呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
キミのいなくなったモノクロの世界で
ぼくはのうのうと息をしている。
千寿菊のような、
睡蓮の花のような、
そんな笑顔を夢想してみる。
夏が来る。
キミと過ごしてみたかった、
春が終わる。
恋焦がれていた
青い春が消えていく。
1.
「──両面宿儺の領域展開を喰らって尚、生還したと? 間違いないのだな?」
「報告によるとその様です。ですが、
「やはり術師としては幼くとも、《
「だが、この決定はいささか早急ではないか? 明智吾郎との関連性も確認出来ていないと言うのに」
「否! アレとの相関は、雨宮蓮自身が証明した! 呪術を学んでたった二週間の若造が、反転術式はおろか領域展開さえも習得したのだぞ! ……ッ、一体何なのだ、ペルソナ使いとはッ! 本当に同じ人間なのか!?」
「確かにな。五条も、アレには苦戦を強いられていたと聞く。あの五条がだ。三本の力しか取り戻していなかったとは言えど、宿儺から生還した雨宮が、五条に拮抗できる日もそう遠くあるまい」
「ふむ……では、異論ありませんかな?」
「仕方あるまいて。奴がこれ以上力を付ければ、我々の玉座も危うくなる」
「また任務と称し殺すか?
「その方が融通も効くだろう」
「しかしだ! 明智の手を
「だが今はこれ以上の策は無かろう。如何な理由で秘匿死刑を組んだところで、五条に邪魔され終わるだけだろうて」
「では今後、雨宮の階級を『特級』として扱うという事で、よろしいですかな?」
「……これで現代の特級術師は六人か。今や四人となったが」
「良い首輪を用意しておけ。特注のものをな」
2.
〈2018年7月6日〉
〈午前〉
「なーんて思ってたりすんのかなあのド腐れミカンども」
「えっ、はい? 何がです?」
「いんや、こっちの話。でもさ伊地知ィ……わざとでしょ」
「はっ、はひっ、と、仰いますと?」
そこの空気を一言で言い表すなら、陰鬱だった。
呪術高専にある検死室には、二人の男がいた。敷き詰められたタイルの上の椅子に座る男、五条悟。その横で、冷や汗を延々と垂らしながら謝罪を繰り返す背広を着た男、伊地知潔高。
なぜ陰鬱な空気なのかは、言うまでもなかった。
悟の視線の先、ベッドの上。人一人分程度の大きさの物に、布が掛けられていた。ちょうど一七〇センチメートル程度の身長のそれ。
それは、五条悟の受け持つ生徒の一人だった。昨日の任務で死亡した、ある男子生徒だった。その事実を再確認した潔高は、改めて自身の不甲斐なさに目を伏せ、冷め切った鋭利なるナイフの様な、あるいは煮え滾る熱湯の様な怒りが、そこの部屋全体を襲っている事態に恐怖していた。
「特級相当に成る可能性のある呪霊から被呪者を救出なんて、一年のする任務じゃない。大方上が仕組んだんだろうね、悠仁の抹殺を。
最悪悠仁じゃなくても、任務の名目で生徒が死ねば、僕の嫌がらせになるからね。一石二鳥とか思ってんじゃない?」
「わ、私の方でも再三忠告はしました。ですが、派遣の段階では本当に特級になるとは……」
「あー、ダルっ。そんな下らない事考える暇があんなら、もっと他の事に時間使った方が有意義だっつーの。本を読め本を」
ぎし、と椅子から嫌な音を立てながら、軽薄そうに悟は言う。軽薄と思ったのは伊地知の感想だ。……だがそれは、大きな間違いだった。
「犯人探しも面倒だしなあ〜。
──いっそ上の連中、全員殺してしまおうか」
「ひ…………」
目隠しで見えないが、潔高には解る。あの目隠しの裏で血管が浮き出ており、それらが今にも千切れんとしている事を。つまり、五条悟はガチギレしているのだ。
こうなった悟は手が付けられない。親友か、あるいはそれに準ずる程度には知った仲の者で無ければ止められない。潔高程度の信頼関係では歯が立たないのだ。
「珍しく感情的だな、五条。そんなに彼がお気に入りだったのか?」
だからこそ潔高にとって、彼女の存在と現れたタイミングは絶好のものだった。
ガラガラ、と音を立てて引戸式の扉が開けられる。力の調整を少し誤れば勢い良く開けられ跳ね返り自分の頬骨を痛めてしまうそれは、優しく開けられて、彼女の頬骨は守られた。
白衣を着る彼女の黒髪は、セミロングほどの長さなのに手入れが行き届いていない。顔立ちは整っているのに、目元の隈がそれを邪魔する。蓮がここにいたら、まともな生活は送っているのだろうかと心配するほどだ。
だがそれを差し引いても、右目元の涙黒子と、薄化粧の青みがかかった薄いピンクの口紅に魅力を感じさせる。女性として申し分無いスペックを持つ彼女。だのにそういう相手がいないのは、単にその業務の忙しさが故。
彼女の名は
今や呪術高専の医療を代表する人物と言っても過言ではない。と言うのも、彼女もまた悟の同期らしい逸材であるからだ。
現代最強と名高い五条悟は、やろうとしないだけで出来る事は沢山あるが、出来ない事が意外と存在する。それは『反転術式の付与』だ。
六眼の使用には脳に負荷がかかる。その負荷の治療のため、反転術式を常に己に使用しているのが起因しているのか、他人に反転術式を付与し、治療してやる事が悟には出来ない。おそらくだが、自分の治療に専念している時に他人の治療は出来ないのだろう。
だが彼女、家入硝子は違った。
そもそも反転術式は、緻密な呪力操作により初めて為される技術だ。
その難易度は極めて高く、術師の内には一生かかっても成功出来ない者もいるという。ましてやその難易度のそれを他人に付与するというのは、想像を絶するほど難しい。
かつて五条悟が習得出来なかった技術と言えば、その難しさが伝わるだろう。
それを硝子は、ぽぽぽぽーんと魔法の言葉で楽しい仲間が出来るかのように、手軽にやってみせる。悟とは異なるベクトルで『天才』と呼ぶべき存在である。
「い、家入さん……!」
「あまり伊地知をいじめてやるな。上とのやりとりで苦労してるんだから」
(アッ……家入さんもっと言って! もっと言って!!)
「男の苦労なんて砂一粒の興味すら無いね。それに僕は、いつだって生徒想いのナイスガイなんだよ」
「どの口がほざくんだか。
さて、これが……」
そう言い捨てながら、シーツを剥いでいく硝子。彼女の視界一面に入ってくるのは──
3.
「長生きしろ……か。テメエが死んでちゃ世話無いわよ。
……ねえ恵。アンタさ、仲間が死ぬの……初めて?」
「タメは初めてだ」
「ふーん。その割には、涼しい顔してんのね」
「……お前もな」
初夏の風が頬を撫ぜる。気温が上がり、蒸し暑くなってきたと言うのに、夏服の支給はまだ無い。いい加減衣替えの時期だろうと思う今日この頃、額に玉のように浮かんだ汗が、丁寧に手入れしている茶髪を少し湿らせた。
日陰を纏う屋根の下、五月蝿い蝉の声に顔を顰める。
高専本堂前の石段に座る、二人の少年少女。少年の方は伏黒恵、少女の方は釘崎野薔薇である。傷ついた二人の間には、しかし会話が長続き出来るほどの空気は流れていなかった。
二人はあまり会話を交わす機会が無い。と言うのも、この二者間には男が二人ほど挟まっており、その男達を中心に会話が展開されていくのだ。だが……その男二人のうち、一人は死に、一人は意識不明のまま眠っている。
「トーゼンでしょ。まだ会って二週間かそこらよ? そんな男が死んで泣き喚くほど、私の涙は安くないから」
「……そうか」
故に、特段仲の悪くもなければ良くもない二人から会話が無くなるのは、必然と言えば必然だった。
……彼女の震える唇が、声を出す事を拒んでいるのも、理由の一つなのだろうが。
「……強いな、野薔薇」
「……それ皮肉?」
「……かもな」
「あッそ。流石、カモメに重油まぶして火ィ点ける伏黒恵さんだわ」
「でも、今はその精神が……少し羨ましい」
項垂れて目を逸らしたのは、野薔薇の顔を見たくなかったと言うよりは、野薔薇に顔を見せたくなかったからだった。
眠れない夜に抱いた自虐。眠りたかった夜に抱いた感情。
心を蝕んでいく黒い色。
瞼を閉じればそこにいる二つの影。
もう、まともに顔を見れない二人。
心臓に穴が空いたような感覚。
出てくるのは懺悔だけ。
友情も、友愛も、二人に向けていた全部が、喪失という名の悲しみに溺れ死んでいく。
「……守れなかった」
「…………」
ずっと積もっている後悔を、恵は独り言のように独白する。
「気絶したら全部終わってて……目の前で死なれて……俺は、何も出来なかった」
「男のクセに……終わったことにウジウジすんなよ、もやしって呼ぶぞ」
「俺が、死なせたんだ。俺がッ……! どうしようもなく弱い、から……」
「オイ」
制服の左肩部分を掴まれるのが分かった。力の籠らない、今だけは込める事さえ難しいその華奢な指が、恵の制服に皺を作った。はっとして、恵は野薔薇の方を、今日初めて向いた。
──震える唇のその真意を、恵は初めて直視した。
「それ以上言ったら……アンタ、マジで殴るからッ」
釘崎野薔薇は悔いている。それこそ、伏黒恵よりも己の弱さを恨んでいる。
戦いの場にすら立てなかったのだ。腐っても友と呼べる仲の者の背を守『ろうとする』事すら出来なかった。
……油断、後に頭部を打ち気絶。回復した後になって思い出し、己の醜態に唇を噛んだ。
祓えた呪霊は、精々二級が良いところ。準二級以下の雑魚に遅れを取って、蓮に苦労を背負わせた。
自分がした事と言えば、それだけ。
側から見れば、ただの戦犯だった。
お前がどうしようもなく弱いなら、私はそれ以下の雑魚だよ。
負い目感じてるのがお前だけだと思うなよ。
お前より、もっとずっと悔しいんだよ……!
……惨めだよ。ああ、凄く惨めだよ……!!
なあ、恵……
……私って、何でこんなに弱いのかな。
「……ごめん」
「うるさい! 少しは察しろ、ばかっ!」
負い目と悔しさが溶けて、押し殺していた感情の栓が抜けて、野薔薇の双眸からぽろぽろと溢れ出る。
二人の間に、これ以上言葉は交わされなかった。
慰めも、
共感も、
暗涙も、
自嘲も、
野薔薇の傷心を癒す薬にはなり得ない。
目を覚さない二人の友人に遺された、最後の一人の同級生の、その涙を。
恵には、止める事が叶わない。
一人の人として欠如している自分に嫌気が差す。
いっそ消えてしまえば良いのにと、思ってしまうくらいには。
恵は、恵自身が嫌になっていた。
「……あー、そのー……取り込み中だったか、恵?」
──と、そこに助け舟を出したのは、一人の女性の声だった。
隣の野薔薇の物ではない。真正面から聞こえたのは、野薔薇のそれよりももっと勝気な雰囲気の女性の声。おそらく、野薔薇は知らない声。
俯いていた顔を上げそこにいたのは、やはり恵の先輩だった。縦長の袋を右手で背負い、頭を掻きながらこちらの顔色を伺っていた。
まず目に入ったのは、タイトスカートから伸びる強靭な太腿。ブーツと黒いタイツで覆われていても、その筋骨隆々さは、恵の能力を上回るほどの脚力がある事が一眼で分かる。
次に上半身。こう言っては何だが、恵は津美紀を見て、女性は自分の想像より華奢な生物なのだと思っていたが、彼女に限ってはそうでは無いらしい。胸部に存在する豊満な果実と、高専制服の上からでも分かる、鍛えられた筋肉に目を惹かれた。
そして顔部へと到達する。顔は可憐と言うよりは、美麗と言ったほうが語弊がないだろう。そのつり目は長い睫毛にてより一層妖艶さが増している。前髪は眉のところで切り揃えられており、後ろでまとめられたポニーテールは、髪の一本一本が生糸のように美しい。紫色のフレームの眼鏡が印象深い。
「禪い……真希先輩」
「私を苗字で──呼んでねえ、だと? マジでどうした恵、悩みでもあんのか? 一体どんな心境の……」
「真希、真希!」
そう言って真希を必死に呼ぶのは──一瞬野薔薇は目を疑ったが──見紛う事なく、『パンダ』だった。
上を見てもパンダ。下を見てもパンダ。二足歩行だがパンダ。人間の指のように五本指だがパンダ。言葉を喋っているがパンダ。
結論、パンダ。
目の前にいる生物とそれが人語を話している状況を理解出来ず、野薔薇はパンダがゲシュタルト崩壊してしまっていた。
「なんだよパンダ、今話し中……」
「いや、知らねーのか!? マジで死んでるんですよ! 一年が一人! だから暗いんスよ!」
「は──はっ、は・や・く・言・え・や! これだと私ただの鬼畜じゃねーか!」
「実際そんな感じだぞ!?」
「おかか……」
「……誰、あの人達?」
ひょっこりと顔を出した「おかか」と喋る少年の存在も相俟って、野薔薇の涙はとっくに止まってしまっていた。
全身は細身で、色素の薄い灰色のショートヘア。物憂げなその目にかかるかという所まで前髪を下ろしている。加えて、口元をすっぽりと覆うハイネックにファスナーを付けた制服が、彼の不思議属性に拍車をかけていた。
「二年の先輩だよ。
ポニーテールの人が、
口元を隠してるのが、
んで、パンダ先輩。
後は、
「アンタ、パンダをパンダで済ますつもり?」
野薔薇は訝しむが、当の本人ならぬ本パンが口を開くので、野薔薇は考えるのを止めた。
「あー、おほん。さっきは悪かったな、真希に悪意があった訳じゃないんだ。許して! このとーり!」
「こんぶ」
「にしても真希、後輩にはもうちょっと優しく接しないとだなー」
「……ふん、甘やかすだけが優しさかね」
「いやいや、そう言う真希だって憂太の前じゃ──」
「うるせえ、いいから本題入れ!」
「あ゙ーっ、お尻蹴らないでー!」
真希がパンダを怒鳴りながら足蹴にする。タイキックはスパァンという良い音を立てて、パンダの尻に炸裂した。お尻を摩りながら、パンダは続ける。
「じ、実はお前らに、京都姉妹校交流会に出てほしくてな。本当なら二年と三年とで取り行うんだが……」
「その三年のアホが停学喰らってっから、人数が足りねえんだ」
「高菜」
「え、戦うの!? 術師同士で!?」
「ああ。言うなりゃ、殺す以外は何しても良い呪術合戦だ。
……やるだろ? 仲間、死んでんだもんな?」
『やる!』
──
喪失を胸に、怒りを原動力に。
今は亡き友を思い、一歩、確実に前へ。
二人の心には、暗雲が立ち込めたまま。
後悔は、未だに心を蝕んでいる。
けれど──
止まない雨など、決して無く。
二人の挫折は、もう終わった。
「でも、シゴキも交流会も意味ないって思ったらソッコー辞めるから」
「同じく」
果敢に挑発する二人。その意気に迷いはない。二年生も、挑発で返した。
「これぐらい生意気があるとやり甲斐もあるわな」
「しゃけしゃけ」
パンダと棘が挑発に乗る所で、真希は一つ疑問を抱いていた。
「ってか確か、一年は四人だったよな。もう一人は?」
「……ちょうど、お見舞いに行こうと思ってたんです」
「あー……そうか」
「ついでに話します。経緯とか、色々」
歩み始める恵を追うように、三人と一匹──否、四人が歩く。呪術高専には、当然ながら怪我人や遺体が運ばれてくる時がある。行き先は、運ばれた彼の眠る場所。即ち、病室である。
高専の病室は数こそ少ないが、総合病院には置かれているであろう機材が組み込まれている。分かりやすい例を挙げるならば、
やがて五人は、都立高専病棟へと辿り着いた。彼が眠るのは一階の一〇一号室。たった一人だけしかいない部屋の扉を開けると、同時に薬品の匂いが鼻腔を刺す。それに一瞬だけ顔を顰め、奥へと進んでいく。
そこには──点滴と共に生命維持管理装置を繋がれた、彼の姿があった。
「……コイツが、もう一人の一年?」
「はい。意識不明で……もう、丸一日戻っていません」
恵は、封じたい己の記憶を紐解いていく──。
4.
〈2018年7月5日〉
肌を打つ雨の冷たさに、恵は目を覚ました。
視界は不良。まだピントの合わない両眼を、重い体に鞭打ち立ち上がりながら擦り、状況を把握しようと無理やり頭を回す。
目に入ったのは、コンクリートの地面だった。雨に染みて、より一層濃い鼠色となるアパートの屋上で、自分は気絶していたらしい。
(……っ、くそ、気を──ジョーカーは!?)
──そして、共闘していたはずの同級生を見失っている事に気付いた。
何秒気を失っていたのか。それを考える余地は無く、ふらふらと立ち上がって周囲を見渡す。そこでようやく、恵は自分の位置が普通よりも高い所にある事を覚えた。
だがここにはジョーカーはいない。戦闘において信を置く雨宮蓮は存在しない。虎杖悠仁及び両面宿儺のことも気がかりだが、恵は真っ先に、ジョーカーの捜索を開始
──背中にいる凶大な気配が、恵にそれ以上の行動を起こさせなかったのだ。
(宿儺……!)
だがそれも束の間。ほとんど空の呪力を無理やり捻出して、振り向きざまに宿儺へと敵意を向ける。──だが。
「蓮……?!」
──制服姿となってしまった蓮と、その襟首を掴み引き摺る宿儺を見て、一瞬だけ魂が揺らいでしまう。
蓮を一瞬だけ見やる。ジョーカーへと変貌する際の怪盗服は着ておらず、その制服姿もどこか歪だ。注意深く見れば分かるのだが、右膝から下、左肩から先と右手首部分の制服が
なぜ、と思ったものの、その思考は宿儺の一声で遮られる。
「そら、土産だ。しっかり受け取れ」
「お──」
オイ待て、と叫ぼうとするよりも早く、宿儺は無造作に蓮を投げた。
胴体を抱えるようにして、どうにかキャッチできた事に安心する。ただがそれも一瞬だけだけだ。キッ、と鋭い目で再び宿儺を見る。何の意図があってかは知らないが、いつでも式神を出せるよう手を開いた。
「そう焦るな。暴れたりはせん。期間を限定した縛りを組んだ。一分間人を傷つけない代わりに、体の自由を俺が奪う。そして一分経ったら、小僧は俺と代わっても良いという、な。
それまでの間、少し話をしよう、伏黒恵」
「……何だ」
宿儺の提案に恵は乗るしかない。断っても良かったが、恵には今、断れるほどの余裕は無かった。
「伏黒恵、お前の術式は影を媒体としているな」
「だったら何だ」
「ふむ……お前とジョーカーは『似ている』。お前には、ジョーカーに匹敵する力と才がある。故に分からんのだ。
──お前あの時、何故逃げた?」
「……逃げた?」
いつの事だろうか、と恵は逡巡するが、その様を見て宿儺は一つ溜息をついた。
「……宝の持ち腐れだな。少しがっかりしたぞ、伏黒恵。
話は終わった。もう良いぞ小僧、代わりたいな ──……ら…………」
「は……いや、まっ、待て、悠仁!! まだ心臓が──」
急ぎ宿儺に静止を求めるが、もう何もかもが遅い。
「ゆう、じ…………」
「……恵」
第三、第四の目は閉じ。
刺青は消え。
意識は完全に、悠仁へと移り変わった。
つまり……もう、悠仁は助からない。
「俺、俺は……」
「良いんだ、恵」
言い淀む恵を、そう言って遮る悠仁。痛みを堪えて、無理やり笑ってみせる。
「アイツに敵わないのは、俺達二人とも分かってたろ。恵が囮にって言い出したら、俺は必死で止めてたし、どっちにしろ、俺は囮になるつもりだったんだ。この結果は……残念だけど。
今思えばさ、蓮に助けてもらうって選択もあったけど……俺が蓮に助けを求めなかったのは……さ。蓮を守りたかった、ってのもあるんだけど……やっぱり……っ、蓮にカッコわりーとこ……見せられねえーって……意地張ってさ……でも俺、蓮に、怪我させちまって……蓮、死にかけててさあ……」
「悠仁、もう──」
「……話させてくれよ、恵。何言いたいかは……俺もよく、分かんないけど……ただな」
──俺は、この決断に……何にも後悔はしてねえ。
「悠仁……」
「ゲほ、ゴぽっ! っはァ、はぁ……恵は、悪くねえよ。お前……は、正しい事をした。蓮だって……きっとそう言う。野ばらと、れんを、たすけられるのは、おまえだけだったから……」
「──っ、もう、いいから」
「あまり、ひきずんなよ。おまえは、いろいろと、かんがえすぎる……から。…………わるい、もう、だめだ……。
な、めぐみ……のばらや゙、れ゙んや、せんせいに……いっとい、て」
ながいきしろよ……って。
そう言って、虎杖悠仁は地に伏して……二度と動く事はなかった。
涙と生命が、目の前の虎杖悠仁の抜け殻から流れ出ていく。
声も、呼吸も、もう聞こえない。
「…………………………、っ」
……冷たい雨が肌を打つ。
上を向いた。変わらず、曇天の空が広がっている。
ぐちゃぐちゃな空を、俺は見上げた。
……悔やむな。これは己が選んだ道だ。
目を逸らすな。これは己が背負う業だ。
──歯噛むな。これは己の弱さの戒めだ。
だから泣くな、泣くな、泣くな泣くな泣くな泣くなッ……!!
──泣くぐらいなら、俺が死ねばよかったのに。
──悔やむぐらいなら、俺が庇えばよかったのに。
己を見ろ。
何も為し得ず、誰も守れず。
友一人を救うことも出来ず。
「………………何やってんだろ、俺」
俺だけ、まだのうのうと息をしている。
5.
七月五日、英集少年院に派遣された東京都立呪術高等専門学校(以下都立呪術高専)生徒のうち、雨宮蓮を意識不明の危篤状態であるため集中治療、完了している。虎杖悠仁を死者として、都立呪術高専はこれを受理。
現在、雨宮蓮は──
「──んで、蓮は」
「意識が未だに戻ってない。報告を本気で信じるなら……と言うかあの惨状を見させられたら信じざるを得ないけど。
彼の制服の損傷具合を見るに、左腕と右膝、右手首から先を切断、そして全身の裂傷……どう考えても致命傷だ。大量出血は免れないし、言っちゃ悪いが何故死んでいないのかが不思議だよ。
今生きてるのはおそらく、宿儺の反転術式だろうね。大方、切断した四肢をそのまま接合させたんだろうよ。両面宿儺は医学の知識も持ち合わせているらしい。面白いね、雨宮も宿儺も」
「……その、雨宮くんの体は……」
「特に異常も見られないし、今後も問題なく動けるだろう。直ぐに起きればリハビリも必要ない。後遺症も考えなくて良いと思うよ」
「宿儺はなぜ、蓮を生かしたんだ……?」
「さあね。……ペルソナ使いってのは、私らの予想を超えていく化け物だからね。どこかに利用価値を見出したのかも。案外、雨宮も『器』なのかもね。虎杖の代わりに指食べさせたいのかな」
「……ペルソナ使い、か。良く言うよ。僕に本当の術式を
そう言う悟を、硝子は責める気にはなれなかった。
煙草を取り出そうとして、禁煙している事を思い出して躊躇う。だが大の大人が過去を語るには、酒と煙草が必要なのだ。
絶対禁煙であるはずの検死室で、硝子はマールボロを口に咥え、火をつけながら悟へと問うた。
「……正体を隠されてた事、まだ根に持ってるのか」
「当たり前だろ。それに、アイツは全部話してくれた訳じゃない。アイツはまだ隠してた。隠してたのに、最期まで伝えてくれなかった。
三人で最強って言い合った仲なのにさ。疎外感感じちゃうよね〜」
「……胡散臭い男だったな。吾郎は」
「その胡散臭い男に惚れてた女が言う?」
「お前のそういうとこ、本当に
「知ってるよ。
……蓮も、何か隠してる。
現に、蓮の本当の術式の開示は、今までしてないし聞いてない。吾郎と同じに術式は《
「アイツが最期に言っていたらしい人物……今も探しているんだろう?」
「まあね。でも、それっぽいヤツはてんで見つかんない」
「……はー、伊地知も苦労してるな。友人の遺言の真意を確かめたいからって上司に使い走りにされて」
(それを聞かされて……何も言えるわけないじゃないですか)
潔高はそう思う他なかった。
潔高は、明智吾郎の存在をほとんど知らない。というのも、彼も高専卒業生であれど、吾郎は既に死亡していたためだ。悟は二学年上の先輩に当たり、吾郎は悟達が二年生の時に死んだ。
だが悟の吾郎に対する執着が、潔高の悟に対する認識にほんのりと変化を与えた。
──これほど寂しそうに郷愁の念を帯びる呪術師最強を見るのは、潔高は初めてだったのだ。
「雨宮に吾郎の事は話すのか?」
「ンまあ蓮が吾郎レベルになったら、話すつもりでいるけどさ」
「……つまり雨宮がお前を超えたらって事か?」
「そのレベルでなくちゃ困るんだよ。同じペルソナ使いなら。
今だからこそ言えるけど……吾郎は、かつての僕より強かった。ううん、多分今の僕よりも強かった。
僕の想像を絶するような地獄でも、如何なる
──だから、アイツは僕にとって
「…………」
「蓮が強くなるのは本望だ。けど、誰が何と言おうと、僕の中の思い出を揺るがすつもりは毛頭ない。いくら蓮が力を付けようと、絶対に負けてなんかやんないし、まして『最強』を超えるなんて事はさせない。
──
過ぎ去った青春のように。
胡蝶の夢のように。
押しては返す波のように。
いずれ去る嵐のように。
空へと消える煙草の煙のように。
悟の
「良いかい悟、呪術は非術師を護るためにある」
高専の教室の中、そう言ったのは、悟の左隣に座る
黒い高専の制服にボンタンのズボンを履いている彼は、髪を後ろで団子にして纏めているのだが、何故か左頬へと流れるようにして前髪を垂らしている。悟を諭している傑の表情は穏やかで、自信に満ち溢れていた。
「……それ正論? 俺正論嫌いなんだよね。
だがそれを、悟が真面目に聞くはずもなかった。髪を下ろし、真っ黒なレンズの丸眼鏡を掛ける悟は、不細工な顔で舌を出し、傑を煽っている。今も昔も、屑な性格は変わらなかった。
「下劣な言葉を吐かないでもらえるかな、悟? ここには女性が居るんだからさ。デリカシーの欠如は君の人間性に対する疑念に繋がるよ。
……あっごめん本当の事言っちゃった?」
──そして第三の声。悟から見て右隣にいるのが、
高専の制服は、上着だけが上記二人とは異なり
悟を美男とするならば、吾郎は眉目秀麗。髪型に頓着がないのか、癖のある茶髪を肩まで伸ばしている。線の細く華奢な彼の優しげなその表情からは、全く想像出来ないほどの毒舌が悟へと炸裂する。
ちなみに吾郎のその右隣に硝子が座っている。ショートヘアの、まだ隈のない彼女だった。
「あ゙ぁん!? そう言う吾郎こそ、本音は『しょーこチャンのダーリンとして許せな〜い♡』だろ? キッッツ!」
「にしても、君は現実が見えていないんじゃないかい、傑?」
「聞けよオイ」
「心外だな。悟はともかく、吾郎にそれを言われるなんて」
「オイ傑」
「アンチテーゼが無ければ、アウフヘーベンは起こらないんだよ、傑。君のそれは、結局は理想論だ。夢を見ずに現実を見なよ。非術師が全員善人って訳でもあるまいし。
大事なのは『
……まあ、そこの自己中心を具現化したようなぱっぱらぱーはともかくとしてね」
「あーはいはい、流石は《
ってか思うんだけどさ、お前のあの服、どこにカラス要素があるワケ? 真っ白けな怪盗が何処にいんだよ。漫画の読みすぎじゃね? 悟くん正直サム〜い」
「私もサム〜い」
「世間知らずで礼儀知らずの腐れ脳ミソ共に言われたくは無いかな」
あはははははははは。と笑い合う三人。
ただし、目は笑っていない。
一斉に立ち上がる三人の戦闘体勢は整っていた。
ちなみに、悟がポジショントークが〜と言っている内に、吾郎の隣に座っていた硝子は逃げた。
「──外で話そうか、二人とも」
「寂しんぼか? クロウと行けよ」
「時間と力は有意義かつ効率的に使うべきだと思うんだよね。
だから──『一撃で』『二人纏めて』躾けてあげるよ」
高専の教室で、今まさに三人の戦争が起ころうとしていた。
「……────」
そんな12年前の出来事を、悟は追憶してみる。
あの日常に帰りたいな、なんて、そんな事を思ってみる。
もう叶わない日常を、望んでみる。
(……何が『三人で最強』だよ。俺を遺して逝きやがって)
煙草の煙が、目隠しで覆った目に染みた。
そんな言い訳が通じるほど、悟はもう子供ではないけれど。
ぼやける
6.
〈2018年7月6日〉
〈昼〉
昼の渋谷を、奇妙な者が歩いている。
特に人目を引くのは、一人の男性だった。優しそうな、妖しそうな狐目の彼は、長い黒髪の一部を団子に纏めている。
時に、諸君らは
だがここは渋谷だ。東京に寺や神社が全く無い訳ではないが、渋谷のど真ん中で五条袈裟を着た先の男性は、若者の目には少々奇妙に映ったようだ。それに加えて、虚空に向かってべらべらと独り言を言うのだから、何某かの精神疾患を疑われるのも無理は無かった。
「まあ、中途半端な当て馬じゃ意味が無いからね。それなりに収穫はあったさ」
──額に横一文字にある傷も含めて、その男は、現代渋谷の風景には異様に映った。
やがて男は、とあるファミレスへと到達する。とは言っても、何の変哲も無いファミレスだ。昼餉はとっくに過ぎているため、席はやや空いていた。
自動ドアが開き、冷ややかな空気が肌を貫く。と同時、店員から声をかけられた。
「いらっしゃいませ、一名様でよろしかったでしょうかー?」
「はい、一名です」
至極当然のように、自分は一人である事と、連れがいない事を示した。独り言を呟いていた袈裟の男性は、まるで先の行動が嘘だったかのように、席へ誘導されて行った。
席に誘導され、男は再び、独り言を始めた。
ブリーチのポエムを参考にしたけどいかんせん下位互換しか出来上がらん
劇場版0、最高でしたね。
ネタバレを伏せたいので何が良かったのかはほとんど言えませんが、とにかく素晴らしかった。
ビューティフォー…