呪術廻戦にP5のジョーカーぶち込んでみた 作:全てのイシを拾イシ者
猿真似をするだけの人形を
魂心込めて縫った所で
所詮は人の生り損ない
行尸走肉の化身でしかない
38.
〈2018年7月23日〉
〈放課後〉
蝋燭の火が揺れる。盛夏真っ只中の呪術高専本堂は、冷暖房の設備は無いが、風通しは良く、涼しさを感ぜさせる。
そんな本堂に居座る一人の男が、自分の身長はあろうかというほどの大きさのぬいぐるみの真正面で座っている。パンダの縫いぐるみは左腕を突き出しており、二の腕の中腹あたりを男は刺繍している。というよりは、修理しているのだろう。
男の名は夜蛾正道。東京都立呪術高等専門学校の学長を務める、呪骸を操る術師として一級品の人物である。縫いぐるみの方は、言わずと知れたパンダ先輩である。実はパンダ先輩は、ただのパンダではなく、正道が作った呪骸の最高傑作だったのだ。
さて、なぜパンダ先輩の修理もとい治療を行なっているのかというと、それは昨年のクリスマスイブにまで遡る。2017年12月24日、新宿京都百鬼夜行事件において、パンダ先輩は当時、術師として戦った。しかし、主犯の夏油傑により深傷を負わされ、左腕を切断されてしまったのだ。
そして本日、ようやくその傷が完治した。綿を詰め終わり、傷口は完全に縫合された。糸を鋏で切ってやった正道は、パンダ先輩の安否を問うた。
「終わったぞ」
「おう」
「問題はないか?」
「……うん、ばっちりだ!」
「そうか」
そう言ってパンダ先輩は左腕を振り回し、ポージングする。
「ありがとな、まさみち」
「ああ」
正道に礼を言ったパンダ先輩は、用事があるのだろうか、本堂の出入口へと向かう。
──と、ここで二人は、その扉が開きかけている事に気がついた。
「失礼します」
癖毛の紅顔を持つ彼。来訪者の名は雨宮蓮。いつもの鉄面皮を携えながら、蓮は正道を訪ねに来ていた。
「あれ? れん、まさみちに何か用か?」
「はい。《傀儡操術》についてもっと知りたくて」
「あー、確かにまさみちの術式とお前のは親和性高そーだしな。頑張れよ〜」
「どうも」
そう言って、パンダ先輩はすれ違うように帰っていった。おそらく、おやつカルパスを食べに行くのだろう。
さて、蓮は正道に対面した。
「君か」
「はい。ご指導よろしくお願いします」
そう言って蓮は礼をした。
「……君と私の術式は、確かに似ている。似ているが、それだけだ。私の道理を君に伝えたところで、君が得するとは思えないが」
夜蛾正道との協力関係を結ぶためには、結構な度胸が必要そうだ。《大胆不敵》程の度胸があれば、物怖じせずに会話出来るかもしれないが……。
だが既に、蓮の度胸は更に上の《ライオンハート》だ。もはや怖い物は無い。正道の意気に後退りすることなく、蓮は口出しする。
「いえ、確実に得をします」
「なぜそう言える?」
「夜蛾先生が、パンダ先輩をどうやって生んだのか。そこに、オレのペルソナが進化する因子がありそうな気がするんです」
最初から気になっていた。
パンダ先輩の出生は謎が多い。生みの親が夜蛾正道であることと、他の呪骸とは違い自己意識を持つこと以外に情報が無いくらいに。
《傀儡操術》とは、その名の通り呪骸を操る能力。呪骸を『作る』能力ではない。にも関わらずパンダ先輩は、その《傀儡操術》という親元を離れている、独立した呪骸だ。そこに蓮は、ペルソナの進化を見出したのだ。
蓮という親元を離れたペルソナがあれば、戦略はさらに広がるはずだと。
「……アレは、突然変異で生まれた呪骸だ。私にも作り方は分からない。私はどうやって、パンダを作ったのかを知らない」
「いえ、あなたは理解している」
強面の正道に怯むことなく、蓮は言い切る。
「ほう。なぜそう言える?」
「呪術師とは、研究者だ。試行錯誤と失敗を繰り返し、その先にある成長を目指す人こそが、卓越した技術と知識を伴って生き残って来た。
努力と辻褄の無い成功なんてあり得ません。そしてそのたった一度の成功例を、記録しない訳がない。その成功例の因果を、研究しない訳がない。あなたは、どうやって作ったのかも、パンダ先輩が何者なのかも知っている。
パンダ先輩は、偶然の産物ではなく、計画的に作られた呪骸ではないですか?」
──この生徒は、危険だ。
正道の警鐘が頭の中で鳴り響く。まるでそっくりだ。
明智吾郎も、その理論を掴んでいた。……それも、夜蛾正道が、パンダという成功例を生む前から。
その狂気に似たものを……雨宮蓮から感じる。
「だったらどうする」
「単刀直入に言います。オレに、呪骸の理論を教えていただきたい」
「なぜ私の技術を欲する。君はペルソナという呪霊を従える訳であって、呪骸を従える訳ではない。
今の君は少し、我武者羅というより矢鱈に生き急いでいるように見える。それでは、亡くなった虎杖も浮かばれんだろう。違うか?」
「それでも、二度と誰かを目の前で喪うのは御免被る」
その蓮の目が、正道の体を貫いた。
(…………)
このように真っ直ぐな目をした者は、こちらがどんなに断っても決して引き下がらない。二十余年、教師として勤めてきた正道の観察眼が、それをよく知っている。
……思えば、状況はあの夏と同じだ。明智吾郎に先立たれ、夏油傑と別れた後の悟は、それでもなお、自らの思う道を往く事を決意した。その時の目も、この少年と同じような、真っ直ぐに芯の通った目をしていた。
「……そこまで云うのなら、良いだろう」
だからだろうか。正道にしては珍しく、いつの間にか、雨宮蓮に加担していた。
「呪骸とは、人形に『
無論人形でなくとも、例えば符に、ある程度の呪力を込めれば、それは『呪符』となる。攻撃に転じるも良し、防御壁として使うも良しだ。呪骸ほどの使い勝手の良さは無いが、あって困るということもない。
君の核はペルソナだろう。では媒体は何にする?」
「オレの目的は、ペルソナがオレ以外の人でも使えるようにすることです。だから──」
前々から思っていた事だ。
《ワイルド》の特性を活かすには、その語源に因んだものがいい、と。
「──カード。そう、ペルソナを基にしたカードを
「……ほう、やってみたまえ」
そう言われ、蓮はジョーカーに変身する。
円卓の中には、アルセーヌを中心に、更なるペルソナが追加された。その数はアルセーヌ含め10体。その中から、元はキリスト教の偶像信仰対象の一つであり、やがてその身を悪魔に堕とされた、星形に人の顔面が付いたペルソナにスポットライトを当て、ドミノマスクを外した。
(キウンを基に『核』を構成。それをトランプのカードのように広げ、呪力を以て独立させる……!)
そして、そのドミノマスクは蒼炎に包まれる。
呪力の波動が蝋燭の炎を揺らし掻き消す。肌を貫くような刺激が、正道にも伝わって来た。
──熱い。手が燃えているようだ。痛みとは生命の危険信号であるが、それを我慢するのは簡単なことではない。継続する激痛に、ジョーカーは悲鳴を上げたくなる。
だがそれを、ジョーカーの中の紳士性が阻んだ。人前で格好悪い真似は出来ないと、奥歯が砕けてしまうのではないかというくらいに噛み締めて、超高熱を発するドミノマスクを握り続ける。
「くっ……!」
イメージしろ。限界を知らぬ、新しい自分を。昨日より強くなった、未来という己自身を。
キウンというもう一人の己の魂で、己の更なる境地へ進め。
蒼炎はジョーカーの輝くドミノマスクから手首を伝い、全身を焼き蝕んと肉を喰らう。
──だが。
──ジョーカーは、その炎を恐れない。
凪ぎそうになる力の奔流を抑え込み、魂と怒りを込めて──
「はああ──!!」
ペルソナは、更なる領域へと到達する──!
手元に収束する力の奔流。溢れんばかりの呪力の流動。それこそが、ジョーカーの実験を成功へと至らしめる証左であった。
「──────出来た……!」
果たして、それは一枚のカードへと変貌する。その出来栄えに、息切れしつつ、ジョーカーは思わず微笑んだ。
裏面は、ベルベットルームに似た、顔の右半分を白く左半分を黒くペイントしたものに、蒼い蝶のデザインがその周囲を囲むようにして飛んでいる。
表面にしてみると、そこには、星形の悪魔がいた。まるでトレーディングカードゲームのような風貌のそれ。まさしく、ジョーカーのイメージそのままであった。
「……見事だ」
「ありがとうございます」
正道の賛辞を受け取り、ジョーカーは蓮へと戻る。正直、カード化に成功したはいいが、呪力許容量マックスのほとんどを持って行かれてしまったので、大いに疲れた。それでも意地で、へたり込むことはなかったが。
──カード化は、一日に一度が限界だろう。この調子だと、戦闘行為にも影響を及ぼす。それでいて、おそらく自分よりも格上のペルソナのカード化は出来ない……カード化に必要となる呪力が足りないのだ。いっそ縛りに組み込もう。
そう思いつつ、蓮は四次元ポケットにカードを仕舞う。それでもなお、蓮の持つキウンのカードは消えることは無かった。
(……ああ。やはり、この子は危険だ……)
夜蛾正道は、蓮の本来の術式を悟を通して既に知っている。だからこそ末恐ろしい。この少年がもしも味方でなく敵だったならばと思うと、身の毛がよだつ。
大量の呪力と自信さえあれば、何もかもが実現可能だ。上層部にペルソナ使いがただの《呪霊操術》と似て非なり、そしてそれ以上の『何カ不吉ナ何者カ』を孕むことが出来るというだけの認識しかないからこそ、封印されていないだけだ。
公になれば、誰もがその力を欲する。ただのペルソナですら、呪術界にとっては不可解極まりないのに。
「また来い。私程度で良いのなら、君の欲する技術を教えよう」
だが、夜蛾正道は上層部の人間でもなければ、マッドサイエンティストでもない。ただの一人の呪術師であり、ただの一人の教師なのだ。生徒を守らない先達など、居ない方が良い。
邪険に扱うことも出来ないまま、正道は蓮にぶっきらぼうに言い放った。
「──はい」
正道からの仄かな憐憫を感じる……。
(しかし吾郎……蓮……お前達は、一体何者なんだ……?)
正道の疑問は空へ散る。
疑問に気付かぬ蓮がそれに答える事はない。
礼を言って、蓮は本堂を去った。
ぼくは にんげん?
ぼくは ばけもの?
ぼくは なにもの?
39.
〈2018年7月24日〉
〈放課後〉
本日は曇りのち晴れの日。東京の原宿は、本日も人集りでごった返している。ヒートアイランド現象真っ只中の原宿は、多種多様な格好と人種の人々が、ある者はインスタグラムのために自撮りし、ある者は彼氏に買ったばかりの洋服を紙袋に入れて持たせている。行く者来る者、笑顔の絶えぬ土地であった。
原宿駅西口の目の前は竹下通りを一歩進んだ所にある薬局で、我らが雨宮蓮は絆創膏やら目薬やらを購入し終えた所。そしてその隣にある猫カフェに入ろうか入るまいかと悩んでいた。
蓮は猫派だ。猫を愛し、猫に愛されているカリスマの男だ。猫じゃらし、ちゃおちゅーるは常にカバンの中に入っているほどに、蓮は猫が好きであった。
というのも、蓮の前世による所が大きい。アキラが冤罪で苦しんでいた頃、その心を支えてくれたのは黒い愛猫もとい相棒であった。
黄色い首輪に白い靴下を履いた、蒼穹を思わせる綺麗な瞳の黒猫で、口癖は『猫じゃねーし!』だった。身も蓋もない話ではあるが、その黒猫は人の言葉を理解し、話すことが出来た。説明が長くなるので、出会いだとかなぜ喋るのかだとかの詳細は割愛させてもらう。
そんな訳で、恵とは相容れることが出来なさそうなことを考えながら真剣に悩んでいると、何やら女性の黄色い悲鳴が聞こえてきた。
主に、きゃー、だとか、嘘みたーい、だとか、何でー?、だとか。
……何でー?って、何でー?
蓮もまた一人の人間。騒ぎが起これば見に行きたくなるのが人の性。薬局を出て、更に奥の方──黄色い悲鳴の方へと歩みを進める。
「タステケ」
そこには、なぜかパンダの着ぐるみが立っていた。
猫は猫でも、熊猫であったか。こりゃ一本取られた、と蓮は現実逃避した。
(何やってるんだあの人……)
口調が悪くなるのを誰が責められようか。そもそもそれを見紛う事など出来ようか。正しく蓮の先輩に当たる、突然変異呪骸のパンダ先輩であった。嘘みたーい、何でー?の歓声は、おそらく着ぐるみのためのチャックやら隙間やらが見えないためであろう。
パンダ先輩は──およそ十組は居ようか──JKとJD達に囲まれ、インスタの餌食になっている。一緒に自撮りする者、ハグして撮ってもらう者など、作者も書いていて凄く妬ましいもとい羨ましいと思うシチュエーションであった。
タステケ、が何かは知らないが、おそらく助けてと言ったのだろう。トラブルを起こすのも面倒くさいし、この女性陣を掻き分けるとなると、相応の優しさと魅力が必要になりそうだ。おそらく優しさは《人情家》、魅力は《注目株》ほどあれば、救出できるかもしれないが……。
だが蓮の優しさは《慈母神》、魅力は《魔性の男》もある。蓮は自分が結構モテる事を知っているし、何ならそれを武器にすら出来る。今こそ蓮の秘技《鎖骨から威光》を発動させる時だ……!
「すみません、ちょっと退いてくれませんか? オレの連れなんです」
蓮の服装は至ってシンプルだ。黒いTシャツが見えるよう、白シャツのフロントを開け、袖を捲っている。紺のジーパンに革のベルト、カジュアルなブラウンのブーツを着用している。左肩には、これまた猫一匹は入りそうな革のバッグを。
だが今は白シャツを脱いで右手で背負い、左肩にあった鞄を手でしっかりと持ちつつ、暑そうにして黒シャツで仰ぐ。そうすることで、蓮のシャツから覗く鎖骨は、汗の筋で色気が増している。あっという間に女性陣全員の目を釘付けにした。
後にその女性陣は語る。
鎖骨が光ってた、と。
さて、頬を赤らめる女性陣には目もくれずに、パンダに手招きして来させクールに去る。
ついでにその去り際に、シャフ度とニヒルな笑みで、
「じゃあね」
と一言。その直後に、バタバタっと倒れる音が聞こえた。
熱中症かなあ、怖いなあとスッとぼけることにする。
さて、女性陣の侵攻を見事に躱し、二人は人目の薄い路地裏で屯していた。
「いやー助かった。ありがとな、れん」
「そんなことよりパンダ先輩、あなた個性強すぎません?」
「何だ唐突に照れるだろ」
「いえ褒めてないです」
「がーん!!」
オーバーリアクションに蓮は頭を悩ませるばかり。
「というか、何しに原宿に来たんです?」
「まさみちが小遣いくれたからな。一人でおやつ買いに行こうと思って。この格好でも原宿なら怪しまれねーだろ、みたいに軽ーい気持ちで」
「そして逆ナンされてたと」
「えへ」
「えへじゃない」
「てへ」
「てへでもない」
「Apex」
「Nativeに話さない」
こっちも”
「全く、その個性は一体どこから降って来るのやら……」
「個性の塊みたいな人間に言われてもなあ」
「オレなんて『二次創作オリ主特有の万能型チート最強』くらいしか個性が無いのに」
「ポジティブ過ぎて逆に清々しいな」
「こんな個性いらないですよ。もっと『努力と機転で成り上がる王道漫画主人公』みたいな個性が欲しかったです」
「それ何かとお前に当てはまってねーか?」
「あとアホ毛」
「お前360度どこから見てもアホ毛あるじゃねーか。
にしても、珍しいよな。一年ズ曰く『完璧超人』のお前が個性で悩むとか」
「むしろ個性で悩まない人間はいません。……それにオレは、完璧ではないです。目指してはいますが」
雨宮蓮……というより、雨宮蓮を模るアキラという人間は、『個性』という言葉に呪われている。
前世でペルソナに目醒める以前……アキラがまだロボットだった頃、名前も忘れた元友人に云われた事だ。高校一年生の夏休み明けの日だっただろうか。
──お前って、何が好きなの?
アキラは、何も云えなかった。分からなかったのだ。
己の嗜好も、嫌悪も。愛も憎も。何も。
そこでアキラは気付いたのだ。
自分の中には、何も無い……と。
そうしてアキラは、親の言いなりとなっている自分に疑問を持ち始め、自らとは何かを知ろうとして──その秋に、事件が起こったのだ。
その日からだろうか。個性という言葉が嫌いになったのは。
「まー俺から言わしたら、個性ってのは『降って来るモン』じゃなくて『作られるモン』なんだよな」
「……というと?」
「端的に詰まるところ、各々の『個性』って『自分をどうやって引き出せるか』なんだよ」
二重表現である。作文だと減点だ。
「刺激の無い人生に個性は生まれない。そして個性を引き出すには、自分自身を理解して認めることが肝要なんだ。まー個性が生まれないなんて、義務感で生きてる奴とかじゃねーとそうそう無いけどな」
「……」
「どーした?」
「いえ、耳が痛いなと」
「鼓膜破れたか?」
「物理的に痛いわけじゃないです」
「じゃー何だよ」
「その、説得力があって凹むなって。もっと早くに気付いていれば良かったのにって思って…………」
「……ん?」
黒猫の言葉が止まるのを、熊猫は訝しむ。
「『個性』を……『引き出す』……」
「どした?」
蓮の嫌う『個性』。それは、ペルソナ。
なら、ペルソナという『
個性に必要なもの。無くては有り得ぬ大切なもの。それは──
「──『名前』……そう、名前だ!
ありがとうございます、パンダ先輩! 良い事を思い付きました」
「へ、へー……まあ、何かよくわかんねーけど、力になれたんなら良かったわ」
真名の解放。それは、相手への認知操作。ペルソナという名ばかりの魂を、相手に認知させる事こそが、ペルソナの『個性』をより引き出させる条件……!
「また話、聞かせてください」
「おう。俺の自論哲学で良いんならな」
パンダ先輩からの仄かな友情を感じる……。
去って行く蓮を見送るパンダ先輩。やがてその姿が見えなくなると、腹の底から一つため息を吐いた。
「『個性』……ね」
パンダ先輩の呟きを、誰も耳にする事はない。
「俺の『個性』って、一体どこから来たんだろうな」
己は一体、何者なのか。
それが分かる時が来るのだろうか。
愛を知らぬ獣物は、今はまだ悩むだけ……。
星の光さえ届かない深い影の中でさえ
キミの笑顔を思い出してしまうのは
キミが僕の星でいてくれたせいだ
キミの輝きが まだ瞼の裏に残っている
40.
〈2018年7月25日〉
〈放課後〉
「蓮、予定あるか」
夕焼けの差す教室、帰りのホームルームが終わった後。伸びをする彼にそう問うのは、うに頭の伏黒恵。対して問われたのは我らが雨宮蓮である。
本日は一日中座学のカリキュラムであり、蓮の体力は万全と同じ。鍛錬のために、恵に付き合うのも良いだろう。
「いや、特に予定は無い」
「なら、少し組み手に付き合ってくれ」
「分かった」
恵は、度々こうやって蓮を組手に誘う。勝率は今の所恵の方が優勢だ。積み上げたキャリアは伊達ではないということか。
「場所はどこが良い?」
「ん……グラウンドだな。五条先生に許可は取ってある」
「ありがとう」
だが蓮とて、今日は恵を誘うつもりだったのだ。
「ちょうど、見せたいものもある──」
──現時点での、蓮の全力を。
41.
さて、蓮達は教室を出て、呪術高専グラウンドに制服姿で参上した。まだ明るい日差しが、二人を優しく包んでいる。砂埃が舞って、恵は目を顰めた。
炭酸をメメントス……もといメントスで抜いておいたコーラを飲んで、蓮は四次元ポケットのポーチに仕舞う。ポイ捨てダメ、絶対。
「やろうか」
「ああ」
──そうして、二人は呪力を解放する。
あれから……悠仁の死から三週間が経つ。蓮も恵も野薔薇も、それぞれの思いを抱き、成長してきた。なればこそ、この戦いには簡単には負けられない。
先手を取ったのは、ドミノマスクに手を添えるジョーカーであった。円卓の中の
『正義』のアルカナに類する天使。天使階級第五位、中級第二位の力天使。『神の美徳』『高潔』等の名前の意味を持つ、イエス昇天の際に付き添った、その天使の名は──
「──ヴァーチャー、【認知スキル】《高尚なる奇跡》」
そうして現れる、半透明のポリゴンのような天使の祝福がジョーカーを包む。
【拡張術式:認知スキル】。昨日、パンダ先輩のアドバイスで得た、強制的に『その名前に由来する効果のスキル』を作るもの。ペルソナはあくまで『もう一人の自分自身』でしかないが、縛りを科し、真名を明かす事により、ペルソナの範疇を超えた力を限定的に引き出す事に成功した。
ペルソナは最大で八個のスキルを習得出来るが、
ヴァーチャーの認知スキルは、その逸話に関する。イエス昇天の付き添いとしての逸話とは別のもの……ヴァーチャーがアダムとイヴの息子・カインを産む際の産婆として活躍したというもの。イヴの出産にその力を与えたもうた《高尚なる奇跡》という認知スキルが、ジョーカーの肉体を
恵の目には、陽炎のように揺らめくオーラを纏ったように見えた。
(肌がヒリつく……何かヤベェのは間違いねえ。ならその効果時間が切れるまで、ここは距離を
恵が策を巡らす間、ジョーカーポーチから、真希から借りた、
「【蝦蟇】」
(不意を突かれたか……!)
ジョーカーがペルソナのスキルを使用する際、彼には一瞬だけ隙が出来る。何度も何度も、ジョーカーのその癖を間近で見てきた恵だからこそ分かる、ジョーカーを唯一打破出来る可能性。【蝦蟇】はジョーカーの体を大振りで振り回し吹き飛ばさんとしている。
だが、張本人の表情は余裕綽々だ。【蝦蟇】の舌がジョーカーの体を縛っているものの、掌を自由に動かせてる状況が、ジョーカーの顔に笑みを作らせる。
(お前は縛りでペルソナを使えねえ! なら、今ここで叩き落としてやる!!)
ポーチからとあるカードを一枚取り出す。おどろおどろしい星形の悪魔が描かれているそれは、先々日の夜蛾正道からの教授を得て完成させたもの。試作品ではあるが、威力はおよそ申し分ないはずだ。
この試作段階では、使って仕舞えばそれで終わりの、今はたった一回切りの奥の手。それこそが、ペルソナを
デメリットその一、【乖離】は一日に一度しか出来ない。
その二、自分より格上のペルソナは【乖離】出来ない。
その三、【乖離】を行ったその日はいかなる戦闘行為をしてはならない。
その四、自動効果系──例えば《物理無効》や《魔術の素養》など戦闘時に恒常的に発動するスキルや、《マハタルカオート》などの戦闘開始時に自動的に掛かるスキルなどを使えない。
その五、乖離したペルソナのスキルを使用したり、その他の要因でカードが破壊された場合、縛り⑧が適用され、カード化したペルソナを二度と再召喚出来ない。
以上五つが、【乖離】において雨宮蓮が守らねばならない条件である。
──だがその際、蓮はメリットも追加した。縛り③の存在を疎く思っていた蓮は、リスクの大きさを天秤にかけ、そのメリットを追加して尚お釣りが来るものを組んだ。
何せ【乖離】は、一つしくじれば永遠にそのペルソナを召喚出来ないのだ。その上、蓮の預かり知らぬ所で仲間に勝手にカードを使われては、その事を認知出来ない蓮は
蓮としては【乖離】したペルソナの威力を高めるため、
それは──
「──ペ、ル、ソ、ナ!」
「何!?」
──【乖離】したペルソナのスキルは呪力を払えば誰にでも使え、雨宮蓮及び使用者は縛り③に抵触しない……だ。
隠し持っていたキウンのカードを手で
やがて砕いたカードから出づる蒼い力の奔流は、一つの悪魔を模る。キウンへと命じた攻撃は《サイオ》。相手に中程度の念動属性ダメージを与え、恵の心を揺さぶる。縞瑪瑙の呪力の波動は、キウンの五芒星の体を以って恵の精神へと向かう──!
だが恵とて、それを傍観している訳にはいかない。【蝦蟇】には退却を命じて、己も新たな切り札を展開する。
「【玉犬・渾】!」
その鋭利なる爪と牙を以って、縞瑪瑙の奇怪な攻撃をどうにか切り裂いてみせる──
「っ!」
だがキウンの攻撃は、咄嗟の判断で展開した【玉犬・渾】では阻むことは能わなかった。
ジョーカーのペルソナのスキルの対処法は少ない。無効化するか、あるいは避けるか。宿儺ほどの鋭利な爪があれば、それは無理やり叶うだろうが、【渾】はまだその領域に達していない。
【渾】が壁になったから良いものの、その余波でさえ恵の精神に揺さぶりを掛け、肉体的ダメージをより増幅させる。今の攻撃で、【渾】はこれ以上の戦闘行為は危険になった。
「やる」
「お前こそ、いつの間にこんな切り札隠してやがったんだ」
だがそれはジョーカーの奥の手を失わせた事に繋がる。加えてまだジョーカーには三十秒ほどの縛りが科せられている。《コンセントレイト》が切れた以上、ジョーカーに残るのは《タルカジャ》効果を唯一活かせる体術のみ。対する恵は呪力にまだ余裕がある。軽口を叩きながら、恵は影から、二つの新たなる影を呼び起こす。
「【鵺】……!」
まず、凶鳥【鵺】にジョーカーを襲わせる。【鵺】は翼を広げれば、ウイングスパンは四メートルほどにもなる。その巨体は、ジョーカーの視界から恵を隠すのは簡単だ。その鉤爪で、ジョーカーの体を切り刻まんと【鵺】は暴れる。
それをジョーカーは、真正面から──真正面だけを見て迎え撃つ。残り二十五秒。
【鵺】が作った隙は、恵の影操作による隙をカバーした。恵が取り出したのは、普段はジョーカーが使っていそうな一尺ほどの竹刀であった。
状況は二対一。恵の優勢ではあるが、ジョーカーならばここからいくらでもひっくり返せる。
──故にこそ、恵の戦略は実にシンプルかつ効果的なものとなる。
(防戦一方だな……!)
恵と【鵺】による隙を生じさせぬスイッチの応酬。それが、対ジョーカーにおいての有効打。
恵が斬り掛かれば、【鵺】はジョーカーの背後を襲い。
【鵺】が突撃すれば、恵はジョーカーの側面から奇襲を図る。
流石のジョーカーも、この連携には為す術がない。
そうして、ジョーカーの均衡は崩れる。
「オオッ!」
「くっ──!?」
──恵の一尺竹刀が、ジョーカーの未だ至らぬ構えを大きく反らした。
「畳み掛けろ!」
恵に指示を得るまでも無く。
その体に雷を伴いて、【鵺】はジョーカーの体へと突っ掛かった。
「っ、あああ゙あ゙っ!」
これには思わず、ジョーカーも悲鳴を上げる。バチバチとジョーカーの体へと行き渡る紫電が、プスプスと嫌な音を立ててジョーカーの全身が吐き出す黒煙となる。
アンペアは落としてある。死には至らない。──だが、これでチェックだ。この短刀を首に翳してやれば、それで恵の一本に──
「恵、オレには特技がある」
「……!」
──なるはずだった。それはジョーカーの鶴の一声により阻まれた。
この瞬間──ジョーカーがヴァーチャーを召喚してから一分が経過した。
そもジョーカーは、恵が【鵺】を繰り出すのを狙っていた。【鵺】を狙ってヴァーチャーというペルソナを召喚したのだ。
ヴァーチャーの耐性における弱点は『疾風』と『呪怨』、『物理無効』は『物理耐性』へと降格しているが、ヴァーチャーに《
電撃属性の被ダメージを半減する、《電撃耐性》というスキルを。
恵があと一秒早ければ、勝ちは充分に狙えた。
ただ、ジョーカー──否、蓮の予測が一歩上手であった。
「モノマネだ」
両手でマスクを翳し、二方向に展開する。恵の《十種影法術》における式神の同時召喚を、ジョーカーも物にしていた。ラヴェンツァに名付け親になってもらった、この力の名は──
「──ミックスレイド!」
『ヒホー!』
一方は、なぜかプリクラのキャラにもなっている氷の妖精・ジャックフロスト。
もう一方は、およそシャア・アズナブルを意識したのではないかという衣装に身を包む、ジャックフロスト達の羨望の眼差しを一身に集める、フロストエース。
この二柱が揃った時、敵も味方も、極寒地獄の一端を見る事になる……!
「《えいゆうとおいら》!」
「何だそりゃあああああ!?」
ヒーローと一緒なら、おいらは何も怖くないよ!
そう言わんばかりに張り切るフロスト達。不思議な魔力であっという間に、恵は【鵺】諸共氷漬けになってしまう。
ヒーローは必ず勝つ!という意思を感じるが、敵を氷漬けのオブジェにして砕き割るヒーローがお茶の間に出て来れば、子供達は泣き叫ぶのではないだろうか。
勝敗は決した。ジョーカーは蓮へと戻り、氷漬けとなった恵を解放してやる。
「くそ、合体技かよ……!」
「ああ。お前から着想を得たんだ」
「──やられた、完敗だ!」
歯を食いしばって敗北を噛み締めながらそう言って、季節外れの白い息を吐きながら、恵は地べたに寝転がった。
「蓮、今は勝ち譲っといてやる。首洗って待ってろ」
「ああ。だがオレも、うかうかはしていられない。そう簡単には追いつかせないぞ」
そう言いながら、蓮は恵を立たせてやる。
夕焼け、逢魔時の二人。蓮は恵との絆がより深まるのを感じながら、食堂へと向かう事にした。
「恵、今日は何食べたい?」
「生姜焼き」
「了解」
蓮はおろか恵自身でさえも、恵の膨らんでいくジェラシーに気付かないまま……。
コープ獲得:月(夜蛾正道)
アビリティ獲得:《拡張術式:乖離》
ペルソナを一つの仮面としてアイテム化し、元のペルソナが所持していたスキルを使う事ができる。
コープ獲得:剛毅(パンダ)
アビリティ獲得:《拡張術式:認知スキル》
ペルソナの真名を解放する事で、下位のペルソナに限り、そのペルソナの認知に因んだ特殊スキルを使う事ができる。
コープランクアップ:魔術師〔3〕
アビリティ獲得:《ミックスレイド》
特定のペルソナを連れる事で、合体技を繰り出す事ができる。
──縛り締結──
⑨:ペルソナの
その代わり、カード化したペルソナのスキルは使用者の呪力を払う事によって誰にでも使え、使用者及び雨宮蓮は縛り③の対象にならない。
⑩:認知スキルを使用したペルソナは、ペルソナ全書による再召喚を経ない限り、認知スキルを再使用できない。
また、それが以前に認知スキルを使用したペルソナであるか否かに関わらず、雨宮蓮は認知スキルを一日に三回しか使用できない。それが持続的に発動する認知スキルの場合、雨宮蓮がスキルの解除を命令してから制限を科すこととする。
その代わり、認知スキルは、二十四時間認知スキルを使用しない事で一回分、合計三回分まで使用可能回数をストックできる。
⑪:ペルソナの複数同時召喚を行なった場合、以降百二十時間経過するまで同時召喚したペルソナを召喚できない。また、縛り⑪は縛り③、④に重複して効果する。
ミックスレイド解放:《えいゆうとおいら》
ジャックフロストとフロストエースを連れていることで発動可能。敵全体に氷結属性の攻撃。中程度の与ダメージ。中確率で凍結状態に。
パ「ぴえん」
蓮「気安く触らないでくれるかしらァン ドロボウネコチャンタチィ!!!!」
というわけでレンレンの強化イベント終わり。
次回、幼魚と、
逆
罰