからは、歪に整えられた剛角が威厳を見せる。
背には堕ちた漆黒の巨翼。羽ばたいた時の風圧で羽根が舞い、月明かりと蒼い粒子に当てられて玉虫色に煌めく。
怪盗紳士の悪魔、逢魔の略奪者が、今ここに顕現した。
──さあ、産まれ堕ちよ。お前の叛逆は、ここからまた始まるのだから……!!
「奪え。アルセーヌ」
蓮は──否、ジョーカーは、不敵に笑っていた。
章ごとに情報が解放されていく形式の雨宮蓮の設定欲しい?
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オ…オタカラァ…!
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どうでもいい…