呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
23.
手袋を締め直すジョーカー。その瞳は怒りに燃えている。燦々と照りつける太陽を背に、切り札は敵とする東堂葵を見やる。
「ジョーカー、あの人は敵っぽいけど敵じゃねえ。何つーか、実力を測ってただけみたいな感じで……」
「それでオレが納得すると思うのか?」
「──いや、全く思ってねえけど?
あーあ、頭痛えし、どいつもこいつも話聞かねえしよ……寝るわ、俺。起こすなよジョーカー」
「ああ」
隣にて、ふらつく頭を立て直そうと膝立ちになっている伏黒恵は、しかし懐かしむ様に、ニヒルに笑ってそう言い、立つのを止め、失神するように夢の世界へ落ちていった。
ぶちのめせ、と言わんような笑みであった。
さて、腰裏に付けたポーチを
回復アイテムや装備品、お金、果ては食料まで収納可能だ。冷めたり寄ったり賞味期限も切れないので、前世では超絶優れ物として重宝した。玉犬に大量のジャーキーを与えられた(恵によって拒否)のも、この四次元ポケットがあったため。
今世では、ジョーカーの《認知操作》の術式が、普通ならばただの布切れである『四次元ポケット』の存在価値を向上させた。前世で置いてきてしまった物は持ち込めなかったのは残念だが、致し方あるまい。
閑話休題、ポーチから剛巌を抜き、逆手に持ち換えながらジョーカーは分析を開始する。
「(見るからに近距離のパワー型。術式が分からない以上、下手に攻めればこちらが危険だ。距離を取り続け……いや、牽制するのなら、逆にこちらから行くべきか。病み上がりだが、身体の調子は良い。問題無く動ける)
お前、誰だ」
「(この覇気、呪力量、間違いなく特級クラス! そしてこの男からひしひしと伝わる、全身の毛穴に針を突き立てられたかのようなこの刺激!! コイツが噂に聞く、現代六人目の特級術師……! コイツならば……!!)
京都校三年、東堂葵。お前は?」
「雨宮蓮。……だが、今はジョーカーだ」
退屈が『裏返る』。そんな予感が、東堂葵の身体中を支配した。
「一つ断っておく」
……風が吹いて砂が舞う。
「──これからお前に行う暴挙には、オレの八つ当たりも含んでいる」
「……八つ当たりの暴走で倒せるほど俺は弱くはないぞ、ジョーカー」
二人は構えない。自然体で大地に立っている。むしろ、構えない事こそが構えだと言わんばかりに。
(──ペルソナの
(──まずは素材の味を知りィ、見定めてからァ、丁寧に調理してやろォう!!)
思惑が交錯する。
開戦の合図はすぐそこに迫っている。
鳥肌が立つのを葵は感じる。魂が今か今かと熱く叫ぶ。
風が段々と止んで行き、完全なる静寂が訪れ──
瞬間、ありとあらゆる物が置き去りにされる。
静止した世界の中で、影と獣による闘いのゴングが鳴った。
先手必勝は二人の思う所だったようだ。ジョーカーが右の剛巌を振り抜かんとしていた所を、葵が左拳を重ねるように殴打することで阻止しかける。
これを読んでいたジョーカーは、スクリューを描きながら瞬間的に剛巌を手放し、葵の拳を包んだ。ダガーは葵の上体を反らせ、不安定な体幹を作らせ、木の幹に突き刺さった。
(器用が過ぎるだろうに!)
拮抗する拳を一気に、かつ瞬発的に押し込み、更にその身体を『崩す』。一瞬怯む葵の手首を両手で握り、ハンマー投げよろしく真横の高専本堂の骨組みへと
バギバギメギメギという、本堂の骨組みが折れる嫌な音と共に、葵の体が飛んで行く。
ペルソナ使いであるジョーカーの身体能力は、装備しているペルソナのステータスに依存する。ペルソナのステータスは、『力』『魔』『耐』『速』『運』の五種存在し、その効果は以下の通りである。
『力』は《八艘跳び》のような物理・銃撃スキルや物理攻撃の威力を上昇させ、『魔』は《マハエイガオン》や《ディア》のような魔法系スキルの威力が上昇する。
『耐』はそのまま防御力であり、『速』は行動速度の遅速に関係し、『運』はクリティカルヒットや状態異常スキル、即死スキルの付与率を上昇させたり、それらの被弾率を下げるなどの因果律に関わる。
現在ジョーカーが装備しているのは鬼女《マーメイド》。『力』のステータスは数値にして33。これほどの数値があれば、両手であれば体重80キロを超える葵をブン投げる事は可能だった。
『力』のステータスだけで見れば、《オンコット》や《ツチグモ》の方が高いが、非戦闘時のリラックスできる時・場所・場合ならばまだしも、戦闘中に装備しているペルソナを変更するには、『召喚』→『ペルソナチェンジ』→『収納』という手順を踏まなければならない。
これでは縛り③を破る事になってしまうので、今回敢えなくジョーカーはブン投げる程度で終わった。
アベンジャーズの緑色の巨漢よろしく、めっためたに叩きつけたかったのはここだけの話。
さて、投げ飛ばされた葵を瞥見し、ジョーカーは剛巌を回収しようと視線を外そうとし──その瞬間、ジョーカーは顔面に両手を重ねざるを得なくなる。
「ぬゥン!!」
「ぐぅっ……!」
間一髪、顔面を破壊される事態にならずに済んだ。呪力を帯びたラリアットは、同じく呪力を帯びた指の網により衝撃を緩和されられた。だが、緩和させられてなお有り余る威力が、ジョーカーの身体を城壁に勢いよく打ち付ける。
背中に伝わる痛みが、ジョーカーの肺の中の酸素を全て吐き出させ、呼吸を整える暇も与えずに、葵の剛健なる拳が追撃に迫る。
だがそれを、ジョーカーはワイヤーアンカーをすぐ上部にある屋根の
果たして、バゴォンという轟音と共に白い城壁に罅が入り、パラパラと破片が零れ落ちるのを見て、無理に防御していたらこちらが危なかったとジョーカーは確信した。
ワイヤーが収納される前に、丁度良いと剛巌の回収のため、トカレフを抜刀しつつ、屋根を駆けながら──
「フム、中々良いダガーだな」
パァン、と破裂音がして。
気が付くと、ジョーカーは眼前にて眠る恵を視認していた。
「は」
ジョーカーには思う所があり、後ろを振り向くと、そこにはクヌギの木の幹が存在しており、更にはジョーカーの真後ろにあったクヌギは少し傷が付いていた。
(……なるほどな)
葵の方を再び見遣りながら、ジョーカーは向かう。
「
「
傷の付いているクヌギは、葵へのフェイントに使った剛巌が突き刺さっていたもの。その剛巌とジョーカーの位置を、葵は文字通り『入れ替えた』。それが葵の術式──名を《
(奴の術式は、何か二つの位置を入れ替える術式で間違いないな。生物と非生物の入れ替えが可能ならば、生物と生物……そして自分自身と他者との入れ替えも可能だろう。応用が効きやすいのが厄介だ)
「(申し分ないフィジカル、一切の躊躇無い攻防……そして反転術式! 素晴らしい才能に満ち溢れている!
術式も良い! 彼奴の術式は、おそらく呪霊を使役する術式なのだろう。《マーメイド》……つまり
だがなジョーカー、生身による闘争を避け呪具に頼り切る……これは呪術師としてはマイナスポイントだ。
特に、俺のようなIQ53万の男が相手であれば、なッ!」
葵が剛巌をダーツのように、ジョーカーに向かい投擲する。巨漢故に手が大きいという、恵まれたフィジカルを持つ葵だからこそ出来る芸当。果たしてダガーは意趣返しにとジョーカーの躯体を──
「……はっ? オイオイ、マジかよ」
貫く事は叶わなかった。
ジョーカーは、剛巌が到達する寸前で体を左にずらし、その勢いを殺す事なく体を反転させ、そのまま通り過ぎようとしていた剛巌の柄を左手で掴んだのだ。
──そんな事があり得るのか!? と、葵はそう思うしか無かった。
葵の策としては、ジョーカーに剛巌を避けさせた後のタイミングを見計らい、《不義遊戯》を発動、そして奇襲といった流れだった。これはジョーカーが《不義遊戯》の発動条件を把握していないという欠陥があって成立する。
だがその策を、ジョーカーの動体視力と身体能力が阻止した。
人間が投擲されたダガーを避けるまではまだしも、避けたダガーを捉え掴むなど、誰が想定に入れられようか。葵は完全に術式発動の機会を見失ってしまった。
勿論、ジョーカーが剛巌を握る現在でも《不義遊戯》は使用可能だ。だが《不義遊戯》はあくまで、『物体同士の位置を入れ替える』術式。
入れ替えは、『三次元的な物体同士の座標』と、入れ替える物体同士を線分した際の中心点を点対照とする『体の向き』に適用される。
二つの物体は、高度や体勢、位置エネルギーなどを保ったまま入れ替える事になる。
詰まるところ、このまま《不義遊戯》を発動させれば、ジョーカーの握り拳が葵の体に『埋まる』可能性が生まれるのだ。現状で無理やりかつ安全に《不義遊戯》を発動するのであれば、葵は剛巌の位置よりも高い所にいなければならない。
そのためだけに隙を作るのは得策ではないと判断した葵は、笑いながら冷や汗を一つ流しつつ、いかにジョーカーを出し抜くかを考えていた。
(もはや器用過ぎるとかいうレベルではない! エグいな! 差し当たり『超魔術』とでも呼ぶべきか?!)
そう直感している葵に、ジョーカーは背後にて剛巌を捨て、わざとらしく葵を左手の人差し指で誘う。左手を盾を構えるように、右手を葵から見えないように顔裏に。
「来い、肉達磨」
ペルソナの再召喚可能までの制限時間は残り20秒。葵はジョーカーに対し攻めあぐねている。葵の敗北へのロードは、刻一刻と迫っているというのに。
……隙が見えない。
否、隙は先程の剛巌を捨てた事で
《不義遊戯》の術式対象は、生物云々を問わない。対象に一定の呪力が込められていれば、《不義遊戯》にとってそれは効果対象だ。その事実をジョーカーが読んでいる(と葵は思っている)からこそ、葵は攻めきれずにいる。
(ダガーを投擲したのは
ならばと、葵は術式の開示を試みる。術式の開示による『手の内を晒す』という縛りが、葵の《不義遊戯》の術式効果を更に高める──
「でもそれを、あのジョーカーくんが見逃すと思う?」
──瞬間、葵の隣で、愛しの高田ちゃん*1がそう呟く。
夕暮れの教室。二人きり。葵の理想とするシチュエーションで、高田ちゃんは葵に不安感を醸し出させる。
「高田ちゃん……いや、俺もそうは思わん。今術式の開示を行なうのは、むしろ悪手だ。呼吸一つが、奴にとって俺への隙足り得る」
「だよね。じゃあどうしよっか。そもそもジョーカーくんが、やたらめったらにあの式神を繰り出して来ないのはどうしてかな?」
「──おそらく、奴の縛りによるものだろう。回数か時間かはまだ分からんが、発動に制限を設けているのは間違いない。
奴は俺の術式を理解したつもりでいる。だがあくまで、理解した『つもり』なだけだ。つまり俺が取るべき行動は──」
(──術式を発動すると思わせる事!)
この間、僅か〇.一秒。
そして前傾姿勢となり、タックルの用意を済ませる葵。
術師同士の戦闘は、裏の裏を掻く騙し合いにある。相手の真意に気付けなければ、それ即ち死。
呪力にて強化した身体。戦いというミュージックに、己の波長を合わせるように──一瞬で距離を詰める。
だがそこはジョーカーの想定の内。突進に対する最も有効な手段は、こちらもより深い位置での突進を繰り出す事。全身を更に深く沈めつつジョーカーは、リバーに向けて貫手を試みる──その寸前、葵はジョーカーの眼前で一つ拍手を行なった。
不意の猫騙しに、思わず両目を瞑ってしまうジョーカー。足を止め、瞬きの最中でありながらも背後へと貫手を手刀にして繰り出した。
だが不安定な体勢により繰り出されたそれに手応えは無かった。そしてこのジョーカーの行動に、葵は確信に近いものを抱いた。
(やはり、ジョーカーは素手での戦闘に慣れていない! 挑発はあくまでハッタリ、本命はあの式神! ダガーはまだ中途半端な呪力操作を補うための致し方ない処置か!
本当は近寄られたくないんだろ、ジョーカー!?)
《不義遊戯》のフェイントに手応えを感じる葵。手を叩いたとて、術式を発動するとは限らないのだ。呪力で固められた葵の拳ならば、二級相当の呪霊であれば一撃で沈められる。ジョーカーに対しても、有効打たり得る威力だ。
──イケる。そう葵は直感し、ガラ空きになったボディへとレフトブローを叩き込む……!
しかしこの時、葵は失念していた。
ジョーカーは自分もインファイトは出来るというブラフのため、剛巌を捨てたと葵は断じていたのだ。
(かかった)
ニヤリと笑うジョーカーに、葵は恐怖に近い物──畏怖を感じた。
確かにジョーカーの戦闘スタイルは、ダガーとハンドガンを主体とした体術を用いるもの。ペルソナは頻繁に使うものではなく、危機的状況を突破するための隠し切り札として使うか、あるいは回数か時間制限を課した縛りである可能性のどちらかを考慮し、後者であるとまでは葵は推察出来た。
葵と距離を置きたがるのは、ペルソナの再召喚までの時間を稼ぐためだと考えた。現にジョーカーは、葵をブン投げて遠くへと飛ばしたり、逆に飛ばされたり、無理にでも剛巌を取りに行こうとしていた。これらの行動も相まり、葵はそう勘違いをしてしまった。
そうして葵は、ジョーカーを近接戦闘が(出来なくはないが)したくない、典型的式神使いタイプだと推察したのだ。
その認識が改まるのは、これより一秒先……葵はその後の数秒で、ジョーカーという男の底力を思い知る事になる。
さて、ジョーカーの背後への右手刀の慣性はまだ生きている。まるで独楽のように回転させながら、左手での攻撃もジョーカーは試みた。不恰好な拳はしかし、この間合いでは拳半分ほど届かない。
……だがジョーカーの本命は拳では無かった。
ヒュン、という風切り音に、葵は身を半歩無理やり退がらせ半身となり──瞬間、葵の眼前を何かが通り過ぎて行ったのを肌で感じた。
(避けていなければ、攻撃していれば! 俺は確実に
〜〜〜ッッ、何という戦闘センス!! 凄まじい!!)
しかしジョーカーが出来るのは、せいぜい二手三手先(多くて五手)を読む程度。かつての好敵手や将棋の師が相手ならばこう上手くはいかない。
二手先はこれで終わり。だが残る三手目がある。揺らいだ体幹を整えようとする葵に、身体の回転を中断させ、左脚をバネに右肩による鉄山靠を見舞う。
間一髪防がれてしまったが、乱れた姿勢ではまともに受け身など取れるはずもなく──
「ぐおぉっ!?」
呪力を伴って放たれる打撃は、いとも容易く葵を吹き飛ばすに至る。その先には、ワイヤーに掛けられ城壁に突き刺さった剛巌。死ぬ事は無いが、受ければ死ぬほど痛いのは確実。当たり所が悪ければ一時動けなくなるだろう。手を叩き《不義遊戯》を発動させ、壁に打たれる。
肺の中の空気が抜け出ていく感覚、窒息感。だがそれを感じるよりも早く、ジョーカーの追撃が迫る。
《不義遊戯》により入れ替わった葵と剛巌。後者のグリップを左手で掴み、その勢いのまま袈裟斬り。
「一体どこまで……!」
「答える義理はない」
そして四手目が終わる。
しかし、この四手目は不完全。謂わば偶然の産物だったのだ。
その袈裟を《不義遊戯》によって入れ替え躱す葵。ただ、躱すというにはあまりにも不恰好であった。壁に背を打ち付けた体勢から、急に背凭れの無い場所に入れ替わったのだ。躱したというよりは、倒れ躱せたが語弊がないだろう。
だがそれでも、葵の闘志はまだ潰えてはいない。カポエイラのマカーコという、低い体勢で地に手を付けたままの後方宙返りを繰り出す。爪先は剛巌のショルダーを蹴り上げる。
左手を明後日の方向へと大きく弾き着地。さらに転じ、小砕石の砂利を抉るように蹴り上げ、更に後方へ宙を舞う。この一瞬にして、石飛礫の群れには
仰け反りになったジョーカーに、回避はおろか行動という選択肢は存在しない。ワイヤーの巻き取りも未完了。ならばこちらも呪力にて身を堅めるしか他はない。
(……だからこそ惜しい。この戦闘センスに《
葵はそんなジョーカーに、何とも言えぬ口惜しさを感じながら手を叩く。
しかし。
葵は、葵の鼓膜は、葵の全ての細胞は、決してその言葉を聞き逃さなかった。
「……残念だが、
終焉を言祝ぐ鐘の音のように、残酷にジョーカーは告げる。
ぞわぞわと、腹の奥底で毛蟲が踊っているかのような絶望感は、強敵ではなく『脅威』に対峙した時のそれに似ている。
蹴り飛ばした小砕石は、ジョーカーの途轍もない呪力放出によって全て弾かれてしまう。身体の周囲を包む
兎などの小動物であれば簡単に殺せてしまえるのではないかと錯覚してしまう、心の臓を突き刺さんばかりの鋭利なる視線。
辺りが、ジョーカーの呪力によって紅く染まっていく。時間も空間も、空も地も、何もかも全て。
平伏したくなる。白旗を挙げたい。それで命だけでも赦されるのなら、己は喜んで恥をかくだろう。葵は一瞬、そう思ってしまった。
(──そうじゃねェだろ!!)
己よりも上位の存在に、東堂葵という漢を証明すること。己を相手の魂に刻み込み、そして勝つ。それこそが、東堂葵をバトルジャンキー足らしめる志。
(ここで逃げるのは
勝ち筋薄い特攻であれども──漢ならば! 例えそこがドブの中だろうが己の血の海の中だろうがッ!! 潔く前のめりに死ね!!!)
己を鼓舞する。
ジョーカーは右手をドミノマスクへと移した。円卓に居座る人魚に掛かっていたスポットライトが消え、別の魂に焦点が当てられる。
──呼び起こすは原初の切り札。己と共に歩み、死せたとしても不死鳥の如く蘇る、まさに神出鬼没の大泥棒。遍く怪盗と泥棒の敬愛を受ける逢魔の略奪者。
「加減はしてやる」
マスクが砕け、切り札は切られん──
「嘗めンなッ、来いッッ!!!」
正しく、その時であった。
「 止まれえええ!! 」
ここにいる三人の少年の誰の物でもない声が、ジョーカーと葵の鼓膜を貫き──体が、青年に言われた通り『止ま』ってしまう。
耳鳴りが木霊し、脳内と耳小骨との間を反芻するのを二人は感じた。
飛び出してきた青年の名は狗巻棘。呪言師である棘は、言霊に呪力を乗せて相手を縛る。これにより、ジョーカーのペルソナ召喚は不発に終わった。
「何やってんのっ!!」
そして棘に『止まれ』と命令されてから間もなく、パンダ先輩からの殴打がジョーカーを襲う。本気ですらない呪力を伴わないそれは、ジョーカーにとっては子供の駄々程度の威力しかない。
「ふぃー、ギリギリセーフか?」
「いくら、高菜」
「ああ。見たくない奴一名、見慣れない奴一名、合計二名のお客さんだ。特に見慣れない奴がヤバいぞ」
(……予想の斜め上のキャラが出て来た)
パンダ先輩の毛が粟立つのを直視した棘も、ジョーカーを警戒する。
だがその警戒は、葵によって遮られた。
「良い所で止めやがって、パンダ」
「ばかだろお前。お前ほんとばかだろ。あんなもん喰らってたらただじゃ済まなかったかもなんだぞ」
「しゃけしゃけ、筋子」
「で、お前は何? どこ中の誰よ?」
「どうも、ジョーカーです」
「いや雨宮蓮だろ?」
「……なんだ、知ってたのか」
そう言うと、つまらなさそうにしてジョーカーは雨宮蓮へと戻る。
水色の患者衣にスリッパという服装になった蓮は、普段の彼のようにポケットに手を突っ込もうとしたが、突っ込むポケットが無かったので、手は行き場を失ってしまった。
「高菜」
「アンタさっきから何なんだ、しゃけとか高菜とか」
「しゃけぇ」
「しゃけ?」
「しゃけ!」
「たらこ」
「いくら」
「ハンバーグ」
「ハンバーグ!?」
「……とげに新しい語彙を増やさんでくれ、れん」
「しゃけ」
「おかか!! たらこ昆布! おかか!」
「感染ってんぞ」
よっこらどっこいしょ、と言いながら眠る恵を抱え上げるパンダ先輩は、棘の語彙が増え、自身の『棘語』の翻訳精度が落ちることを懸念していた。
「フー……勝負はお預けとしよう、蓮」
「……できれば会いたくないんだがな」
「嫌でも会うことになるさ」
「ほら、さっさと帰った帰った」
「今帰るとも。収穫もあったしな。さて、上着どこだっけか……ああ、最後に聞いておきたい事がある、蓮」
蓮に問うのは、勿論。
「お前の女のタイプは何だ?」
「……巫山戯ているのか?」
「答えてくれ、蓮。どんな女がタイプなんだ?」
蓮にとって、こういう話は苦手だった。
仙台に住んでいた頃の蓮は、かなりモテた。選り取り見取りだったと言っても過言ではない。クリスマスに予定はあるかと聞かれた事は一度や二度の話ではないし、バレンタインチョコは毎年クラスの非モテ男子が血眼になるほど貰っていた。
尤も、それに鼻を高くせず、自身も友チョコを作り彼らに渡すのが、《慈母神》と呼ばれ崇められる雨宮蓮クオリティなのである。
同級生の非モテ男子達は、むしろ女子より蓮のチョコを欲しがっていたとは悠仁談である。悠仁も隣で一緒にチョコを食べていた。
前世の第二の母校では、傷害罪の前科持ちという情報がダダ漏れであり、それに尾鰭が付きに付きまくって、やれクスリをやってるだの、やれその筋に知り合いがいるだの、やれナイフを常に持っているだの、根も葉もない噂を流され、蓮の評判は最悪。校内にいた者で蓮の悪い噂を知らない者はいなかった。
しかし悲しいかな。『悪い男ほど良くモテる』のだ。
東京に来てから、《なくはない》程度の魅力が《魔性の男》の域に達した。その気になれば十股か、あるいはそれ以上出来ただろう。それは今世でも言える事である。
……これは蓮でさえも知り得ないのだが、東京に厄介払いされた時の高校でも、一定数のファンはいた。
だが蓮が不貞を働かなかったのは、ひとえに蓮が、前世で置いて来てしまった彼女を愛しているからだった。
故に、彼女を裏切るような事は出来ないと思った。死後転生してからというものの、色々な物に区切りを付けた蓮だったが、どうしても自分と親しくしてくれた人々や愛する者には、今の今まで、区切りが付かずにいた。
(…………どう答えるべきか)
蓮は付き合う人間の選択はすれど、外見で人を選ばない。美人だから接する、不細工だから遠ざけるといった行為をしない。関心がないと言えばそれまでだが、上っ面だけの安い情よりも、心からの信を蓮は求める。故にこそ、こういう質問にはかなり困った。
前世は周囲への懐疑心もあってか、信頼を置く人々の数は少なかった。
その癖して信頼を置く人は何故か美男美女が多かったが、今世ではそうではない……とも言い難いような気もする。
この手の話は、ナイショ♡(魔性の男スマイル{相手は堕ちる})と言って今の今まではぐらかして来たが、この状況は正直に白状した方が良さそうだと蓮は断じる。
そこで蓮は妙案が浮かんだ。前世の恋人の性格や体型を言えば良いのではないかと。
性格については、前世で交流のあった人達には、一貫して『揺るがない信念がある』と言うべきだろう。現実に襲われる不条理と戦い、悩みながらも、それでも懸命に抗った。信念を貫こうとした。
魅力的な人達ばかりで、一つ違えば恋仲だったかもしれない良い女ばかりだった。だが蓮は、その中でもたった一人の女を愛した。
彼女のスタイルは、カップルという間柄を度外視してなお『良かった』と思う。かつて知り合った他の女性達と比較して──
「……自分の中に揺るがない信念を持つ、
ぶっちゃけシた時そう思った。
「言うのかよ」
「言わないと多分あの人帰らないだろ。というかアンタ、呪泉郷にでも行って来たのか?」
「いや、元からパンダだ」
「──ッッぉおおお……!!」
会話する一人と一パンだったが、それは葵の慟哭により掻き消された。
──瞬間、葵の脳内に溢れ出した
「雨宮くん……好きです! 私と付き合ってください!」
あれはそう、五月の中旬。夏服になって直ぐの事だった。
花弁枯れた桜の木の下で、俺の恋する高田ちゃんは、俺ではなく、蓮に自身の想いを告白した。
初夏の風が、二人の頬を撫ぜて。
二人の関係を祝福するように、彼女のツインテールを優しく靡かせる。
「蓮……」
しかしだ。光が影を生む様に、風により凍える者がいるのだ。その風は、俺達に悲しみを呼んでしまった。
「……葵」
「とっ、東堂くん!?」
「……面を貸せ、蓮!!」
「……良いだろう」
決闘だと。雌雄を決せねばならぬと、俺は叫んだ。
帰り道の土手、その橋の下。
漂う空気は最悪で、ピリピリと張り詰めているのを肌で実感できる。
「……行くぞ、蓮!!」
「来い」
二人のゴングが、鳴った。
互いの拳と腕が交差するように、両方の顔面へと突き刺さった──。
──お前、あの告白を断る気でいただろう。
──バレたか。やはり敵わないな、葵には。
──ほざくなよ……俺は怒っているんだ。
殴る。殴られる。蓮も負けじと俺を殴る。
頬が痛む。拳が痛む。何よりも、心が痛む。
──だが高田さんは、お前の……。
──良いんだ。高田ちゃんはお前を選んだ。言ってしまえばそれだけだ。意中の相手が被ったところで、俺達の友情が砕けることはない。
心の涙が汗と血となり、制服のカッターシャツと拳へと塗れて、染みを作っていく。
──だがその代わりに、誓え。必ず彼女を幸せにする、とな……。
一つ、俺の左頬に突き刺さった蓮の拳が、俺の意気を完全に砕いた。
仰向けに倒れ伏した俺と、息も絶え絶えに立つ蓮。勝者は、もはや言うまでもなく──。
「……立てるか、葵?」
「ああ……」
口の中に広がる鉄の味、辺りに漂う汗の匂い。それを気にせずに手を差し伸べる蓮の右手を、俺はしっかりと掴んだ。
お互いに傷だらけで、先程殴られた左頬が腫れているのを痛みで感じる。蓮も鼻血を出し、体中に青痣を残している。
そのせいもあってか、蓮は手を差し出したは良いものの、俺を立たせる踏ん張りが効かなかったらしい。重力に逆らえず、蓮も、雑草の生い茂る地へと仰向けに倒れた。
その姿がおかしくて。
俺達は互いの醜態を笑い合った。
二人の影を、斜陽だけが優しく見守っていた……。
「悲しい時だけに泣くんじゃない……か」
「……?」
何を言っているのだ、と蓮は困惑した。
「どうやら俺達は『親友』のようだな……ッッ」
「は……?」
マジで何言ってんだ、と蓮は困惑する。
「嬉しいよ、蓮……ようやく、この俺が認める友が見つかったのだから……」
「……いや、うん……もうそれでいいから帰ってくれ」
「何を言う!! 俺達の蜜月はまだ始まったばかりだ!!」
「不吉な風に言うな」
「さあ、あの夕日に向かって走るぞマイフレンド!!」
「まだ昼だぞ」
葵から計り知れぬ友情を感じる……。
「いやちょっと待て」
「どうしたマイフレンド」
「展開が飛躍し過ぎている」
初期からコープマックスなどチートどころかもはや改造の域だ。蓮は改造厨ではない。
「むう、マイフレンドが言うのであれば仕方あるまい」
「……まぁ、うん。そうしてくれ」
24.
同時刻、高専の自販機前。釘崎野薔薇は怒髪頂点の思いであった。必ずや、禪院真依に痛い目を見させると、半ば自暴自棄であった。
しかし野薔薇の本領は、釘と金槌があってこそ発揮できる。手ぶらの野薔薇に対し、真依はリボルバーを装備していた。
そこに助け舟を出したのが、禪院真依の姉、禪院真希であった。──しかしながら、真希自身は、『自分は助け舟を出すことが出来た』とは言えなかった。
高専全体を覆った重圧は、三人の女達を留まらせるには充分であったのだ。
そこに、ゴリラの如き躯体を持つ偉丈夫と、彼と並ぶほどの実力を見せた癖毛の彼らがやってきた。後者に思うところがある野薔薇は、思わず彼の名を叫んだ。
「蓮だ!!」
「……ッへえ、コイツがね」
真希がそうぼやくと同時、真依は二人から距離を置いた。
「帰るぞ、真依」
「冗談、私はこれからだっての」
「そんなことよりも高田ちゃんの個握が大事だッッ!!」
「……はぁ、もう! 勝手な人ね!」
プリプリと怒りながら、早足で葵を追いかける真依。
「交流会ではこうはいかないわよ、アンタたち!」
「何勝ち誇っとんのじゃゴルァ! 制服置いてけや!!」
「よせ、今戦って勝っても負けても損だぞ」
真希が、真依へと挑発する野薔薇を、持っていた木槍で諫める。
さて、野薔薇は葵と共にやってきた、黒髪で癖毛の青年へと向く。
はち切れんばかりの思いを表に出さまいと堪えながら、しかしどうしても、彼の竹馬の友を死なせてしまったことを思い出す。
野薔薇の視界が少しずつぼやけていく。一度俯いた。……けれど、もう一度顔を上げる。
彼の顔を直視する。
「……言いたい事、色々あるけど、まず──」
涙を拭いながら、野薔薇は蓮へ手を掲げる。
元は虎杖悠仁と雨宮蓮との間で自然に身についたコミュニケーションツールであったが、それは恵や野薔薇との間でも使われていた。
「お帰り、バカ蓮!」
「……ああ。ただいま」
乾いた音が、高専に響いた。
コープ獲得:太陽(東堂葵)
というわけで遅れてしまってすみません。
待たせた割に短くてすみません。
生きててすみません。
部活で先輩の最後の成果を応援したり、進級したり、ブラックなバイトinゴールデンウィークで書く気力が失せちゃってまして。
ゲームを起動しても何もせず電源切っちゃったりと、何事にもモチベーションが上がらなかったんです。
これからはもっと早くなります(たぶん)